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夢幻の恋 1



 手を差し伸べると、強張った表情の少女は相好を崩し、柔らかく微笑む。

 どんな宝石よりも貴い輝きを放つ琥珀色の瞳がなによりも好きだ。見上げてくるそれに青年も自然と口元を緩ませ、差し伸べた手に重ねられた手の爪先に、そっと口付けを落とす。


 惚けるように赤くなった表情をさせたのが自分だと思うと満たされた気持ちになって、手を引いて踊り出した。


 ステップに合わせてひらりと舞う自分と同じ夜空色のスカートが少女によく似合っている。隣に並ぶ青年も、少女に相応しいといい。


『上手ね』


 そう言ってくすくす笑う少女に、自信満々にニッと笑う。


『――と踊る為にたくさん練習したからな』


『ふふ、嬉しい。……ねえ』


 必死に何かを訴えようとする少女の可憐さに目が眩みそうだ。そんな気持ちをなんとか堪えると安心させるように、優しく微笑んだ。


『どうした?』


『夢から醒めても、わたくしを迎えに来てくれる?』


 琥珀色に涙を滲ませて縋り付いてくるから、踊りも止めて華奢な身体を強く掻き抱く。

 青年は少女の耳元で、甘く囁いた。


『ようやく会えたんだから、もう一人にさせない。愛している、()()()()


 そう言って何よりも美しいプラチナの髪に、口付けを落とす。


 少女は嬉しそうに微笑んで、綺麗な涙を一筋流した。


『……待っているわ、ラズ様』





           *





 男ばかりの馬車の中は、重苦しい沈黙が流れていた。心の癒しとなるそれぞれのパートナーは、全員別の馬車だ。

 護りが手薄に見えるが、あちらには大鳥三羽がついているようなものなので、身の安全だけは大丈夫だろう――襲撃を受けた場合の処理については、起きた時に考えるものとする。


「……さて、これはどうしたものかな?」


 そう言って上座で乾いた笑みを漏らすフィーギスは、隣のラトゥスと同じく遠い目をした。誰かこの状況は悪い夢だと言って、昨日までの幸せな現実に戻してくれないだろうか。そう願って。


「つーか、ありえねーだろ」


「ありえないもなにも、現実じゃん。クソ馬鹿ポンコツが結婚前に目移りしたってのはさ」


「口にするのはやめたまえ」


 フィーギスがそう静止させると、ラトゥスの対面に座るプロディージに、現実を受け入れろと言わんばかりに睨まれる。今回の旅で距離を縮めたおかげか、だんだんと自分相手にも遠慮しなくなってきたようだ。未来の側近としてありがたい限りである。


 まあ、逃げても何も変わらないのは事実なので、向き合うしかないだろう。気持ちを切り替えて状況を整理する為に、先程までの出来事を振り返った。


 ――思い出すのもうんざりするようなダンスの授業中。あろう事かオーリムが自らリスティスに救いの手を差し伸べた。

 普段ならありえない事だ。オーリムは代行人という立場を弁えて、王鳥の指示やフィーギス達からの頼みでもなければ、人間同士の争い事なんて介入しない。しかもあの程度、わざわざ他人が介入しなくても、どうにでもなった事だ。


 その後リスティスと踊っていた最中の表情の甘さは、思い出したくもない。ソフィアリアが二人の方を見ないか心配で、そちらだけを注視する事で気を紛らわせた。幸いソフィアリアはマーニュからミゼーディア公爵家について聞き取るのに必死で、一切見なかったみたいだが……わざと、そうしていたのだろうが。

 そう思うと冷や汗がとまらなくなると同時に、その心境を察して胸が痛む。


 ダンスが終わった後、怒りを抑えきれない表情のプロディージとメルローゼがオーリムを連行したのを見て、フィーギス達全員もあとに続いた。残していくソフィアリアをレイザール達に任せて……結局、こちらに来てしまったけれど。


 その後控え室で聞かされた衝撃の事実は、なかった事に出来ないだろうか。


「……ますます厄介な事になったな」


 結局現実逃避の方に思考が寄ってきた頃、溜息を吐いたラトゥスと共に渋面を作る。ただでさえマヤリスを無事に国へと連れ帰らなければならないのに、それが些事になる程の問題を抱える事になるとは思わなかった。


「フィーギス殿下」


 姿勢を正し、真剣な表情をするプロディージに嫌な予感がしつつ、フィーギスも虚勢の笑みを貼り付けて向かい合う。


「なにかな?」


「それがミゼーディア嬢を連れ帰りたいと言った場合、姉をどうするおつもりですか?」


「おそろしい事を言わないでくれたまえ」


 もはやオーリムの名前を呼ばなくなったプロディージの怒り具合に溜息を吐きつつ、つい考えを巡らせてしまう。万が一に備えて置かなければならない王族の性だ。


「リムが連れ帰りたいと願ってしまった場合、おそらく王鳥様も同調するだろう。そうなれば、連れ帰らないという選択肢はない」


「二人がソフィをどう扱うかに左右されるけど、今更婚約解消なんて無理。ソフィにはこのまま王鳥妃(おうとりひ)として君臨してもらわなければ困るから、結婚はしてもらうよ」


 非情な決断だが、ソフィアリアだって貴族としての教育を受けてきたのだから、そのくらいの覚悟はあるだろう。でなければ妥協案だなんて言い出さない。


 馴染みのないプロムスはギョッとしていたが。


「待てよ、このままあの二人の側に……王鳥様含めて三人の側で変わらず暮らせってのかっ⁉︎」


「そこなんだよねぇ〜……」


 問題は、そんなソフィアリアの結婚後の住居だ。


 貴族だったら本館を仕事場と割り切って義務だけ果たし、普段の生活はお互い別館でという手も取れるが、大屋敷には本館と別館しかないし、別館は鳥騎族(とりきぞく)の居住スペースであり、希望者の宿泊施設でもある。今だって若干手狭になっているはずなので、王鳥妃(おうとりひ)をそちらに住まわせる余裕はないだろう。


 本館の客室棟なら有り余っているが、オーリム達と距離が近過ぎるので、ソフィアリアにとっては苦痛でしかない。


 もう一つ別館を建てるのが現実的だが、建設までに時間が掛かる。それまで現状維持になってしまえば結局一番辛い時期には側にいなければならないのだから、あまり意味はない。ソフィアリアなら、その間に心の整理を終えてしまうだろう。


 さてどうするかと、トントンと膝を指で叩いていたら。


「でしたら、セイドの駐屯地に姉を返してください。大鳥様との交流ならこちらでも可能ですし、跡取りを作る義務もないのですから、何も問題ないでしょう?」


 姉想いのプロディージならそう言い出だすと思った。けど、ソフィアリアと遠く離れるというのはフィーギスが困る……なんていうのはただの甘えでしかないが、とりあえず、それだけは避けたかった。


「大屋敷を掌握しているのは実質ソフィなのだよ。名前は出せなくてもソフィ主体で動かす事業もあるし、遠いセイドに帰られたら計画が滞る」


「名前を出さないのでしたら、あの女にやらせれば済む話です。ただの男爵令嬢に出来た事が、王妃教育を受けた公爵令嬢に出来ない筈がないでしょう?」


「あの女……」


「敬う気も失せました。私にとっては敵でしかないので、一切関わるつもりはありませんよ」


 ふんっと鼻を鳴らして言い切るのだから、いっそ清々しい。まあ勢力図にすると政敵になるので当然かと思う。出来ればフィーギスもソフィアリア派に偏りたい所だ。王太子として難しいのはわかっているが。


「ただの男爵令嬢は帝王学なんて学ばないから。まっ、手を出さなければ敵対するのは自由だけどね。ソフィと同程度を求めたい気持ちもわかるし」


 フィーギスだってソフィアリアが来た当初は、何も余計な事はせず大屋敷で静かに暮らしてくれれば上出来だろうと思っていたが、あげた成果やもたらしてくれた恩恵は天井知らずだ。これからもマヤリス共々、末永くお世話になるつもりだったのに。


 そんな未来に茶々を入れたのだから、心境的には同等以上を求めたくなってしまう。まあ実際はそんな事しないし、責任はリスティスではなくオーリムが取るべきだと思うけど。


「とにかく、心変わりをしたそのポンコツが元凶なんで、恨み言ならそっちにぶつけて、姉はセイドに返してくださいね」


「まあ、うん。検討するよ」


 それは却下と同じだろうとギロリと睨まれても、それが限界だ。なんとしても阻止するので、その決断は引っ込めてもらう他ない。


「……そもそも国際問題になるし、正当な王族の血統をコンバラリヤ王国に戻したいと訴えられれば、代わりにマヤリス王女殿下を諦めなくてはならなくなるな」


「あーあー聞こえませーん」


「逃げるな」


 耳を塞いでそっぽを向く。そちらの問題については一考もしたくないので、全力で逃げる所存だ。


 プロムスが苛立たしげに髪を掻きむしって溜息を吐いていたので、そちらに注目する。


「そもそも、リムが心変わりなんてありえねーんだよっ!」


「ありえないも何も、現実に起こった事じゃん」


「でも、なんかの間違いだっ!」


 プロムスにしては珍しくイライラした表情をしていた。基本的におおらかな兄貴分の彼が、こうも負の感情を表に出している姿は大変珍しい。それほど、今の状況に混乱しているのだろう。


 フィーギスもラトゥスも、長年ソフィアリアの事ばかりを想っていたオーリムを知っているので、その気持ちは痛いほどわかる。この中で唯一、オーリムとの付き合いが浅いプロディージだけは、起こったままを受け止められているようだが。


 プロディージは侮蔑を隠しもせず、そんなプロムスを睨んだ。


「じゃあそのポンコツは、なんであんな目立つ場所で、それも周りに見せつけるような行動とったってのさ?」


「それは……何か考えがあって……」


「それに、姉上の見解が間違ってたって言いたい訳?」


「ソフィアリア様が察しがいいのはわかってるっ! けどな、リムが心変わりするはずがねーんだよっ! だってほんとに、リムは代行人になってからずっと、ソフィアリア様が全てだったってのに……」


 まるで自分ごとのように悲痛な顔をして俯いたプロムスは、誰よりも長くオーリムを見守っていたのだ。だからこそ、突然リスティスに目を向け始めた現実に理解が追いつかない。プロムスの次に付き合いが長いだろうフィーギスだって意味がわからないのだから。


「それの好みとか全く興味ないけど、一目惚れなら仕方ないんじゃない?」


「好みなら、それこそソフィ様だろう。対極とまでは言わないが、ソフィ様とミゼーディア嬢では似ても似つかない」


「そんなの刷り込みのようなもので、実際の好みはあの女だったのでは?」


「ねーよ。仮にそうだったとしても、リムがソフィアリア様を裏切れるか」


「裏切った後に言われても、全然説得力がないけどね。それともあれかな? 執着していたものをようやく手にして満足したから、次に行こうっての。ありがちな考えだよね」


「っ! てめぇっ‼︎」


「やめたまえ、ロム」


 冷笑すら浮かべ始めたプロディージは、すっかりオーリムを敵認定してしまったようだ。これ以上何を言っても無駄だろうし、そもそも反論材料もないので、掴み掛かろうとするプロムスを制止して、口を噤むしかなかった。


 プロムスの隣で、壁にもたれかかって気を失っているオーリムを見て溜息を吐く。


 気を失う直前の、ソフィアリアに諭されて絶望したような表情が忘れられない。下手すればソフィアリアを見つけた幸せから一転、結婚を諦めたあの日よりよほど酷い顔をしていたのではないだろうか。


 目を覚ましたオーリムが正気に戻って、出来ればリスティスとの事だって気の迷いだったという事になればいい。そう願わずにはいられなかった。



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