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運命の出会い 1



『ひっくっ…………ぐすっ…………』


 美しく成長した少女は泣いていた。誰にも見つからないように、その身を隠して。


 少女より頭ひとつ分は大きく成長した青年はそんな少女を見つけ、慌てて側で膝をつくと、心配そうな表情を向ける。


『どうかしたのか、何かあったのかっ⁉︎』


 少女が泣いていると思うと青年も悲しくて、声が切羽詰まったものになるのは仕方ない。だってなによりも一番大切に想っているのだから。


 少女は顔を上げる。その優しい琥珀色の目には、大粒の涙が溜まっていた。


『もうっ、嫌よ……あんなとこっ、あんな人達っ……!』


 そう言ってポロポロと涙を流すから、少女の()()な身体を思わず抱き寄せる。少女は見た目以上にずっと軽かった。


『……待ってろ。すぐに助けてやる』


 少女を苦しめた何かが許せなくて、憎悪を募らせる。今すぐ復讐してやりたい。そんな激しい感情が心に芽生えた。


 腕の中の少女はギュッと、青年に縋り付く。


『お願い、助けて……わたくしを苦しめるばかりの我が家から……何もせず見ているばかりの王家からっ……!』







 ばっと勢いよく飛び起きた。


 窓の外は少し白んできた早朝。まだ起床するには早い時間だ。けれどバクバクとうるさい鼓動音と息切れするような激しい興奮状態で、もう眠れそうもない。

 冷や汗を流しながら呼吸を整え、ギュッと心臓あたりを鷲掴みにした。


『どうした?』


 姿が見えないのに聞こえる声は、随分と久し振りだ。繋がりを切っている間は、近くにいないと意思の疎通が出来ないのだから。


 呼吸がだいぶ落ち着いてきた頃、袖で顔に浮かんだ汗を拭い、首を横に振る。


「……そんなはずない……」


『ラズ?』


「大丈夫だ」


 まるで自分に言い聞かせるよう断言すると、ベッドから起き上がってバルコニーに出る。そこには心配そうな目をしている王鳥が立っていた。


 オーリムはふらふらと近付き、王鳥の腹に自身の額を押し当てて甘えにいく。普段はそんな事しないのに。


「大丈夫……だから」


 そう言うも力のないオーリムの声音に、王鳥はその身を抱き寄せるよう、羽で覆った。





            *





「いやぁ〜まいったねぇ〜。まさかこうなるとは思わなかったよ」


 休み明けの登校日の馬車の中。フィーギス殿下は今日も膝にマヤリス王女を乗せて、笑いながら眉尻を下げていた。


 斜め向かいに座るソフィアリアはくすくすと笑う。


鳥騎族(とりきぞく)となったのですから、味覚が変わるのは仕方ありませんわ」


 ソフィアリアは目撃していないが、朝食前に男子部屋で書類仕事を片付けている最中、気を利かせたプロムスが淹れてくれた紅茶を飲んだところ、フィーギス殿下は派手に咽せてしまったらしい。なんでもプロムスの大味な紅茶を受け付けない身体に変化したのだとか。

 紅茶全般がダメになったのかと思えばそうでもないらしく、品質のいい茶葉を腕のいい人が淹れたものは飲める。ようするに、紅茶限定で極端にグルメになったようだ。

 おそらく契約したヴィルの影響なのだろう。紅茶を淹れるのが得意な彼は舌も肥えていたらしく、ヴィルと同調した結果、味の好みが変わった。鳥騎族(とりきぞく)となった人間にはよくある話だ。


 ラトゥスは溜息を吐く。


「いつでも質のいい紅茶を飲める王族でよかったな」


「ほんとにね。そう思ったのはマーヤと婚約出来て以来だよ」


 はははと笑いながらマヤリス王女の髪を()いているが、当のマヤリス王女は顔を両手で覆い隠していた。


「うぅ……ギース様、お願いですからおろしてください……」


 ソフィアリアから見ればすっかり定位置に見えるが、マヤリス王女はまだフィーギス殿下の膝の上に羞恥を感じるのか、しくしく泣いている。見える耳は真っ赤だった。

 それでもフィーギス殿下は、全くおろす気がないようだが。


 ――そうやってフィーギス殿下達と雑談を楽しみながら、ソフィアリアはチラリと、窓の外をぼーっと眺めているオーリムに視線を向ける。


 今日のオーリムは態度がどこかぎこちないのだ。特にソフィアリアに対しては顕著で、理由が分からず不安に思っていた。

 昨日やり過ぎたのだろうか。おやすみの挨拶をした頃には、甘い雰囲気で微笑みあっていたはずなのだが……。

 これは二人きり――出来れば王鳥もいる時に、問いたださねばならないだろう。


 みんなもオーリムの様子がおかしい事に気が付いているが、とりあえず静観して、ソフィアリアに託してくれるつもりらしい。その判断はありがたかった。


 窓の外は不穏な雰囲気を感じ取ったように薄暗く、霧雨が降っている。


 なんだかひどく、胸騒ぎがした――……。





            *





 相変わらずの人気を感じならが教室につくと、今まで見かけなかった二人が座っていた。うち一人は顔見知りである。


「おはようレイザール殿、マーニュ卿」


 フィーギス殿下が声を掛けると二人は振り返り、レイザール殿下は(うなず)き、マーニュと呼ばれた男は左胸に手を当て、深々と頭を下げた。


 ソフィアリア達もオーリムを除いて頭を下げる。


「おはよう、フィーギス殿。皆もクラスメイトなのだから楽にしていい。礼は不要だ」


「マーニュ卿も、そうしてくれたまえ」


 そう言い合って全員顔を上げたのを合図に、レイザール殿下は側に控える彼に視線を向けた。


「俺の側近で次期宰相のマグヌ・マーニュだ」


「お久しぶりです、フィーギス王太子殿下、マヤリス第一王女殿下。はじめまして、皆様。マグヌ・マーニュと申します。お会い出来て光栄です」


 濃紺の短髪に同色の瞳、筋肉質で大柄な彼は、武人に見えるが次期宰相らしい。人は見かけによらないなと思いながら、全員自己紹介をする。

 オーリムとソフィアリアをじっと見ていたから、彼もソフィアリア達の正体を知っているのかもしれない。


 ――実はこの教室にはもう一席、ソフィアリア達が来てからずっと空席がある。おそらくそこが、レイザール殿下の婚約者で、マヤリス王女のはとこの女性の席なんだろうなと思っていた。彼女に会う機会はあるだろうか?





           *





 本日の時間割は一限目に国語、二限目に一般教養で、三限目と四限目には音楽、昼休憩を挟んだ五限目はダンスの授業をするとの事で、初めての昼授業、初めての実技教科を楽しみにしていた。


 一限目と二限目を無事に終え、レイザール殿下とマーニュの案内のもと、音楽室へと向かう。学園長に一度案内してもらったので場所は覚えているが、向かう教室は同じなのだから、別行動をする理由はない。


 それにしても、相変わらず他の生徒がゾロゾロと後ろをついてくるなと苦笑していた。誰が一番好きか話している声まで聞こえてくるのだから、大した人気っぷりだ。


「うふふ、初めての音楽の授業楽しみね〜」


 後ろは気にしないようコロコロ笑って隣を見れば、アミーは心なしかどんよりしていた。何故だ。


「……楽器って壊れますか……?」


「アミー、落ち着いて。確かに壊れるけど、いきなりその心配をする人は初めて見たわ」


「大丈夫です、壊しても充分学費で賄える範囲ですので!」


「リースもその解答は違うから。というか、学園がどれだけ儲けてるのか興味わいちゃうじゃない。やめてよ」


「リース様はフルートがお得意だとお聞きしましたわ。アミーは何が楽しめるかしらね?」


「……音の出ない楽器をお願いします」


「アミー、まさか意図的に……?」


 メルローゼが一人で突っ込むのをのほほんと楽しみながら、女性が集まれば(かしま)しいと言わんばかりの応酬を楽しんでいる時だった。


「レイ兄様ぁ〜!」


 パタパタと忙しない足音と共に、なんだかわざとらしく甘さの乗った声がした。

 目的はこちらではないと察しつつも警戒して、おそらく目的の人物であろうレイザール殿下の事は、マーニュが護ろうと立ち塞がっていた。今更だが、公爵令息で次期宰相に護衛の任まで与えているのだろうか? その人事は少し気になった。


 レイザール殿下は話していたフィーギス殿下に断りを入れ、渋い顔をしながら振り返ったので、ソフィアリア達も足を止める事を余儀なくされる。


 仕方がないので、声の方に視線を向けると。


 後ろからゾロゾロついてきた人達に道を譲られながら現れたのは、輝きを纏うブロンドの髪と琥珀色の目を持つ小柄で愛らしい少女だった。レイザール殿下と……こちらの男性陣に向ける熱っぽい視線に、嫌な予感しかしない。


「……ルルス」


「えへへ、お久しぶりですわ!」


「今は取り込み中だ。用がないなら後にしてくれ」


「まあ、ございますわよっ!」


 そう言ってこちらの男性陣に向ける期待の眼差しに、小さく溜息を吐いた。彼女もミウムのような人間なのかと疑ったが、レイザール殿下の慣れた対応を見ていると、今度こそ素なのかもしれない。


「レイ兄様のお友達を紹介――」


「レイザール殿、先に行っているよ」


「あ、ああ、すまない……」


「あっ、ちょっと!」


 素っ気なくそう言って歩き出すフィーギス殿下のあとを、ソフィアリア達も反応しないようについていく。

 何か後ろから声が聞こえるが、当然無視だ。


「……申し訳ございません、無作法者を追い返せませんで」


 しょんぼりしてしまったマヤリス王女に苦笑し、フィーギス殿下が慰めるようにぽんぽんと頭を撫でている。彼女のせいで後ろをついてきていた生徒はその場で足を止めてしまったようだが、ついてきていたら、悲鳴が上がっただろう。


「この学園にはあの手の輩、多過ぎません?」


「ディー、いくらなんでも輩は失礼よ」


「相手にしなくていい……と言っても、今度ばかりは少し難しいかもしれないな」


 そう言って遠い目をするラトゥスに、なんとなく正体を察しているソフィアリアも、反応に困ってしまった。まさかああいう手合いだとは思わなかったのだ。


 とりあえずそのあたりには触れないように雑談をしつつ音楽室につき、授業が始まる少し前にレイザール殿下達がやってきた。


 フィーギス殿下の隣に座った彼は、疲れ切った顔をしている。その反応で少しだけ安心した。


「レイザール殿、愛人にするにしても、もう少しまともな人間を選ぶ事をオススメするよ」


「絶対違う」


 フィーギス殿下は茶目っ気を混ぜて笑みを向けているが、目は笑っていない。


 レイザール殿下も渋い顔をして、一度気分を入れ替えるよう深く溜息を吐いた。


「彼女はルルス・ミゼーディア公爵令嬢。ミゼーディア公爵の再婚相手の連れ子であり、リスティの義妹にあたる人物だが、相手にしなくていい」


「ははっ、言質は取ったよ」


 レイザール殿下が口にした名前と「レイ兄様」という呼び名で察していたが、やはりかと苦笑した。


 今度の相手はミウムと違って高位貴族、それも筆頭公爵家であり次期王妃の実家の縁者なので、とても厄介だ。

 この中で堂々と反発出来る人はフィーギス殿下とマヤリス王女だけなのだが、先程の態度を見るとマヤリス王女は少し怪しいのではないかと思った。

 チラリと視線を向けると、困ったと言わんばかりの表情を浮かべている。


「その、申し訳ないのですが、わたしの話は聞いてくれないと思います……聞いてくれた試しがありませんので」


「マーヤの足元にも及ばないご令嬢のはずなんだけどね?」


「その通りなのですが、国外に出るわたしがリスティスのお立場を悪くする訳にもいかず……申し訳ございません」


 ここでその名前が出るという事は、どうやらルルスは筆頭公爵家の家名とレイザール殿下の婚約者の義妹の立場を笠に着て、やりたい放題しているようだ。

 おそらくまた突撃してくるだろうが、その時は先程の言葉を信じて反発してみよう。聞いてくれる気が全くしないが。


 それにしても、仮にも筆頭公爵家の縁者である事を自負するなら、もう少し常識や礼儀作法を身につけてほしいものである――たとえ元は男爵令嬢なのだとしても、公爵令嬢となって長いのだから。



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