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政略的な恋愛結婚 2



「次はリム様の考えを聞かせてくださいな」


「……いいのか?」


「当たり前じゃない。だってリム様の子供の事よ?」


 理屈はだいたい揃っているだろう。代行人と王鳥妃(おうとりひ)の娘という特殊な立ち位置の人間に対するもっとも適切な処遇と、王侯貴族らしい利点。それを踏まえた上で、今の判断を聞いておきたかった。


 オーリムは腕を組み換え、難しい顔をする。


「フィー達の言い分はわかる。俺達の娘の将来を案じてくれているのは嬉しい」


「おや、そうかい?」


 そう言われるとは一切思っていなかったのか、フィーギス殿下は目を丸くして、ふわりと表情を綻ばせる。その反応は素なのだろう。


「でも、やっぱり俺は賛成出来ない。王太子妃……いずれは王妃になる為には、相当な努力と覚悟を強いられるんだろ? 人並み以上の苦労を、可愛い娘に掛けたくない……俺個人の感情が理由なのは、悪いと思ってるけどさ……」


 そう言って複雑そうに俯いたから、オーリムの手を取って両手で包み込み、首を横に振った。父親が娘の将来を憂う気持ちは、何も悪い事ではない。


 王鳥もオーリムの頭に、コツンと額を当てていた。


「そうね。可愛いわたくし達の娘ですもの。大変な王妃教育を受けさせられて、いずれ国母になるだなんて、重荷よね」


「俺達の子供として生まれるからには、平凡な人生を歩ませてやれないのはわかってるんだ。嫁ぐにしても高位貴族以上だろうから、結局は高等な教育は必須だろうってさ」


「その中でも最も大変な帝王学か、それに準ずるものを身に付けなくてはいけないものね。そしてわたくし達とは違って、社交だって求められる」


「俺達の地位は後付けで与えられたものでしかないから、色々言われるんだろうな」


「そんな中で凛と立たなくてはいけないのよね」


「それでも諦めたくない俺は、親失格だな……」


 言いたい事を全て吐き出せたのか、大きく溜息を吐く。そうやって心に燻っていた不安を消化出来たのなら、それでいい。


 オーリムはキツく目を瞑って、眉間に深く皺を刻んで深く考え込んでいた。ソフィアリア達は静かに、それを見守るに留める。

 やがて意を決したように開いた目は、幾分か凪いでいた。そのまままっすぐと、フィーギス殿下を見る。


「……わかった」


「いいのかい?」


「娘が嫌だと言わない限りは、見守ってやる。どうせ高位の家に嫁がなければならないのなら、いっそ最高位の方が、下を黙らせやすいだろ」


 オーリムの下した決断に、フィーギス殿下はほっと胸を撫で下ろしていた。マヤリス王女がそんなフィーギス殿下を労うように背に手を添えて笑みを見せている様が、なんとも微笑ましい。


 そんな二人がソフィアリアに視線を向けたので、次はソフィアリアの意見を求めているのだろう。なら、きちんと向き合うべきだと、姿勢を正した。


「お姉様は……いいえ、王鳥妃(おうとりひ)様はいかがでしょうか?」


「そうですねぇ。娘に気苦労を掛けてしまうのは申し訳ないけれど、わたくしは貴族でしたから、多少は弁えていますわ。必要な事だと、充分理解しているつもりです」


「おや? まさか何も意見はないのかい?」


「まさか」


 すっと目を細めると、フィーギス殿下が警戒したように同じ表情を返してくる。基本的に意見が合うソフィアリアから反対意見が出る事はないだろうと鷹を括っていたのかもしれないが、残念ながら一つ、そう言っていられないものがあった。

 その一つは、絶対に譲るつもりはない。


「お願いがあります。セイドの血が特殊であるという事実は、未来永劫隠蔽してくださいませ。この場限りにして持ち出さないよう、お願い申し上げます」


 そう言って王鳥妃(おうとりひ)として頭を下げるものだから、驚かせてしまったようだ。


「あのっ、頭を上げてくださいっ!」


「わたくしや子供達。ロディまでなら、まだ大鳥様との繋がりを笠に来て、守り通す事が可能でしょう。ですが、それ以降……直近だとロディとメルの子供は、その血を欲した人間達に食い潰されてしまう恐れがあります。わたくしはそれを見過ごす事は出来ません」


 オロオロしているマヤリス王女の言葉を無視して、頭を下げたまま切実に訴えかける。

 ソフィアリアの訴えはフィーギス殿下もわかってくれているだろうが、絶対ではない。彼は情はある方だが、どうしたって王太子だ。血統が特殊である事実を公表すれば、次代の王太子妃として登用する大義名分が出来る。周りを説得する手段が尽きてしまえば、躊躇いもなく手を伸ばすだろう。


 ソフィアリアはそれを、何としてでも阻止する必要があった。セイドの血統は利用価値のあるものだと、衆目に晒す訳にはいかない。そればかりは看過出来なかった。


 頭を下げるソフィアリアに、フィーギス殿下は苦しげに笑う。


「顔をあげたまえ。絶対にそんな事はしないと約束するから。私はそれほど、恩知らずではないつもりなんだけどね?」


「フィー殿下が恩義を感じるべき人間は、わたくしやセイドではありませんもの」


「まさか。ソフィにはいつだって、感謝してもしきれないよ」


「はい! お姉様はいつもギース様に素晴らしい縁を運んできてくださいます。心の支えになっている事を、自覚してください」


 そう言って笑顔を向けられれば、受け入れざるを得ないだろう。心の支えについては、早急に引き継ぎたい所ではあるが。


 顔を上げて、ふわりと微笑んだ。


「かしこまりました。ではわたくしのお願いの方も、よろしくお願いしますね。それを守ってくださる限り、わたくしからの反対意見はございません。いつか生まれる娘の事を、よろしくお願いいたします」


「もちろんさ。ありがとう、ソフィ」


「ありがとうございます、お姉様、代行人様!」


 和やかな解決の雰囲気に、二人は肩の力をすっかり抜いていた。


 それだけに、まだ序の口なのが申し訳ないなと思う。


 と、ソフィアリアはぐいっと肩を抱き寄せられて、オーリムと――その姿を借りた王鳥と密着する事になった。

 見上げた王鳥は片腕を背もたれに預けて足を組み、ふんぞり返りながら、フィーギス殿下をニヤリと見つめる。


 真打ち登場に、フィーギス殿下は和やかな笑みから一転、ひくりと頬を引き攣らせた。


「さて。次代の王は何か余に言わねばならぬ事があるのではないかと思うて、わざわざ来てやったぞ。感謝するがよい」


 フィーギス殿下の為と言うが、わざわざオーリムの身体を借りなくても、フィーギス殿下と王鳥は直接話せるのだ。あるいは、ある程度先を察しているのかもしれない。それを周りにも聞かせてやりたいのだろう。


 フィーギス殿下は緊張をほぐすように小さく深呼吸をし、姿勢を正すと、真剣な表情で王鳥を見つめた。


「王に頼みがあるのだよ」


「ほう? 余達から宝を取り上げるだけでは飽き足らず、まだ何か要求すると? はっ、なんとも強欲な事よなっ!」


 王鳥の威圧感のある強い口調に、フィーギス殿下の隣に座るマヤリス王女が青ざめて、可哀想にプルプルと震えている。

 後ろに控えるヴィルがそっとマヤリス王女を守るように羽で半分覆い隠して、王鳥に非難の眼差しを向けていた。


 フィーギス殿下は歯を食いしばって、必死に平静を装っている。


「ああ。私はいずれ、愚かな人間の、その王となるのだからね。どこまでも厚かましく、強欲にもなるさ」


「よくわかっておるな? 結構。寛大な余は、聞くだけ聞いてやろうぞ」


「温情に感謝するよ」


 そう言って頭を下げると、マヤリス王女もそれに倣う。

 次代の頂点二人が頭を下げてまで何を言うつもりなのかと、全員が注目した。


「私と一つ、新たな契約を結んでほしい。君達の宝を王家に迎えた暁には、初代の王から続き、近年途絶えた国王と王鳥の対話の復活を、再検討願いたい」


 その言葉は予想外で、あらかじめ知っていただろう王鳥とラトゥス以外の人間は息を呑んだ。


 理由は不明だが、ある代から王鳥と国王の間で出来ていた直接的な対話が途絶えた。フィーギス殿下が話せているのは今代の王鳥の気まぐれに過ぎないので、当然次代には引き継がれない。

 なので、ソフィアリア達の娘を迎えるのと同時に、かつてあったそれを復活させてほしいのだという。次代以降の人間と大鳥が、これからもビドゥア聖島でつつがなく共存出来るように。


 代行人と王鳥妃(おうとりひ)の娘との婚姻は、かつてあった対話を復活させる為のきっかけとしては充分だ。よく考えたなと思う。やはりフィーギス殿下ほど、王位に相応しい人間はいないと笑みが浮かんだ。


 王鳥は目を細め、自身の顎をさする。


「ほう? 次代の王がマクローラに成り替わるか」


 マクローラとは、島都と聖都の名前であると同時に、ビドゥア聖島初代の国王――当時の王鳥と約束を交わし、ビドゥア聖島で大鳥と人間の共存を実現させた偉大な創始者の名前である。

 そう言われると、とても大きな事を成そうとしているなと、気が引き締まる思いだ。


「我が祖先ほどの賢王になれる自信はないけどね。必要なら、その重圧だって耐えてみせるよ」


「余はこのまま、つかず離れずでよいと思うておるのだがな」


「まさか。関係を放置したままでは、いずれ人間が大鳥を裏切って、大鳥はビドゥア聖島から……世界から、立ち去るだろうさ」


 その言葉に驚く一方、どこか納得もしていた。

 大鳥はビドゥア聖島の護り神として目に見える形で存在しているにもかかわらず、縁遠いが故に人間から大鳥への信仰心は薄い。どころか、傲慢にも下に見て侮っている節すらある。


 フィーギス殿下はそれを危惧しているのだろう。特にビドゥア聖島には、大鳥の加護が必要不可欠だというのに。


「ふむ。それもまた時代の流れよ。自立だと思うて、手を離れるのも悪くないだろうさ」


「自立どころか、攻め込まれて終わるよ。ビドゥア聖島の次代の王として、自分の国を護る為に手を尽くすのは当然だろう?」


「どこぞと協定を結ぶなり、属国に成り下がるなりすればよい」


「私はこの国の存続も、大鳥との縁だって諦めるつもりはない。ヴィルと出会えた今、尚更そう思う。だから王、私と新たな契約を結んでほしい」


 引く気はなさそうな力強い言葉に、王鳥はすっと目を細めて、その目を見返している。まるで覚悟の度合いを測るように――実際、測っているのだろう。

 やがて満足したのか、王鳥はふっと口角を上げ、鷹揚に(うなず)いた。


「そこまで言うなら、検討してやろう」


 その言葉に安心したのか、フィーギス殿下は表情を緩ませた。


「感謝するよ、王。検討という事は、条件があるのだろう?」


「当然」


 それだけ言うと王鳥はソフィアリアの顔を覗き込んでくるから、ソフィアリアは笑みを浮かべならが首を傾げる。考えてみたが、その視線の理由はわからない。


 王鳥はしょうがないと言わんばかりに肩を竦め、くるくるとソフィアリアの髪を弄びながら、フィーギス殿下に向かって言った。


「話を聞いておったが、余は先程のような打算まみれの政略結婚を理解せぬし、しようとも思わぬ。余とラズと妃の宝に、そんな結婚をさせるなど到底認められぬよ」


「王様?」


 つい声を掛けてしまった。今までの話を全て無に返すつもりなのかと、責めるような口調になってしまう。せっかく全員が決意を固めたのに、そんなのあんまりではないか。


 フィーギス殿下もヒクリと頬を引き攣らせていた。


「本気かい?」


「当然であろう? 余が掲げる結婚の条件は、次代の王達の子と余達の子が心から愛し合う事よ。一途な愛を育み、愛を疑わぬまま天寿を全うすれば、その愛の奇跡に余も絆されて、対話の復活を叶えてやろうぞ」


 ニンマリと目を細めながら提示した条件に、シーンと嫌な沈黙が流れる。

 様々な付加価値によって結ばれる政略結婚でありながら、そこにお互いの愛が必須なのだという。それも家族のような優しい親愛ではなく、心からの恋愛感情だ。


 愛する者のみを側に置く大鳥らしい言葉だ。けれどそれはひどく困難を伴う。だって恋愛結婚ではなく、政略結婚なのだから。なのに、恋愛結婚のような関係性を求められている。


 フィーギス殿下は形のいい額に手を当て、深く溜息を吐いた。


「……なるほど? 王らしいロマンチックな願いだね」


「別にロマンなぞ追求したつもりはない。結婚するのだから、当たり前の事よ」


「あの、一途な愛という事は……?」


「当然、そなた達の息子にも側妃や妾なぞ許さぬよ。持ちたくば、余達の娘は諦める事だ」


 ですよね、としょんぼりしてしまったマヤリス王女にとっては、なかなか受け入れ難いのかもしれない。他国だと王族で一夫一妻というのは、とても稀な例なのだから。


「気持ちの問題なら、本人達次第ですので、わたくし達にはどうしてあげる事も出来ませんわねぇ」


 頰に手を当て、溜息を吐く。


 幼少期から刷り込むように言い聞かせ、交流を重ねさせる事は可能だが、それで心から愛し合うようになるかは未知数だ。恋なんて落ちる時は落ちるし、育んだ愛が別の形になる可能性も大いにある。なかなか難しい注文をしたものだ。


「……近年の王族にはびこる悪癖が出なければいいな」


「ああ、うん。そうだね……」


 遠い目をしたラトゥスに、フィーギス殿下が疲れたような声音で同意している。

 それが何かはわからないが、この契約を反故にする可能性がある何かなのだろう。恋愛絡みで何かあるのかもしれないなと予想する。


「あと、子供らにこの条件を伝える事は許さぬよ」


「あら、いけませんの?」


「当たり前であろう? 義務感で育んだ愛なぞ受け入れられぬ」


 難易度がますます跳ね上がったなと、ソフィアリアですら未来を憂う。王鳥は本当に、心からの恋愛感情しか認めないつもりらしい。


「まっ。そもそも妃らに娘が産まれぬ可能性も充分ありうるし、今話し合っても仕方あるまい? 一応心に留めておいてやるから、これからも存分に話し合え。時間だけはたっぷりあるからな」


 王鳥だけはどこか愉快とばかりに、くつくつと喉を鳴らしていた。



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