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まるで卵のように 4



「アミー、どうしたの? 気分が悪かったり、どこか痛むかしら?」


「ピピー⁉︎」


 キャルと二人して泣き出したアミーを見つめ、とりあえずギュッと抱きしめて背中をトントンする。


「……なれな、いっ」


「え?」


「わた、し……お母さんにっ、なれませんっ……!」


 そう言ってわんわん泣き出してしまうアミーに驚いて、でも思うところがあり、優しい顔をして抱き締めた。キャルもソフィアリアを邪魔そうにしていたが、仕方ないかと諦めて、ソフィアリアごと羽で包んでくれる。


 しばらくそうやって、声を上げて泣くアミーを宥めていた。


 泣き止んだのは女医が帰ってからだいぶ経った夕方近く。シーツの向こうでウロウロしているプロムスらしき影には申し訳ないが、もう少しだけ待ってもらおう。


 すんすん鼻を(すす)っているものの、声が届く程度には落ち着いたようなので、髪を撫でながらアミーに優しく問う。


「出産するのが怖い?」


 出産はどうしても痛みが伴うので、恐怖を感じるのは当然だ。それが不安なのかと聞いてみたが、腕の中でふるふると首を横に振る。それは大丈夫らしい。


「まだプロムスと……キャル様も含めた三人だけがよかった?」


「ピ?」


 少し考えた様子で、でも首を横に振る。当たらずとも遠からず、といったところか。


「……アミーは母親を知らないから、なれないって思ってしまったのかしら?」


 ピクリと肩を震わせたから、これが正解らしい。

 納得して、そのまま静かにアミーが口が開くのを待っていた。


「……申し訳ございません、子供、みたいに……」


「あら、謝る必要なんて何もないじゃない。こんな胸でよければ、いくらでも貸してあげるわ」


「……至福です」


「あらあら」


 ならと思ってギュッと抱きしめて、くすくす笑う。そんな言葉を吐けるくらい落ち着いたのなら、何よりだ。


 やがてポツリと、アミーは胸の内を語ってくれた。


「……私、お母さんを知らないんです」


「うん」


「孤児院でも大屋敷でも、プロムスが一番面倒を見てくれていたんです」


「うん」


「……大屋敷でも孤立していたから、年上の女性と話す機会も最近まで、全然なくて……」


「そっか」


「……子供というのを、そもそもあまり見た事がないんです」


 そういう事情だったのかと合点がいった。困ったように微笑みながら、その胸の内を代弁する。


「子供も母親も本当に知らないから、不安なのね」


 トントンと背中を宥めると、コクリと(うなず)いた気配がした。


 アミーは孤児であり、プロムスと孤児院を飛び出してからは大屋敷で育ってきた。

 けれど大屋敷には子供がいないし、アミーより年下といえば、オーリムが最初で最後だったのかもしれない。けれどプロムスはアミーがオーリムの世話を焼くのを嫌がっていたらしいので、面倒を見たとは言い難いと思っているのだろう。オーリムはちゃんと面倒見てもらったと言っていたのに、自信がないらしい。

 それに加え、見目の良いプロムスに囲われているのを妬まれて、同性のメイドや使用人とも最近まで縁遠かったのだそうだ。友人は年齢の近いベーネだけで、子連れの母親なんて、話で聞いたり街中でたまに見かける他人くらいの認識なのだろう。


 だから不安なようだ。ろくに子供を知らず、母親を知らないアミーがはたして母親になれるのか。思わずなれないと言ってしまうくらいには。


 なかなか難しい問題だが、とりあえず言葉を紡いで一緒に答えを探す事にした。出会ってまだ半年しか経っていないソフィアリアに出来る事なんて、それくらいだ。


「ねえ、アミー? お母さんになれるかどうかは置いておいて、プロムスとの子供は嬉しくないかしら?」


「…………いえ」


 少し考えて答えてくれた言葉に、ふわりと微笑む。なら、きっと大丈夫。


「ふふ、どんな子かしらねぇ? アミーに似たらとびきり可愛くなるし、プロムスに似たらとってもカッコよくなりそう。きっと大勢の人に好かれる子になるわね、キャル様?」


「ピ!」


「……そう、でしょうか……」


「絶対そうよ。ふふ、赤ちゃんに会えるのが楽しみねぇ」


「それは、はい」


「ピーピ」


「ねえ、アミー」


 少し肩を押して、不安げな顔を覗き込む。頭を撫でながら、少しでも安心してもらえるように、慈愛の表情を浮かべた。


「そんなに難しく考えなくていいと思うの。お母さんになろうなんて気を張らずに、まずはやってあげたい事から考えればいいと思うわ」


「やってあげたい事……ですか?」


「ええ、そうよ。お腹が空いていたらミルクをあげたくなるかもしれないし、おしめが濡れてぐずっていたら替えてあげたくなるかもしれないわね。泣いていたら可哀想だから涙を止めてあげたくなるかもしれないし、笑ってくれるようにあやして、遊んであげたくなるかもしれないじゃない?」


「……ならなかったら?」


「周りに丸投げしちゃえばいいのよ」


 そう言って悪戯っぽく微笑むと、きょとんとした顔が可愛らしい。くすくす笑って、うりうりと頰を撫でくり回してやった。


「いいじゃない。興味もないし、やってあげたくないのだから」


「それは、あまりにも無責任では……?」


「そう? 貴族なんてだいたい乳母任せよ?」


「……私は、貴族では……」


「子育てより仕事の方が楽しくて周りに任せっきりだったり、旦那様任せの人だっているわ。最悪育てられないって捨てる人だって大勢いるでしょう?」


 首を傾げると、実際に孤児院にいたアミーは疑問に思いながらも(うなず)いた。そんな意識でいいのかと、半信半疑らしい。


「やってあげたい事をやってあげる。そのくらいで大丈夫よ。アミーがやらなくてもプロムスやキャル様なら率先してやってくれるだろうし、三人の手が回らなくなったらわたくしもお手伝いするわ」


「……ソフィ様が?」


「当たり前じゃない。友人の子供なんて、可愛いでしかないわよ。お手伝いして、大きくなったら世話焼きお姉さんだったって言われたいわ」


「世話焼きお姉さん……」


「わたくしだけじゃなくて、きっとリム様もそう言うわ。ああ、そうそう。まだ一度も頼んでいないのだけれど、乳母もいるから安心してね? 一番最初にお願いして、どんな感じだったのか教えてくれると嬉しいわ」


「……私は……」


「なんてね。本当はアミーが一番育ててあげたいのよね?」


 首を傾げて尋ねると、唇を噛んで小さく(うなず)く。跡にならないように唇を揉んで、噛むのをやめさせた。


 アミーが不安そうにしていたので色々と母性が育たなかった場合の解決策を提示してみたものの、アミーはこれらに甘えないだろう。真面目で、無責任な事は出来ない子だから。

 それにきっと、子供が嫌だったり、子育てが嫌な訳ではない。ただお母さんになる自信がないだけだ。だったら何も問題ないとソフィアリアは思うのだ。


「だったらそうしてあげればいいの。お母さんになろうなんて考えなくても、やってあげたい事を積み重ねていけば、それはもう立派なお母さんだわ」


「そういうものでしょうか?」


「そもそもお母さんが何かなんて、人によって違うじゃない」


「……そうでしょうか」


「ええ、そうよ。産んだだけで母親を名乗る人もいるし、産み育てて母親を名乗る人もいる。産んでないけど育てたから母親だって言う人もいるのよ? そのどれだって間違いではないでしょう?」


「……はい」


「ちなみにわたくし、会って半年、年上のフィー殿下に母上って呼ばれたし、母親のように甘えられていたわ。そしてわたくしもちょっとだけね、困った息子のようだと思ってしまっているの」


 それを小声で教えるとアミーは目を丸くして、お互い吹き出してくすくす笑う。

 少しでも肩の力を抜けただろうか? 表情が柔らかくなったみたいだから、そうだと嬉しい。


「そんなあやふやなものを目指さなくてもいいと思わない? そもそもお母さんかどうかなんて、アミーじゃなくて子供が決めるものよ」


「……そうですね。あの、ソフィ様」


 今更泣いた事に照れてきたのか、俯いて頰を赤くしていた。


 ソフィアリアはふんわり笑って、首を傾げる。


「なあに?」


「その……私、お母さんになれるかは自信がありませんが、ロムとの赤ちゃん、育てたいです。でも、子育ての方法とかも、本当に何も知らなくて……。そんな私でも、大丈夫でしょうか……?」


「まあ! 何を言っているの? 子育てなんて子供が出来てから学んでいくものよ。最初から身に付いている親なんていないわ」


「でも……」


「これからプロムスと一緒にお勉強すればいいのよ。わたくしもお母様と一緒にクーちゃんを育てるお手伝いをした時の知識があるし、足りなければ子育て経験のある人に聞いてみましょう? それでも実際育ててみると知識なんか何も役に立たないって思う事態に直面するものだけれどね」


「そうなのですか?」


「これは内緒だけど、子供ってとっても可愛いけど、育てているうちにどうしてもね、イライラしちゃうの。困ったものよね」


 内緒話のように声をひそめて言ってしまえば、アミーはぽかんとしていた。


「イライラって……ソフィ様でも、ですか?」


「ふふ、ええ。クーちゃんったら赤ちゃんの頃からとにかく昼夜問わず大音量で泣き叫ぶ元気な子で、ハイハイし始めたら自ら危険に飛び込んでいくから、ずっと目が離せなかったの。あの時は毎日のように怒ってて、わたくしったら実はロディよりも怒りん坊なのかしら?って、とっても悩んだのよ」


「……意外です」


「ね? 今はもう、なんであんなに怒っていたのかって反省するくらいよ。わたくしだってそんな感じだったんだもの。完璧な子育てって難しいわよね」


 そう言って肩を竦めると、ようやく肩の力が抜けたのか、ふっと可愛い顔で微笑んでくれる。


 少しは楽になっただろうか? そうだと嬉しい。きっとこれからが大変なのだから、最初くらいは純粋な喜びに満ち溢れていればいいと思うのだ。


「……私、頑張ります」


「あら、ダメよ? 同じくらいプロムスとキャル様にも頑張ってもらわなきゃいけないのだから、一人で頑張るなら応援してあげないわ」


「ピエッ?」


「キャル様も可愛いアミーと相棒のプロムスの赤ちゃん、一緒に育ててあげてくださいね?」


「ピピ!」


 もちろんというようにアミーにグリグリじゃれているから、きっとキャルも子育てに参加してくれるだろう。今日ばかりはアミーも優しい顔で、キャルの頭を撫でていた。


 ソフィアリアはそんな二人から離れて立ち上がる。


「プロムスを呼んできてもいい?」


「はい。お願い、します」


「もう、緊張する必要ないじゃない。ちょっと待っててね」


 頰を赤くしてもじもじしているアミー――とそんなアミーを頬擦りしているキャル――に笑みを向けて、まだウロウロしているプロムスの近くのシーツをめくる。


「お待たせしたわね、プロ」


「アミー‼︎」


 言い終わる前にプロムスは中に入ってアミーの側に行ってしまったので苦笑する。この調子だと、この後も大変そうだ。


 ふとサロンを見ると、顔色の悪いオーリムの胸倉を掴んでいる怒り顔のメルローゼという二人を見つけたが、理由は察しつつも今はそれどころではないので、そっとしておく。


 シーツから手を離すと、その場から三人を見守る事にした。シーツ越しに王鳥が引っ付いてくれたので、ソフィアリアも安心だ。


「どうだった? どっか悪ぃのか?」


「……あの、ね」


「そんな言いにくいのかっ⁉︎」


「ロム、落ち着いて」


 アミーはソワソワ落ち着かないプロムスの袖をキュッと掴むと、一度深呼吸して、まっすぐ目を見つめていた。


「…………あ、赤ちゃん」


「ん?」


「赤ちゃんがいるって……お腹に」


 真っ赤になって俯いたまま、大事そうにお腹に手を添えている。プロムスは理解が追いつかないのか固まってしまい、キャルがそんなプロムスの額を嫌そうにツンツン突いていた。


 そんな微笑ましい光景を、ニコニコしながら見ていた。なんて素晴らしい特等席なのだろう。


「……赤ちゃん」


「うん」


「オレとアミーの?」


「他の男との子だって言ったら二度と口聞かないから」


「言わねーわ。……そっか、赤ちゃんだったのか……」


 意外と冷静な反応だなと、目をパチパチさせた。そろそろお祝いを言ってもいいかと口を開こうとした時だった。


「赤ちゃんだあっ⁉︎」


 今頃理解が追いついてきたのかカッと目を見開き、ガバリとアミーの肩を掴む。


「ピエッ‼︎」


 そんな乱暴をキャルが許すはずもなく強く突かれていたが、冷静さを欠いたプロムスはそれどころではないらしい。

 ぱあっと明るく笑ったかと思うと、アミーを強く抱き締めていた。


「そっか、赤ちゃんかー‼︎」


「う、うん……あのね、私、ママになるの、頑張るわ」


「んじゃ、オレはパパな! そっかー! 家族が増えるのかー!」


 そう言ってアミーを抱きかかえ、そのまま満面の笑みでくるくる回るプロムスは、想像以上のはしゃぎっぷりである。キャルがアミーを落とさないかヒヤヒヤして見ていても、今はお構いなしらしい。


「おめでとう。プロムス、アミー、キャル様」


 今の隙にお祝いの言葉を口にすると、プロムスは世の大多数の女性が真っ赤になりそうなキラキラした笑顔を振り撒いてくる。ソフィアリアは幸せいっぱいなんだなと思うだけであるが。


「ありがとうございます! あっ、だからソフィアリア様だけ?」


「ええ、そうみたい。ごめんなさいね、先に聞いちゃって。少しお話もしていたの」


「あっ、さては泣きやがったな? 相談するならオレにしろよ」


「次からそうするわ」


 そう言って額を合わせる二人は幸せそのものだ。そろそろ二人きりにするかと席を外そうとしたら、バサリとこの場を囲んでいたシーツが床に落ちる。どうやら魔法を解除したらしい。


 診察からずっと気を揉んでいただろうみんなは、一転幸せそうな三人とソフィアリアの姿を見て、ぽかんとしていた。プロディージだけは察していたのか、チラリと一瞥しただけで、チョコレートを食べていたけれど。


「……何があったのかね?」


 マヤリス王女を膝に乗せたまま紅茶を飲んでいたフィーギス殿下が真っ先に立ち直り、そう声を掛けてくる。その側にいるヴィルも首を傾げていた。


 プロムスはみんなに幸せそうな表情を振り撒いて、相変わらずメルローゼに胸倉を掴まれているオーリムに視線を固定すると、ニカっと笑った。


「リム、おまえも兄貴になれるぞ!」


「……どういう意味だ」


 突然そんな事を言われても理解出来なかったのか、きょとんとしていたけれど。



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