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夢幻の恋 5



「……申し訳ございません、フィー殿下」


 ソフィアリアはポツリと、隠れて項垂れているだろうフィーギス殿下に謝罪をした。マヤリス王女をあんなふうに傷付けた事を……二人の婚約に、ソフィアリアという余計なものを差し込んでしまっていた事実を。


 とぼとぼとこちらに歩いてきたフィーギス殿下は、そのままヴィルの胸に額を当てて、すっかりしょげていた。


 運命的な出会いをした。短い交流の中でたしかな恋心を育み、やがてマヤリス王女から婚約したいと言われるほど、熱烈な想いをぶつけられた。

 ――その想いの中に、ソフィアリアをつつがなく迎えられる為という、ほんの少しの打算もあったと知ってしまった。ソフィアリアですらショックなのだから、当人であるフィーギス殿下の衝撃は計り知れない。


「……いいさ。元々うちの有力貴族を第二王妃に迎える事も織り込み済みだったようだし? 今更ソフィ一人増えた所で、どうだってさ」


「フィー殿下」


「マーヤは生粋の王族なんだから、王族の結婚の意味をよく理解していた。恋心だけで決めるわけないのに、舞い上がってしまった私は本当に馬鹿だなぁ」


 二人の大恋愛はお互いの恋心を燃え上がらせた結果であり、政略性や打算は後付け。ソフィアリアもそう思っていたし、そうであってほしかった。

 不遇の王子様とお姫さまが出会い、お互いだけを見つめ合って結婚する。秩序を保ち打算が含まれた政略結婚を強いられる王侯貴族ではあまりない、まるで物語のようなロマンチックな現実だ。


 どうやら少し、違ったようだけれど。


「……そんな事仰らないでくださいな」


「バチが当たったのかなぁ? 私がほんの少し、他所に心を移してしまったから」


 そう言って意味ありげにこちらを見るフィーギス殿下に、首を横に振る。誰も得しないそれだけは、認めるわけにはいかない。ヤケを起こして抱え込めば、いずれ後悔するのは目に見えている。


 ――現状を嘆いてヤケになりたい気持ちは、共感出来なくもないけれど。でも、ソフィアリアはそこに救いを見出す事は出来ない。


「……なら、わたくしの今の状況もそのバチだと、そう仰るおつもりですか?」


「ははっ、まさか。ソフィはいつも、何も悪くないではないか」


「どちらかといえば、わたくし有責の事態が多いようにお見受けしますが」


 今回の事だって、ソフィアリアがよかれと思って先生達の代わりにフィーギス殿下の所へ向かう事を決め、無邪気にもメルローゼにも話してしまい、その経由でマヤリス王女にも伝わっていた結果だ。

 メルローゼが悪いわけではない。自分にあった大きな出来事を一番の友達にも聞いてもらいたいと思うのは当然の事で、口止めしていなかった……それ以前にメルローゼに話してしまったソフィアリアが一番悪い。


 けれど、ひとつだけ確かな事がある。


「ご安心くださいませ、フィー殿下。たとえわたくしの事を知らなくても、リース様は同じ熱量を持って、フィー殿下に求婚していましたわ。わたくしの事なんて可燃剤にすらなりません」


「死ぬつもりだった私を憐れんでね。マーヤは優しいなぁ」


「もうっ! 卑屈になるのはおやめくださいませ。他に事情があろうとも、全てはフィー殿下を好きだと思ったリース様の恋心ありきのお話です。でなければ捨て置かれたお姫さまが他国の完璧な王子様に、自ら求婚なんて出来ませんわ」


 きっぱりと、それだけは言い切れる。


 ソフィアリアの名前が出て動揺したが、冷静に考えればどうでもいい事だ。マヤリス王女にとってはサラッと口に出して流せる程度の軽い話であり、終わった話。終わってなおフィーギス殿下への恋情を曝け出しているのだから、あってもなくても変わらない程度の話だったのだろう。


 少し気分が浮上したのか、顔を上げたフィーギス殿下は弱々しく微笑んで、視線だけで慰めを求めてくる。正直ソフィアリアが手を貸すのはどうかと思うが、今日は許してもらおう。


「リース様はフィー殿下の事を誰よりも一番愛し……いいえ、恋をしておられますわ。たとえ第二王妃や側妃を持とうとも、愛し愛される幸せな未来だけは決して疑っておられませんもの」


「だったら第二王妃の話も諦めてくれればいいのに」


「他国の王族の方ですもの。そのあたりの事は、国を隔てるが故の考え方や文化の違いで、どうしようもないのかもしれませんね」


「わかってるけどさ〜……」


「少し強引な手段になってしまいましたが、ヴィル様との出会いを経て、考えを改める必要がある事は理解してくれます。それでもわたくしはリース様なら乗り越えて、フィー殿下の手を取る事は確信しておりますわよ」


 何故?と首を傾げるフィーギス殿下に、ニコリと笑う。


「だってリース様は、フィー殿下と並び立って王妃になる為に、あんなにも未来を……ビドゥア聖島の事を考えてくださっているではありませんか」


 思い出すのは先程の事だ。


 王妃になる為に自分が何をすべきか語るマヤリス王女は誰よりもキラキラしていて、ソフィアリアだって目が眩んだ。

 それを成す為にはどれほどの知識を蓄えたのだろうか。王妃教育を受ける傍らで貪欲に知識を集め、それを活かす為の計画を張り巡らせていた。

 よほどの気持ちがなければ出来なかった事だろう。そしてそのよほどの気持ちの正体は、間違いなくフィーギス殿下への恋心だ。


 全てはフィーギス殿下の隣に並んで相応しい自分でありたい為に。フィーギス殿下と共にビドゥア聖島を良くする為に。

 後ろで護られ、支える為ではない。フィーギス殿下の隣というもっと大変な場所を、マヤリス王女は居場所と認定した結果が、あの発言だった。


 フィーギス殿下はふっと笑う。


「ただ王妃になりたかったのかもしれないよ?」


「王妃になりたいのでしたら、捨て身の王太子なんて不確定な方を選びませんわよ」


「ソフィに会いたかったのかも」


「わたくしに会う為でしたら王妃にならず、メルのお迎えを待っていた方が確実ではありませんか」


「マーヤは優しいから、ソフィの願いを叶えるお手伝いがしたかったのかもしれないね」


「会った事もない友達の友達の為に? そのための苦労が大き過ぎませんか?」


 それもそうかとくすくす笑う。あらゆる可能性を潰していき、一因になっても全てが打算な訳ではなかったと、ようやく飲み込んでくれたのだろうか。その表情はとても晴れやかだった。


「マーヤは私の事が好きだと思う?」


「ええ、とても。リース様がフィー殿下の隣に立つ為に考えた地位の確立方法に、胸がときめきませんでしたか?」


「ああ、あれは大変だったよ。飛び出して、思わずぎゅっとしてあげたくなった。一緒に頑張ろうって言いたかったな〜」


「言って差し上げればよかったではないですか」


「覗き見をしていたなんて言えないだろう? マーヤにはカッコいい私だけを見てほしいからね!」


「フィー殿下」


 つい咎めるような視線を向けてしまい、フィーギス殿下は困ったように首を傾げていた。そういうカッコつけはよくないとわかっていないようだ。


「……もしリース様が勉強に疲れて泣き言を言っていたら、幻滅されますか?」


「まさか。ドロドロに甘やかすよ?」


「リース様も一緒ですよ。せっかく実質的に恋愛結婚をするのですから、弱みも情けないところも全て晒して、甘えにいってあげてくださいませ。完璧な王太子殿下の泣き事を聞けるのは王太子妃である自分だけって優越感は、何事にも変え難いではありませんか」


 そこまでは考えていなかったのか目を丸くして、ふっと意味深な笑みを浮かべる。その視線は、ソフィアリアにはいらないものだ。


「私はソフィにめちゃくちゃ甘えてるけど、そんな優越感を抱いていたのかい?」


「いえ、全く。手の掛かる息子だなって思っておりましたわ」


「母上……!」


「ふふ、ええ。でももう奥様をお迎えするのですから親離れして、甘え先はリース様にしてくださいな」


「親期間が短過ぎない?」


「そもそもわたくしはただの友人で、年下なのですが」


 それもそうだと笑ってくれたから、これでいい。フィーギス殿下の相談役にはなれるが、ここ最近の過剰な甘え方は少し気になっていたので、ついでに言えてよかったと思った。甘えられたらつい甘やかしてしまうソフィアリアも充分悪いのだけれど。


「……そろそろ戻るよ。ありがとう」


「そう言っていただける資格があるとは思えませんが、お役に立てたのでしたら何よりですわ」


「充分あるとも。今度から私はマーヤに甘える事にするから、ソフィもリムと絶対幸せになりたまえ。ヴィルも、おやすみ」


「ピ」


 ポンっと肩を叩いて、後ろ手を振りながら、フィーギス殿下は部屋に戻って行った。

 そんな背中を手を振って見送り、見えなくなるとヴィルはソフィアリアと王鳥にも礼をしてから、空へと飛び立っていく。今から空のお散歩のようだ。


「……幸せ、ね」


「ピーピ」


 なれるだろうか。悪い予感と不安は、なかなか心から離れてくれない……リスティスに手を差し伸べたオーリムの事ばかり、頭に浮かんでしまう。


 王鳥がフィーギス殿下の手の感触を上書きするようにソフィアリアの肩に額を擦り付けていても、今は無性にオーリムの腕の中の温もりが恋しかった。


 だからだろうか。


「……フィア」


 王鳥と同じくらい恋しくて……王鳥とは違い、今は心に痛みをもたらすオーリムが、この場に現れたのは。



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