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すれ違う婚約者達 3



 プロディージの言葉が予想外だったのか、レイザール殿下はあからさまに狼狽え、マーニュは視線を逸らした。その反応を見るに、レイザール殿下だけは気付いていなかったらしい。


「セイド卿の姉とはソフィアリア様の事で、姉の婚約者とは、つまり代行人様、だよな……?」


「はい」


「何故……昨日助けられたからか……?」


 そう言って顔色を悪くするレイザール殿下に、フィーギス殿下は肩を竦める。


「何故というのはこちらが聞きたいのだけれどね」


「ですが、代行人様はソフィアリア様の婚約者であらせられます。想いを募らせても、どうもなりようがないのでは?」


 マーニュから申し訳なさそうな顔をしながら、そう問われる。だから大丈夫だと、ソフィアリアに対して慰めの意図もあるのだろう。


 ソフィアリアは困ったような微笑みを返し、仕方ないから全て伝える事にした。本当はここまで伝える事なく、円満解決して見せたかったのだが、何も知らないままなのを許せなかったプロディージがバラしてしまったのだから仕方ない。


「以前お話した世界の歪みの事を覚えていらっしゃいますか?」


「あ、ああ……その歪みに触れたから、ミウムという女子生徒もおかしくなったと。……まさかリスティも触れたからかっ⁉︎」


 身を乗り出して、そうであってほしいと切々と訴えかけてくるレイザール殿下の瞳に、希望を打ち砕こうとしている申し訳なさが募る。けれどここで嘘を伝えても仕方ないので、ゆるゆると首を横に振り否定した。


「大変申し上げにくいのですが、リスティス様の願いこそが、歪みの元凶となっておられるのです」


「は……?」


「どうも世界の歪みはリスティス様の綺麗な魂を気に入ったご様子でして、リスティス様の願望……と言っていいのかは不明ですが、こうだろう、こうだったら嬉しいと解釈した心の内を、そのまま現実に反映させてしまっているとの事ですわ」


 そう説明すると、ごっそりと表情が抜け落ちる。なんとなくだが、たまに見せるこの表情は、リスティスに対して何も出来ない自分に失望した時の表情なのではないかと思った。先程の想いと照らし合わせれば、婚約者でいられる自信の喪失とでも言ってしまえばいいだろうか。


「……そのような事が可能なのですか?」


 まだ半信半疑らしいマーニュにそう問われ、ソフィアリアも困った顔を返す。


「思った対象を夢を媒介にその通りの人格を刷り込み、洗脳しているそうです。ミウム様が問題を起こしていたのはその為で、おそらくルルス様が過激なった理由も、そうではないかと思っておりますわ」


「……リスティが、ミウムというただの女生徒をおかしくし、ルルスを豹変させたと?」


「ええ」


「……何故、そのような事を……」


「申し訳ございませんが、わかりかねます」


 とりあえずそういう事にしておく。憶測ならいくらでも出来るが、確証はリスティスに聞いてみなければ何も掴めない。


「……もしかして昨日、ダンスの授業中に代行人様がリスティス嬢を助けに入ったのは、リスティス嬢の願いを反映させられた結果なのですか?」


 焦りを含んだマーニュの言葉には、悲しげな微笑みを返す事しか出来なかった。それで察したマーニュは悲痛な顔をしながらぐっと唇を噛み、レイザール殿下は絶望をより深くする。


「なら、代行人様はリスティを……」


「……惹かれているご様子です」


「…………そう、か」


 俯いて、強く握り締めた手は震えていた。同じような境遇にいるソフィアリアには、その気持ちは痛いほどわかる。むしろリスティス自ら望んでそうなっている分、ソフィアリアなんかよりずっと心中穏やかではないだろう。


「詳細は不明ですが、リスティス様は冷遇されてからずっと、夢に救いを求めていらっしゃるようなのです」


「何故夢で……?」


「現実が辛い分、夢の中でくらいは、幸せを感じたいと思っていらっしゃるのかもしれませんね」


「……助けられなかった俺のせい、か」


「そのあたりはなんとも申し上げられませんが。その夢というのが、リム様と幸せな時間を過ごす夢なのだそうです」


 ばっと顔を上げ、信じられないとばかりに目を見開く。どこか痛々しさすら感じる表情を、ソフィアリアは静かに受け止めた。


「何故、代行人様と……?」


「……本当に、何故リム様だったのでしょうね? そんな小さな頃からリム様とどこかで面識があったのか。あるいは本当に夢の中で逢瀬を重ねていたのか」


「そう、か……」


 ガックリと項垂れる。知らないうちに好きな婚約者が夢で男と会っていたのだ。相当堪えたのだろう。ソフィアリアだって何故その相手がオーリムだったのかと、気分は晴れない。


「ピ」


「――――ミゼーディア嬢の記憶を辿ってみても、ミゼーディア嬢がリムを見たのは、私がマーヤとの婚約を宣言した三年前が最初なんだね?」


「あら、そうでしたの?」


「ピーピ」


「――――その直後に一度だけ、王とリムが隠れて会話しているのを目撃していたらしいけど、特に声を掛ける事なくすぐに立ち去った、ねぇ」


 それは新情報だなと、目をパチパチさせる。昔からオーリムを知っていた訳ではないと知って安心したが、同時に新たな疑問がわいてしまった。


「本当に夢でだけ、逢瀬を楽しんでおられましたの?」


「ビー」


「――――ふむ? 夢の内容までは探れなかったけれど、少なくとミゼーディア嬢はずっとリムと会っていると思っているのかい?」


「リム様は?」


「ビービ」


「――――リムは夢を見ても内容は忘れているから、覚えていない事は探りようがないのだね」


「ピィ」


「この国に来てから見ている夢には間違いなく、ミゼーディア嬢が出てきている、ねぇ」


 それだとなんとも言えないなと溜息を吐いた。結局何故オーリムが選ばれたのかは、謎なままだ。


「……リスティス嬢は昔から代行人様と夢で会っていたのであれば、三年前に声を掛けようとは思わなかったのでしょうか?」


 腕を組んで渋い顔をしたマーニュの疑問は、ソフィアリアも少し疑問だった。

 まあ、自覚しているここ最近も自ら接触してこようとはしていないので、積極性はないのかもしれないが。そのわりにソフィアリアに対して牽制するような事を言ったのは、ソフィアリアの非道が過ぎたからだろうか。


 王鳥を見上げると、首を傾げられた。よくわからないらしい。マーニュもそれで察したのか、追及してくるような事はしなかった。


「リスティは夢が現実になる事を知っているのか?」


「いいえ、知らないはずですわ。普通はそんな事考えませんもの」


「突然豹変した人が周りにいるのにか?」


「周りにいたとしても、気付くのは難しいのではないでしょうか。逆に自分に優しくなったという変化であれば、疑いを持つかもしれませんが」


「……夢の住人が現実となって現れた事に、疑問は持たなかったのだろうか」


「それは何とも申し上げられませんが、夢が現実となって現れたせいで、より強く運命を感じてしまわれたのかもしれませんね」


「運命……か」


 そう言った言葉は暗く、初めて諦めを感じた気がした。醜聞を振り撒かれても許したリスティスに感じた初めての失望とでも言ってしまえばいいか。


 レイザール殿下は一度息を吐き出すと、顔をあげて姿勢を正し、感情が抜け落ちた目でソフィアリアを見るから、なんだか嫌な予感がした。


「……代行人様なら、リスティを上手く救ってやれるのだろうか」


 真剣な表情で問われたレイザール殿下の言葉に、ソフィアリアは顔を強張らせる。


「それは――」


「それは姉上にリム……代行人様を諦めろと、そう仰られているのですか?」


 ソフィアリアの言葉を遮って、それを言ったのはプロディージだった。どうやら本気で怒っているらしく、顔と声に乗った蔑みを隠しもしない。


 睨み合うプロディージとレイザール殿下の様子に、フィーギス殿下は溜息を吐く。


「レイザール殿。リムは昔からずっとソフィが好きで、生きる理由そのものだったのだよ。一時期王鳥妃(おうとりひ)として迎える事を躊躇していた頃もあったけど、最近はそんな事も忘れて、結婚を目前に控えて幸せそうにしていた」


「……恋愛結婚、なのだな」


「大鳥は政略結婚に理解がないし、代行人に血の繋がった後継は必要ないからね。恋愛でもしなければ、妃を迎える理由がないよ」


「リスティはそれを、自らの救いを求めて横から奪おうとしている訳か」


 ふっと浮かべた皮肉げな笑みには、今度こそリスティスへの失望が現れていた。


「先程のレイザール殿下の発言は、そんなミゼーディア嬢を後押しするものでしかありません。ですので、ご訂正願います」


「……軽率だった。取り消そう。……申し訳ございませんでした、ソフィ……王鳥妃(おうとりひ)様」


 そう言って深々と頭を下げるレイザール殿下に、困ったような笑みを浮かべる。

 大国の王太子ですら、こうして謝罪の言葉を口にし、安易に頭を下げるのだ。王鳥妃(おうとりひ)という立場の重さを、より深く実感する。


「頭を上げてください。わたくしも最初は同じように諦めて、状況に流されようと思っていたのです」


「だが、ソフィアリア達の婚姻は政略的なものではないのだろう? 婚約解消しようと思っていたのか?」


「まさか。わたくしはこの半年間である程度王鳥妃(おうとりひ)という地盤を築き上げてきたつもりですので、今更放り投げる事はいたしません。セイドに多大な恩恵ももたらしていただきましたし、このまま形だけの婚姻を結んで王鳥妃(おうとりひ)として立ち、リスティス様を寵妃として迎える事を考えておりましたわ」


「……それでよかったのか?」


「貴族の政略結婚なんてそんなものでしょう? 末席の男爵令嬢でしたが一応貴族でしたので、そのくらいの覚悟はありました。……恋をする幸福を知ってしまった後でしたので辛く悲しい道ですが、時と共に気持ちが落ち着く事を願っておりましたわ」


「ピー……」


 ソフィアリアがかつてしていた決意を口にすると、王鳥が悲しそうに鳴いて頬擦りをしてくれる。嫌だと言ってくれているようで、その気持ちがなによりも嬉しかった。


「まあ、その為の根回しを任されるなんて、考えたくもないけどね。却下だよ、却下」


「そうですね。我が国からリスティス嬢を連れて行かれてしまえば、マヤリス王女殿下の婚約の再検討を求めるところでした」


「尚更却下だね」


 マーニュの言葉にわざとらしく身震いし、肩を竦めるフィーギス殿下のおかげで、幾分か空気が和らいだのを見て、ソフィアリアは淡く笑みを浮かべる。


「ですが、リム様自身がリスティス様に心を傾ける現状を嘆いておられましたので、その考えは捨てましたわ」


「どういう事だ?」


「まだ完全にリスティス様に気持ちを傾けてしまった訳ではないようなのです。半洗脳状態とでもいいましょうか」


「その洗脳を解きたいのでしょうか?」


「ええ」


 マーニュの言葉をきっぱり肯定すると、真剣な目をしながら姿勢を正す。少し威厳でも乗ってしまったのか、この場にいる全員が同じように居住まいを正した。


「王様(いわ)く、リスティス様に絡みついた世界の歪みそのものを消す方法が二つあるそうなのです。それさえ達成してしまえば、リスティス様の心の内が現実になるなんて状況は、消えてなくなるそうですわ」


「本当か?」


「ええ。一つは最悪な決断ですのであえてお話しませんが、現実が見えていないリスティス様に現実を見せて、夢の中に救いを求める事を諦めさせればいいのだとお聞きしました」


 途端、レイザール殿下は眉根を寄せる。リスティスにとっては非情な決断だと同情しているのだろうか。……それだけの情はまだあると思ってもいいのだろうか。


「……夢の中の安寧を奪い、救いなんてどこにもないと諭すのか?」


「いいえ。ここでのお話を聞く限り、リスティス様がしていらっしゃる誤解を全て解けば、もしかしたら解決するのではないかと思いました」


「……誤解」


「具体的にはレイザール殿下がルルス様の事をなんとも思っていない事をきちんと説明し、ミゼーディア公爵家を取り潰してでもレイザール殿下がリスティス様を保護する気がある事を。ああ、そうですわ。せっかくですから、レイザール殿下がリスティス様の事をどれだけ深く愛していらっしゃるかも語って差し上げればいいのではないでしょうか?」


 キラキラした笑顔でそう説明すれば、レイザール殿下は目を見開いて、顔を赤くしてしまった。


「なっ、何故っ⁉︎」


「だって現実が幸福でしたら、夢に救いを求める必要はなくなりますもの。あとはリム様が本当に好きなのはわたくしだとお伝えすれば、さすがに諦めていただけるはずですわ」


 少し楽観視し過ぎた考えだったが、話してみれば誰もが幸せになれる最高の案なのではないかと思えてきた。やはり今日の密談は有意義だったと、満面の笑みを浮かべる。


 まあその考えを見抜かれたプロディージから、呆れたような溜息を吐かれたが。


「そう上手くいくと思っている訳?」


「ええ、もちろん。何かおかしな所でもあるかしら?」


「私は案外いけるのではないかと思っているけどね。あとはレイザール殿の頑張り次第さ」


 フィーギス殿下はそう言って、レイザール殿下に笑顔で圧力を掛ける。


「わかるだろう? ここで決めてくれないと、大変な事になるんだってさ。私はレイザール殿ならやり遂げてくれると信じているよ」


「……う、うむ。まあ、善処しよう……」


「善処ではなく、やり遂げてくれたまえ」


 異論は許さないと言わんばかりの笑顔の圧力を掛けられ、レイザール殿下は冷や汗をかいているようだった。マーニュはそんなレイザール殿下を……小さな島国の王太子に屈する大国の王太子を困ったように見つめ、溜息を吐いている。


 何にしても、解決の糸口を見つけられたような気がして、ソフィアリアの心は弾んでいた……この時までは、弾んでいられたのだ。





 ――思えばこの時に、楽観視し過ぎていたからいけなかったのだろう。ソフィアリア最大の欠点である恋愛脳が、思考を鈍らせてしまっていた。


 リスティスが何故七年も前から『ラズ様』と逢瀬を重ねる夢を見るのかと判明した時、この幻想は木っ端微塵に打ち砕かれる事になる。





 

 ……最悪の結末を迎える未来が確定する。


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