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愛と勝利を捧げる剣術大会 1



 数多の敵を蹴散らしたラズは、囚われのリスティスを見つけると、安心したように微笑んだ。


『リスティ!』


 手に握り締めた剣をその場に捨て去ると、リスティスの側に駆けてきて、ギュッと力強く抱き締めてくれる。


『ラズ様』


 抱き締められたリスティスも微笑んで、ようやく肩の力が抜けた心地がした。

 もう恐れるものは何もない。世界一安心で幸せなこの腕の中で、平穏に暮らす事を許される。その事に、心から安堵したのだ。


『迎えに来た。結婚しよう。もうリスティを苦しめるものは何もないから安心していい。これからは俺の側で、幸福だけを感じてくれ』


 その甘美な響きに、今までで一番の笑顔で応えた。





            *





 学園生活最終日の前日。明日は修了パーティのみの為、本日が実質最後の授業だった。


 大鳥の出現という大騒ぎを起こした昨日の今日なので登校中も多くの注目を集めたものの、なにもなかったフリをして、のらりくらりと質問を(かわ)す。他国の人間なので、これ以上こちらから言う事は何もない。学年が上がってソノンとイリーチア達が復学してきた時にでも、勝手に聞けばいいと思う。


 一時間目と二時間目は再び音楽の授業だった。ソノンとその取り巻きがいなくなったので、とても穏やかに授業を受ける事が出来る。

 今日は楽器演奏ではなく歌の授業をするそうだ。先生も学園長ではなく音楽の先生で、元オペラ歌手だったらしい。


「……歌っているフリで誤魔化せるでしょうか?」


「もう、ダメよ、アミー。これから子守唄だってたくさん聞かせてあげなければいけないのだから、少しでも練習しないと」


 歌う事が恥ずかしいらしいアミーをそう嗜めつつ、渋々(うなず)いた事ににっこりと笑みを浮かべる。


 アミーの慰めはプロムスに任せ、ソフィアリアは楽譜を睨みつけて渋面を浮かべるオーリムと、たまたまオーリムと同じ表情とポーズをしているプロディージが並んでいる姿を見ながらくすくす笑った。


「リム様、ロディ、歌う事が恥ずかしい?」


「……そもそも歌った事がない」


「別に歌なんてさ、歌いたい人が自由に歌えばいいと思うんだよね。授業の一環として本当に必要な訳?」


「だよな」


「あらあら、こんな時だけ意気投合するなんて。困った子達ねぇ」


 頰に手を当て、ふぅーと溜息ひとつ。


 必要かどうかはともかく、歌唱という娯楽に触れるいい機会だというのに、やった事がない、苦手だからと避けようとするのは、とてももったいないと思うのだ。学園に通って授業として機会を与えられなければ触れなかったというのならば尚更。案外やってみれば楽しく、新たな発見だってあるかもしれないのに。


「その、フィーギス殿とフォルティス卿は、歌の方は……」


 前回の音楽の授業の際の大惨事を思い出したのか、レイザール殿下とマーニュはおそるおそるといった程で、フィーギス殿下とラトゥスにそれを尋ねる。また同じグループを割り振られた為、心の準備をしておきたいのだろう。


 フィーギス殿下は笑みを深め――その表情を見たらしい女子生徒からの黄色い悲鳴が聞こえた――、ラトゥスは軽く(うなず)いた。


「特別上手くはないと思うけれど、先生から合格点を貰える程度には悪くないから、安心してくれたまえ」


「もう足を引っ張る真似はいたしません」


「そ、そうか……」


 ――その言葉通り歌う技術に関しては可もなく不可もなく、それでいて容姿端麗という絶対的な付加価値によって、それはもうクラス中の女子達からは大絶賛されていた。顔がいいと本当にお得だ。


 ちなみにソフィアリアは得意であるという自負はあったのだが、反応はまあまあ。未婚婚約者なしならともかく、容姿のいい準男爵夫人という肩書きでは、安易に関心を引けないものらしいとアミーとコソコソと話していた。同グループとなったプロムスとプロディージのおかげで、一定の評価は受けたようだけれど。あともう少しオーリムにも注目していいと思う。いやよくない。乙女心とはなんとも複雑なものだ。


 まあ、その次にお披露目されたマヤリス王女とメルローゼが並び、綺麗に歌う姿が大変心の栄養となったので、複雑な気持ちなんてどこかに言ってしまったけれど。


 ――リスティスがいるグループに……というよりリスティスにオーリムは見惚れていた事で、また気持ちはささくれ立っていたけれど。あとレイザール殿下は無関心を装いながらチラチラ覗いていないで、素直に特等席で見て、堂々と褒めるべきだと思う。


 そんな荒ぶる心だった最後の授業も終わり、次からは終了時間未定で、毎季最終日の恒例らしい剣術大会を行うとの事だった。

 ビドゥア聖島にある島都学園もそうらしいが、男女別に別れる授業の中に、女子は刺繍、男子は剣術の授業がある。今回はそのうちの、男子生徒の成果を試す為の大会なのだそうだ。


「いいよなぁ〜。オレも参加したかったわ」


 修練場の隣にあった円形闘技場にて。その中の王族専用の観客席スペースに移動し、そう言って肩を落としたのはプロムスだった。プロムスは鳥騎族(とりきぞく)で反則的に強いという理由もあるが、フィーギス殿下の護衛に専念しなければならなかった為、不参加が確定していた。


「どうせなら私も、普通に参加したかったのだけれどね?」


 そういうフィーギス殿下も不参加だ。まあ、他国の王族に生徒が怪我でもさせてしまえば大変な事になるから、それで正解だと思う。

 それでも特例が認められている分、参加しないプロムスよりマシかもしれないが。


「余興扱いになってすまないが、フィーギス殿は俺と一戦交えてもらう事になる。その、大丈夫だろうか……?」


 フィーギス殿下にそう尋ねるレイザール殿下は軽装ではあるが武装し、腰には立派だが実用性のある剣を差していた。もちろん、その場にいるプロムス以外の男性陣みんながそうだ。


 フィーギス殿下はわざとらしくムッとしながら、ジトリとレイザール殿下を睨みつける。


「敵の心配なんて、随分と余裕だね?」


「負ける事はないとわかっているからな」


 そうきっぱりと言い切ったので、よほど剣の腕に自信があるのだろう。フィーギス殿下とは違いレイザール殿下は普通に剣術大会に参加するのだが、それでも勝つつもりらしい。


 コンバラリヤ王国は軍事大国だ。数代前までは他国への侵略が絶えず領土を広げ、今は侵略こそしなくなったものの、国境が犯される事は決してない程、強大な力を有している。

 大鳥の護りによって平和であるが故に、軍事力が年々衰えているビドゥア聖島とは大違いだ。そんな強大な大国の王太子なのだから、レイザール殿下にも相応の力が備わっているのかもしれない。


 フィーギス殿下は勝利を確信したようなレイザール殿下を挑発するように、わざとらしく肩を竦めてみせる。


「三日前の私ならともかく、今は鳥騎族(とりきぞく)だよ? 補正で強くなっているから、そう簡単に負けてあげないけどね」


「そうだったのか。なら、期待している」


「ああ、こちらもいい勝負が出来る事を願っているよ」


 そうやっていい顔で握手を交わす二人を、ソフィアリアは微笑ましく見ていた。


 隣から溜息が聞こえたのでそちらに視線を向けると、オーリムが呆れたように……そしてどこか心配そうに、フィーギス殿下をジトリと睨みつけている。


「たしかに腕は向上するが、契約初期は訓練してコツを掴まなければ力に振り回されるって、フィーは知らないのか?」


「ようやく念願叶った幸せで、浮かれていらっしゃるのよ。元々剣の腕前は相当だったのだから、きっと大丈夫。でしょう?」


「……まあ、怪我しなければいい」


 つれない事を言っているが、オーリムもフィーギス殿下ならばと期待を寄せているようだ。素直じゃない姿が微笑ましくて、腕を絡めてくすくすと笑っておいた。……いつもみたいにギュッと身を寄せられる事はなかったけれど。


「げっ、最初の方じゃん」


 ふと、後ろの席でトーナメント表を見ていたプロディージの嫌そうな声が聞こえたので、オーリムと一緒に振り返る。


「そうなの? どこ? 何ブロック?」


「ここ」


 その隣に座っていたメルローゼがプロディージのトーナメント表を覗き込んだから、プロディージはトントンと指を指す。大接近しているのに平然としている様子が大変目に優しいので、ニコニコしながら見ていた。視線を感じたらしいプロディージに、手でしっしと追い払われる仕草をされたけれど。ケチな弟である。


「ここから見やすいわね!」


「そういう配置にしてくれたんでしょ」


「そうなの? まっ、頑張りなさい!」


 そう言って激励の為か、メルローゼがプロディージの肩をペチペチ叩いている。


 叩かれたプロディージはジトリとメルローゼを睨んでいたが、ふと何か思い立ったのか、メルローゼをじっと見つめ始めた。


 いきなり見つめられたメルローゼの頰が、だんだんと赤みを帯びてくる。


「な、何よ……?」


「この対戦で勝つか負けるかしたら、商業区にデートしに行こうか」


「それ、勝敗関係なくないっ⁉︎」


「もちろん不戦勝や引き分けでもね」


「逃げ場が完全になくなったっ⁉︎」


 突然デートの約束なんてしているから、ウキウキした表情で二人を見守っていた。他のみんなもどこか面白く、微笑ましそうに二人を見ている。他人の色恋沙汰を見ていられないオーリムだけは、視線を逸らしていたが。


 そんな様子に気付いていないメルローゼは真っ赤になって視線を彷徨わせた後、ヤケクソとばかりにツンと言い放った。


「しょ、しょうがないわねっ!」


「ん、約束だよ」


「というか、急になによ?」


「言ったじゃん。学園に入学した後、週に一回はスイーツ巡りに付き合ってって」


「ほんと、そういうところは無駄に律儀よねっ!」


 そう言って頰を膨らませていたが、満更でもないようだ。ツンと澄まし顔なのは、ニヤけるのを我慢しているせいなのだとよくわかる。


 フィーギス殿下の隣に座っていたマヤリス王女がメルローゼを優しげな表情で見て、言った。


「ふふっ、メルちゃん真っ赤ですね? デート、楽しんできてください」


「はっ⁉︎ きき、聞いていたのっ?」


「実に羨ましいねぇ。こんな時でもなければ、私もマーヤと二人っきりで、放課後デートを楽しみたかったのだが」


「どんな時だろうが目立つから諦めろ」


「ラスは本当に意地悪だね……」


「〜〜〜〜っ⁉︎」


 注目を浴びていたと今頃気が付いて、メルローゼはプロディージの肩に顔を埋めて撃沈してしまった。さり気ないイチャイチャは、目の保養である。


 それにしても、プロディージは学園に通いながら、週一のデートなんて楽しそうな事をする予定なのか。多忙だろうに、学園生活を謳歌するのも忘れないようで、何よりである。


 羨ましいなとチラチラとオーリムに目配せしてみたが、オーリムは気付かなかった。実に残念だ。まあ、今の調子だと誘わないのは目に見えていたので、潔く諦める事にする。デートは全てが片付き、オーリムがソフィアリアへの恋心を取り戻してからだ。


 そう言い聞かせて、切ない気持ちを一生懸命誤魔化した。



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