大鳥へのお披露目と鳥騎族 6
その日の夜も窓の外に人影を見つけて、また籠にタオルと水差し、ティーカップを入れていそいそと外へと向かう。
今日は少し早かったらしく、まだ訓練をしていたので邪魔をしないよう、少し離れた所でそんな姿を眺めていた。
長物の槍を軽々と、まるで空を切るように素早く動かす彼の姿はやはりカッコいい。たまに穂先が月明かりに反射してキラリと光り、それがスッと輝きながら流れるのでとても綺麗だ。
恋を認めたソフィアリアは、その姿にドキドキと胸が高鳴るのを抑えられなかった。
やがて終わったのか、ベンチに腰掛けたのを見届けて側へと歩み寄る。彼は今日もすぐに気がついた。
「お疲れ様、リム様」
笑顔でそう言って籠を差し出すと、オーリムもふっと笑みを浮かべて受け取ってくれる。
「ありがとう。……実は今日も来てくれるんじゃないかと少し期待してた」
「まあ! ふふっ、嬉しい。でしたら、見かけたら毎日来てもいいかしら?」
「晴れてて仕事がなきゃ毎日やってるから、来たければ来ればいい。俺も、その、嬉しい……」
少し照れたのか、そっぽを向いて赤くなってしまった。色よい返事に思わずニマニマしてしまうので、両手で頬を押さえて、でも気持ちを抑えきれずついポロッと言ってしまう。
「毎日夜デートが出来るなんて、幸せだわ」
「デッ⁉︎」
「あら、違うのかしら? 昨夜はとてもロマンチックな初デートが出来たとベッドのうえで悶えていたのに、悲しいわ」
「うっ、違わないっけど……」
ソワソワして落ち着きなくなってしまったオーリムの様子に、ほどほどにしないとと首を振って、隣に腰掛ける。
二人の間には人一人分。おそらく彼はこれ以上近付くと、まともに話が出来なくなるだろう。まあ昨日はこれどころじゃなく密着していた訳だが。
と、ストンと後ろで何か着地した気配。振り返れば当たり前のように王鳥が居て、当たり前のように三人で過ごせるのがとても嬉しいと感じた。
「王。――――えっと、今日も飛ぶか?だって」
思わず気分が高揚するが、部屋に残してきた物を思い出し、気持ちが萎んでしまった。しょんぼりと眉が下がる。
「う〜ん、魅力的なお誘いなのですが、今日は少し早く戻って侍女教育の資料をまとめたいのです。また誘ってくださいな」
「ピイ!」
「忙しいのか?」
「来るのはやめませんわよ」
先んじて言っておく。せっかくのデートをなしにするような言葉だけは絶対にお断りだ。
苦笑して流してくれたから、まあよしとしよう。
「……ビィ」
王鳥は何かに不満があるのかそう声を上げたかと思うと、フワリとソフィアリアの身体が浮き、きょとんとしているうちにすぐ降ろされる。
少し横のベンチ中央付近。隣のオーリムも同じように浮かされた。けれどソフィアリアが動いた方向とは逆側で、つまりは彼もベンチ中央付近にすとんと降ろされる。
すると当たり前だが、ソフィアリアとオーリムは肩あたりがピタリとくっ付いて、更には後ろに王鳥もくっ付いてきた。
「あらまあ!」
ソフィアリアは純粋に嬉しいだけなのだが、これで慌てるのが照れ屋なオーリムだ。予想通りボンっと瞬間的に真っ赤になって、あわあわしている。
「っ⁉︎ 王っ‼︎ ――――はぁ⁉︎ いや、そうだけどなっ」
何を話してるのか、また言い争いが始まった。あわあわ動くと、より触れ合う事になって、さすがのソフィアリアも少し照れるのだが、オーリムは気付いていないようだ。
けど、ソフィアリアはそれも嫌じゃないので、ニコニコしつつ終わるのを待っていた。
やがてどうにか決着が着いたのか、オーリムはぐしゃりと前髪を握りしめて、はぁーっと熱っぽい溜息を吐く。ちょっと色気を感じてドキッとしてしまった。
「その、嫌じゃ、ないか?」
「むしろ嬉しいと言えば、ふしだらな女だと思われるかしら?」
「うっ、あっ、いや。その…………俺も」
前髪で目元を隠してポツリと言った言葉に、ふわっと気持ちが上向いてしまう。宙に浮いたようなふわふわ感を感じながら、両手で頬を挟んで赤みを隠していた。
「ピーピ」
そして王鳥もご満悦のようだ。王鳥はこうやって三人でくっ付きたかったらしい。
しばらく甘い無言に身を委ねていたら、突然くうっと隣から音が鳴る。少し見上げれば、オーリムは少し赤くなっていた。
「あっ、いや、少し小腹が空いたなと思って……」
「あれだけ動いたんですもの。仕方ないわ。あっ! 明日から差し入れを作ってきてもいいかしら?」
手をパンっと叩いてそう提案すれば、オーリムは目を丸くして首を傾げる。
「フィアが?」
「ええ。といっても日持ちするクッキーとか焼き菓子中心になるけれど。甘い物は大丈夫?」
「あ、ああ。その、ありがとう。……嬉しい」
ニヤけそうに口元をモニュモニュさせているという事は、なかなか好印象なようだ。たかがお菓子の差し入れだが、いつか少しでもいいから気持ちをこちらに向けさせたい、というのは少し厚かましいだろうか。
「では厨房を使ってもいいわよね?」
「もちろん。楽しみだ」
「ピピ!」
「ご期待くださいな。と言っても普通に作れるくらいだけれど」
明日の予定を急遽変更しつつ、脳内で色々組み立てておく。けれど今は三人の時間も大事にしたいので、少し考えて、すぐに名案が浮かんだ。
「ではせっかくのデートなのだし、お互いを知る為に、質問でもしましょうか。ではわたくしから。お好きな色は?」
「薄い黄色。――王はミルクティー色だってさ」
意外と可愛い色が出てきて驚いた。けれど、ソフィアリアの部屋がそうだったので、少し嬉しくなった。あの部屋は、オーリムがちゃんと自分で考えてくれたのか。
王鳥はソフィアリアの髪の色なのでこれも嬉しい。王鳥から見てソフィアリアを見た時、一番目につく色が髪の色なのだろう。
「では主寝室の壁紙は、お二人のお好きな色にしましょうか?」
「あっ、ああ……。じゃあ俺からの質問。好きな食べ物は?」
「やっぱりセイドベリーかしら? 思い出の果物だもの。わたくし、あまり食べ物に拘りがないのよ。女の子なら甘い物とか言えれば可愛げがあるのでしょうけれど」
「何に拘るかは人それぞれだろ。――――王からの質問。好きな動物は?」
「まあ、意地悪! ずっと猫さんが好きでしたが、今はもちろん鳥さんが好きですわ。特に王や大が付く鳥さんはこの世界で一番好き」
「ビピッ⁉︎」
「――余は鳥ではない、だとさ。そんな形しといて何言ってんだか」
二人してくすくす笑う。王鳥は不満げに頭を下げて、ソフィアリアの頭頂部をぐりぐりしてきた。
その後、三人で色々些細な質問をし合った。最近一番笑った事、好きな花、感動した景色、苦手な食べ物に笑える失敗談まで。
穏やかで、幸せな時間だった。笑顔と笑い声が絶えなくて、お互いの事をもっと知って仲良くなれている。確かにそう感じていたのだ。
――だから、話題はもっと考えなければならなかったのに。
「では質問。子供の頃の夢って何かある? わたくしは、一時期パイ屋さんになりたかったの。だからあのお店に通っていたら、ある日レシピを貰って、今では一番得意だと思っているのよ?」
「よっぽどだな。俺は城の兵士に――」
オーリムはそこでハッと目を見張り、言ってはならない事を口走ってしまったと言わんばかりに手のひらで口元を押さえた。心なしか顔が青ざめている気がする。
「ピーピ」
「……リム様?」
和やかな空気が霧散してしまい、不安げにそう言うと、オーリムは首を振り、俯いてしまった。
「悪い。……聞かなかった事にしてくれ」
そう言った表情がとても辛そうだったから、ソフィアリアはその原因を尋ねる事は、それ以上出来なかったのだ。
「わかったわ。じゃあ代わりにこれから言う独り言も、聞かなかった事にしてね」
ふわりと一度笑いかけてから立ち上がると、背を向け、大屋敷の方を見る。
「わたくしからは何も聞かないけれど、話して肩の荷が降りるならなんでも聞くわ。でも、話して辛い事なら、何も聞かずにずっと寄り添うわ」
「フィア……」
「それだけ。――おやすみなさい。王様、リム様」
そう言って二人を置き去りに、部屋へと戻る事にした。
歩きながらぼんやりと考える。お城の兵士になりたいならオーリムは島都で生まれ育ったのだろう。
彼は孤児だと言っていた。けれど何か含みもあるようだった。なら普通の孤児ではなかった?
孤児が選ぶ仕事先なら、兵士はわりと妥当だ。だがお城の兵士となるとそれは騎士で、城勤めの騎士は大体が貴族の次男以降が多い。けれど子供の夢ならそれを知らなくても仕方がないから、何とも言えない。
代行人になった頃、オーリムは九歳だったと言っていた。まだ子供だが、意思がはっきりしない年齢でもない。それにもう夢を持っていた。自分を『最低野郎』だと評していた。
オーリムは代行人になる前は、どこで何を思って過ごしていたのだろう? それはソフィアリアに気持ちを返せない事と、何か関係があるのだろうか――




