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すれ違う婚約者達 1



 本日最後の話し合いは長引きそうだったので、先に夕飯をとる事にした。難しい話は意図的に避けたので、和気藹々(わきあいあい)とした楽しい時間を過ごせと思う。


 話題の中心はもちろんアミーとプロムスの子供だ。プロムスは特に心配事はなく、純粋に喜んでいた。子供の面倒は孤児院にいた頃から率先してやっていたからという言い分らしい。

 ただ、その言い分だと些か心配が勝る。それに、これから起こるだろうアミーの心身の変化にきちんと対応出来るだろうか。先程の診察中の様子から考えても、つわり一つで激しく動揺する気がしてならない。


 まあ、その時が来てからアミーもまとめて慰めようと、こっそり心に刻んでおいた。


 楽しかった夕飯を終え、みんなは本日最後の情報の擦り合わせをしようとサロンに集まっていた。


「で、どうだったんだい、王? ミゼーディア嬢は歪みの元凶だったのかな?」


 一番の疑問はそれだ。午前中にリスティスとのお茶会をしていた時に軽く聞いたが、ソフィアリアしか理解している人はいないし、詳細はわからないままだ。

 お茶会を思い出すと、嫌味が過ぎた自分への嫌悪感も思い出してしまったが、今はそれどころではないので考えを打ち消す。


「――――そうなんだと」


 一瞬オーリムの表情にリスティスへの心配が見えた気がしたが、気のせいだと気持ちを誤魔化した。今までだって決定事項かのように話を進めていたが、これで正式に確定した事になる。


 プロディージは呆れたようにジトリと王鳥を睨んだ。


「なんであの女の夢の中の願望なんか叶えてるんです?」


「あの女ってなんだ⁉︎ っ‼︎」


 オーリムがプロディージの言い草に思わず反応してしまったが、すぐにそんな自分が信じられないかのように硬直したから、ソフィアリアは笑みを浮かべて慰めるよう、ぽんぽんと腕を撫でてあげた。

 俯いて顔色を悪くしたオーリムの事は気にしないよう周りに目配せをする。特にプロディージとメルローゼの表情が険しいが、オーリムだって本意ではないのだからそんな顔しなくていいと、首を横に振った。


「で、どうなんだい、王?」


 話を戻す為にフィーギス殿下が王鳥を見上げる。ソフィアリアも今はオーリムの表情を伺っていられないので後ろを振り返り、王鳥を見上げた。


「――――魂が綺麗で世界が気に入ったのだろう、ねぇ。――――あまりに彼女が哀れだから救おうとした? ――――はぁ、歪みは彼女の願いを叶えているだけ」


 魂が綺麗というのは、王鳥から見ての感想なのだろうかとチクチク胸が痛む。そんな目に見えないものなんて張り合う事は出来ないし、ソフィアリアはさぞ(よど)んでいる事だろう。

 どうしようもない嫉妬心が浮かんだものの無理矢理胸の奥にしまい込んで、最後の言葉に首を傾げる。


「願いを叶えているとは、どういう事ですの?」


「ピー」


「――――そのままの意味らしいよ。彼女がこうだろう、こうなったらいいと考えた事を、気まぐれに叶えているんだってさ。まったく、迷惑な話だね」


「おそらく境遇のせいなのでしょうが、リスティスはどうも悪い方に受け取る傾向にあります。それを本人の願望だと解釈し、無断で叶えているのであれば、あまりにも……」


 誰も幸せにならない結果しか生み出さない、とマヤリス王女はみなまでは言わなかったが、誰もがそう思っていそうな重苦しい沈黙が流れる。


 同時に一つだけ、疑問が解けた気がした。


「ミウム様ですが、豹変する直前に一度だけ、レイザール殿下に助けていただいた事があったようなのです」


「レイザール殿下が?」


「はい。その時に優しくされ、憧れを抱いたらしいのですが、もしかしたらその現場を、リスティス様は目撃されていたのではないでしょうか?」


 ミウムの記憶を覗いたかぎり、リスティスとミウムの直接的な接点はなさそうだが、間にレイザール殿下を挟めば、そんな繋がりが出来なくもない。

 想像でしかないが、そうであれば、レイザール殿下と接触した直後に豹変した理由になると思ったのだ。


 そう思って発言したのだが、メルローゼは不思議そうに首を傾げていた。


「目撃して、なんでミウムはああなるのよ?」


「ミウム様が抱いた憧れを、リスティス様は恋心だと勘違いしたのではないかしら?」


「だったらルルス様みたいにレイザール殿下に付き纏う女になりそうじゃない? 豹変したミウムは、レイザール殿下とは接触出来なかったって言ってたわよね?」


「……それもそうよね」


 何故それが、自分は恋愛小説のヒロインだと思い込むに至ったのだろうか。それに、結局レイザール殿下とは接触出来なかったらしいのも気になる。


「ピー」


「――――豹変後の性格については、あまり深く考える必要はないってさ。世界の歪みは所詮(しょせん)歪みでしかないのだから、不条理な結果を生み出すのは仕方ないらしいよ」


 よくわからないが、そういう事らしい。何か誤魔化された気がしたが、王鳥がそう言うなら気にしない事にする。

 対面に座るマヤリス王女が、何か物言いたげに王鳥を見上げた気がした。


「……他の誰かがレイザール殿下に恋心を抱く瞬間を目撃していたとして、ミゼーディア嬢はそんな事を気にするほど、レイザール殿下に関心があるようには見えなかったが」


 ラトゥスにそう言われ、この仮説はリスティスがレイザール殿下に多少情を持っていなければ、ミウムを気にする事すらないんだったなと、考えを改める。

 まあ、リスティスがレイザール殿下にまったく無関心かと言われれば、案外そうでもないのではないかと思うが。


「昔はそれなりに仲良くしていらしたようですが、義妹と恋仲になったので諦めたと仰っておりました。諦めたという事は、それ以前には何かしらの感情は抱いていたのではないでしょうか?」


 レイザール殿下は見た目はいいし、政略結婚とはいえ未来の旦那様である。仲が良かったのなら、それこそかつては恋愛感情を抱いていたとしても不思議ではない。


 そう思っての発言だったのだが、プロムスは首を捻っていた。


「つーかその義妹と恋仲だって思ってんのに、なんでミウムまでそういう対象だって思ってんだ? レイザール殿下に近寄った女全員を敵認定してんのかよ」


「ロム」


「なんだよ」


 リスティスに対して強い口調だったプロムスを、顔を上げたオーリムが睨む。プロムスこそ、リスティスを気にするオーリムの事を蔑んだ目で見ていた。

 今のオーリムの態度はたしかにソフィアリアの心を容赦なく傷付けるが、それよりオーリムの事を誰よりも知っているプロムスが、オーリムを蔑んだ目で見た事が思いのほかショックだった。プロムスだけはオーリムの絶対的な味方であってほしかったのに。


 唇の内側をキュッと噛んで、首を横に振る。リスティスに気持ちを傾けるオーリムが気に入らないだけ、今だけだと言い聞かせて、心配そうに顔を覗き込んできた王鳥に笑みを向ける。


 気持ちを切り替えて、再度今の問題に立ち向かう事にした。今は時間がないのだから、つまらない感傷に浸っている場合ではない。


「明日、リスティス様にレイザール殿下とミウム様を目撃した事があるか聞いてみなければいけませんね。目撃したのであれば、何を思ったのか聞けるかもしれませんし」


「あの、お姉様。無理をなさらないでください。そのくらいわたしが聞いてきますので」


「ふふ、大丈夫よ。今日の事は感情的になり過ぎたなって反省しているの。もうあんな意地悪な事は言わないわ」


「なんだと」


 オーリムに険しい顔で睨まれてしまい、さすがのソフィアリアも心が凍りつく。

 その目は錯覚ではなく、まっすぐソフィアリアを責め立てていた。何故そんな事を言ったのかと――リスティスを庇って。


 大丈夫、本心ではない。そう思って口を開こうとしたが、言葉に詰まって咄嗟に何も言い返せなかった。


「ちょっとあなた、さっきからいい加減にしなさいよっ⁉︎」


 その光景に、真っ先に堪忍袋の緒が切れたのはメルローゼだった。


 立ち上がって、少し泣きそうになりながらキッと鋭くオーリムを睨み付けていたから、こうなってしまった自分の不甲斐なさを呪う。


「待ちなさい、メル」


「嫌よっ! いくらお義姉様が止めたってこればっかりは聞いてあげないんだからねっ⁉︎」


 ソフィアリアが制止してもダメらしい。周りもメルローゼと同意見なのか静観しているだけだし、頭に血がのぼったメルローゼは止まらない。


 ようやく自分が何をしたのか気付いたオーリムは、顔色を悪くしていた。そんなオーリムに、メルローゼは容赦なく追い討ちをかける。


「なんなのよあなた、今日一日ピンチになったお義姉様を気にも止めず、リスティスリスティスって!」


「ちっ、違っ、そんな事……」


「言い訳なんかしないでちょうだいっ! そんなにあの女がいいなら勝手にすればいいけどねっ、だったらお義姉様は私達のところに返しなさいよっ‼︎ 私達はあなたと違って、お義姉様を必要としているんだからっ‼︎」


「メル、いい加減にしなさい」


 真剣な表情で静かにそう責めれば、メルローゼはギュッと眉根を寄せ、耐え切れずポロポロ泣いていた。


 そんな顔をされたら、ふっと表情を緩めるしかないではないか。今度は優しく諭すように、言った。


「怒ってくれる気持ちは嬉しいわ。でもね、わたくしはリム様を諦める気はないし、離れるつもりもないの。だからわたくしは何があってもセイドには帰らないわ」


「でもっ⁉︎」


「大丈夫よ。今はちょっとおかしいだけだってちゃんとわかっているから。たとえ態度が伴わなくなっても、リム様はわたくしが好きだって知っているから……だから……」


 だから、なんだろう?と、ふと心に暗い影を落とす。

 その他大勢のように見られても平気? 気にしてもらえなくても平気? リスティスを一番気にしていても平気? 恋しさを隠しきれない表情で見つめていても平気?


 ――本当に? 今日一日で、こんなに心はすり減っているのに。


 言葉を詰まらせて目を泳がせたソフィアリアを見て、オーリムは絶望感を漂わせる。


 慰めなければ。そう思って伸ばした手は、オーリムが突然立ち上がった事により、宙を掻いて届かなかった。


「……部屋に戻ってる」


「リム様」


「すまない、フィア。俺はもう、フィアを苦しめる事しか出来ないみたいだな……」


「そんな事ないわ」


 そう言ったのに最後まで聞く事なく、オーリムは早足で部屋に戻ってしまった。その背中を見て罪悪感を抱くと共に、少しほっとした自分を消してしまいたくなる。


「……苦しいのは、リム様に恋をしているからよ」


「ピー……」


 少し哀愁を漂わせながらポツリと溢すと、王鳥が慰めるように頬擦りをしてくれたから、少しだけ気持ちが楽になった。


 それを糧に無理矢理笑みを貼り付けると、みんなと向き直る。よほど痛々しい様だったのか、空気は最悪だったけれど。



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