大鳥へのお披露目と鳥騎族 1
今朝の事は王鳥がオーリムが寝ている間に無断でやった事らしい。なるほど、目が覚めたら食堂に居て、ソフィアリアを足の間に座らせて頬にキスなんてしていれば、それは驚くだろう。
騒ぎを聞きつけてアミーとプロムスが中に入って来たので、そこからは普通に朝食を摂った。王鳥に何をされたのかを聞かれたので正直に話す。
子供みたいに抱えられて食堂に来た事。食堂で二人っきりになると足の間に座らされて給餌をし合った事。肩に顔を埋めてぐりぐりされた事。頬にキスをされた事……。
話すにつれ赤くなって、遂には机に突っ伏して撃沈してしまう。彼には刺激が強かったようだ。
「王様とはしましたし、リム様もいかが?」
「いっ⁉︎ いいからっ‼︎」
首を横に振って全力で断られてしまった。恥ずかしがっているからだと思うが、そこまで拒否させるとさすがにしょんぼりしてしまう。
ついでに昨日アミーと話した侍女教育の話もしておいた。オーリムはソフィアリアの抱える仕事をまた増やして来た事に渋面を作っていたが、交渉して許可を貰った。家政の事はそれぞれの年長者に任せっきりらしく、まだ一応婚約者でしかないソフィアリアが横から口を出すのもどうかと思うので、使用人との信頼関係を築いてから追々考えようと思う。
そうやって王鳥の暴走と仕事のお話をしていたのでオーリムとは気まずくならず、普通に接する事が出来ていた。もしかしたら王鳥はこれも見越していたのかもしれない。
流されるのもそれはそれで悲しいが結婚は決定事項なのだし、これから距離を縮めていけばいいと、そう割り切る事にする。
午前中は昨日と同じように温室で王鳥とくっ付いて本を読み、ついでにこのスペース周りを他の人も座れるようにソファやテーブルを増やしてほしいとお願いをしておく。ここで侍女への手解きをするつもりだ。
王鳥の前でいいのかとアミーは困惑していたが、王鳥に尋ねたら機嫌良さそうな声で返事を貰えたし、王鳥は怖くもないし、人間大好きなので大丈夫だろう。なんなら親しみを感じてもらいたいと、密かに思っていた。
そうして午前中は過ごし昼食を食べた後、オーリムが迎えにくる。昨日少し話していたが、大屋敷の案内をしてくれるらしい。
今ソフィアリア達がいる大屋敷内の本館は上から見れば上面が小さいコの字の建物になっており、玄関ホールがある正面棟は字の下面、側面は客室棟。上面は使用人棟らしい。
建物自体は四階建てくらいの高さがあるが、正面と客間のある棟は全二階で、これは大鳥が室内に入ってくる事を想定していて室内はかなり広く、天井が高く作られている為である。あまり行く事はなさそうだが、使用人棟は普通の作りで全四階らしい。
玄関ホールがあるのは正面棟と客室棟の間の部分。正面棟の部屋割りは玄関ホールから左手に抜けた一階部分は順番に食堂、厨房、応接室がある。この三部屋だけは大鳥が入る事を想定していないので、天井は高いが一般的な広さだ。
続く図書室は広いがここも大鳥達は来ないので、この部屋だけ二階になっており、主に大鳥に関する本や資料が集められているらしい。たまに騎族や使用人が来るくらいで、広さがあるわりにあまり人が来ない。ソフィアリアから見れば宝の山なので、ここに来る機会は多そうだ。
階段を挟んでその隣は貴族用の一際豪奢な貴賓室が三部屋続き、そもそもこの大屋敷に入れる貴族が稀なのであまり使用される事はないようだが、たまにフィーギス殿下とラトゥスが泊まっていくらしい。
戻って玄関ホールから階段を上がって正面棟の二階部分は順番にソフィアリアが今使用している部屋、空き部屋、昨日フィーギス殿下を迎えた応接室、執務室となっており、階段を挟んで続くのが結婚後にソフィアリアが移る夫人室、夫婦のなったら使う主寝室、そして中は見せてくれなかったがオーリムの部屋らしい。
当然この三部屋は中にも扉があって、繋がっている。元々はなかったが、壁をぶち抜いて用意したらしい。
夫人室と主寝室はガランと殺風景で、夫人室は元は空き部屋、主寝室はオーリムの部屋だったが移動したとの事だった。
「そ、そのっ……こんな感じなので、この二部屋はフィアの好きなようにしてほしい」
「夫人室の方はそうさせてもらうわ。けれど主寝室の方はリム様の部屋でもあるから、一緒に考えましょう?」
「うっ……あ、ああ……」
明後日の方向を向きながらも真っ赤になってそう返事をするという事は、オーリムは自室に籠りきるつもりはないと期待してもいいのだろうか? なんて思ってしまった。
正面棟の二階は全室大鳥が来ることを想定して広いバルコニーがあるのだが、主寝室には特に一際大きな、半分は屋根付きのバルコニーがあり、室内に程近いところには天蓋付きの、木の枝が集まって出来た楕円形のとても大きな鳥の巣があった。
鳥の巣というよりは、鳥の巣型のベッドと言った方が正しいのかもしれない。中には羽毛とシーツ、クッション、花が敷き詰められ、キングサイズベッドより大きなそれは、もちろん王鳥の巣だった。
「まあ! 可愛いわ」
「ピィ!」
「絶対ダメだ。……そこ、元は普通の巣だったんだが、王が妃を迎えると言って、気がつけば用意していた。さすがにそこは王が魔法で過ごしやすくしてるとはいえ外だからフィアを寝かせられないけど、結婚したらたまに寛いでやってほしい」
「わたくしは別にここで寝ても構いませんのに。でも、お昼寝をしたら気持ちよさそうね? ありがとうございます、王様」
「ピピ!」
ふと、巣作りも鳥の求愛行動の一つだったなと思い出した。ところどころ鳥の行動を模倣しているのは何故なのか。
ちなみに今ソフィアリアが使っている部屋と隣の空き部屋は将来子供部屋になるらしい。
「リム様は子供が二人欲しいのね?」
「たまたまだからっ‼︎ ︎たまたまあの二部屋が空いていただけだからなっ⁉︎」
少し期待を込めてそう言えばまた真っ赤になって全力否定されてしまった。悲しい。
気を取り直してまた戻り、今度は玄関ホールから奥に進んだ所にある客室棟。手前半分は一、二階部分が吹き抜けになったいつも使っている温室でとても広い。ちなみにここの植物は庭師が世話をしている訳ではなく、大鳥達が思い思いに魔法で咲かせているらしい。綺麗だけど季節感が無茶苦茶で、雑多なのはそういう事かと納得した。
ソフィアリア達が主に過ごすスペース周りだけは王鳥が飾り付けているとの事だった。派手過ぎず地味過ぎない、ほんのり爽やかな甘さの香るこのスペースを飾り付けた王鳥はとてもセンスがいいと思う。
客室棟の残りは名の通り客室や座談会だが、ここが使われる事も滅多にない。あまりにも使われないので半分くり抜いて温室を作るくらいだから相当だろう。
使われないながらも広く天井が高い部屋は掃除が大変ではないかと聞いてみたら、大屋敷は大鳥に頼めば掃除直後をキープする魔法をかけてくれるらしい。扉を開けない限りキープされるから、風通しも不要との事だ。なんとも便利だなと思うと同時に、屋敷の規模のわりに使用人が少なくてもきちんと回せている理由が納得がいった。
次は外に出てコの字型の建物の窪み部分の中庭だ。
ここは庭師がお手入れをしているらしく、季節によって色とりどりの花が咲き誇る、ガゼボや芝生広場、噴水まであってとても立派な庭園なのだ。昨夜オーリムが槍の訓練をしていたのがこの芝生広場だった。
客人は来ないので主に使用人憩いの場らしいが、大鳥でも通れるくらい広い通路があるから見に来るのかもしれない。
ちょうどお花のお手入れをしていた気の良さそうなお爺様が居たので、挨拶をしておいた。庭師は先祖代々ここに住み込んで働いてくれているらしく、ずっと昔からここの専属の庭師一族なのだとか。今はお爺様筆頭に、息子とその奥様、そしてお孫さんの三代でお世話をしてくれているらしい。
王鳥妃になるソフィアリアにはもちろん、代行人に話しかけられたのも初めて……どころか数代居ないくらいで、とても光栄だと拝み倒された。大鳥はたまに来るが、王鳥をこんなに近くで見たのも初めてらしい。いくらなんでも使用人を放置し過ぎだと思う。
「お妃様も何か欲しい花がありましたら遠慮なく言ってくだせぇな。王鳥様も代行人様も、奥様に花束を贈る際はぜひに」
「うっ、あ、ありがとう……そのうち、相談する」
「ピピィ」
贈ってくれるらしい。思わずニコニコと笑みが止まらなくなるのも仕方ないだろう。
「そうだわ! どこかに空いている場所があったら故郷の特産品だったセイドベリーを植えてもいいかしら? 領地の外だと何故だか日持ちしない物が出来上がってしまうのだけれど、とっても甘くて美味しいのよ。ここで収穫出来れば採れたてをみんなに食べてもらえるし、どうかしら?」
パチンと手を合わせ名案とばかりにそう言えば、庭師のお爺様も優しい笑顔で嬉しそうに頷いてくれた。
「この島にはよくある事ですな。領内限定で咲いた花は一季は枯れない、二日で野菜が収穫出来るとか色々あるみたいで何とも不思議な話でさぁの。さて、お妃様の故郷のモンでしたら、広くたくさん作りましょうか」
「まあ嬉しい! 使用人の皆様にも食べてもらえるわね」
なんとここでもセイドベリーが作ってもらえるようだ。栽培自体はそんなに難しくないので楽しみである。
「ふふっ。実はパイ屋さんからレシピを教わっているのよ? 収穫出来たらわたくしが作るから、王様とリム様にも食べて欲しいわ。甘い物は大丈夫かしら?」
ソフィアリアがオーリムの方を振り向いてそう言うと、オーリムは目を丸くした。
「フィアが作るのか?」
「ええ。貴族だったけれど生活は平民に近かったからお料理もお裁縫も自分でしていたし、畑のお手伝いもしていたわ。貴族らしくないでしょう?」
「俺は貴族らしい生活というのを知らないからなんとも。でも、ありがとう。……とても楽しみだ」
そう言って浮かべた笑みが本当に優しかったから、とてもドキドキした。ほんのり頬が染まってふにゃりと締まりのない笑みになってしまう。
「ピピィ」
そして上機嫌な王鳥はその姿でも食べ物を食べられるのだと、今更知ったのだった。




