大鳥へのお披露目と鳥騎族 2
玄関ホールで今いる使用人の皆様に挨拶をした後、玄関ポーチに出たらフィーギス殿下とラトゥスが居て驚いてしまった。
「まあ、フィーギス殿下! お出迎えもせずに外でお待たせてしまい申し訳ございません」
「構わないとも。今日は大鳥達に挨拶をするのだろう? たくさん来るなら私もそれに同行させてもらおうと思ってね」
「聞いてないが。……まだ諦めてなかったのか?」
「勿論」
フィーギス殿下はオーリムにも無断で来たようだ。色々情報が多いが、とりあえず一番ソフィアリアに関係ありそうな事から質問する事にした。
「今いらっしゃる大鳥様にご挨拶するだけかと思ったのに、たくさん来るの?」
「ああ。初めての王妃のお披露目みたいなものだからな。放っておくと押し寄せるから、許可を出すまで来るなと制限した。ここに来てからまだ一度も大鳥を見ていないだろ?」
言われてみればそうだなと思い、頷く。
ここに来てまだ三日、それもずっと室内に籠っていたし、部屋から見えるのは中庭の庭園なので、たまたま見かけないだけかと思っていた。
けれど、この大屋敷周辺はだだっ広い芝生広場になっているのだ。広さを考えるといつもはもっと大鳥が自由に過ごしていたのかもしれない。
「わたくし、押し寄せる程期待されているのかしら?」
「当然であろう? なんたって初の王妃で、余の妃ぞ」
突然表情と口調が変わって目を丸くしているうちに、またヒョイと子供抱っこをされる。王鳥が今この瞬間、オーリムの身体を乗っ取ったらしい。
「あら、王様。王様がそのお姿でわたくしの事を紹介してくださいますの?」
「こっちの方が小回りが利くからな。とはいえせっかくのお披露目だし、表に出ないだけでこやつも意識はあるから話があるなら余が通訳しよう。――――なんだ、うるさい奴よ。見られるだけでもありがたいと思え」
そんな事が出来るのかとつい目を瞬かせてしまった。そのまま王鳥は中のオーリムと言い争いをしているらしいので、そっとしておく事にする。
それにしてもただ挨拶するだけかと思っていたのだが、思っていたより大掛かりな事になるらしい。先程使用人に挨拶したので身なりをきちんとしておいたのは僥倖だったようだ。
「ところでフィーギス殿下は鳥騎族になりたいのですか?」
上から見下ろすかたちになってしまい、王太子殿下相手に頭が高くて申し訳ないなと思いつつ、そう尋ねる。先程のオーリムとフィーギス殿下の会話とお披露目の話を聞いての憶測だが、そう思ったのだ。
フィーギス殿下はニヤリと笑い、頷いた。
「ああ。身体能力強化もしてもらえるし、大鳥に乗せてもらえれば移動もひとっ飛びだ。その利点が欲しくて、私は王族初の鳥騎族になる事を夢見ているのだよ。何度か大鳥と面会しているのだが、誰にも認めてもらえていなくてね。だが、今日はいつも以上に大鳥が来るのだとすれば、その中に運命の相手がいるかもしれないと期待しているのだ」
利点云々と身も蓋もない言い方だが、目がキラキラと子供のように輝いているので憧れもあるのだろう。その珍しい表情を見たらつい応援したくなってしまう。ぜひとも叶えていただきたいものだ。
鳥騎族になる手順は今日読んだ本によると、まず第一にこの大屋敷に入れる事。ここに来なければ面会すら出来ないので当然だろう。
次に本人が鳥騎族になりたいと望む事と、大鳥から声を掛けられ、それに応える事。両方必須だが、この二つはどちらが先でもいいらしい。
鳥騎族になりたくてこの大屋敷に来た人は、この大屋敷で過ごす大鳥を見て回る。声を掛けたりアプローチする事も可能だが、しなくてもいい。積極的な人が好きな大鳥も居れば騒がしいのは嫌いな大鳥もいるので、こればっかりは大鳥次第なようだ。
鳥騎族になるつもりはなくて、大屋敷の使用人として働いていたのに、大鳥が気に入り声を掛けるなんて事もありがちらしい。
大鳥はこの大屋敷に来る人間は全員鳥騎族希望だと思っているらしく、希望者とその他を区別しない。応えて転職するかどうかはその人次第で、その旨をここで働く前に伝えられるようだ。
最後は背に乗って飛ぶ際、気を失わないか。これも必須なのだが、一番の難所となるらしい。ソフィアリアは昨夜普通に楽しんでしまったのでそれだけかと思ってしまうが、そう思う人の方が少数派だったようだ。
空を縦横無尽に飛ぶ練習なんて出来ないので本番一発勝負となるうえに、高い所は大丈夫でも空を飛ぶとなると案外ダメだったと感じる人が多いらしく、ここでダメだった人は鳥騎族になる夢を挫折してしまう。飛ぶのが怖いのだから当然と言えば当然なのだろう。
この四段階をクリアすれば鳥騎族になれるが、そのどれもが難易度が高いので年に一人か二人くらいしか合格者が現れないというのが現状なようだ。
フィーギス殿下がこの大屋敷に通い始めて八年経つのに未だパートナーの大鳥か見つからないので、難易度はお察しだろう。
「次代の王は難しいであろうな。余が認めているからこの大屋敷に入れているだけで、そもそもそなたは大鳥に好かれる性質をしておらんよ」
「……本当に王は遠慮しないね。だが、いつか物好きな大鳥が現れてくれると信じているよ!」
「自分で物好きと言うのか……。逆にラスは好かれまくっておるのにな?」
ニヤリと笑い王鳥がラトゥスを見れば、フィーギス殿下は初耳だったのか衝撃を受けたかのように目を見開いて彼を見た。しかしラトゥスはしれっとしている。
「なんとっ⁉︎ そうだったのか、ラス」
「……たまに声が聞こえると思っていたが。僕は特に騎族に興味はないから、フィーが選ばれない限り応えるつもりはない」
なんとも贅沢な事だ。それにしても、ラトゥスは貴族なのにこの大屋敷に入れるだけではなく、大鳥にも好かれているのか。
「フォルティス卿は大鳥様と、よほど相性がよろしいんですねぇ」
頬に手を当てしみじみとそう言えば、ラトゥスは無表情な顔のまま、ソフィアリアに視線を向けた。
「やはり王鳥妃様は私の事をご存知でしたか」
「ええ。昨日はご挨拶していいものかわからず、結局何もせずに申し訳ございませんでした。今更ですがわたくしの事はどうぞ砕けた口調で、楽にお呼びくださいませ。王様とリム様のお友達なら、今後も長いお付き合いになりますもの」
「では、そうさせてもらう。僕の事は貴族名鑑で?」
「それもありますが、フォルティス卿は有名人ですから」
嘘は言っていない。色々あってよく知っているが、今は言う必要はないので黙っている事にした。
別にやましい事はしていないし、バレるならそれは仕方ないと思うが、知られないならその方がいい。そういう事情を、ソフィアリアは抱えている。
何か探るような視線を感じたが、笑って躱しておいた。昨日もずっとこんな視線を向けられていたので、ラトゥスは情報収集でも担っているのかもしれない。
「ならば身体強化は一旦諦めるから、ラスに契約してもらって、私を運んでもらうのはどうだろう? 王城からここまで馬車で一時間はかかるから、それがひとっ飛びになればもっと頻繁にこちらに来る事が出来るようになるしね」
胸を張ってそう提案するフィーギス殿下は、大鳥に運んでもらう為の条件を知らないのだろうか。……まあ彼は他に覚える事も考える事も山ほどあるので仕方ないのかもしれない。
「うむ。余は別にそう決心したならそれでも構わぬが、そなた、コンバラリヤの姫との婚約を破棄してラスを伴侶に選ぶのか? せっかく余も姫との仲介に協力してやったのに、結局は無駄足だったか」
「そんな訳ないであろう⁉︎ なんて事を言い出すのかね。……絶対伴侶でなければ乗せてもらえないのかい?」
「当然よ。余はともかく、大鳥は融通がきかぬよ」
それを聞いてさすがにその案は諦めたらしい。ラトゥスは遠い目をして現実逃避してしまったし、後ろではプロムスが声を押し殺して爆笑しているし、妥当な落とし所だと思う。
「なら、私の大鳥が決まるまで王が迎えに来てくれないか?」
「余を足代わりにするとはいい度胸をしておるな?」
そう言って言い争いを始めた二人を見て、みんな仲良しだなと思い微笑んでいた。




