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すれ違う婚約者達 2



 ぎこちない雰囲気のまま話し合いを終え、少し早めにお開きとなった。これからレイザール殿下達と会わなければならないので、ちょうどよかったのだと自分に言い聞かせる。


 みんなには気分転換に王鳥と空を飛んでくると言い訳をして、王鳥と外に出てきた。


 そして二十時ぴったり。約束通りレイザール殿下とマーニュが屋敷にやってきたので、王鳥と二人で玄関ポーチで出迎える。


「夜分遅くに御足労いただきありがとうございます」


「構わない。俺に話とは、なんだろうか?」


「立ち話もなんですから、どうぞこちらに」


 そう言って屋敷に入らないまま案内したのは、中庭にいまだ鎮座している山小屋だった。リアポニア自治区に行った際に使用したきりそのままにしていた山小屋が、こんな形で再度役立つとは思わなかったけれど。


 王鳥はバルコニーの方にまわる。 いつの間にかバルコニー側の壁を切り取って崩れないよう補強し、出入り出来るように改装していたらしい。なんとも用意周到である。


 ソフィアリア達はそのまま入り口から中に入った。


「やあ、こんばんは、レイザール殿」


 そう言ってソファで爽やかな笑みを浮かべたまま片手を挙げたのはフィーギス殿下で、その隣に座るプロディージは最敬礼とまではいかなくても、来客二人に向かって深々と頭を下げていた。


 二人がいるとは思っていなかったのか、レイザール殿下は目を丸くし、マーニュも目を瞬かせている。


「……いたのか」


「ソフィと二人きりがよかったのかい?」


「王鳥様もいらっしゃると聞いていたし、こちらにもマグが居るからそんな事はないが。セイド卿も楽にしていい」


「ありがとうございます。飛び入りの参加を無断に決めてしまい、申し訳ございません」


「俺は呼ばれただけだから構わない」


 そう言ったレイザール殿下達がフィーギス殿下達の対面に座るのを見届けて、ソフィアリアも一人用のソファに座る。バルコニー側から入ってきた王鳥は、いつものようにソフィアリアに引っ付いてきた。


 ――何故この場にフィーギス殿下とプロディージがいるのかというと、王鳥がフィーギス殿下を呼んだからだ。よく考えれば王鳥の通訳をする為にも、フィーギス殿下は必要だろう。あと、レイザール殿下と一番打ち解けているのは彼なので、多少肩の力を抜いてもらえると思う。


 プロディージはソフィアリアがこの密談を取り付けてきた事に気付いたらしく、勝手についてきた。まあ、隠し事を暴くのが得意なプロディージは役立つだろうし、密談を隠したい相手ではないので、別にいい。


「ピ」


 全員が着席したタイミングで、ヴィルが全員分のハーブティーを用意してくれた。突然変わった大鳥からハーブティーを差し出されたレイザール殿下とマーニュは困惑していたが。


「ありがとうございます。……その、この御方は?」


「かっこいいだろう? 私の大鳥であるヴィルと言うのさ。彼が淹れる紅茶は至高の逸品だから、遠慮なく飲んでくれたまえ。ああ、毒の心配はいらないよ」


「は、はあ……」


 フィーギス殿下が胸を張って自慢げにそう伝えるも、二人は困り顔のまま首を傾げている。


「フィーギス殿下は鳥騎族(とりきぞく)であらせられたのですか?」


「二日前からね」


「そ、そうか……おめでとう?」


「ありがとう」


 まあ、突然二日前に鳥騎族(とりきぞく)になったと伝えられて反応に困るのは当然だろう。実は王族初の鳥騎族(とりきぞく)というとんでもない快挙なのだが、この国は大鳥とは馴染みが薄いので、知らないようだ。それは仕方ないと思う。


 ハーブティーで一息入れると全員の視線がソフィアリアに向いたので、微笑を浮かべる。聞きたい事は山ほどあるが、さて、どこから切り込めば穏便にすむだろうか。


 とりあえず一番無難な所から聞いてみる事にした。


「レイザール殿下はルルス様を愛していらっしゃると小耳に挟みました。本当でしょうか?」


「違うが」


「ソフィ?」


 何わかりきった事を聞いているのかと言いたげなフィーギス殿下の笑みは見なかった事にして、不快感をあらわにしたレイザール殿下の反応にほっとする。会話の糸口にしたかったのもあるが、その反応を確かめたかっただけだ。


「申し訳ございません。気になったもので。そのルルス様ですが、最近様子が変わられたとお聞きしました。本当ですか?」


「……そう、だな。最近は何か勘違いをしているように思う。親に似てきたのかもしれないな」


「あら、ミゼーディア公爵もああいった感じでしたの?」


「どちらかと言うと夫人の方だな」


 なるほどと思い、(うなず)く。会った事はないし会う事はないと思うが、男爵夫人でありながら公爵の愛人だった疑惑のある人だ。リスティスも彼女が来てから冷遇されているようだし、真っ当ではなさそうだと思っていたが、案の定らしい。今のルルスに似ていると言われれば、どんな人物なのかだいたい想像がつく。


「最近はという事は、あれは昔は違った様子だったのかい?」


「あれ……。まあ、そうだな。オドオドしていて夫人の言いなりではあったが」


「浅慮で無遠慮にレイに絡もうとするのは昔からですけどね」


 ルルスの今までの所業を思い出したのか、眉根を寄せならがそう吐き捨てるマーニュの発言に、引っ込み思案なのに厚かましいというのは本当なんだなと思った。仮に世界の歪みに当てられていたとして、それを取り除いても、あまりいい結果には転ばなさそうだ。


「あらまあ。その頃のルルス様とは懇意にされていたのですか?」


「まさか。夫人……に押し付けられていただけだ。仕方なく相手をしてやっていたら、不必要に懐かれたから、面倒になって途中からあしらっていた」


 一瞬何か言い淀んだのが気になったが、リスティスが誤解している原因はそれなのだろうと察し、こっそり溜息を吐く。


 レイザール殿下はまっすぐソフィアリアを見る。


「俺からも一ついいだろうか?」


「ご随意に発言なさってください」


「恋仲の噂を聞いたのはリスティからか?」


 そう言った瞬間、ごっそりと顔から表情が抜け落ちる。この表情の意味を探るように一瞬目を細め、誤魔化すように笑みを浮かべた。


「まさか。何度か女子生徒とお茶会をした時に小耳に挟みましたの。わたくしにはそうは見えなかったのですが、念の為お聞きしておきたかったのです。ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」


「……いや。その噂の出所も、きっとリスティだ。すまない、気を揉ませてしまって。何があってもマヤリスはビドゥア聖島に行かせるから、安心していい」


 適当に誤魔化しただけだったのだが、何か心当たりがあったのか、結局リスティスのせいにされてしまった。少々申し訳ないなと思いつつ、濡れ衣でもないのでまあいいかと流す事にする。


 出所はリスティスだと断定したレイザール殿下に、フィーギス殿下は目を眇めていた。


「言質はとったよ。しかし、君の婚約者が噂の出所とは、どういう事なのかな? ミゼーディア嬢は君の醜聞をばら撒いて、何がしたいんだい?」


「別に不特定多数にばら撒いている訳ではないが、俺にもよくわからない。昔から俺にルルスを押し付けてくるから、嫌われたんだろうというのは理解出来るが」


 なるほどと、先程少し言い淀んでいた理由に納得する。


 ミゼーディア公爵が再婚後、ミゼーディア公爵家への定期訪問の為に訪れたレイザール殿下が現公爵夫人にルルスと二人きりで引き合わされた現場を目撃したリスティスは、レイザール殿下とルルスがいい雰囲気だと誤解したのだろう。だから親切心でレイザール殿下とルルスを二人きりになれるよう取り計らっていた。公爵家の人間に何か言われたのかもしれないし、リスティスの余計なお節介なのかもしれない。


 レイザール殿下はそれを、リスティスにもルルスを押し付けられているように感じて、傷付いているらしい。だから噂の出所はリスティスだと断言したようだ。


 ソフィアリアはう〜んと首を傾げる。


「嫌われる理由に心当たりでもございますの?」


「……俺が頼りないから幻滅したのだろう」


 そう言ってすっと目を逸らしてしまうから、目を瞬かせる。こちらもリスティスに負けず劣らず、厄介な誤解をしていそうな予感をひしひしと感じた。


「どういう事でしょうか?」


「リスティが家で冷遇されている事は知っているか?」


「ええ、なんとなくお察しするところではありますわ」


「俺はそれを知っていて、助けられなかったんだ。今も……」


 そう言って悲しそうに俯いてしまったから、反応に困った。理由がわかるだけに同意するのも(はばか)られるし、慰めの言葉も違う気がする。


 さて、どう返せばいいかと悩んでいる間に、フィーギス殿下が先に答えてくれた。


「ふむ? いっそミゼーディア嬢だけ保護して、家ごと取り潰そうとは考えなかったのかい? 彼女には家の後ろ盾なんかなくても、その身に流れる血にこそ価値があるのだろう?」


「そう思って何度か手を出そうとしたが、肝心のリスティを盾に取られれば、血統の悪い王太子でしかない俺程度ではどうする事も出来なかった」


「先にリスティス様を保護する事は出来なかったのですか?」


「元は母親の家だからか、離れようとしない。どちらにせよ、疎まれている俺が何を言っても、応じてくれるとは思わないが……」


「……家を取り潰してでも保護したい旨をお話された事は?」


「ない」


 その潔い返事に、ガクリと肩を落とす。口下手というか、頼りないという印象を、そのまま植え付けないでほしい。

 思わず頰に手を当てて溜息を吐き、さて、これはどう言ったものかと頭を悩ませる。とりあえず一つ、聞いておこうか。


「レイザール殿下はリスティス様の事をどう思っていらっしゃいますか?」


 真剣な表情でそう問い掛ければ、レイザール殿下は瞳を揺らし、ほんのり頰を染めるから、おや?と思った。

 なんだか意図しない答えが返ってきそうな気配がする。ソフィアリア的には好きなタイプの話だし、別にいいのだが。


「……き」


「き?」


「綺麗な子が婚約者で嬉しいと……思っているが」


 そう真っ赤な顔で訴えられて、目をパチパチさせた。シーンと変な沈黙が流れているが、とりあえずソフィアリアはこの空気を払拭する為にニッコリと笑って、大袈裟に(うなず)いておいた。


「あらあらまあまあ! うふふ、そうでしたか。ええ、リスティス様は儚げな美人さんですし、お気持ちはよくわかりますわ」


「そ……そうか。うん、あと俺より聡明な子なんだ。本来ならば俺なんかより、彼女こそが王位に就くべきだと思う。……王妃という形だが、その座に近付けさせてやれればいいんだがな」


 そう言ってはにかんでいる様子を、肯定も否定もせず静かな笑みを浮かべて見ていた。たしかに王妃教育と公爵領の統治を同時並行出来るのは大した腕前だと思うが、思い込みが激しく柔軟性に欠ける今のリスティスを聡明と評する事は、ソフィアリアには出来なかったからだ。まあこれも、環境さえ改善出来ればどうにかなると希望を抱いているが。


 ふわふわし始めたレイザール殿下の様子に耐えきれなかったのか、マーニュが深く溜息を吐いて、口を開く。


「レイ、違う。おそらくソフィアリア様はリスティス嬢を王妃に相応しいかどうかと、資質について尋ねたのだ。レイの話を聞かず、不本意な噂を流すリスティス嬢を王妃の座に置くつもりなのかとな」


「えっ⁉︎」


「あら、構いませんよ? なんとなくわかりましたもの」


 うふふと含み笑いをしながらそう返せば、目元を覆って項垂れていた。見える耳は真っ赤で、その姿がかつてのオーリムと重なって見えるから、懐かしくて胸が切なくなる。

 こんなふうにすぐ赤くなるオーリムの姿を最近見ていない……また見られる日が来るだろうかと考えてしまったので、今は頭から追い出した。


 なんにしても、ソフィアリアから見れば好ましい結果だが、正直二人ともお互いが見えていないので、少々不安が残る。二人の誤解を解いてあげれば、改善出来るだろうか? 改善してあげれば、リスティスはオーリムを諦めてくれるだろうか?


「くくっ、そうか、レイザール殿はミゼーディア嬢が好きだったのだね?」


「……まあ、うん。婚約者、だしな」


「生まれた直後から決まっていた政略結婚の相手だろう? 勝手に悪評を流されているし、許していいのかい?」


「リスティが誤解しているのは俺の自業自得だから、別にいい。どんなに評判が悪かろうと、今となっては俺しか王位を継ぐ人間はいないしな。それに、この政略結婚が不服なのはリスティの方だろう」


 なんとも懐が広いなと思うものの、そこまで愛情深いなら何故言葉で示すという形に昇華してあげなかったのかと責めたくなる。とはいえ、他国の王太子を説教するのはどうかと、踏みとどまってしまうのだけれど。


 言うか言わないか迷っている間に、ずっと静かだったプロディージがすっと手を挙げる。その表情は無表情だが不機嫌なのだと、ソフィアリアは気が付いた。


「発言を許す、セイド卿」


「ありがとうございます。レイザール殿下は自身の婚約者殿が姉の婚約者に懸想している事実を、どうお思いになられていらっしゃるのでしょうか?」


 また随分とまっすぐ切り込んだなと、ソフィアリアは苦笑した。そのあたりについては、直接話さなくてもいいかと思っていたのに。



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