愛と勝利を捧げる剣術大会 3
さて、この空気をどう払拭しようかと考えを巡らせていると。
「あっ、ディーだわ!」
メルローゼが嬉しそうな声でそう言って身を乗り出したから、その必要はなくなった。指を指した方向に視線を向けると、ソフィアリア達のいる客席から見て手前の場内に、たしかにプロディージはいた。十人のなかの一人だけ観客席から期待の声があがるほどの屈強な生徒がいて、勝てる見込みがなしになり、遠い目をしている。
「あらあら、本当にすぐ帰ってきそうね?」
「……いえ、あの方は」
リスティスが呟いたと同時に試合開始の合図があり、屈強そうな生徒が真っ先に吹き飛ばされ、勝敗が決まる。
「……見た目はああですが、とてもひ弱でして……。毎回ああやって一番に狙われ、終わってしまうのです」
「……あらまあ」
吹き飛ばされた男子生徒はカラカラと笑い、観客席の方もドッとわいているから、これがお決まりの流れなのだろう。これだけ広いと本当に色々な生徒がいるなと、遠い目をする。
――その後プロディージは二人の生徒に勝ったものの、黄色い声援を浴びている事を妬んだ徒党を組んだ二人組によって、簡単に剣を弾き飛ばされた。
「二人がかりなんて卑怯じゃないっ⁉︎」
「ははっ、混戦なんてそんなものだよ。目立てば目立つだけ不利なのは仕方ない」
「でも二人に勝ちましたよ! 剣術は苦手だと伺っておりましたが、充分ではないでしょうか?」
「へぇ〜、坊ちゃんちょっとは頑張ったじゃん」
本当である。これもメルローゼへの愛の力だろうかとニマニマしながら、戻ってきたらウンザリされるほど褒めてあげようと、心に決めた。
しばらく雑談と試合鑑賞を楽しんで、いくつかの試合が経過する。
「ふふ、マーニュ様もお強いのねぇ」
「マグ様もレイザール殿下と一緒に鍛錬しておりましたから」
マーニュが勝ち進んだ姿を見ながら笑顔でそう言うと、リスティスの口からレイザール殿下が呼んでいたマーニュの愛称が出てきて、目を瞬かせる。
「あら? リスティス様もマーニュ様と仲がいいの?」
「……ええ。父が再婚する前までは、レイザール殿下が連れてきた彼と彼の婚約者と一緒に、四人でよく遊んでいたのです」
そうだったのかと目を丸くした。マーニュの婚約者については婚約を解消か破棄をして離れて行った事くらいしか知らないが、四人で幼馴染のような関係だったらしい。
なのに今はレイザール殿下とマーニュしか真っ当な縁は繋がっていない。なんとも切ないものだと、ついしょんぼりしてしまった。せめてリスティスとレイザール殿下は今日仲直り出来ればいいのだが――ソフィアリアの為にという私情込みで。
「ラスー! 頑張れよー!」
「ロムやめて、恥ずかしいじゃない」
「ビドゥア聖島の力を見せてやりたまえー!」
大声で声援を送るプロムスの事はアミーが諌め、フィーギス殿下まで便乗して声を張り上げた事で、観客席がますます沸く。
無駄に盛り上がって注目を浴びたラトゥスは遠い目をしていたが、しっかり勝ち進んでしまうのだから、やはり相当強いんだなとしみじみ思った。
「レイザール殿下の剣筋はなんというか、とても綺麗ですわねぇ」
「まったくだよ。いやはや、やはり軍事大国の王太子ともなると、我が国の戦闘技術とは比較にならないね。鳥騎族になっていなければ、私では歯が立たなかったかもしれない」
華麗な剣捌きで短時間の間で試合を終わらせたレイザール殿下を見て、思わずほうっと溜息を吐く。ソフィアリアは素人だが、やはり優勝経験者だけに、その技術力は圧巻の一言だ。
「本当に綺麗……」
そう呟いたリスティスが少し寂しそうな目をしていた事が、なんとなく印象に残っていた。
一回戦の一番最後の試合。そのメンバーの中にはオーリムがいた。
「リム様ー!」
その姿を見ただけで思わず満面の笑みになり、ぶんぶんと大きく手を振って黄色い声援を送る。なんともはしたないが、今は準男爵夫人なのだから許してほしい。
声を拾ったオーリムはソフィアリアの方を見て頷き、笑みを浮かべた――リスティスを見ながら。
リスティスも惚けた表情で、オーリムを見つめている。
ソフィアリアを素通りし、オーリムとリスティスの視線が絡んでいる事にチリチリと胸を焦がしながら、平気なフリをする事しか出来ない。貴族らしく気持ちを制御する術を身につけていなければ、ヒステリックに騒いで、リスティスを責めてしまっていた事だろう。
暴れ出したい気持ちを抑えて頰を両手で包み、幸せそうな顔を作って笑う。
「ふふ、リム様がこちらを振り向いてくれたわ」
「えっと、よかったですね、お姉様っ!」
「リム、きっと勝ってきますよ。最愛のソフィ様の応援があったのですから……」
マヤリス王女とアミーには、思いっきり気を使わせてしまったけれど。あとメルローゼのその表情は、貴族令嬢的にどうかと思うのだ。
――そして当然のように、圧倒的なスピードで勝ち進んだ。さすがスピード自慢のオーリムだと、一人でのろけ続けていたのは言うまでもない。
一回戦が終わったところで、警護の為にここから出歩けないソフィアリア達に、観戦しながら片手で食べられそうな昼食を持ってきてくれた。なんでも闘技場外には今、観客の為にこうした食べ物の屋台が並んで賑わっているのだとか。
フィーギス殿下と繋がっているヴィルに毒の心配はないとお墨付きを貰うと、昼食を楽しむ事にする。持ってきてくれたのはブリトーというモチモチの薄焼きの白生地の中にたくさんの具材を詰め込んで巻かれた、ボリューム感のある食べ物だ。これもコンバラリヤ王国に来てから初めて見た食べ物で、オーリムが好きそうだなと笑顔で食べ進める。
途中でプロディージが屋台で買ってきたらしいお菓子を携えて帰ってきて、先程心に決めた通りこれでもかと褒め称えてウンザリされながら、二回戦を見ていた。ここからは会場を半分に区切ったまま、一対一の戦いになるようだ。
マーニュにオーリム、ラトゥスにレイザール殿下と、全員が順調に勝ち進んでいた。
三回戦からは人数も少なくなってきた為、会場を全面使用するらしい。ここからは会場も広がり、試合の間隔も短くなってくる為、剣技の他に体力だって求められる事になりそうだ。
それに、なんだか雲行きが変わり、試合前のパフォーマンスも増えてきた。
「……ふむ。マーヤ、あれは止めなくてもいいのかい?」
「ううっ、低俗なものをお見せし、申し訳ございません。なんでも親時代からの伝統なのだそうです」
そう言って気まずそうに縮こまるマヤリス王女をチラリと見て、また会場内に視線を戻す。
「コル子爵令嬢! 婚約者とのしがらみを断ち切り、あなたに真実の愛と勝利を約束しよう!」
そう高々に宣言するのは対戦者の一人だ。観客席がわっと沸いて注目を浴びた女子生徒が、呼ばれた子爵令嬢なのだろう。頰を赤くし、幸せそうな表情をしていた。
そしてもう一人注目を浴びた女子生徒がいて、対照的に泣き崩れている。周りの気まずそうな雰囲気と、慰めるように肩を抱く女子生徒が見えるので、しがらみ扱いされた婚約者なのだろう。
三回戦では試合前に、こういった茶番が何度か繰り広げられているのを目撃した。
「なんでこんな低俗な愛の告白場になってるんです? 健全な告白ならまだしも、先程のように観衆の面前で乗り換え宣言なんて、誰も得をしないでしょう」
不機嫌を隠しもしない声音で腕を組むプロディージの問いに、マヤリス王女はしょんぼりと肩を落としながら頷く。
「それはそうなのですが……」
「こんな風に婚約破棄は昔から行われていたの?」
「日常的に頻発し始めたのは最近ですが、剣術大会の場に限り、こうした事が許される雰囲気があったのです。とはいえここまで勝ち進まなければならないので、そう多くはないのですが」
「それだけの本気を見せたのだから、婚約の入れ替えを認めろって事なのかな? いやはや、勝手が多いこの国を統治するのはなかなか大変そうだ」
どこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべて肩を竦めるフィーギス殿下の皮肉に、将来的にその重圧を背負う事になるリスティスは、気まずそうに視線を逸らしていた。
「これが双方相手の居ない純粋な告白や、普段言えない事をこの場を借りて伝えるきっかけになるというのなら、いくらでも見守ってあげるのだけれどねぇ」
そういう微笑ましいパフォーマンスなら大歓迎だと、頰に手を当てながら溜息を吐けば、同意とばかりにメルローゼがうんうん頷いていた。
「そうよね〜。でも婚約破棄する場になるというのなら、話は別! 大勢の前で切り捨てられた婚約者が不憫で見ていられないわ! なんでそんなもの目撃しなきゃならないのよ!」
「まったくだよ。婚約破棄なら学園内ではなく実家で話し合うべきだし、誰が得する訳? 自ら醜聞を晒すとか馬鹿じゃないの」
プロディージの言う通りである。
この国では婚約破棄も容易なのかもしれないが、これが娯楽のように罷り通っている現状は、家同士の結びつきを厳重に管理されているソフィアリア達ビドゥア聖島出身の貴族的には受け付けない。自国でやらかす人間がいれば醜聞となり、あっという間に家は信用をなくして没落するだろう。
こんな事がこの学園の伝統かのように続けられているだなんて、この国の品位すら疑ってしまう。所詮お客様の立場なので、こうして顔を顰める事しか出来ないけれど。
ふと、親時代から続いているという言葉に思い至る事がある。
「これを最初に行ったのは、二代前の王配殿下かしら?」
親時代から長く続き、こうして今だに歓声が沸くという事は、それだけ影響力のある人物が最初にやって、それが結果的にいい方向に動いた前例があるのではないかと考えた。
この国の親時代という事は、女王の統治が始まった後だろう。そのあたりで婚約破棄、またはそれに準ずる行為がいい結果に動いた大きな例なんて、王女と婚約しながら恋人を持ち、その関係を結婚後まで続けて愛人として侍らせ、あまつさえ王族の血を継いでいない王配と愛人の子供が王太子に選ばれた事くらいではないだろうか。それがいい事と呼べるのかは微妙だけれど、王配殿下と愛人にとっては愛を貫いた成功例であった事は間違いない。
そう推理してみれば、マヤリス王女はコクリと頷いた。
「正解です。王配殿下……当時は侯爵家子息でしたが、剣術大会で長く懇意にしていた子爵令嬢への愛を誓い、見事優勝してみせたのだそうです。その日から堂々とお付き合いが始まったのだとお聞きしました」
「その時点で誰も諌めなかったのかね?」
「学生の間の火遊びだろうと高を括っていたそうです」
「未来の王配として不適切な態度だと、問題にならなかったのかしらね? 恋愛感情がないのは仕方ないけれど、こうして観衆の前での宣言なんて王家に泥を塗っている事になるのだから、理由としては充分だと思うのだけれど」
「王配教育を幼少期から受けていて、他に候補がいなかったせいか許してしまったみたいですね。まさかその甘さが、結婚し王配になってから愛人を王城に連れ込むなんて暴挙に繋がるとは思っていなかったのではないでしょうか?」
つまり色々と見誤った結果なのかと溜息を吐く。見逃したせいで一途に貫かれた愛が次期王太子を産むなんて結果を出してしまったせいで、こうして純愛の証のように受け継がれていく現状は、どうにかした方がいいと思うけれど。
「あ〜あ、結局負けてやんの」
「ここで負けてしまえば、ただの恥ね」
そんな事を話していたら、プロムスとアミーの呆れた言葉通り、宣言した生徒は負けてしまったようだ。それが無様にでも見えたのか観客席から笑いが起こり、愛と勝利を捧げられた女子生徒も恥ずかしそうに視線を逸らし、他人を装っていた。
それを見た対戦者は青褪め、縋るような眼差しで婚約者を見るのは何故なのか。これだけの事をやらかしておいて元に戻れると思っているのか。
なんにしても、真実の愛とは負けて儚く散るくらい軽いのだなと、溜息を吐く事しか出来なかった。こんなくだらない茶番に付き合わせないでほしいものである。




