届かなくなった想い 7
「何故だっ、オレは何故、あんな女なんかにっ……!」
そう言って目を覆って肩を振るわせていたから、ソフィアリアも胸が痛んで、そっと目を伏せる。
ヴィリックだってこんな事に巻き込まれなければ、アルファルテとの婚約を破棄なんてする事はなかった……のかもしれない。二人の関係がどうなっていたかは、ヴィリック次第だっただろうが。
「そもそもヴィリック元殿下、ティティア侯爵令嬢の事が本当に好きだったの? 不仲は有名だって散々聞いたんだけど」
首を傾げるメルローゼの言う通り、たしかにそれはソフィアリアも聞いていた話だ。マヤリス王女とリスティスに視線を向けても頷いているから、誰の目から見てもそう思われていたのだろう。
「周りの目から見てそう勘違いするほど、ヴィリック元殿下があからさまに酷い態度でも取っていたんでしょ。自分でも今のままじゃダメなのはわかっていたけど、素直になれないままずるずるとここまで来てしまって、こんな事になった」
違う?とウンザリするように吐き捨てたプロディージの言葉を聞いて、メルローゼはジトリとプロディージを睨み付け、自分だって人の事を言えないと思ったのか、気まずそうに視線を逸らす。
「ああ、うん。そう言われると、心当たりがあり過ぎるわ……」
「僕は社交はまだしていなかったから、明るみになる事はなかったけどね」
「していたら、私達も不仲だって言われたのかしら?」
「それはどうかな。僕は外面を取り繕うのは得意だし、余計な弱みなんか晒さないよ」
「それ、余計に最悪だからねっ⁉︎」
ごもっともである。外面のいい分メルローゼの嘆きが誰にもわかってもらえなくて、たちの悪さが上がるだけではないか。
そう考えるとヴィリックは取り繕う事をしなかった分、プロディージよりもずっと素直なようだ。レイザール殿下もそうだし、そういう家系なのだろうか……あまり王族に向かない性格だと、こっそり思っていた。
そのあたりの事もわかってくれたようだし、ヴィリックに視線を戻す。自身のどうしょうもない性質を指摘されたヴィリックは、不快そうに眉を寄せていた。
そんなヴィリックに、困ったように微笑みかける。
「お話の通り、弟もそうだったから、ヴィリック様もそうなのかなって思ったのだけれど、当たっていたようね」
「……悪いか」
「今となっては最悪じゃないかしら。素直になるのは、そんなに難しかった?」
「……ルーテを前にすると、どうしても……」
「素直になってイチャイチャした方がずっと楽しい時間を過ごせていたのに、どうしてそういう事をしてしまうのかしらねぇ」
ソフィアリアもプロディージ達を長年見ていたけれど、その心境はいまいちわからない。ただ、どうしてもそうなってしまう人がいると理解しただけだ。
好きな気持ちを全力でぶつけて、気持ちを返される事で幸せになって、そうやって過ごす方が絶対に幸せな毎日を過ごせるのに……それが足りない今だからこそ、尚更そう思う。
イチャイチャ過ごせていた可能性に赤くなっているヴィリックを横目で見つつ、まあ今回の場合はヴィリックが素直になっていたとしても、結局世界の歪みに当てられてしまい、ミウムに惹かれていた可能性もあったなと思う。その場合、どちらがよりアルファルテを傷付けるのかというのは難しい問題なので、何とも言えない。
「アルファルテ様の事がお好きだったのなら、何故ミウム様と浮気などなさったのですか?」
ヴィリックの想いを聞いたリスティスは、より一層ヴィリックへ向ける視線を冷たくさせる。
そんな反応が返ってくるのは当然だろう。何も知らない人から見れば、アルファルテが好きだったのに素直になれず、挙げ句の果てにミウムと浮気し、ミウムがいなくなった事であれは間違いだったと言い訳を重ねて暴走する、最低な男性にしか見えないのだから。
そんなリスティス相手に眉を吊り上げたヴィリックが反論しようと口を開く前に、ソフィアリアが二人の間に割って入る。
「ヴィリック様を責めるのは、わたくしの話を聞いてからにしてくれないかしら?」
ヴィリックを睨み付けるリスティスにそう言うと、不信感のこもった視線がこちらに向く。親身になって話を聞くソフィアリアだって、同罪に見える事など百も承知だ。
今日一日でリスティスと話し合いどころか、すっかり信用をなくしてしまった事に苦笑し、まあ意見の相違や関係性を考えても、こうなるのは避けられなかったのだろうと割り切る事にする。ここにきてようやくなのだから、自分の不甲斐なさを実感するばかりだ。
リスティスから視線を逸らし、助けを求めて縋るような表情をしたヴィリックと向かい合う。理解を示したおかげか、ソフィアリアの声には少しは耳を傾けてくれるようになったようで、何よりである。
「王鳥妃であるわたくしがこの国にいるのはね、ヴィリック様のような不可解な状況に陥る人がいる原因を突き止めるよう、王様に命を受けたからなのよ」
色々な事を端折ったうえに話を捏造したが、それを隠すように真剣な目でそう説明する。
ヴィリックは何を言っているんだと言わんばかりに、眉根を寄せていた。
「……どういう事だ?」
「そんなお話、聞いておりませんが」
リスティスにも怪訝な顔をされ、学園長も不思議そうな顔をして、目をパチパチさせていた。
事情を知らない三人や私兵達にそんな反応を返されるのは想定内。にわかには信じられない話なのも重々承知の上だ。本当は知らせないまま解決するつもりだったのだが、予想以上に被害が大きくなり過ぎてしまったから、もう黙っている訳にはいかない。これ以上大勢の人の人生を狂わせるわけにはいかないのだ。
「……これは大鳥様しか知らない事なのだけれど、この世界には人智の至らない不思議な現象がたくさんあって、それが世界に悪影響を及ぼす場合、大鳥様がこっそり修復してくださっていたの」
――それでも、と足掻いて嘘を重ねようとしているのだから、自分の加害性を自嘲する。本当にソフィアリアの存在は、人間に対してどこまでも優しくない。
「まあ、そうでしたの? 言ってくだされば、我々も大鳥様への信仰を深くもって、日々感謝の祈りを捧げさせていただきましたのに」
「見返りがほしい訳でもないし、人間だけの為にという訳でもないもの。だから気にしないでくださいな」
手を合わせて感謝を示す学園長にそう言って微笑み、心に罪悪感を募らせる。
この件に関していえば、侯爵位の大鳥という強大な力を持つ存在がこの世界で死亡した事で発生した世界の歪みが原因であり、そのきっかけを作ってしまったのは、ソフィアリア達の祖先の暴走だ。
その事に対してソフィアリアだけが責められるのは仕方ないと思うが、大鳥の不信感に繋がる可能性があるのだから話は別だ。王鳥妃として、少しでも大鳥の印象が悪くなる事を軽減させようと画策した結果、こんな嘘で誤魔化そうとしているのだから、感謝されるのは心苦しさを感じる。
まあ、大鳥が世界に何かあれば勝手に修復し、護っているというのも間違いではないので、嘘八百という訳でもないのだが。少なくとも今回の件に関していえば、それに該当するものではないし、王鳥はどうにも出来ないと長い間放置していた事には変わりない。
そんな大鳥に不利な事、未来永劫隠し通すけれど。
「不可解な状況とは、どういったものなのですか?」
「簡単に言うと、コンバラリヤ王国の限定的な場所で、ある日突然人が変わってしまったり、意に沿わない行動をとってしまう人が現れ始めたという話を聞いたの」
「それって!」
「ええ、ヴィリック様も、その被害者だわ」
そう告げた途端、キッと睨み付けられる。
「……つまりオレがおかしかったのは、その不思議な現象ってやつのせいだったってのか?」
「正しくは、ミウム様が巻き込まれていて、ヴィリック様はそれに巻き込まれた形ね」
「結局あの女のせいじゃないかっ⁉︎」
「言ったでしょう? ミウム様も巻き込まれていたって。だからミウム様を恨むのはお門違いよ」
それを告げると、ぐっと息を詰まらせ、怒りを堪えるように手を強く握り締めた。
「だったら……だったらオレは誰をっ……!」
拳を震わせ、やるせない表情をしていた。恨みで自分を辛うじて保ち、鬱憤を晴らすように捨て身でこんな事までしてしまったのに、見当違いだと言われたのだ。どうすれば、誰を恨めばいいのかと、途方に暮れているのだろう。




