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決まった覚悟 1



 学園内にある収容所内の一室にて。


 この部屋には現在、ソフィアリアとフィーギス殿下とマヤリス王女とラトゥス、護衛役としてプロムス。

 レイザール殿下とマーニュ、そしてアルファルテと、立てこもり事件の重要参考人として縛られた状態のヴィリックというメンバーが、話し合いの為に集まっていた。


 観覧スペースに居た者と向かっていた者で分かれていた為、お互いの情報を交換しつつ、せっかくヴィリックとアルファルテが揃っているので、ソフィアリアから少々脚色した世界の歪みについての説明もする事にした。

 嘘混じりの情報だと気付いていながら、黙って話を合わせてくれようとしてくれるみんなには感謝の気持ちと、申し訳なさが積もっていくばかりだ。


「では、リック様は浮気などされていないという事でしょうか?」


 真剣な表情でアルファルテにそう問われたが、ヴィリックとミウムがどういう関係だったかなんて知らないソフィアリアは、困ったように微笑む事しか出来ない。


「少なくともヴィリック様がミウム様の事を好きだった気持ちは、嘘偽りだわ。ヴィリック様の本心ではなかったという事だけは、わかってあげてね」


「リック様?」


「……さ、最後の一線だけは、越えてない……」


 つまりそれ以外は色々した記憶があるのかと、思わず渋面を作る。そこで上手く誤魔化す事はせず、正直に話してしまうヴィリックは誠実と呼ぶべきなのだろうか。

 まあ、それを許すか許さないかは、アルファルテ次第だろう。


「今更だが、どうしてティティア嬢はあの場に居たんだい?」


 話題を変える為か、目を(すが)めたフィーギス殿下の問いに、そう言えば当たり前のようにここに居るが、何故ここにいるのかは不明なままだったなと、今更思い出す。


 アルファルテは足の上で重ねていた手をグッと握り締めて、目に溜まった涙の膜が溢れるのを、必死に耐えていた。


「……リック様に、最後のお別れを言いたかったのです」


 最後のお別れ、という言葉に、ヴィリックは表情を強張らせる。


「今日、幽閉地に護送されると聞いて王城へと出向いたのですが、大変な騒ぎとなっており、話せる状況ではなく……」


 そのあたりの事は知らなかったが、どうやら王城でも騒ぎになっているらしい。まあ、護送予定の相手を取り逃したのだから、それも当然だろう。


「仕方ないと挨拶は諦めて、その足で学園を退学する旨をお伝えしようと、学園に来ておりました」


「退学するのかっ⁉︎」


「ええ。……あれほどの事があったのですから、私が責任を取らなければ、家に示しがつきませんもの」


 そう言ってヴィリックから視線を逸らすから、他国の貴族や富豪の後妻か、隣国のハーレムの一員として送られる事でも決まったのかもしれない。


 ヴィリックもそれを察するだけの知識はあったのだろう。絶望したような表情をしていたが、カッと眉を吊り上げる。


「ルーテが責任を取る事はないだろっ⁉︎」


「妥当ではないかな。どんな形であれ王家に袖にされた高位貴族として家名に傷が付けられたのだから、その原因となった者が相応の責任を負わなければ、特に分家筋は納得しない。このあたりの事情は、我が国でもこの国でも変わらないと思うけどね」


 その激昂を正論で切り捨てるフィーギス殿下にヴィリックは怯み、追撃するようマヤリス王女は大きく(うなず)いた。


「はい、変わりません。たとえ王家こそが有責だとわかっていても、そうなってしまいます」


「そんなの、おかしいだろっ⁉︎」


「だから我々王族は、軽率な行動は慎まなければならない……不仲なんて噂される状況を、放置しておいてはいけなかったのよ」


 マヤリス王女にそう諭されて、ヴィリックははっとしたように目を見開く。


「ヴィリックの態度では、世界の歪みによる洗脳なんてなくても、遅かれ早かれだったわ。いずれどうしようもないケチをつけられて、新たな婚約者を選定するよう、強く求められていたでしょうね」


「そんな……オレ、は」


「マヤリス王女殿下、ありがとうございます。もう、いいのです」


 アルファルテはそう言って、全てを諦めたような目をして淡く微笑んでいたから、マヤリス王女は悲しそうな目をして、口を噤んだ。


 ヴィリックは己の失態をようやく自覚したらしく、顔を青褪めさせて、もういいとまで言われて、俯いてしまった。


 こればかりはもっと早くからヴィリックが気付かなければならない事だったので、庇う余地はない。何故そんな事も知らないのかは不明だが、誰よりも偉い立場に立たされる分、相応の責任を背負わされるのは当然の事だ。それが王家ともなれば、言動一つで簡単に周りの首が飛ぶ。感情的になったり、軽率な行動は許されない――恥ずかしいから素直になれないなんて、公の場で晒す事は許されなかったのだ。


「……話を戻しますが、学園に来ると様子がおかしくて、そこで友人に会い、立てこもり事件が起きている事と、リック様を見たと教えていただきました。それを聞いて慌てて闘技場に向かい、リック様の私兵の方にあそこまで案内していただきましたの」 


「ああ、だからあそこまで一人で来れたのか」


「ええ、私兵の皆様とは顔馴染みでしたので、快く案内していただきましたわ」


 ラトゥスの問いにふんわり笑うアルファルテを見て、どうやら彼女も、ヴィリックの私兵達に慕われていたようだ。おそらくだが私兵達もヴィリックの本当の気持ちに気付いていて、失意のヴィリックをどうにか立ち直らせたかったのかもしれない。


 そう思うと今回の事件はますます誰も恨めなくなるし、ソフィアリア達大鳥側の罪深さが増すなと、内心溜息を吐いた。

 だからその罪を少しでも払拭する為に、ソフィアリアが上手く立ち回らなければならないだろう。


 姿勢を正し、ヴィリックを見据える。


「ヴィリック様」


「……なんだ」


「此度の事を……我々の救済が遅れた事により多大なるご迷惑をおかけした事を、王鳥妃(おうとりひ)として謝罪いたします。申し訳ございませんでした」


 そう言って王鳥妃(おうとりひ)であるソフィアリアと、鳥騎族(とりきぞく)であるプロムスが大鳥側の代表として、深々と頭を下げる。


 二人から頭を下げられたヴィリックは、ギョッとしていた。


「あっ、いや……オレも、悪かったよ……。事件をもっと早く解決してくれたらなんて、調査中に被害者に詰め寄られても困るって考えたら、なんとなくわかるし。怒りに任せてすべきではない事も、たくさんやったしな……」


「ふふ。投げ捨てられるとは思わなかったわ」


「……おまえ、案外いい性格してるよな」


 少し空気を軽くする為に軽口を叩いてみれば、せっかく謝ったのにとジトリと睨まれてしまった。その様子から見て、謝り慣れていないのは明白だ。


 案の定、謝罪の言葉を聞いて目を丸くするアルファルテが見えるので、もしかしたら彼女は一度も謝られた事がないのかもしれない。


 でも、それでは困るのだ。ヴィリックから全ての本心を、この場で曝け出してもらわなければ。


「だからね、何度も言った通り、ヴィリック様を救いたいと思っているの。全ては難しいかもしれないし、無罪放免という訳にはいかないかもしれないけれど、出来る限り希望は叶えるわ」


 その願いを引き出そうと、本人の言葉を待っていれば、ヴィリックは眉根を寄せて、ついっとそっぽを向く。


「……オレは、別にいい。脱獄に立てこもりに、多分傷害だってつくだろ」


「調書によると、学園側には怪我人はいないそうだ。まあ、道を塞ぐ為に壁を壊したから、器物破損にはなるが」


「……本当か?」


「ああ。転んだ生徒も、私兵に気絶させられた警備兵もいたが、何故かかすり傷一つ見当たらないらしい」


 レイザール殿下が資料を片手に首を捻り、ソフィアリアをじっと見るから、曖昧に微笑んでおいた。

 おそらく王鳥の仕業だろう。建物の破損やソフィアリアの苦痛は放置しても、学園側の人間の事は護ってくれていたらしい。なんとも気の利いた神様だ。


「そうかよ。……でも、やっぱいい」


「あら、いいの?」


「代わりにオレの私兵達と側近。それとルーテを……ティティア侯爵家を、なんとか助けてくれないか?」


「リック様……?」


 真剣な表情でした願い事に自分が含まれたのが予想外だったのか、アルファルテは目を丸くして、ヴィリックを見つめる。


「家の事は、名誉に関わる事だから難しいかもしれないけどよ。ルーテもティティア侯爵家もなんの落ち度もない被害者だ。だから、オレの事はいいから、そっちをなんとかしてやってほしい」


 頼む、と頭を下げるヴィリックを見て、その言葉を引き出せた事には満足した。

 でも、まだ足りない。ヴィリックにはもっと、本心を曝け出してもらわなければならないのだ。


 この場所で――アルファルテの前で。


「どうして、自分はどうでもよくて、冷たくしていた元婚約者の救済を願うの?」


 意地悪だなと自覚しつつ、ニンマリ笑ってそう問えば、顔を上げたヴィリックに、キッと睨まれる。


 知っているはずなのに何故そんな事を言うのだと睨まれても、怖くないのだ。少し頰を赤くしながらなのだから、むしろ可愛らしさすら感じてしまう。


「……おまえっ!」


「ねえ、何故? それを聞かなければ、動いてあげられないわ。だって簡単な事ではないもの」


 ほらほらと催促すれば、ますます顔が赤くなる。それは短気で素直なヴィリックの怒りか照れか……きっとどちらもなのだろうけれど。


「あの、リック様? 私はもういいので、温情をかけていただかなくても……」


「……ルーテ!」


「えっと、はい」


 ヤケクソだとばかりにヴィリックはアルファルテと向かい合い、一度深呼吸する。

 そして顔を真っ赤にしたまま、言った。


「……実はずっと……好きだった」


 その言葉に、シーンと部屋が静まり返る。


「そうだったのか……?」


「レイ……」


 唯一、レイザール殿下だけは初めて知ったようで、心底驚いている様子だ。


 そんなレイザール殿下に、マーニュが呆れたように溜息を吐いている。


 フィーギス殿下達もこの部屋での会話で、ある程度察していたのだろう。特に驚きは見られなかった。


 それは、肝心の彼女もだったようだ。


「……えっと、知っておりました」


「はあっ⁉︎」


 一世一代だったのだろう告白に、アルファルテのその返答は予想外だったのか、逆にヴィリックが目を見開いて、驚いていた。


 そんなヴィリックの様子を見たアルファルテは、困ったように微笑む。


「リック様、言葉と態度はあれですが、見る人が見ればわかりやすいです。だから私も、評判を気にする事なく、ずっと慕っていられました。ミウム様が現れるまで、その気持ちを疑ったことがありませんでしたので」


 ソフィアリアもなんとなく、そうではないかと思っていた。だってアルファルテは、不仲だと噂されていようと、ヴィリックに恋をしていたのを知っていたのだから。

 長年嫌われていると誤解したまま恋心を継続するなんて、とても難しい話だ。ソフィアリアの持論だが、恋は気持ちを返してもらえず一方通行だと、いずれ気持ちが枯渇するものだと思っている。だから長年恋心を継続していられたアルファルテは、どこかでヴィリックの愛情を感じていたのではないかと考えていた。


 ソフィアリアもヴィリックと話してみてわかった事だが、ヴィリックはわかりやすく、案外素直だ。そんなヴィリックの性質をアルファルテはよく理解し、気持ちを知っていたなら、納得である。


「そっ、そう、だったのか……」


「はい」


「んっ⁉︎ 慕ってたって⁉︎」


 気持ちがバレて、それでいて自分の事を理解してくれていた事が嬉しかったのか、脳内で先程の言葉を反芻し、ようやくそこまで言葉を咀嚼する事が出来たのだろう。

 ヴィリックは驚いた表情をして、アルファルテに目が釘付けになっている。


「……ええと、それなりに態度で伝えてきたつもりなのですが……」


 見つめられたアルファルテは、気付きませんでしたか?と尋ね、ほのかに頰を赤くした。



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