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愛の形 4



 ソフィアリアにとって、メルローゼとマヤリス王女が縁側で語り合う姿は目の保養で、チラチラと見ては和んでいた。

 そんな事をしていれば、その奥、全く音が届いてこない座敷にだって自然と目がいく。その様子が不穏な事もわかっていた。


 プロディージがふらふらと離席したタイミングで、ソフィアリアも色々と理由を作ってアミー達の側から離れ、こっそりとその背中を追う。


 プロディージは中庭にある東屋のベンチに座り、俯いていた。

 すっかり大人らしく広くなった背中が子供のように小さくなっている姿を見てくすりと笑い、そっと隣に腰掛ける。ピクリと肩を揺らしたから、気付いてはいるだろう。


「先生達のわたくしへの想いでも聞いた?」


「……何? 聞き耳でも立ててた訳?」


 憎まれ口には随分と覇気がなく、か細いなと笑う。そして首を横に振った。


「まさか。あんなに距離があって、王様がわざわざ防音の魔法を使ってくださっていたのだから、聞こえるはずないじゃない」


「ああ、王鳥様の仕業だったんだ。どうりでローゼすら反応しないと思った」


「聞いていたら黙っていなかったから、大正解ね」


 さすが王鳥だと笑みを深めれば、プロディージはようやくのっそりと顔を上げる。残念ながら、こちらを見る気はないようだけれど。


「ローゼが怒り狂いそうな内容だってわかってるんだ?」


「なんとなくわかるわよ。あのメンバーが集まって、フィー殿下が先生達を見ながら怖い顔をしていて、ロディがショックを受けていたもの。内容を察するには充分な状況だわ」


「はっ、さすが姉上だ」


 そう言って皮肉げに口角を上げる姿も無理をしているのが見て取れて、思わず頭を撫でていた。

 珍しく、されるがままだ。ソフィアリアに慰めを求めてしまうくらい、精神的に参っているらしい。


「……なんで、先生達の企み通り、捨て駒になる事を選んだ訳?」


 弱々しく発した問いに、目をぱちぱちと瞬かせる。

 ソフィアリアはう〜んと少しの間考えて、なんとなく理解して溜息を吐いた。まったく、困った人達だ。


 とりあえず質問に答えようと、ふわりと微笑む。


「王城に行ってフィーギス殿下の側妃になろうと思っていたのはね、先生達がとっても優しかったからよ」


「は?」


 こちらを見て、何言ってんだこいつ?と言わんばかりのジトリとした視線を投げかけてくる。プロディージらしさが戻ってきたようで、思わず頰を挟んでうりうりしてやった。残念ながら今度はペシリとはたき落とされたが。


「あのさ? 馬鹿なの? なんでそうなる訳?」


「わたくしがお馬鹿さんなのは否定しないけれど、先生達はとっても優しいわ。こんな罪深いわたくしに先生達の宝物であるフィー殿下とラス様を託してくださって、王城という活躍の場まで与えてくださったんだもの」


「先生達に上手く利用されてね」


「ふふ、そうね。最適な活用方法だと思うわ」


 コロコロ嬉しそうに笑えば、何もわかってないと言わんばかりに溜息を吐かれた。大変失礼である。

 大して意味は違わず、同じ事を言っているのに。言い方一つで印象がガラリと変わるのだから、わざわざ悪様に言う必要はない。


 たとえ先生が意図的にそう言っていたとしても、追従しなくていいのだ。


「……でも本当はね、わたくしはこの通り無自覚な悪意を振り撒く天才だから、フィー殿下達にその被害が及ばないか心配だったの」


「今の姉上達じゃん」


「そう、そうなのよっ! 結局王鳥妃(おうとりひ)として立つ為に苦労を掛けさせてしまっているんだもの。もうっ、どうしてこうなのかしらね?」


「知らないよ」


 頰に手を当てて愚痴を吐けば、聞く気はないとばっさり切り捨てられた。姉の弱音は聞く気はないなんて、なんて冷たい弟だ。まあ、場を和らげる為にあえて振っている事だから、本気で困っている訳ではないのだけれど。


 プロディージはソフィアリアの様子を見て落ち込んでるのが馬鹿らしくなったのか、深く息を吐いてガシガシと後頭部を掻いていた。


「そうじゃなくて、先生に利用されてたんだよ? そのうえ代替え品であり便利な捨て駒扱いされて、悲しくない訳?」


「どこに悲しむ理由があるの?」


「全部だよっ!」


「やらかしてばかりのわたくしに汚名返上の場を与えてくれて、悪意まみれの男爵令嬢に尊き王太子殿下が得るはずだったものを代わりに与えてもらったのに、恐れ多さを感じこそすれ、悲しみなんてどこにも必要ないじゃない」


 何を言うのだと首を傾げれば、プロディージは渋面を作っていた。何か言いたそうに口をモゴモゴさせていたから、先回りして反論を封じる事にする。


「先生達にどんな思惑があったにしても、わたくしは感謝しか感じていないわよ。恐怖心と薄気味悪さを抱かれていたのはなんとなくわかるけれど、その恐怖心を押さえ込みながら、悪意より愛情をたっぷりと貰っていたもの。ロディだってそれはわかるでしょう?」


「それは……まあ」


 だからプロディージがソフィアリアに対してますますあたりが強くなった事でも思い出したのか、バツが悪そうに視線を逸らしていた。


 そのあたりも気にしていないので、くすくすと笑いながら、セイドにいた頃の自分の気持ちを振り返ってみる。


 罪滅ぼしがしたかったソフィアリアにとって先生達の目的はなんでもよかった。そのための手段は先生達が与えてくれたし、過程で愛情だってたくさん注いでもらったのだから、何も嫌な事はない。

 その愛情だって嫌々していた訳ではなく本物だったのだから、尚更だ。たとえ同じだけフィーギス殿下に返す事を求められていたとしても、ソフィアリアだって幸せな気持ちを感じた事は、嘘ではない。


 だから、ソフィアリアを想って悲しむ必要は、何もないのだ。


「ロディは捻くれたものの見方ばかりしていないで、ありのままを受け止める練習もしないとね。ああ、でも、メルが素直に受け止める子だから、足してちょうどいいのかしら?」


「そうだね」


「わたくし達もね、ちょっと考え過ぎるわたくしと素直なリム様、なんでもお見通しの王様でバランスがいいのよ? 夫婦で補い合えるって、なんて素晴らしいのかしら!」


「それ、王鳥様一人でよくない?」


「まあ! ダメに決まっているじゃない。王様はヒントしかくださらないもの」


「くっそ役に立たない神様」


「そんな事ないわ。間違えそうになっても軌道修正してくれる王様がいるから、わたくしでもリム様と手を取り合って、安心して突き進んでいけるの」


 そう言って表情を綻ばせていたら、プロディージから溜息を吐かれた。


 肩の力を少しでも抜いてあげられたのなら、それでいい。最後の仕上げは任せるとして、ソフィアリアはすくっと立ち上がった。


「だからロディも先生達と今まで通りでいてね? 先生達だってわたくしを利用しようとしていた事に苦しんでいるのだから」


「先生達が?」


「ええ、当たり前じゃない。だって先生達は貴族だけど、どこまでも善人なんだもの。フィー殿下に婚約者が出来た事をきっかけに計画を打ち切れて、内心ほっとしていたのよ? まあ、次は男爵令嬢にあるまじきわたくしの道を案じる事になっていたけれど。本当に、頭が下がりっぱなしよ」


 それを聞いて少し心のモヤが晴れたのか、ほっとした表情をしていた。先生達と接し方を変える必要がなくてよかったと、そう思っているのだろう。


 それでいいと、ソフィアリアもニコリと笑う。


「だから先生達はね、フィー殿下達に合わせる顔がなくて、もう会わないつもりだったの」


「ああ、だから今日も困った顔してたって訳ね」


「ふふ、気が付いた? でもわたくしのせいで四人が会えないままなんて、ダメに決まっているじゃない。だから無理矢理押しかけたの」


「姉上にしては最高だね」


「ええ。でも今度はフィー殿下達に嫌われようとしているのだから、先生達も困ったものだわ。大人しく親子の絆を深めてくれればいいのにね」


 多分キツい言い方をしたのだろう先生達のフォローを入れると、そういう事かと納得して肩を竦める。巻き込まれたプロディージには悪いが、そういう事だ。


「姉上」


「なあに?」


「今まで本当にごめん」


 見下ろせば、いつもは意図的に伏せ目がちにしている目をしっかり開いて、真剣な表情をしたプロディージがいた。

 あまり似ていると言われる事はないが、そうしていると鏡を見ているかのようにそっくりだ。

 そこに特別な絆を感じて、くすりと笑う。


「謝られる事は何もないわよ。ロディはああやって、わたくしに愛情表現していただけだもの」


「不条理な暴言を愛情として受け止めるのは、やめた方がいいよ」


「相手は選ぶわよ。ロディはそれでいいの。でも、ロディも相手を選びなさいね」


「姉上とリムくらいにしかやらないから」


「まあ!」


 ソフィアリアとオーリムはすっかり同格なのかと目を輝かせる。


 プロディージは自分の失言に気付いたのか、いつも通りの顔に戻って、バツの悪そうな表情を浮かべていた。


「あっ、みっけ!」


 と、ちょうどいいところにメルローゼがやってきてくれた。どうやら一人らしい。


「あらあら、リース様をフィー殿下に取られちゃったの?」


「そうなのよ! 私との甘い時間だったのに、勝手に回収していくんだから、ほんとに酷いわ」


「そう言いながらも遠慮しちゃうんだから、ローゼは可愛いわね」


 そう言ってよしよしと頭を撫でれば、えへへと頰を染めて笑うのだから、可愛い義妹だ。


「もういいから、姉上もどっか行ってくれない?」


「ちょっと、なんて言い草よ!」


「ふふっ、早くイチャイチャしたいのね」


「まあね」


 素直な返事と共にしっしと追い払う仕草をするのだから、本当に口でも素直になったなとくすくす笑う。真っ赤になってあわあわしているメルローゼを含めた二人に手を振って、後ろを振り返りたい欲求を抑えて、戻る事にした。


 遠く離れてからこっそり覗き見ようと、目をキラキラさせて振り返ろうとすると。


「油断も隙もないな……」


 呆れた愛しい人の声と共に、肩を抱き寄せられて阻止された。ソフィアリアは反射的にパッと笑いながら、腕の先を見上げる。


「あら、ラズくんも覗き?」


「俺はフィアと違ってロディ達なんか興味ない」


「でもわたくしとロディのお話は、聞いていたでしょう?」


 首を傾げてそう問えば視線を逸らすのだから、わかりやすい人だ。


 まあ、先生達の話を直接聞いていたら怒ったかもしれないが――だから王鳥は防音の魔法なんて使ったのだろうが――今の会話を盗み聞いて、先生達に悪印象を抱く事はないだろう。だから、別にいい。


 少し歩いて人通りのなさそうな縁側で、二人して腰を下ろした。

 すぐに王鳥も姿を現して、背中に引っ付けなくて残念そうにしていたが、側で立っていてくれる。


「フィアの先生達は、フィアに似てるよな」


「ピー」


「ふふ、わかる?」


「ああ、物言いなんかは特にそっくりだ」


 そう言われるのが、なによりも嬉しい。


 ソフィアリアはフィーギス殿下達に会えたら面影を感じてもらえるように、二人の事をよく観察して仕草や物言いを真似ていた。側妃の道を諦めた時に直してもよかったのだが、身に染み付いているので、そのままでいる事にしたのだ。

 似ていると言われるのは、それだけソフィアリアの観察眼に狂いはなかったという事に他ならない。だから嬉しかった。


「でも、自分を悪人にしようとする所まで真似なくていいと思う」


「あれは、どちらかといえば先生達がわたくしを真似ているのよ」


「そうか。……フィアにとってはいい先生達か?」


 顔を覗き込んで真剣な表情で問い掛けられたから、微笑みながら大きく(うなず)く。


「もちろん。先生に会えた事は幸運で、幸せでしかないと思っているわ」


「なら、何も言わずに俺も恩師と仰いでおく」


 フィーギス殿下の側妃になろうとしていた過去は嫌だと思っているのに、その気持ちを押し込めてソフィアリアを尊重し、そんないじらしい事を言う。

 王鳥と目配せして、両肩に二人してぐりぐりと寄り掛かる。ソフィアリアはそのまま引き寄せてくれたが、王鳥の事は煩わしそうに押し除けようとしていた。不公平反対だ。


「ええ、そうしてくださいな」


「ああ」


 しばらく三人はこの場所でリアポニア特有の整備された中庭を眺めながら、今日の思い出をポツポツと語り合っていた。

 そう気楽な旅ではないのだが、今は何も問題がない為、すっかり旅行気分だ。


「ねえ、王様、ラズくん。こうしてずっと一緒にいて、これからも同じ景色を眺めましょうね」


 今日の思い出をそう締めくくると、王鳥は「ピ!」と嬉しそうに鳴いて、オーリムは目を見開いていた。


 そんなに変な事を言っただろうか?と首を傾げる。


「ラズくん?」


「ああ、いや。ちょっと違和感を感じた気がしたけど、やっぱあれもフィアだったなって」


「あれ?」


「こうやってみんなで過ごすのも楽しいけど、フィアとの時間が足りないのかもな。夢ではフィアと二人きりになるんだ。今日は、さっきの言葉と似たような事を言ってた」


 そう言って嬉しそうに目を細めるからムッとして、指を絡めてニギニギの刑だ。ソフィアリアが幸せなだけで、何が刑なのかわからないけれど。


「もうっ、また知らない思い出を勝手に作って! 王様、リム様がひどいわ」


「プピー」


「――――だから、誰が浮気者だ。相手はフィアだ」


「わたくしは知らないもの。それはわたくしの顔をした別人だわ」


「怖い事言うな」


 そう言って渋面を作るオーリムを、王鳥と二人でしばらくいじり倒していた。



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