すれ違う婚約者達 4
レイザール殿下は明日、授業の一環として開催される剣術大会後にリスティスと話し合う事を決め、ギクシャクしていたのをマーニュに首根っこを掴まれながら帰っていった。
乳兄弟ではないはずだが、二人の関係はフィーギス殿下とラトゥスのようだなと微笑ましく思いながら、笑顔で見送る。
「では、私は仕事に戻るよ。ラスに全部押し付けて、ヴィルと飛行訓練をしていた事になっていたのさ」
「フー」
「ふふ、そうでしたか」
「ああ、そうそう。今夜はマーヤを覗きに行けないから、大事な話は明日以降にしてくれたまえ」
「ええ、かしこまりました。おやすみなさいませ、フィー殿下」
「おやすみ、ソフィ、プロディージ」
そう挨拶をすると爽やかな笑みを浮かべ、ピョンっと二階のバルコニーに跳躍して部屋の中に入っていった。
あまりの事に一瞬固まってしまったが、そういえば鳥騎族になれば身体能力が向上する事を今更思い出した。だからこのくらい訳はないのだ。
ヴィルも左胸に羽を当てて綺麗な礼をすると、夜空に飛び立っていく。
フィーギス殿下とヴィルを見送った後、少し後ろで頭を下げて礼をしていたプロディージの方からトゲトゲした視線を感じて、くるりと振り向いた。
「……何? 姉上、毎夜フィーギス殿下とも密会していた訳?」
元々側妃希望だった頃の名残か、フィーギス殿下と仲良くしているのを気に入らないらしいプロディージが、そう言ってものすごい表情で睨んでくる。
とりあえず笑みを深め、とぼけるように首を傾げておいた。
「お約束をしていた訳ではないし、毎夜でもないけれど、寝る前にお祈りをするリース様とお話した後、それを覗いていたフィー殿下と話す機会が何度かあったわ」
「本当に?」
「嘘をつく理由がある?」
本当にそれだけなのだが、そう答えても疑いは晴れなかったのか、ジトリと睨まれる。ソフィアリアはそれを、笑顔で受け止めていた。
だが諦めたのか、疑いが晴れたのかは不明だが、溜息を吐く。
「まあ、いいよ。醜聞にならない程度に勝手にして」
「ええ、もちろんよ」
そうやって忠告を受けた後、すぐ部屋に戻るだろうと思っていたプロディージは、だが予想に反して、じっと探るような視線でソフィアリアの目を見つめていた。
その心底心配だという視線は、少々居心地が悪い。悪態をつかれながらこっそり心配されるのが常だったので、慣れないなと思う。
だから会話でこの雰囲気を誤魔化すように、聞いてみる事にした。
「どうだった? レイザール殿下やマーニュ様から、何か発見出来たかしら?」
誤魔化したのを勘付かれてジトリと睨まれたが、気にせずニコニコしていると、プロディージはぐしゃぐしゃの自身の髪をかき混ぜた。
「特に隠し事とかないんじゃない? 二人とも清廉潔白というか、そういうタイプでしょ」
「ふふ、やっぱり? ロディの苦手なタイプでしょう?」
「まあね」
そこは素直に認めるんだなと、くすくす笑う。隠し事を嫌がらせのように探り当ててくるプロディージは、逆に隠しもせず堂々と出しているものに対しては鈍感になるのだ。だから素直でわかりやすい人間を、逆にわかりにくいと評し、苦手意識を持ってしまう。なんとも面倒な弟である。
「言ってしまえば、元々王族の血統じゃないし。まあレイザール殿下の察しの悪さは貴族としても、だいぶ危ういと思うけど」
「テストの時にはいらっしゃらなかったけれど、文武両道ではあるらしいわ」
「誰から聞いた訳?」
「フィー殿下とラス様から少しだけ」
「ふ〜ん。なんかリムっぽい御方だよね」
それを言いたかったのか、くるりと背を向けるから、ソフィアリアもふっと目を細める。
「おやすみなさい、ロディ。今日は色々ありがとう」
「別に」
素っ気なく去る後ろ姿を、こちらにも笑顔で手を振って見送った。
誰もいない中庭で、トンっと王鳥にもたれかかって身を委ね、安堵の息と共に肩の力を抜く。
「どうにかなりそうですわね、王様?」
「ピーピ」
王鳥に言わせれば多分なのかと苦笑する。まあ、ソフィアリアも少し楽観視し過ぎている自覚はあるので、なるようになればいいな程度ではあるが。
明日、レイザール殿下の告白で、本当に全てが上手くいけばいいのに。そう願わずにはいられなかった。
「ねえ、王様。ロディの言った通り、レイザール殿下がラズくんになんとなく似ていると言えば、怒りますか?」
「プピィ」
王鳥もそう思ったのか、ニンマリと目を細める。顔を見合わせて、くすくすと笑い合っていた。
「ふふ、そうですよね。真面目でまっすぐで一生懸命だけど、血統のせいか内向的で、ちょっとだけ察しが悪いから、見ていて危なっかしい。レイザール殿下を見ていると、ラズくんを思い出さずにはいられないのです」
おそらく能力的には問題ないし、人望も集めやすい人ではあるのだろうが、王侯貴族には向かない人で、どちらかと言えば王配の方が性に合っている。だから、大国の王族という肩書きは、彼にとっては荷が重いのだろう。現状が問題だらけなので尚更だ。
「……リスティス様もわたくしと同じように、ラズくんにレイザール殿下を投影していた、なんて結末を迎えればいいなって考えてしまったのです」
都合が良すぎる考えだが、そうであってくれないかと思ってしまった。元々リスティスの境遇は同情しこそすれ、今のように追い討ちを掛けて傷付けたい訳ではないのだ。けれどリスティスがオーリムを奪おうとするのであれば、容赦は出来ない。
王鳥はソフィアリアの考えを肯定も否定もせず、嘴で髪を梳いて遊んでいる。そう思っていた方が楽ならそう思っていればいい、という事なのだろう。
甘い考えを振り払うよう首を横に振り、息を吐く。昨日あれだけ頑張ろうと決意したはずなのに、たった一日で甘い判断に縋り流されようとしている。なんて無力なのだろうと打ちひしがれていた。
こんな調子だから、一番傷付いているオーリムの事も上手く慰めてあげられない。傷付けてばかりだ。そんな自分が本当に嫌だった。
「ビ!」
ツンっと頭頂部を強めに突かれる。見上げた王鳥は不機嫌そうで、不甲斐ないソフィアリアを怒って……いや。
「ありがとうございます、王様」
そう弱々しく微笑んで、身体を反転させギュッと抱き付いた。王鳥は満足そうに目を優しくし、ソフィアリアを羽で包み込んでくれる。
怒っているのは、卑屈になったソフィアリアに対してであって、行動は許してくれている。思い通りに行かなくても、今は上手くオーリムを慰められなくても仕方ないと、だから後ろ向きになるなと甘やかしてくれているのだ。
なんて優しい旦那様なのだろう。このまま未来永劫、ソフィアリアだけの旦那様でいてくれたらいいのに。そう願わずにはいられなかった。




