大鳥へのお披露目と鳥騎族 4
オーリムはその後大鳥達に解散を言い渡し、大半の大鳥達は姿を消した。帰った訳ではなく、日をあらためてまた順番に王鳥妃を見に来るらしい。
今残っている大鳥達と一言ずつ言葉をかわすと、話し終わった大鳥は広場で思い思いに過ごしたり、どこかへ飛び立って行ったりと自由に過ごしていた。これが大屋敷では通常通りなのだとか。
小一時間程で今いる子達への挨拶が終わり、そこでフィーギス殿下とラトゥスは王城へと帰って行った。本当は挨拶をする前に帰るようにラトゥスが促していたのだが、どうしても運命の大鳥を見つけたいフィーギス殿下が駄々をこねて、ソフィアリアの斜め後ろから離れなかったのだ。ラトゥスは呆れて冷たい視線をフィーギス殿下に送っていた。
思っていた以上に大変な事になってしまい、今頃島都は大騒ぎだと思う。事後処理や状況説明が大変そうだが、現実逃避せず是非とも頑張ってほしい。
……運命の大鳥探しなんて軽く言っていたが、おそらくフィーギス殿下は大鳥達の、王鳥妃に対する動向を見極める為にやってきたのだと思う。こういう事態もある程度予想済みだったのかもしれない。
ソフィアリアの今日の行動が、少しでも彼の心労を減らす事になればいいのだが。
という訳で、次は大屋敷内にある別館へと足を運ぶ事にした。先程挨拶をした子は誰とも契約していない大鳥達だったので、次は今大屋敷内にいる、契約した大鳥と鳥騎族への挨拶の為である。
本館は主に王鳥と代行人の住居なのだが、別館は主に鳥騎族とその家族の住居と、鳥騎族希望者の宿泊施設となっている。
この大屋敷に入る為の丘を上がって、丘の上の門から本館への整備された道を途中で左に曲がると見えてくる、森に囲まれた大きな屋敷が別館だ。別館といってもこちらの方が人が多く、本館の二倍以上は大きいので、こちらの方が本館に見えなくもない。
主に独身の鳥騎族がこの別館で部屋をもらって暮らしていて、稀に家族で住んでいる人もいるし、家族専用の大部屋もいくつかあるのだが、鳥騎族以外の人は何かあれば大屋敷から追い出される可能性がある為、家族のいる鳥騎族は基本的には島都に家を持ってここへ通ってきている人の方が多い。
家族でここに住んでいる人は、家族が元から住み込みの使用人だったり、病気がちで出歩けないなど、あまり大屋敷から外へ出ない人が多いようだ。ちなみにアミーとプロムスも結婚してからは、こちらに部屋を貰って住んでいる。
他にも鳥騎族希望者が大鳥との出会いを求める為に宿泊出来るようになっているのだが、ここだと働き口が使用人くらいしかなく、宿泊も格安とはいえ有料で商業施設もなく、いつ出会えるかも未知数なので、ある程度期限を設けて来る人が大半だ。どちらかといえば島都に住んで働きながらこちらへ通ってくる方が正規の手順だと思う。
そんな別館周辺は木が生い茂って森になっているのだが、ここに生えている木はどれも大鳥達が植えた幹が太くて大きい不思議な木で、これは大鳥達の大きさでも木に止まれるようになっており、普通の木ではないのだ。
大鳥達はこの森で羽を休めたり、巣を作って暮らしていたりする。いわばこの世界に居る大鳥の居住区域でもある。
ちなみに鳥騎族が別館に住んでいれば、契約した大鳥は鳥騎族の部屋のバルコニーに巣を作るらしい。なので王鳥の巣は本館案内で見た通り、元オーリムの部屋で、今はまだ誰もいない主寝室に巣を作っている。
「まあ!大鳥様のご夫婦だわ!」
木漏れ日の気持ちいい不思議な木の並木道を上を見ながら歩いていたら、黄緑と緑の毛並みが美しい大鳥のご夫婦が、仲睦まじげに寄り添っている巣を見つけて、思わず両手で頬を挟んで声をあげてしまった。大鳥夫婦はこちらをじっと見てきたので、笑顔で手を振り「こんにちは」とだけ挨拶しておく。
「可愛い。挨拶に来なかった子達だから、どちらかは契約してる子なのかしら?」
「覚えているのか?」
「ええ。わたくし、顔と名前を覚えるのは得意なのよ。どのくらいの子達と今後お会い出来るのかわからないけれど、一回挨拶した子は忘れないと思うわ」
「マジか……あっ、失礼しました。大鳥様も素晴らしい王妃に恵まれて、さぞやお喜びでしょう」
「ふふっ、ありがとう」
昔からの特技なのでなんて事ないのだが、オーリムとプロムスには呆気に取られ、王鳥とアミーな何故か誇らしげに頷かれた。
そうこう話しているうちに並木道も終わり、本館よりも大きな屋敷のある、開けた場所に出た。屋敷の前では二十人程がそれぞれ大鳥と整列しており、そのうちの二人が代表するように前に出ている。
こちらも代表してオーリムと王鳥が前に出た。
「出迎えご苦労。こちらがきっ、妃の、ソフィアリアだ」
オーリムに珍しく妃と紹介された事にほんのり心の中で歓喜しつつ、表情は笑みを湛えたままお腹の前で手を重ね、目礼する。
「はじめまして、大鳥様、鳥騎族の皆様。わたくしは王鳥妃に選ばれましたソフィアリア。現在の姓はセイドですが、来春には変わりますので、名前だけ覚えてくださいな。どうかよろしくお願いしますね」
そう挨拶をすると鳥騎族の皆様からは騎士のような敬礼が、大鳥もそれに合わせてピシッと姿勢良く立つので、目を丸くし片頬に手を当ててしまった。
「まあ! すごく統率が取れていて凄いわね」
「ありがとうございます。俺は鳥騎族隊長グラン。王鳥妃様におかれ、ましては、ご戴冠? おめでとう、ございます」
「ふふっ、ありがとうございます。よろしければ楽に話してくださいな。わたくしは畏まられるよりも、その方が嬉しいですわ」
「はあ……すんません。慣れてねぇんで」
そう言ってグランはボリボリとバツが悪そうに頭を掻く。
グランと名乗った彼は、薄茶の短髪でオレンジの瞳というこの国にはありがちな色彩を持ち、見上げるような大男で日に焼けてガタイがよく、いかにも強そうな中年男性だった。
敬語に慣れていない彼は平民出身なのだろう。鳥騎族は厳密には騎士ではないので公の場で任務にあたる事はまずなくて、契約した大鳥の位によって地位が決まるので特に問題はないらしい。
鳥騎族の主な仕事はこの国と大鳥の警備だ。大鳥に乗ってこの国を飛び回り、検問所で怪しい人や物がないか目を光らせる。どちらかと言えば荒くれ者の相手をする事が多い為、礼儀作法が行き届いた人よりも、実力がある人が重宝される。
鳥騎族と契約した大鳥は直接力を振るう事はまずなくて、主に移動手段になる事と嫌な物を見つけて鳥騎族に報告する事、身体能力強化や魔法の行使の許可など力を貸す事だけに留めている。よほどの凶悪犯や鳥騎族の危機には力を振るってくれるみたいだが、基本的に人間社会に直接介入はしたがらない。
それを統括するのが代行人の仕事の一つだ。王鳥はその場に居ながら全ての大鳥が見た物を見られるらしく、見つけた怪しい動きをする人を国に報告したり、取り締まるか判断する。
従来通りなら王鳥が見て代行人の姿で報告書を書き、指示を飛ばすのだが、今代の王鳥と代行人は別人なので、王鳥が情報を整理して判断し、オーリムがそれを聞いて報告書を書いたり鳥騎族に指示を出すといった形で役割分担しているらしい。もちろん重犯罪ともなると王鳥と代行人が直接動く事もある。
人間同士の争い事には関与しないが、この国を揺るがす争い事や人間と大鳥の揉め事を取り締まる。それが彼らの仕事なのだ。大鳥は世界中に居て人間より圧倒的に強く、世界を越えるので滅多にないが、何かあれば国外へ出る事もあると聞いた。
「ピピイ」
隊長を見つつ一瞬脳内で鳥騎族についておさらいしていたら、少し低めの鳴き声を出す、グランの横に立っていた大鳥から声をかけてきた。藍色の大きな子だ。
「はじめまして。あなたがグラン隊長の大鳥様ですね? わたくしはソフィアリア。よろしくお願いします」
「ピィ」
手を差し出すと頭を下げて擦り寄ってきた。可愛いと思い、つい笑みが深まる。
「クムは人見知りなんすけどね。さすが王鳥妃さんだ」
大鳥を名前を呼んでいて思い出した。鳥騎族と正式に契約した大鳥は名前がつけられると本に書いていた。
大鳥は最初から名前がある訳ではなく、人間と契約すると頭に思い浮かぶのだそうだ。それを大鳥から鳥騎族に伝える事が、契約完了と信頼の証なのだろう。
「クム様ってお名前なんですね。大きくて立派なのですね。位は何かしら?」
「伯爵位すね」
「まあ! クム様は強くて大きくて、とてもカッコいいのですね」
よしよしと撫でているとクムは嬉しそうにピルピル鳴いて、ますます手に頭を擦り付けてくる。
気の済むまでさせていたらゴスっとクムに頭突きをして、王鳥が割り込んできた。割り込んだまま、上書きするように今度は王鳥がビービーと鳴いて頭を擦り付ける。
「まあ! 横入りはダメですよ、王様?」
「ビー」
「もう! ビーじゃありません。クム様に謝りなさいな」
「ピッ⁉︎」
……なんてやりとりをしていたら、ブフッとグランに吹き出されてしまった。鳥騎族のみんなからも笑われてしまう。
「はははっ。王鳥様も尻に敷かれる事があるんすね〜」
「プビィ」
「いやあ、失敬失敬。王鳥様はこう……孤高の存在かと思ってたんすけどねぇ。可愛いかみさんに毒気抜いてもらえて、よかったじゃないすか」
やはり大鳥の中で一番位が高い万能の神様だからか、王鳥は鳥騎族から見ても近寄り難い雰囲気を醸し出していたようだ。王鳥にももっと親しみを感じてもらえるように、ソフィアリアが頑張ろうと思う。仲介のような事は、昔から比較的得意なのだ。
「あら、嬉しい。素敵な旦那様達にも可愛いかみさんと思ってもらえるように、もっと頑張りますわね。ねぇ、リム様?」
「うっ。あ、ああ……」
ついでにオーリムにも振ると、可愛いかみさんという言葉に照れている。いつもの事だ。
そんなオーリムをニヤニヤしながらグランは自分の顎を撫でて見つめていた。王鳥も代行人も、案外普通なのだと少しでも思ってもらえただろうか。




