運命の出会い 3
昼休み。霧雨が降る中、ソフィアリアとオーリムはみんなと別れて中庭のガゼボにやってきた。雨が降っていて外れにあるせいか、周りに人が全くいないので、遠慮なく二人きりになれる。
「ピ」
「あら、王様もご一緒されるのですか?」
「ピピー」
そう鳴いてご機嫌にガゼボに入ってくるが、広さも高さもギリギリなので、なかなか窮屈そうだ。それでも離れる気がない理由は、なんとなくわかるけれど。
「――――王が見事なチェンバロの腕前だったってさ」
「まあ! ありがとうございます。一番得意でしたので、お褒めいただき光栄ですわ」
「やっぱり買おう」
「もう、ラズくんってば」
そう言ってくすくす笑いながら、二人でバスケットの中身を並べていく。
今日の昼食はサンドイッチという、柔らかく四角い薄切りパンに具材を挟んだものだ。バケットサンドと違って食感は軽そうで、デザートのチョコレートプリンがとても楽しみである。
オーリムは食べ応えのある普通のバケットサンドを選んでいたが、トマトソースで味付けされたパスタが挟まっているのが、なんとも珍しい。やはり国を跨ぐと食文化が違うなとしみじみ思う。
「俺もバイオリンを覚えようかな」
「ふふ、ラズくんも音楽に目覚めちゃった?」
「少し違うけど、みんなで一つの曲を奏でるのは、結構楽しかった。でもフィアとロディの息ぴったりな演奏がずるいと思ったから、ロディを上回って上書きしてやりたい」
「あらあら、嬉しい事を言ってくれるのね。でもロディならメルとの方が息ぴったりよ?」
今日は見られなかったが、チームワークの良さならあの夫婦には敵わない。セイドにいた頃も口喧嘩ばかりしていたが、演奏となると二人揃って綺麗なメロディを奏でるのだから、なかなか面白かった。
まあ間にソフィアリアを入れたがる二人は、なかなか二人きりで演奏してくれなかったが。どう考えてもあの空間にソフィアリアはいらなかったように思うのだ。
「そっか。なら、俺が成り代わっても問題ないな」
「ピー」
「あら、王様も?」
「一緒にって、王が何の楽器を扱えるって言うんだよ……」
たしかにオーリムの姿を借りるならまだしも、王鳥の姿でも扱えそうな楽器となるとなかなか難しい。打楽器なら可能だろうか?
つい王鳥が演奏している姿を妄想してしまい、それがあまりにも可愛かったので、笑みが止まらなくなってしまった。王鳥から不服だと言わんばかりに頭頂部をツンツンと突かれたが。痛い。
そんな他愛もない会話をし、デザートまで食べ終えたので、そろそろ話を切り出そうかと気持ちを入れ替えた。このままなあなあにするのは、なんとなく良くない気がする。
「ねえ、ラズくん」
「ん?」
「今朝はどうかしたの? わたくし、何かしてしまったかしら?」
真剣な表情で尋ねると顔を顰められて、視線を逸らされる。ソフィアリアにはあまりやらない表情に、チクリと胸が切なくなった。
「……なんでもない」
「ラズくん」
「違う、フィアは何も悪くない。……俺のせいだ」
そう言って俯くのだから、不安は増すばかり。でも、このままではよくないと胸騒ぎが治らない。
「それは、わたくしに相談出来ない事?」
「ああ」
「王様なら?」
「…………」
「プロムスでも、フィー殿下やラス様でもいいわ。女性の方がいいならアミーやリース様もいるし、ロディやメルだって、真剣な話なら無碍にしない。だから、一人で抱え込まないでくださいな」
本当ならソフィアリアが聞いてやりたいが、話したくないなら仕方ない。せめて別の人でもいいから頼ってほしいが、苦しそうに眉根を寄せているあたり、それも難しいのかもしれない。
これ以上どうすればいいのかと、途方に暮れていた時だった。
カサリと土が鳴る音がして、はっとそちらを振り向く。オーリムも驚いた顔をしていたので、今まで接近していた事に気付かなかったのだろう。
ガゼボの前には、雨除けのマントを被った儚げな美少女が立っていた。
美しいプラチナの髪は周りの色を取り込んでしまうくらい純度が高く、マヤリス王女が持つ色とよく似ている。
少し伏せ目がちの大きな瞳は、ソフィアリアより色素が薄く透明感のある琥珀色。
まるで精巧な人形のように整った顔をしているが、その目にも表情にも何も映っていない、完全なる無だ。そのせいで人形らしさがより際立ってしまっている。
美しさが損なわれない程度に華奢で、きちんと食べているのか不安になるものの、おかげでより儚い印象が強調されていた。
そんな人目を惹く美少女だった。ソフィアリアはなんとなく、彼女の正体に心当たりがある。
美少女はゆったりとした動きで、綺麗なカーテシーをした。
「歓談中失礼します。先にお声掛けする無礼をお許しください。お初にお目に掛かります、王鳥様、代行人様、そして王鳥妃様。わたくしはリスティス・ミゼーディアと申します。ご挨拶が遅れ、申し訳ございませんでした」
濁りのない声も見た目に違わず美しいなという感想を抱きつつ、やはりそうかと頷く。
彼女が幾度となく話題にのぼったマヤリス王女のはとこであり、この国最後の王族の血を受け継ぐ女性――レイザール殿下の婚約者だ。
表情筋の動きの無さは気になるが、次代の王妃となるには相応しい佇まいと素晴らしい容姿を兼ね備えているなとぼんやり思った。
沈黙が流れたので、どうしたのだろうか?と疑問に思いつつ、雨の中いつまでも立たせるのは申し訳ないので、ソフィアリアがフォローする事にした。
「ご丁寧にありがとうございます。はじめまして、ミゼーディア嬢。わたくしは王鳥妃ソフィアリアと申します。王鳥様と代行人様はご存知でしょうか?」
「ええ。三年前に遠目ではございますが、ご拝顔を賜りました」
「なら、挨拶は大丈夫ですわね。今はフィーギス殿下達と一緒に同じクラスに通わせていただいておりますの。短い間ですが、クラスメイトとして仲良くしてくださると嬉しいですわ」
「もったいないお言葉です。こちらこそよろしくお願いします。……では、教員室に用事がありますので、わたくしはこれで。御前を失礼いたします」
「ええ。雨の中ご足労いただき、ありがとうございました」
二人だけで挨拶を済ませると、リスティスは王鳥とオーリムを――気持ちオーリムを長めに見て、頭を下げて行ってしまった。その細い背中を見送る。
姿が見えなくなると、ほうっと息を吐いた。人形のように美しい女性を前にして、少し見惚れていたようだ。
それに、領地に帰ったと聞いた時はどういう事かと思ったが、まともそうな人で安心した。
「綺麗な方だったわね。彼女がコンバラリヤの王妃となられるなら、少しは安心かしら? ねえ、リム様――」
笑みを浮かべながらオーリムを見上げると、オーリムは熱に浮かされたような表情でリスティスの去っていった方向を見ていたから、ざわりと心が荒れ狂う。王鳥はじっと、オーリムを見ていた。
そんな不穏な空気の二人を、オーリムはまだ気付かない。その目には去っていったリスティスしか写っていないかのようで――……。
「っ! ラズくんっ!」
これ以上そんな顔は見たくなくて、強めに手を引く。
オーリムははっと目を見開いて、まるで今夢から醒めたように、目を瞬かせた。
「……フィア?」
自分が何をしていたのかわかっていなさそうなきょとんとした表情に文句を言おうと眉を吊り上げて……やめた。
気分を落ち着かせるように首を振って、何事もなかったかのように笑いかける。
「そろそろ戻らないと遅刻してしまうわ。早く片付けて行きましょうか?」
「ああ、そうだな」
「王様、思いがけずお昼をご一緒出来て、嬉しかったですわ」
「ピ!」
そう言うとコツリと額を合わせてくれて……こっそり嘴が、唇に触れた。
慰めるようなその仕草に泣きそうになって、首を横に振って笑ってみせる。
笑えているだろうか? そうだといい……全てソフィアリアの考え過ぎだと思いたい。
バスケットに荷物を片付けて、雨除け用のマントを被る。
「行ってきます、王様」
「ピ」
フリフリと羽を振って見送ってくれる王鳥に手を振り返してから、オーリムと腕を絡めて校舎に向かった。
――なんとなく教室に行きたくない。戻って王鳥と三人で過ごせばいいではないか。そんな気持ちを抱えながら、よりギュッとオーリムと密着する事しか出来なかった。
たとえ珍しく、何の反応も返されなくても、顔を上げて様子を伺う事も出来なかったのだ。




