表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
353/427

届かなくなった想い 2



 突然客席を制圧し始めた警備兵が見えた時、オーリムとレイザールはお互いに手を止め、一時休戦した。


「……なんだ?」


 お互いに息を整え、周りを警戒し背中合わせになりながら、観客席を見渡す。


「あれは、警備兵の格好をしているが、ヴィリックの私兵か……?」


 そう分析したレイザールに目を見開く。ヴィリックとは、歓迎パーティで騒ぎを起こしたこの国の第二王子の名前だったはず。つまりレイザールの弟だ。


 今は幽閉されているはずの彼の私兵が何故……いや。


「皆が心配だ。観覧スペースに戻るぞ」


 今はそんな事どうだっていい。早く彼女のもとへ行き、一刻も早く身の安全を確認し、側で護らなければ落ち着けない。


「ああ。……そろそろフィーギス殿達も控え室に移動している時間かもしれない。観覧スペースに警備兵を増員させているが……」


「そこに私兵が紛れている可能性もあるな」


 それに思い至って、二人してサッと顔を青褪めさせる。


 王鳥との繋がりを切っているので状況はわからないが、なんだか胸騒ぎがした。王鳥やキャルやヴィルが護りを固めているはずなので、何かあっても大丈夫だろう……いや。


「っ! リスティっ⁉︎」


 大丈夫なのは、ビドゥア聖島の人間だけだ。あそこにいるはずのリスティスだけはこの国の人間なので、おそらく護られていない。王鳥が何よりも大切な人だと共感してくれないから……。


 ――何よりも大切な人? リスティスが? いや……そうだ。ずっと夢で逢瀬を重ねていた護るべき女性だ。なにも間違えていない……はず。


 一瞬湧いた疑念に蓋をして、オーリムは彼女達が居るはずの王族専用の観覧スペースへと駆け出した。代行人としての力が使えれば、ここから軽くひとっ飛びだったのに、今はそれが出来ないタイミングの悪さを呪う。


「あっ、待て!」


 レイザールがそう言って後ろからついてくるのを、煩わしいと思ってしまった。


 とりあえず無視をして、ただひたすら走っていく。


「っ⁉︎」


 そこへ向かう通路は壁でも壊されたのか、瓦礫によって塞がれていた。軽く蹴飛ばしてみてもパラパラとしか崩れないので、突破する事は不可能。随分と制圧戦に慣れているものだと、苛立たしげに舌打ちする。


「こっちだ!」


 他の道があるのか、レイザールは反対側を指さす。かなりの遠回りを余儀なくされるだろうが、こうなっては仕方ない。

 この円形闘技場は入り組んでいるので道がわかりづらく、自分より走るのが遅いレイザールに誘導してもらうしかなかった。


 途中で会った逃げ惑う生徒には脱出経路を口頭で教え、鉢合わせたヴィリックの私兵と何度か交戦しながら、半刻ほど走り続けた頃。


「リムッ‼︎」


「レイザール殿!」


 聞こえてきた声の相手に胸を撫で下ろし、同じくらい観覧スペースの無事が気になった。


 二人は戦っていた相手をなんとか気絶させ、周りにもういないか確認すると、警戒しながらこちらに近付いてくる。オーリムとレイザールも同じ事をしながら、二人と合流した。


「……ここに居たのか」


「移動中に襲われたからね。まったく、厄介な事になったものだよ」


「怪我してねーな?」


 そう言って肩を竦め、心配してくれた二人は、せめて王族の観覧スペースに居てほしかったフィーギスとプロムスだった。


 二人とも鳥騎族(とりきぞく)である為、私兵ごときに遅れをとる事はないだろうが、二人がここにいるという事は、観覧スペースには女性陣と早々に負けたプロディージしか居ないという事だ。

 大鳥三羽の護りがある為、命の安全だけは保証されるだろうが、それだけだ。王鳥は誰が巻き込まれていようと人間同士の争いには介入しない為、致命傷でも与えようとしない限り、たとえ妃であるソフィアリア相手でも助ける事はしないだろう。

 警備兵もこうして寝返っている為、他に護りがない状況ではないだろうか。かすり傷一つ許せないオーリムは、安心する事が出来なかった。


 とりあえず冷静になろうと気持ちを落ち着かせ、(うなず)く。


「平気だ。キャルやヴィルはなんて?」


「王鳥様に阻まれて助けてやれないから、早く迎えに行けってめちゃくちゃうるさい」


「だろうな」


 片耳を押さえて顔を顰めているプロムスの言葉に、案の定かと苛立ちを吐き出すよう溜息を吐く。キャルでもそうなのだから、それより位の低いヴィルはもっとだろう。


「時間が惜しい。行こう」


 大鳥の助けは期待出来ないと判断したレイザールが先導するよう走り出したので、三人は後に続いた。


 走りながら何度か交戦し、また走っている最中。


「レイザール殿、またなんで学園の警備兵が反乱なんか起こしているんだい?」


 私兵がいない今のうちに現状を把握しようと、フィーギスが目を眇めながら口を開く。


 レイザールはどこか申し訳なさそうな顔をして、言った。


「学園の警備兵ではない。ヴィリックの私兵が扮装(ふんそう)しているんだ」


「は? ヴィリック殿下……元殿下の私兵、ですか?」


「彼は既に収監されているはずでは?」


「ミウムの事があったから、側近と一緒に多少自由のある幽閉に減刑した。今日幽閉地に護送予定だったんだが、この様子だと逃げ出したのかもな」


 そう言って溜息を吐いているが、それを聞いてオーリムはギョッとする。


「逃げたのかっ⁉︎」


「おそらくは。……あんな弟だが、部下には慕われていたんだ。こんな無茶苦茶な事は、上の命令でもなければしないだろう」


「ふむ。たしかヴィリック殿は、卒業後は一小隊を率いる騎士団長になる予定だったね。名誉職ではなく、実際に強いのかい?」


「ビドゥア聖島ではどうなのか知らないが、この国の兵や騎士に名誉職はなく、実力主義だ。ここ二年ほどは俺が優勝しているが、その前まではヴィリックが優勝の常連だった。実力は俺と並ぶか、それ以上じゃないか?」


 それは相当だなと冷や汗が流れる。二年前というと、学園に入学して間もない頃なのではないだろうか。その時点で何度も優勝経験があるという事は、並の実力ではないだろう。ましてや未来の騎士団長としての教育を受け、この場を制圧出来るだけの部隊を既に従えているのだから。


「……そのヴィリックも、ここに居るのか?」


「……おそらくは、リスティ達の所に」


 渋面を作って言われたその言葉に一瞬目の前が暗くなったものの、カッと闘志をより燃え上がらせる。


 一番の危険人物が世界一大切な人のところにいる。今も恐怖で震えているのではないかと思うと、居ても立っても居られない。


「急ごう。なにが目的か知らないが、そんな危険人物の側に居させたくない」


「リム」


「なんだ?」


 プロムスのどこか咎めるような声と視線に、つい睨み返していた。何故そうも冷たい目をしているのかは不明だが、今は喧嘩している場合ではないと冷静になり、首を横に振る。


「……後にしてくれ」


「……そうかよ」


 どこか突き放したような声に心が軋んだものの、気にしていられなかった。今一番大切なのは怯えているかもしれない彼女なのだから。


 ――大切な人はそう簡単に怯える人だったかと頭を()ぎるが、当然だと考えを振り払う。彼女は誰よりも孤独で儚げな人なのだから、側で護って慰めてあげないと。


 そのまま無言で四人で駆け抜ける。途中で妨害してくる私兵が鬱陶しい。目的地に近付いているのか、私兵の強さも上がってきているせいで、余計な足止めをくらう羽目になっていた。


 ――王鳥に何度か力を返すよう頼んでいるが、全く反応がない。繋がっていないので返事はオーリムには届かなくても、王鳥は一方的にオーリムの心を読んでいるだろうに。

 なにが人間同士の争いに関わらないだ。そう言い訳をして大切な人を窮地から救おうともせず、苦しみをもたらす場所に放置し続ける王鳥に不満を募らせる。


「来たか」


「お待ちしておりました。レイ、平気か?」


 と、どうしようもない苛立ちを感じ始めて心で(なじ)っていた頃、今度はラトゥスとマーニュと合流した。鳥騎族(とりきぞく)でもなく、たった二人きりでここまでやってきた事実に驚く。


「平気だ。そっちは?」


 レイザールはラトゥスはともかくマーニュの実力は知っていたようで、平然としていた。という事は、マーニュも試合で見ていた以上に強いのだろう。


 マーニュはレイザールの無事を知った事で幾分か目元をくつろげると、小さく(うなず)いていた。


「問題ない」


「ラス、随分と先に居たのだね?」


「早えじゃねーか」


 フィーギスも安心したような表情でラトゥスの肩を叩き、その反対ではプロムスも労っている。


「勘を頼りに抜け道を探した」


 さらりとそんな事を言うものだから、レイザールですら目を丸くした。


「そんな場所があったのか……」


 どうやら知らなかったようだ。まあ知っていれば、もっと早くここまで辿り着いていただろうから、納得である。

 それを探り当ててくるラトゥスとマーニュの観察眼はどうなっているんだと疑問を感じたものの、こんな所でぐずぐずしている訳にはいかないので、話を切り上げる事にする。


「さっさと行くぞ。リスティ達が心配だ」


 そう正直に話せばシーンと冷えた空気に、リスティスの救出で頭がいっぱいのオーリムは気付かなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ