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決まった覚悟 2



「リック様との婚約はたしかに政略的なものでしたし、態度は素っ気なく……でもチラチラとこちらを気にされている姿がわかりやすく、贈り物だって私好みの物ばかりでしたから、案外愛されているなと好意的に受け止めておりましたわ。婚約者相手に失礼ですが、可愛らしい方だなと思っておりましたの」


「そ、そうだったのか……」


「はい。昔からそんな感じでしたので、なんだか嫌いになれなくて、気が付けば恋をしておりました」


「お、う……」


 そう言って熱っぽい視線を向けられたヴィリックは、すっかり赤くなっていた。


 その反応を見て嬉しそうに目を細めたアルファルテは、くすくすと楽しそうに笑う。こんなやりとりも初めてで、それが幸せなのかもしれない。


「いずれ騎士団長になると伺っておりましたので、王子妃教育の他に騎士団長の妻としての嗜みだろうと兵法を学んだり、いざという時の為に護身程度の剣術を習ったり、戦地に赴く際にも側でお力になれるよう、医学や薬学も習い、軍医としての資格も習得したのですよ?」


「そうだったのかっ⁉︎」


「いくつか同じ授業を受けていたのですが、お気付きになられていなかったのですね……」


 残念です、と頰に手を当て溜息を吐くアルファルテの献身に、目をパチパチさせる。その勤勉さはさすが王家の婚約者に選ばれるだけの事はあるなと思うと同時に、ついジトリとヴィリックを睨んでしまうのは仕方ない。


「はは、そこまで尽くされていて、全く気付かなかったのかい?」


「よく冷たく出来たわね……」


「う〜ん、そんな事も見えていなかっただなんて、困った御方ねぇ」


「……悪かったな」


 フィーギス殿下にマヤリス王女、ソフィアリアにまで次々と責められたヴィリックは、すっかり小さくなってしょげていた。そう言われるのも自業自得なので、慰めてあげないけれど。


 そんなヴィリックを見たアルファルテは眉を八の字にして、寂しげな表情で微笑んだ。


「結局ロクに話し合いもしないままミウム様が現れてしまって、全てが無駄になってしまいましたね」


「っ! それはっ……⁉︎」


「お互いに、もっとはやく向き合うべきでした。そうすればまだ、同じ未来を見ていられたのでしょうか?」


「ルーテ……」


「本当に、今更ですわね」


 そう言って諦めたような表情をするアルファルテを見て、それが告白の返事だと察したのだろう。

 くしゃりと表情を歪ませたヴィリックは後悔しているようだった。それでいて、こうなってしまったのは自業自得だと、懸命に受け入れようとしている。

 だってもう婚約破棄は成立していて、アルファルテの未来も決まってしまったのだから。お互いの気持ちを今更知ったところでどうにもならないと、わかってしまったから。


 だから――……


「レイザール殿下」


「なんだ?」


「隣国と緊張状態が続いている国境から、援軍要請などは来ておりませんか?」


 ソフィアリアの知識としては隣国と小競り合いの絶えない辺境伯領がいくつかあったと記憶しているが、他国の事なので詳細は不明だ。だから正確な情報を得ておこうと、それを尋ねる事にした。


 まあ、他国の人間にそんな事情を漏らす訳にはいかないので、渋い顔を返されるのは当然なのだが。


「……知ってどうする?」


「ソフィ? 妙な事に口を挟むのは、やめてくれたまえ」


 案の定、フィーギス殿下にも笑顔で勘弁してくれと圧を掛けられてしまった。


 王鳥妃(おうとりひ)権限で何かしようとすれば、大鳥に関する責任を一任されているフィーギス殿下が最終調整をする羽目になる。そこに他国まで絡むと外交だって必要となり、大変な労力を要する事になるから、それが面倒なのだろう。


 だったら仕方ない……と諦める訳にはいかないのだ。その反応は予想通りだが、今回は少し無理を通させてもらおう。

 まあ、これ以上気苦労をかけたくはないので、保険を掛けておくのを忘れないけれどと、ニッコリ微笑んだ。


「今からちょっとだけうるさい独り言を言うけれど、どうか気にしないでくださいませね」


「あ、ああ……まあ、そのくらいなら」


「刑罰の一つに、死地に送るという無慈悲な罰があったと記憶しているのだけれど、近々その実刑が下されるのではないかな〜なんて、虫の知らせがするのよねぇ」


 そう言って意味ありげにヴィリックを見つめると、ヴィリックは目を丸くしていた。


 これだけでも言わんとする事を察してくれるだろうが、せっかくなのでもう一押ししようと、頰に手を当て溜息を吐く。


「最近、脱獄や立てこもりなんて大きな事件が近くで起こっているからかしらね? その犯罪者がそういう刑罰を受けるのは仕方ないのかしらって、思ってしまうの」


 ソフィアリアの言わんとしている事を察してくれたようで、顎に手を当てて考え込むレイザール殿下とマーニュにそっと微笑み、勝手に独り言を呟き続ける事にした。


「でも、脱獄と立てこもりの実刑で死地に送り込んだ犯罪者が思いのほか優秀な騎士だったりして、ついうっかり戦争を終わらせて、あろう事か和平まで持ち帰って来たりしたら、どうなるのかしら?」


「……国としては助かるが」


「でも元は犯罪者なのだから英雄扱いも出来ないし、かといって功績もなかった事には出来ないわよねぇ」


「小競り合いをしていた隣国も納得しないでしょう。犯罪者に和平をもぎ取られたなんて、侮辱と受け取らかねません。それで再戦になってしまったら目も当てられない。せめて犯罪者という肩書きでも取り外したいところですが……」


「たとえ輝かしい功績を勝ち取ったとしても、自国民にとっては犯罪者なのだから、撤回するのも違う気がするわ。ちょっと難しい問題になるわねぇ」


 あくまでも独り言という程なので、レイザール殿下やマーニュからの返答には答えていない風を装いながら、さり気なく言葉の応酬を繋げていく。

 みんなに先を期待されているのをひしひしと感じながら、ふと思いついたように、胸の前でパンっと手を合わせてみた。


「ああ、そうだわ。だったら最初から、功績だけ受け取ってくれる顔役を、犯罪者の隣に添えてみるのはどうかしら? 顔役が使い捨ての犯罪者を上手く扱った結果だとすれば、文句は軽減するはずだもの」


 そう言ってにっこり笑えば、全貌を察してくれたらしいフィーギス殿下もニンマリと悪戯な顔で笑って、一緒に後押ししてくれた。


「ふむ。なら犯罪者は、汚れ仕事だけを一手に引き受けて、功績だけは明け渡すのだから、その顔役を心酔している必要があるね」


「死地で奮闘する犯罪者と信頼関係を築くほど近しい人物でありながら、英雄と呼ばれても問題ない程度には身の潔白は保証されていて、でもお家の都合で何か立派な功績が欲しい子が、都合よく居てくれると助かるわね〜」


 そう言って首を傾げてアルファルテを見つめると、自分にも新たな選択肢を提示された事に驚いていた。


 が、さすがにこれには反発する人もいる。


「待てよ! ルーテを戦場に連れて行けってのかっ⁉︎」


「どうしたの、ヴィリック? 突然声を張り上げて。王鳥妃(おうとりひ)様は独り言を言っているだけなのだから、それを遮ってはいけないわ」


 マヤリス王女に宥められ、納得いかない顔をしているヴィリックに苦笑する。

 そう、これは独り言なのだから、返事は出来ないのだ。

 ただ、どこかでこの独り言を拾って、何かの参考にする人がいるかもしれない。ソフィアリアはそんな事、何も知らないけれど。


 これは、そういう設定でまわる話なのだから。


「功績を受け取るとなると、大将として誰よりも目立つ必要があるわね」


「そんな真似させられるかっ⁉︎」


「でも戦の大将なんて、最前線で闘ってはいけないと思うわ。だって隊にとっての心臓部分よ? 討ち取られたら総崩れとなってしまうのだから、誰よりも大切に護られていないとね」


 そう言って片目を瞑って見せると、ヴィリックはそこまでは思いつかなかったのか、目を見開いていた。


 そこに思い至らなかったという事は、彼は最前線で兵を率いるタイプの騎士団長を目指すつもりだったらしい。誰よりも危険な場所で兵と共に力を振るうのだって仲間意識を強固に出来るから、間違いではないと思う。その分素早い判断力と共に、兵士達の士気の為にも絶対に死なない実力と生命力が必要になるので、より大変だと思うが。


 が、ソフィアリアの言う大将は、それでは困るのだ。より安全で護りが強固な場所で、最後の砦として誰よりも長く生き延びて、配下の兵達の活躍を最後まで見届けてほしい。そこにアルファルテを据えようとしているのだから、尚更。

 だからと言ってお飾りの大将となって功績だけ受け取っても、味方から反発を受けるので、何もしない訳にはいかないけれど。


「陣地で戦略を練って戦に貢献したり、後方の野戦病院でみんなの癒し役として兵達に慕われれば、みんなの代表として功績を受け取っても納得してくれるかしらね? となると戦えなくても、軍師として采配を振るえるような兵法に精通していたり、軍医として資格を持っている方がいいと思うの」


「……まあ、そうだけど」


「でもやはり功績を受け取る顔役も、実際に戦地で活躍する犯罪者と誰よりも親密な人がいいと思わない? たとえば奥方なんてどうかしら?」


「んっ⁉︎」


「片やお家の名誉復興の為に戦地で采配を振るって兵の怪我を癒す奥様、片や犯罪者として戦場に送られるも、奥様の為に剣を振るう旦那様。夫婦二人三脚で功績を得る為に奮闘し、やがて多くの兵に慕われながら功績と恩赦を賜る活躍を見せるなんて、英雄譚として後世に残りそう」


 ロマンチックなお話ね、なんてくすくすと笑って、ソフィアリアの独り言はおしまいだ。



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