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幸福な未来 3



 誰かに肩を揺らされた気配がして、ソフィアリアはふっと目を覚ます。


 寝起きはいいので瞬間的に目が冴えて、警戒心を抱きながら人の気配がする方を見ると、そこには月夜に照らされて、美貌をより冴え渡らせたプロムスがいた。


 目をパチパチさせていると指でバルコニーを指すので(うなず)いて、隣のベッドで抱き合って眠るメルローゼとマヤリス王女を起こさないように気配を殺しながら立ち上がると、静かにバルコニーに出る。


 バルコニーには王鳥もいた。その優しい目に笑みを返し、静かに扉を閉めたプロムスを見て、首を傾げる。


「リム様に何かあったのかしら?」


「さすがソフィアリア様。話が早くて助かります」


 そう言ってすっと真剣な表情をするから、ソフィアリアもなんとなく姿勢を正す。


「夜分遅くに申し訳ございません。リムが泣いてるんで、助けてやってくれませんか?」


「いいわよ」


「即答ですか……」


「ふふ、当たり前じゃない」


 まるで降参と言わんばかりの苦笑を浮かべているプロムスにくすりと笑う。オーリムに何かあってわざわざ呼びに来てくれたのだから、即答する以外の選択肢はない。


「では王様、今夜は背中を貸していただけますか?」


「ピ」


 いいらしい。快い返事に笑みを返し、寝具は枕とブランケットだけでいいかなと今夜の計画を練る。魔法で温度調整もしてくれるだろうし、背中の寝心地だって保証してくれるだろうから、何も準備する必要はないだろう。


 寝る場所は空にしようかと思ったが、今はもっと相応しい場所がある事に思い至って、プロムスを見上げた。


「申し訳ないけれど、リム様をここに連れてきてくれる?」


「ここって、バルコニーにですか?」


「ええ。リム様と王様と過ごすなら、いつも夜デートをしていたここがいいもの。ね?」


「ピ!」


 王鳥も共感して、ぐりぐりと肩口にじゃれてくるので、つるふわの首筋を撫でてあげた。王鳥から見てもこれが正解なようだ。


 プロムスもそれを知っていたらしく、笑みを浮かべてコクリと(うなず)いてくれた。


「かしこまりました。すぐ連れてきますので」


「よろしくね。プロムス達も今夜はそのまま山小屋で三人……いえ、もう四人ね。家族団欒を過ごせばいいわ」


「言われなくてもそうするつもりですよ」


「あらあら」


 それだけ言うと手すりを軽々と乗り越えて行ってしまったので、部屋の中から枕とブランケットを持ってきて、バルコニーで王鳥と戯れて待っていた。


 数分後、プロムスに担がれる形でオーリムがやってくる。目に光がなくて、涙の後まであって、なかなか酷い有様だ。どうやら泣いているというのは例え話ではなく、言葉のままの意味だったらしい。


「連れてきてくれてありがとう、プロムス。夜中に働かせてごめんなさいね」


「いえいえ。オレはこれで失礼しますよ」


「ええ。おやすみなさい」


 今日二度目の挨拶をすると、プロムスは少しの間オーリムをじっと見つめ、行ってしまった。


 浮かんでいた仄暗い表情は気になるが、後回しでいいだろう。それよりももっと、大事な事があるのだから。


 ぼんやりしているオーリムの手を握り、その顔を見上げる。涙の跡もそのままで、目にはうっすら涙の膜が張っている今の姿は、迷子になった子供のようだ。


 だからもう大丈夫だと思ってもらえるように、ふわりと微笑んだ。


「今日は一緒に寝ましょう?」


 そう尋ねると弱々しくコクリと(うなず)くのだから、内心驚く。てっきり婚前を理由に断られると思っていたのに。断られても、強引に話を進めるつもりだったけれど。

 まあ、話が早くて助かったと考えなおし、そのまま背を向けた王鳥の側に手を引いて誘導する。


 するとオーリムにやんわりと抱きしめられて目をパチパチさせていたら、身体が宙に浮いて、そのままの体勢で王鳥の背中に寝転がされた。最後の仕上げにブランケットをふんわり掛けられれば、寝る準備は完了だ。

 王鳥の背中は寝転ぶには硬いはずなのに、不思議と最高の寝心地だと感じる。王鳥とオーリムの体温に包まれるこの場所は、なんとも幸福感溢れる場所だなと頬を緩ませた。


 モゾモゾ動いてオーリムの身体に擦り寄っても、なんの反応もないし、聞こえる心音はこんな事をしていても一定のままだけど、そんな事も些事と思えるくらい幸せだった。この場所はなんとしても死守せねばと、より深く心に刻む。


「ふふ、三人一緒に寝るのは、これで二回目ね?」


「……うん」


「ピ」


「あともう少しでこれが毎日になって、逆を言えば一人で寝られる機会って、もうすぐなくなってしまうのではないかしら?」


「……そうだな」


「でも、こんなに幸せな気持ちになれるなら、惜しくないわね?」


 オーリムの目を見つめてそう微笑めば、くしゃりと泣きそうな顔をして、ギュッと抱きしめられる。スリっと肩口に擦り寄ってくるのは王鳥と一緒で、オーリムもそこが安心するというのは、よく知っていた。


 ソフィアリアもオーリムの背中に手を回して、ポンポンと撫でてあげる。


「……いつまで、こうしてくれるんだ?」


「ラズくん?」


「フィアは俺と王に恋をしているんだろ?」


「ええ、大屋敷で再会したあの日からずっと、お二人に恋焦がれているわ」


「なのに今の俺は、何も気持ちを返せていないっ……!」


 ギュッと、息苦しさを感じるほど、強く抱き締められる。その身体が震えていたから、目を瞬かせた。

 何に怯えているのか考えて、ふっと困ったように笑い、眉尻を下げる。どうやらまた、ソフィアリアはやらかしてしまっていたようだ。何故こうも、無意識に周りを苦しめるような事をしてしまうのかと、自分に呆れ返ってしまう。


 とりあえず今は安心させてあげる事が最優先だろう。ソフィアリアは締め付けてくるオーリムの腕から自分の両手を抜き取ると、オーリムの頬を挟んで、ソフィアリアの目を見てもらえるように、顔を固定した。


「ねえ、ラズくん。ラズくんはセイドで初めて会ったあの日からずっと、わたくしを想ってくれていたのでしょう?」


 そう問うとコクリと確かに(うなず)いてくれたから嬉しかった。思わずふにゃりとだらしない顔で微笑んでしまったが、その顔が幸せそうに見えているならいいと、引き締めるのは諦める。


「わたくしもずっとラズくんの事は忘れていなかったけれど、セイドへの贖罪とかフィーギス殿下の側妃になる為のお勉強だとか、他の事も考えていたから、ずっとという訳にはいかなかったの」


「……俺も、勉強が大変だったりしたが……」


「でもそれは、わたくしを迎える為に立派になりたかったからでしょう?」


 その問いにもコクリと(うなず)くのだから、今度こそ多幸感でどうにかなりそうだ。嬉しさのままそっと頰に手を滑らせて、優しい手つきでひと撫でする。


「わたくしは違うわ。ラズくんの事は目を覚ますきっかけになったけれど、原動力ではなかったの。それどころか殺してしまったと過去に置き去りにして、贖罪の為に前を向いていたわ。ラズくんがまだ生きているなんて、考えもしなかった」


「当たり前だろ。むしろ忘れなかっただけ、上出来なくらいだ」


「忘れられないわよ。わたくしに出来た初めてのお友達で、あんな別れ方をしてしまったんだもの」


 トンっと、今度はソフィアリアがオーリムの肩に額を当てて、未だ心に(くすぶ)り続ける罪悪感をやり過ごす。オーリムは生きていたけど、その身代わりのように死んでしまった男の子がいた事は、忘れてはならない。不用意に呼び止めたせいで起こったあの男の子の死は、ソフィアリアが生涯抱えなければならないのだから。


 気持ちが落ち着いた頃に顔を上げる。目が合ったオーリムはまだなんの感情もなく、ぼんやりとソフィアリアを見ていた。


 それが寂しくて、誤魔化すようにふっと微笑んだ。多分失敗して、どこか悲しげにしまったけれど。


「わたくしはそうやって目移りしてばかりだけれど、リム様は違うでしょう? ずっとわたくしだけを想ってくれていた」


「……俺は」


「なのに、何故そのうちなくなってしまうと思っているのよ」


 顔を近付けて、コツリと額を合わせる。


 なんてお馬鹿さんな人なのだろう。ソフィアリアは確かにオーリムに恋をしているけれど、王鳥にも同じ気持ちを分け与えていて、周りの事にも絶えず目を向けてしまうくらいなのに、ずっと一途にソフィアリアを想ってくれているオーリムの気持ちと対等だと思い込んでいるだなんて。


 そんな事、あるはずないのに。


「でも……」


「わたくしがいけないのよね。少し大きくして返す、なんて言ってしまったから、ラズくんはスタート地点が一緒だと思い込んで……過去の想いを、なかった事にしてしまったんだわ」


「……俺が勝手に想っていただけだし、あれは恋というよりも、憧れに近かった。だからフィアが気にする必要はない」


「嫌よ」


 ムッと眉根を寄せ、オーリムを強く睨みつける。優しげな顔つきのせいで迫力は出ないけれど、怒っているとわかってもらえるなら、それでいい。


 そんな顔で、必死に訴えかけた。


「勝手になかった事にしないでくださいな。わたくしはわがままだから、その八年分の想いも、これから積み重ねていく想いも全部、一欠片だって取りこぼしたりしてあげないわ」


「フィア……」


「だからね、ラズくん。少し大きくして返すと言ったけれど、きっとわたくしは生涯掛けても、ラズくんにも王様にも返しきれないと思っているのよ」


 ギュッと胸に縋り付いて、引き締まった硬い胸板に頬擦りをする。


 冷静に考えてみれば、勝手に目移りするソフィアリアの想いなんかが、一途に想い続けてくれるオーリムの気持ちに勝てるはずがないのだ。だからなくなってしまうだなんて、オーリムが怯える必要はないのに。


 お馬鹿さんなのは、そう思わせてしまった、軽率で考え足らずだったソフィアリアの方だ。


「むしろわたくしが頑張らないといけないわね。わたくしは貰いっぱなしは性に合わないから、一生掛けても返し続けるわ。だから安心してくださいな」


 顔を上げると、オーリムはくしゃりと、泣きそうな表情をする。


「でも、それだっていつかは、なくなってしまうだろっ……!」


 ギュッと縋り付いてくる身体は震えていた。切実に訴えてくる声も涙交じりだったから、顔は見えなくなってしまったけれど、今もまだ泣いているのかもしれない。

 ここまで弱りきった姿を見たのは初めてだ。でも、そうなってもソフィアリアのもとに来てくれたから、胸は温かい。


 大丈夫。オーリムはまだ、こんなにもソフィアリアが好きなのだから。だからギュッと、ソフィアリアからも抱き返した。


「もうすぐ元通りになるわ。だからなくなる心配なんてしなくてもいいの」


「……本当か?」


「ええ。だから泣かなくても大丈夫よ。結婚して、家族になって、これからもずっと三人一緒に過ごしましょうね」


 それを伝えると、オーリムは家族、とポツリと溢した。



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