少女は救いを夢見る 4
「わたくしの話ばかりして仕方ありませんね。わたくしは訪問の目的まではお伺いしていないのですが、王鳥妃であるソフィアリア様と代行人様まで我が学園にお越しになられた理由を、お教えいただけますか? 微力ながら協力出来るかもしれません」
それはオーリムと接点を持とうとしているのかと考え、心の中で否定する。さすがにそれは邪推が過ぎるだろう。
でもその質問は、ソフィアリアの一存で話せる事ではないので、マヤリス王女に目配せする。
マヤリス王女は頷いて、代わりに答えてくれた。
「ギース様達が来国された理由は聞いているかしら?」
「はい。マヤリス王女殿下が修了パーティまで参加し、進級する為の手続きをつつがなく終えられるよう監……見守りたいのだとお聞きしました。それをもってマヤリス王女殿下もビドゥア聖島に渡るそうですね」
「ええ、そうよ。では今、わたしをこの国に留め置くという案が出ているのは知っていて?」
「……存じ上げませんでしたが、理由はわかります。もう残っている次世代の王族が、レイザール殿下だけだから、ですよね」
「そのレイザール殿下も廃嫡の危機だったという事は?」
それは知らなかったのかリスティスは目を丸くして、でも納得したのか静かに頷いた。
そういえば、肝心のその事について一度も聞いていなかったなと今頃思い出した。たしかにレイザール殿下には意欲を感じられないが、廃嫡されるほどの理由があるようには見えない。
問うようにマヤリス王女を見つめると、説明を忘れていたのを思い出したのか、オロオロしていた。
「すっ、すみませんっ……! 皆様がこちらに来る前に対処し、陛下やレイザールにはなんとかするよう約束させましたので、半分解決した気になっていました……」
「構わないわ。わたくし達が聞いても大丈夫かしら?」
「はい。元々レイザールは立場が弱かったのですが、弟妹のやらかしの責任をとって、その座からおりるよう求める声が強まっていたのです」
そのあたりの事情は想像がつくので頷く。手紙に書いてあった事だが、ルーデリアとヴィリックの他にも第三王女と第三王子がいて、どちらも随分前に除籍されている。つまりもう王族の子供が、四人もやらかしているのだ。
この機に王族の血統を正統なものに戻したい一派がいるのだろう。その気持ちはよくわかるが、マヤリス王女を連れて帰れるか否かがかかっているので、共感している場合ではない。
「レイザール殿下がお忙しそうにされていたのは、そのせいでもあったのね」
「はい、ヴィリックの件の後始末をするようお願いしておりました」
なるほどと思い頷いた。どのみちマヤリス王女やレイザール殿下がすべき事ではあるが、マヤリス王女が早々に手を引いてレイザール殿下に一任させる事で、その責任を廃嫡という形でとらなくても済むように、弟妹の尻拭いをさせていたらしい。だからミウムの対処に、ああして自ら駆けつけたのか。
国王陛下達が邪険にしているマヤリス王女の訴えを今回ばかりは聞き入れた理由は、自分達を正当化する為に、両方と血の繋がりがあるレイザール殿下に、王位を継がせたいのだろう。そうする事で、自分達は何も悪くないという事にしたいらしい。マヤリス王女を留めおくのは陛下の最終手段のつもりなのだろうが、置いたところで王妃殿下からの反発が強いだろうに。
陛下達の味方につきたくはないが、レイザール殿下がリスティスを王家に迎えれば辛うじて修正される事だろうと、他人事のように思っていた。
そこまで理解すれば、マヤリス王女が一瞬困った顔をしてリスティスを見る。ソフィアリアは納得したと、もう一度頷いた。
本人の前だから口にしなかったが、レイザール殿下とリスティスが婚約破棄しないかという懸念もあるのだろう。二人が婚約破棄なんてしてしまえば、レイザール殿下には後ろ盾も、王位を継ぐ正当性もなくなる。そこを突かれて失脚して終わりだ。
こちらに至っては二人が派手にすれ違っている様子なので、ない話ではない。むしろこちらをどうにかすべきなのではないだろうか。
「マヤリス王女殿下が無事ビドゥア聖島に渡れるように、レイザール殿下の廃嫡を阻止したいのですか?」
説明を終えた頃を見計らったリスティスが話を戻し、続きを促す。
マヤリス王女は再度リスティスに視線を向け、頷いた。
「ええ。根回しはしておいたけれど、万が一にもわたしが国を出るまでに廃嫡されては困るもの」
「……レイザール殿下は、本当は王位から降りたいではないでしょうか」
「リスティス?」
「廃嫡され、我が家に婿入りする事をお望みなのかもしれませんね」
明後日の方向を見て呟いたリスティスの言葉に、正直それはそれでアリではないかと思ってしまったが、レイザール殿下の結婚相手はルルスを想定しているのだと察して呑み込んだ。抗う為に動いているだろうレイザール殿下にも失礼なので、その考えを打ち消す。
「それは、代わりにリスティスが王位を継いでくれるという意味かしら?」
真剣な――少し怒っているかのような表情をマヤリス王女から向けられたリスティスは俯いた。
「……軽率でした。申し訳ございません」
「謝罪は不要よ。それでも構わないと思ったもの。わたしはこの国を離れる身だから、そうしたいならすればいいわ」
「ですが、王位継承権はマヤリス王女殿下の方が上です」
「……わたしはギース様に輿入れする身よ。王鳥様にもお越しいただいたのだから、この国に留まるつもりはもうないの」
一瞬迷いが見えたのは、昨夜の事があるからか。まだ芯が通っているわけではなさそうだが、とりあえずその言葉を聞けただけでも、今はよしとしよう。
ふと、何かを思いついたかのように、リスティスは顔を上げた。
「もし、わたくしが王位を継ぐと言えば、王配にする相手を指名する事は可能でしょうか?」
真剣な目をして言い放ったリスティスの言葉に息を呑む。その相手は誰を想定しているのか……いや、まさか。
マヤリス王女も察したのか、探るようにすっと目を細める。
「当然、王家に迎えるのだから、誰でもいいという訳ではないわ。そのくらいはわかるわよね?」
「はい。……いえ、例え話です。発言を撤回いたします」
「撤回を受け入れるわ。……構わないと言ってしまったけれど、わたしはレイザールとリスティスが予定通り婚姻を結ぶべきだと思っているの」
「仰せのままに」
そう言ったリスティスの表情は、同意しているようにはまったく見えなかったけれど。




