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届かなくなった想い 9



 そんな事を思っていた頃、突然扉がバンッと大きな音を立てて弾き飛ばされたから、こんな体勢だったが、思わず身構えてしまう。


「リスティ!」


 誰よりも安心出来て、誰よりも待ち望んでいた声で、誰よりも助けてほしかった存在が……別の女性を一番に救おうと、必死に名前を呼ぶ。

 一瞬目が合ったから、ソフィアリアの窮地は認識しているはずなのに、すぐに視線を別の方向に彷徨わせ、怒りの形相でそちらに駆けていくのを、ただ呆然と見ている事しか出来なかった。


 ――その光景を目の当たりにして、パリンと、ソフィアリアの心の中で、何かが割れた音がしたような気がした。


「ヴィリック⁉︎」


 ソフィアリアを締め付けて下に落とそうとしているように見える弟の姿を見たレイザール殿下が声を荒げる。


「リック様‼︎」


 彼女には愛称で呼ばれているのを見て、ヴィリックはそう呼ばれていたんだなと現実逃避気味に思う。


 近しい二人の声に一番狼狽えたのはヴィリックであった。何故ここにいるのかと動揺した顔をして、こちらに猛スピードで駆けてきた別の人を見つけたから、反射的に剣を抜き、持っていたものを邪魔だと放り投げてしまったのだろう。


 ――つまりソフィアリアは、動揺したヴィリックに抵抗する間もなく、外に投げ捨てられてしまったのだ。


 そんなソフィアリアを目撃し、この観客スペースから、広場に集められた人だかりから、悲鳴が上がる。


 背中から落ちていく寸前に見た光景は、落ちていくだろう光景に顔を強張らせる女性陣とプロディージ。プロディージを救おうと私兵を蹴散らそうとしていが、投げ捨てられたソフィアリアに気が付き、判断ミスだったと目を見開くフィーギス殿下とラトゥス。こちらに駆け寄ってくるプロムスとレイザール殿下とマーニュ……そして一度だけ見た事のある女性。


 自分が何をしたのか自覚して、ソフィアリアに手を伸ばそうとした泣きそうな顔のヴィリックと……


「無事かっ⁉︎」


「ラズ様……」


 無事を確認し、ほっとした表情をしてリスティスを掻き抱くオーリムと、安心したように腕の中で微笑むリスティスの姿だった。


 扉が蹴破られてから、たったの数秒間だ。その数秒間で、ソフィアリアは目の前が真っ暗になるような絶望感に苛まれた。

 落ちていく事なんて瑣末(さまつ)な事だと思えるほどに、心はズタズタに踏み躙られたのだ。


「っと!」


 ふわりと、知らない体温と嗅ぎ慣れない爽やかな香水の匂いが、ソフィアリアを包み込む。それが誰かなんて、顔を見なくてもわかるけれど。


「……もう、ダメじゃない。真っ先にアミーのもとに行かないと」


 本当はオーリムに助けてもらいたかった、なんて気持ちに蓋をして、顔を上げると、いつもの声音を意識して笑ってみせる。


 目が合った彼も……プロムスも、口元だけはニッと笑って見せてくれた。わがままな気持ちはバレてしまったようだ。


「あの状況でソフィアリア様を助けなかったら、アミーに口を聞いてもらえなくなるじゃないですか」


「ふふ、それは大変ね。……ありがとう、プロムス。手間をかけさせて悪かったわ」


「このくらい、大した事じゃありませんよ」


 ソフィアリアを救出する為に腰壁を乗り越え、ソフィアリアを抱き止めて、ソフィアリア達の居たすぐ下の観客スペースの腰壁を掴んで落下を防ぐなんて超常的な救出劇は、プロムスにとっては大した事ではないのかと、くすくす笑う。


 こんなカッコいい所を見せつけて、プロムスはますます女性にも男性にも人気者になるだろう。

 と言っても、明日の修了パーティが過ぎれば、ビドゥア聖島に帰国するのだけれど。プロムスの勇姿が遠く離れたこの学園にしか広まらないだなんて、もったいない事だなと思う。本人は気にしないどころか、下手に広まるよりも静かでいいと言いそうだ。


 だったらあとでアミーにたくさん褒めるようお願いしておこう。プロムスも、その方がずっと幸せだろうから。


 そんな風に思考を飛ばし、先程見た光景を必死に頭から追い出そうとした。


「何をしていらっしゃるのですか、リック様っ‼︎」


「う、うるせーなっ。お、おい、無事か……⁉︎」


 上から可愛らしい怒鳴り声が聞こえる。その女性に――元婚約者であるアルファルテに詰め寄られているらしいヴィリックが、心配そうに上から覗き込んでくるから、安心させるようニコリと笑って、手を振っておいた。


「平気よ」


「そ、そうかよ……」


「ちょっとビックリしちゃったのよね。大丈夫だから、そこで大人しく叱られていなさいな」


「ああ……」


 動揺して、自分のやってしまった事を自覚してしょんぼりするヴィリックの様子は、なんだか失敗した後の小さな子供のようだ。悪気がなかった事もわかっているし、そんな様子を見ていたら、とても責める気にはならなかった。


「なに犯人を手懐けてんスか……」


 プロムスから呆れられてしまったが。


 広場の方も、警備兵の増援がようやく到着したらしく、少しの騒ぎとともに事態が収束していく。どうやら長かったこの事件も、終わりを迎えるらしい。


 上の階も、そのうち警備兵が駆けつけてくるだろう。被害状況はどれほどのものかわからないけれど、ヴィリックが私兵を動かしていた隊長なのだから、無差別に人を傷付けるような指示は出していないと思いたい。

 あまり騒ぎを大きくしないよう、王鳥もこっそり大きな怪我を防いだりしてくれているはずだから。


 それでも、とこれからの事を思ったソフィアリアは、憂鬱な溜息を吐く。


 色々と今後の事を憂いている間に、プロムスは掴んでいた腰壁を這い上がり、ソフィアリアもようやく地に足をつける事が出来た。


「歩けそうですか?」


「ちょっと落ちただけだから大丈夫よ」


「普通の女性なら、膝が笑って歩けなくなりそうなんですがねぇ」


「ふふ。……そんな繊細な子には、なれなかったわ」


 そう言って誰を、どんな光景を考えたのか、プロムスにはバレてしまったのだろう。空気がひんやりと冷えた気がした。


「……あれが、繊細ね」


 その殺気のこもった呟きには何も返さないまま、二人並んで、静かに上の階を目指す。





 ――剣術大会が開催されたこの日に起こった、元王族が引き起こしてしまった立てこもり事件。

 これが、のちの歴史の大きな分岐点となった。



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