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まるで卵のように 5



 サロンのソファで全員腰を落ち着け、ようやく事情を説明した。


「そ、そうか。アミーとロムに子供が。まあ、おめでとう。だから俺が兄貴か……」


 オーリムは先程の発言の意味をようやく理解出来たらしく、アミーとプロムスを見てソワソワしている。プロムスに――二人に育ててもらったようなものなので、気持ち的には弟妹が出来る感覚なのかもしれない。その様子が微笑ましかった。


「リム、僕もリムの義弟だ。忘れないでほしい」


「なんでラスが張り合おうとする」


「リムが義兄とか勘弁。どうにかして僕が義兄にならないかな〜」


「無茶言うな⁉︎ 俺だってロディなんかいらないし、クラーラ嬢しか義妹と認めてないっ!」


「なんでクーちゃんだけ認めてるのよ」


 最終的にメルローゼにジトリと睨まれて、居心地悪そうに視線を逸らしていた。二人は……というよりは、メルローゼからよほど酷く詰られたらしい。


 とりあえず、ソフィアリアと結婚する前提の兄弟談義に、ソフィアリアも上機嫌だ。


「いやぁ〜、みんな身内ばかりで羨ましいかぎりだよ。私もリムの義子になってもいいかい?」


「話をややこしくするな! 義子とか一番いらないからなっ⁉︎」


「つれないねぇ。なんにしても、おめでとう、アミー、ロム。アミーは残りの学園生活をどうしたい?」


 フィーギス殿下から優しい笑みを向けられたアミーはきょとんとして、当然のように答えた。


「今のところつわり等はありません。授業は明日で終わりですので、最後までお供させていただきます」


「いいのかい?」


「はい。……その、身重の人間がご迷惑でなければ、ですが」


「誰もそんな事思っていないわ。今度こそわたくしが護るから、学園に通いたいなら安心してね」


「説得力ないね」


 スパッと切り捨ててくれたプロディージの言葉がかえって嬉しかった。言いながら、ソフィアリアもそう思っていたのだから。


 いつもならここで……だが今回プロディージを睨んだのは、プロムスだった。


「その言い方はねーだろ。茶会の誘いなんて身分を偽っている今のソフィアリア様にはどうにも出来なかった事だし、被害者だろうが」


「プロムス、止めなくていいわ」


「ですが!」


 プロムスを制止したが、納得いかない顔をしている。いつから彼までソフィアリアに対してそんなに甘くなったのかと困惑しているうちに、プロディージは深く溜息を吐き、プロムスをギロリと睨み付けていた。


「本気で言ってる? 危うくプロムス達の子供まで殺し掛けたんだから、怒っていいんだけど?」


「ソフィアリア様のせいじゃねーだろ」


「あのさ。大屋敷に住居を構え、働いている以上、プロムスもアミーも姉上の庇護下にある訳。今回二人を巻き込んだのは姉上だし、二人を護る義務があるんだから、その義務を怠った場合はきちんと責めるべきだ」


「私は責める理由がありません」


「むしろアミーは一番責めるべきだけどね。お腹の子供の事を考えたら、尚更許しちゃダメだ」


「プロディージ。今のアミーに余計なストレスを与えるのはやめたまえ」


 溜息を吐いたフィーギス殿下にそう言われ、プロディージはようやく口を噤む。


 実際どう見てもソフィアリアの落ち度だし、プロムス達はソフィアリアを責めていいのだが、アミーはともかく、すっかりプロムスまでソフィアリアに甘くなってしまったなと眉を下げる。


 あと、隣に座る無反応なオーリムをチラリと横目で見た。いつもならいの一番にプロディージに言い返すのだが、それがない。それが少し寂しかった。


 そんなオーリムを、メルローゼは冷たい目で睨んでいる。先程といい、メルローゼはすっかりソフィアリアから関心がなくなったように見えるオーリムの態度が気に入らないようだ。お茶会の時だって、詰め寄られていたソフィアリアを助ける素振りすら見せなかったのだから、それが許せないのだろう。


 そうは言ったって、オーリムがこうなってしまったのは本人の意思ではないので、仕方ないのだ。ソフィアリアもそれくらいわかっている……つもりなのに。


 フィーギス殿下が空気を入れ替えるように咳払いをしたので、色々な気持ちに蓋をして、そちらに注目する。


「先程のお茶会でアミーのカップに盛られていたのは毒ではなく、辛味の強い調味料だったようだよ」


「唐辛子エキスというリアポニア自治区で流通している調味料です。ゴマから抽出した油と混ぜたものは、ラーメンやギョウザにとても合い……ではなく! あのっ、お子様に悪影響は本当にないのでしょうか……?」


「ピ!」


「――――キャルが大丈夫だとさ。身体に入った変なものは取り除いたって」


 オーリムの翻訳を聞いて、サロン内の空気が幾分か和らいだ。そんな事が出来るのかと驚きつつ、やはりキャルは甲斐甲斐しい。


「そう……。ありがとう、キャル」


「ピーピ」


 今も羽で囲われているアミーは、優しくキャルを撫でた。とろけた顔のキャルは、素直なアミーに嬉しそうだ。


 ラトゥスが腕を組んで、呆れたように溜息を吐いた。


「イリーチア嬢達はちょっとした嫌がらせのつもりだったようだ」


「唐辛子エキスを使った嫌がらせは、我が国では定番でして……留学生相手になんとお詫びしていいやらと、お恥ずかしい限りです」


「まあ、本人にとってはただの嫌がらせだろうと、私が協力を仰いだ国民を害した事には変わりない。ましてやアミーはプロムスの妻――大鳥関係者であり、私の近衛騎士の関係者なのだと公言していたのだからね」


 そう言って笑みを深めたフィーギス殿下は、目が笑っていない。ソフィアリアもアミーに劇物を飲ませた事もそうだが、王鳥がキャルを止めてくれなければどうなっていたかと思うと許せなかったので、(うなず)く他なかった。

 ソフィアリア狙いのソノンはとばっちりかもしれないが、イリーチアと共謀する事を選んだのはソノンだ。おそらくソフィアリアのカップにも同じ物が盛られていた可能性がある。なので、同等の罰もやむを得ないだろう。


 フィーギス殿下は申し訳なさそうな顔をして、プロムスとアミーを見る。


「でね、二人……キャルもかな? 三人はあの令嬢達に対して、どんな罰を望む?」


 そう言われて目を眇めたのはプロムスで、アミーは困惑していた。


「オレ達が決めろってのか?」


「被害に遭ったのはアミーだ。フィーの配下を害したという理由でこちらが決めてもいいが、君達三人が決めるべきだと思う」


 ラトゥスにそう言われたものの、戸惑いの方が大きいらしい。困ったようにフィーギス殿下を見る。


 二人から視線を向けられたフィーギス殿下は、肩を竦めた。


「謝罪でも賠償金でも、いっそ一家浪党連座でもいいよ。大鳥関係者を害したのだから、そのくらいの刑を求める権利は充分ある」


 さらっと過激な事を言うフィーギス殿下に、プロムスはともかくアミーはギョッとしていた。


 そういうソフィアリアも、フィーギス殿下達の意図がわからない。たかが平民のアミー達にそれを決めさせて何をしたいのか。刑を決めさせるなんて、一般人には荷が重いだろうに。


「――――キャルは、あんな人間いらないってさ。オレもまあまあ同意見だけどよ……」


 そう言ってプロムスは心配そうな目をして隣のアミーを見下ろす。アミーは自分が被害にあったせいで犯人が死刑になる可能性に、ひどく狼狽えているようだ。


 今のアミーに負担をかけるべきではないので、ただのでしゃばりだと知りつつも、ソフィアリアが口を開こうとすれば。


「あの、死刑は……やめていただけますか……?」


 先にギュッと手を握り締めたアミーが、そう口にした。


 フィーギス殿下は何を考えているのか読みにくい笑みを浮かべたまま、首を傾げる。


「何故?」


「私は悪戯に引っかかっただけです。結果論になりますが、私もお腹の子も無事でした。ですので死刑は、いくらなんでも重過ぎるのではないかと……」


 そう反論してしまったので、気まずそうに視線を逸らしたアミーを見て、フィーギス殿下は満足そうにニンマリと笑っていた。


 なんとなく察して、思わず遠い目をする。


「へえ? では他に何を望む? 私としては子供が生まれるから、賠償金あたりをオススメしておくけどね」


「そんなお金で大切な子供を育てたくないので、賠償金もお断りします」


「では、謝罪だけでいいと?」


 ラトゥスの静かな問いにアミーは少し考えて、首を横に振った。


「甘いと思われるかもしれませんが、もう会いたくないので、謝罪もいりません」


「おや、そうかい?」


「強いて言えば私達がこの国に滞在する期間だけ、謹慎処分でお願い出来ませんか? 私達が国を出れば、もう二度と関わらない相手だと思いますので……」


 それでいいという自信がないのか、尻すぼみになる言葉を聞き届けて、フィーギス殿下は優しい目をする。


「たった二日の謹慎処分で本当にいいのかい?」


「はい。悪戯に引っかかっただけですので、充分です」


「なるほど。ロムとキャルもそれでいいかな?」


「まあ、もう二度と関わらねー相手だし、どうでもいいわ。あと、ビドゥア聖島に出禁な」


「ピー」


 それでいいらしい。アミーも二人から肯定され、ほっと肩の力を抜いていた。不必要に罪悪感を感じずに済んだのなら、それでいいとソフィアリアも思う。


「謹慎処分とビドゥア聖島への入国禁止ね。では、そういう事にしておくよ。よろしくね、マーヤ」


「はい! ではさっそくお話を通してきますね!」


 マヤリス王女はそう言うと、玄関から出て行ってしまった。玄関の外に一瞬警備兵の姿が見えたので、処分が決まるまでずっと待機していたのかもしれない。


 フィーギス殿下は人の良さそうな笑みを浮かべて、キラキラした笑顔を振り撒いていた。


「いや〜、穏便に解決出来て良かったよ。これでお忍びなのに国から抗議するなんて面倒な手続きを考えずに済む。優しいアミーに感謝だね」


「そ、そうでしたか……この結果にご満足いただけたのでしたら、幸いです」


 危うく面倒な事をさせそうになっていたと知ったアミーはオロオロして、でもぎこちなく(うなず)いた。だったら何故処分内容を決めさせたのかと疑問に思っているのか、不思議そうに首を傾げていたが。


「……フィー殿下」


 小さく上げたソフィアリアの抗議の声は、笑顔で聞こえなかった事にされた。プロディージも溜息を吐き、ジトリとフィーギス殿下を睨んでいる。


 他の人は気付いていないようだが、アミーが下した処分はそう甘いものではない。神である大鳥に睨まれたまま、謝罪の言葉や機会を全て奪った上で、今後一切許す気はないと言ったも同然だ。


 となるとどうなるのかというと、イリーチアやソノン、取り巻き達は実家ごと、大鳥に睨まれた人間という最悪の汚名を、末代まで背負う事になる。そんな家と懇意にしたいところなんて今後現れないだろうし、既に結ばれた繋がりすら、一方的に切られる事になるだろう。

 先程の騒ぎで大勢の観衆のもと、名前すら晒されているのだから、この国中――下手すれば他国にすら、その名は広まってしまっていると考えられる。この規模だと一番権力のある侯爵位の総力を上げても火消しは不可能。これから彼女達は死ぬまで後ろ指をさされ、実家は緩やかな没落の末、やがて名を消す事が予想される。


 あるいは繋がりを切れなかった所から、恨みを買う事になるかもしれないが。


 なんにしても、たった一回の浅はかな嫌がらせで、彼女達の生きる道は随分と険しいものになってしまった。周りから酷く責められるだろうし、いっそ極刑でも下された方が幸せだったかもしれないが、ソフィアリア達は知らない話だ。気付いてないアミー達も、最も楽な処分で済ませられたと胸を撫で下ろしているし、教える気はない。


 それを狙ったフィーギス殿下も、なかなか意地が悪いものだ。自分が楽でありながら最も酷い刑を下し、上手く誘導して本人達に決めさせる事で、その(わだかま)りすら心から消して、そのうち綺麗さっぱり忘れてしまうだろう。


 まあ、これが最適解であった事には違いないけれど。



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