未知なる文化と先生達 4
昼食を食べ終えて、先生達に言われるがままついていき、リアポニア自治区をもっと楽しめるように着替える事になった。
「リアポニアの衣装は可愛いわね〜。王様、似合いますか?」
「ピピ!」
着替え終わって屋敷の外で待っていた王鳥にお披露目すれば、長い尾羽を揺らして目をキラキラしていた。気に入ってくれたらしい。
家主や先生達がわざわざ商人を呼び寄せ、着せてくれたこの伝統衣装は、前合わせで着る着物というものに、下は袴と呼ばれるスカートのような物を重ね、靴はブーツを着用するものだった。マヤリス王女が感動したように「タイショウロマン……!」と聞きなれない言葉を溢していたから、そういう名前なのかもしれない。
ソフィアリアは数あったものの中から、着物はクリームイエローの生地に白い花模様が可愛いものを。帯はピンクで、袴とブーツはブラウンを選んだ。少しアレンジし、襟にはフリルを付け加えている。
衣装に合わせて髪型はハーフアップに結って着物と同じ生地のリボンをつければ、立派なリアポニア女子だと言えるだろう。
キャルにすりすりされているアミーも、きゃっきゃと手を握り合って戯れているメルローゼとマヤリス王女も、それぞれ好きなように着飾っていて、とても可愛らしい。目の保養になるなとしっかり焼き付けた。
ガチャリと玄関の扉が開き、出て来た男性陣に思わず目を惹きつけられる。
「フィ、フィアっ!」
中でもやはりソフィアリアが注目してしまうのは、こちらにそそくさとやって来たオーリムだ。思わずほうっと溜息を吐き、惚けた表情で見惚れてしまう。
「リム様は、袴姿ではないのね? なんてカッコいいのかしら……」
オーリムが着ていたのは袴姿ではなく、黒に近い紺色の生地に金色のラインが入った騎士服のような衣装だった。同色の制帽と裏地が夜空色の黒マント、腰に差した見慣れない剣の組み合わせが非常にカッコよく、様になっている。
鳥騎族を率いる時の制服姿を見た事はあるが、このリアポニア自治区の兵士はこういう服装なのかもしれない。しかし、何故この服を?と首を傾げていたら、察したオーリムに苦笑される。
「あれは、袖と裾が邪魔だったからこっちにした。別にいらないが、一応護衛だしな」
「だから、プロムスと二人はその服なのね?」
「警邏が着る軍服だって言ってた。その、フィアもすごく可愛い」
そう言ったオーリムも王鳥と同じようなキラキラした表情をしていたから、ソフィアリアはますます頬の緩みが止まらないのだ。
「王様用にリム様とお揃いのマントと帽子を作ってもらって、この服を来て肖像画でも描いてもらいましょうか? 結婚前の最後の記念になるわ」
「ピ」
名案とばかりに王鳥は肩口にじゃれついて来てくれたから、帰ってからも大忙しだなと色々と計画を立てる。
「ああ、フィアの絵はほしい」
「三人で、よ?」
「小さなものも頼めないだろうか」
ソフィアリアを見回す事に夢中になっているオーリムは聞いているのかいないのか。困った未来の旦那様である。
「じゃ、僕達はこのまま単独行動するから」
「いいものをいっぱい見つけてくるわ!」
そう言ってメルローゼと腕を絡ませているプロディージは、シャツの上から男性用の袴を来ていた。フィーギス殿下は羽織を肩に掛けて帽子を着用し、ラトゥスは羽織を着てマフラーを巻いているが、男性用の伝統衣装はこんな感じらしい。
ソフィアリアは二人に向かってふわりと微笑む。
「ふふ、ロディもよく似合っているわ」
「あっそ」
「夢中になって、迷子になってはダメよ?」
「道を覚えるのはディーが得意だから、きっと大丈夫よ。じゃ、行ってくるわ!」
そう言って二人は行ってしまった。貴族だとわからないように周りの目を誤魔化す防壁を張り、身の危険からも王鳥が護ってくれるから大丈夫だろうと、二人だけでデートを楽しむ事にしたらしい。
そんな後ろ姿を、笑顔で手を振って見送る。
「ロディの衣装も、ラズくんに似合いそう」
今は代行人としてのいつものオーリムの姿だが、本来のラズの姿だとあちらも似合いそうだと妄想を膨らませる。もちろん今のオーリムの着物姿も見たいし、ラズの軍服姿も見たい。可能性は無限大だとニマニマしてしまう。
だが当のオーリムはあまり袴姿は好きではないのか、微妙な顔をしていた。
「あれは動きにくい」
「もう。オシャレに機動性なんて求めないでくださいな」
「プピー」
*
「へぇ〜、リアポニア自治区とはこんな感じなのだね」
「趣があるな」
先程は観光出来なかったフィーギス殿下とラトゥスは物珍しそうにキョロキョロしていて、なんだかいつもより無邪気さが前面に出ているなと思った。先生達と再会出来た事で童心にかえり、公務も何もない街散策が出来る事で、羽を伸ばしたい気分なのかもしれない。
こんな機会でもなければ出来ない事だ。次はいつこんな風にのびのび出来るのかわからないから、存分に楽しめばいいと温かく見守る事にした。
「まずはどこ行きたいんだ?」
「宝飾店に決まっているだろう? 今の愛らしいマーヤに髪飾りを贈らなければいけないからね!」
「その思考はボンボンなんだよなぁ」
そう言ってくつくつ笑うプロムスも、フィーギス殿下がはしゃいでいる事は気が付いていたようだ。さすが兄貴分である。
同時に、意味深にアミーをジロジロ見ているから、プロムスも何か贈りたいんだなと思った。隣でソワソワしているオーリムだって、言わずもがなである。
「ああ、だから装飾品の類はリボンしかなかったのね?」
せっかく商人がたくさんの品を持って来てくれていたのに、あったのは衣類と手提げバッグだけだった。
この場合アクセサリー類も一緒に持ってくるのでは?とメルローゼが首を傾げながら商人に話していたが、フィーギス殿下が事前に話していた結果だったらしい。あの時は言葉を濁されたが、ようやく納得した。
「別にこのリボンがあれば、いらないのですが……」
「プロムスさんは着物を選べなかった分、アミーさんに似合うアクセサリーだけでも選んであげたいんですよ」
「だから諦めて、着せ替え人形になってあげましょうねぇ」
「……はい」
微妙に納得していなさそうなアミーをマヤリス王女と二人で囲ってお喋りを楽しみながら、事前に場所を聞いていたらしい宝飾店に入っていく。値札がないあたり、貴族御用達の店なんだなと察するには充分だった。男性陣四人とも高給取りだし、別に問題ないのだけれど。
オーリムはどんなのを選んでくれるのかなと期待しながら、ソフィアリアも店内の商品を見て回る。
リアポニア自治区で生息しているものなのか、丸い形の多弁の花がモチーフになった繊細なつまみ細工のコサージュや、髪に刺す簪と呼ばれる髪飾りが目新しく、見ているだけでも楽しい。
男性陣があーでもないこーでもないと揉めながら選んでいる間、ソフィアリア達は店員のセールストークを聴きながら、綺麗な髪飾りを眺めていた。
やがてアミーが呼ばれ、マヤリス王女が呼ばれ、一番最後はソフィアリアが呼ばれた。
「ふふ、じっくり選んでくれたのね?」
「ロム達には馬鹿にされるし、王にはダメ出しされるし、散々だったからな。……その、これはどうだ?」
そう言って自信なさげに選んでくれたのは、リアポニア自治区にだけ咲く桜という花がモチーフになったコサージュだった。白と淡いピンクの花飾りと、ゆらゆら揺れる垂れ下がった花弁がとても可愛らしい。
何故これを選んだのかわかりやすくて、くすくすと笑った。
「この桜という花は、セイドベリーのお花に似ているわね?」
セイドベリーは、セイドでだけ収穫出来る特産品のラズベリーで、ソフィアリアとオーリムにとっては思い出の食べ物だ。桜は、そのセイドベリーの花によく似ている。だからこれにしたのだろう。
オーリムはバレたかと笑った。
「フィアの髪に飾るなら、やはりこれがいい」
「ええ、わたくしも嬉しいわ。ありがとう、リム様。可愛いものを選んでくれて。大切にするわね」
「あ、ああ」
そう言って照れ臭そうに笑ってくれたから、会計を済ませて、この場で店員につけてもらう。
「似合うかしら?」
「うん、最高だ」
その満足そうな表情に、ソフィアリアも心が温まるのだった。
「終わったか? フィー達はもう外で待ってる」
と、いつの間にか店内に残っていたのはラトゥスただ一人だけだった。その手にはお土産なのか、小さめの箱を三つ持っている。
「ええ、お待たせして申し訳ございません。ラス様は、ご家族にお土産ですか?」
「家族と呼ぶのはまだ早いが、ラーラとピーとヨーの土産だ」
「まあ! ふふ、ありがとうございます。ラス様からの贈り物ですもの。三人とも、とても喜びますわ」
「だといいのだが」
そう言って細めた目は優しかったから、クラーラの婚約者になってくれたのがラトゥスでよかったと、この幸福に感謝した。突然出来た五歳の婚約者の事も、大鳥の双子の子供達の事も、こんなに大切にしてくれるのだから。
*
『豆を甘く煮るのはねーわ』
『はぁ〜。この美味しさがわからないとか、これだから脳筋は』
『オレはそんなに脳筋じゃねーから』
店の外に出ると、向かいにある茶屋と呼ばれるカフェのような場所から、マクローラ語で言い争う声が聞こえてきて苦笑した。あまり知る人のいないマクローラ語なところが、お店に精一杯配慮した結果なのだろう。
近寄っていくと、いつの間にかプロディージとメルローゼが合流していた。というより二人は昼食をそこそこに、名産品とスイーツ巡りをすると言っていたので、運良く鉢合わせたらしい。
『私も、あまり……』
『うぅ、あんこが西洋の方に不評なのは、本当だったのですね』
『なんです? セイヨウって』
『あっ、いえ。忘れてください……』
『う〜ん、ディーにしかウケないものを仕入れても仕方ないわね』
メルローゼに却下され、残念と言って肩を竦めるプロディージの手には、茶色の塊が乗ったお皿が握られていた。何かは不明だが、あれの品評会を開いていたらしい。
『なんだ、それは?』
『ああ、ちょうどいいところに来たね。ラスも食べてみるといいよ。おはぎというらしい』
『リムもこれ、やるよ』
『都合よく押し付けようとするな』
立場上評価を口にする事はなかったが、フィーギス殿下が笑顔でラトゥスに渡した所を見て察するに、口に合わなかったようだ。オーリムは先程のプロムスを声を拾っていたのか、受け取り自体を拒否していた。
それだけ不評だと、かえって気になるソフィアリアである。
「お義姉様も食べてみて! 私は結構好きだったんだけど、どうかしら?」
「ふふ、ありがとう。いただきます」
そんなソフィアリアを目敏く見つけたメルローゼに食べていた物をもらったが、フィーギス殿下がラトゥスに押し付けていたものとは形が違った。小さく三等分に丸められ、串に刺さっている。
一粒取って食べてみると、なめらかな甘味と独特の風味のクリームのようなものが美味しい。進んで食べたいかは微妙だけれど、ソフィアリアも結構好きだった。これがプロムスの言っていた豆を甘く煮たもののようだ。
そしてなんといっても、その中心にあるものである。
「これ、リム様がお好きなものだと思うわ」
「それが?」
「ええ。中身はモチモチしてるもの」
この茶色のクリームはともかく、中身の淡白なモチモチしたものは絶対好きだろうと思った。
それを聞いてプロムスに押し付けられたものを食べていたが、渋面を作っていた。よく噛んでいるところを見ると、あれの中身もモチモチなのかもしれない。
「あんこ以外にも、みたらし団子や三色団子、きなこ団子もありますよ? 代行人様はお醤油で焼いたものがお好きかもしれませんね」
マヤリス王女が笑みを浮かべながらそう言って飲み物と一緒に追加注文してくれたので、同席する事にした。
待っているとすぐに来たので、まずは喉を潤す為に、飲み物をもらう。
「ねえ、メル。このお茶も頼めるかしら?」
昼食でも出ていたこの緑色のお茶は緑茶というらしく、少々渋みがあるが、ソフィアリアは好きな味だった。甘辛いお煎餅に合わせるなら、紅茶やコーヒーより、断然これだと思う。
「お義姉様も気に入った? リアポニア茶屋で出そうと思っているから、もちろん仕入れる気よ」
ふふんと笑うメルローゼは、リアポニア料理を出すカフェでも開く計画を立てたらしい。たしかに長期的に仕入れ、多くの人の反応を見るなら、それが一番だろう。
「ふふ。定期購入するかは未定だけど、行商で売ってくれれば、わたくしは買うわ」
「うん、持っていくわ! あっ、こっちはすっごく美味しい」
そう言ってメルローゼは追加注文したもののうち、ソフィアリアの髪色と似たような色の団子を串から外して食べていた。一粒食べてソフィアリアにも回ってきたから、オーリムと残りを分ける。
「あら、本当ね」
「さっきのよりは、悪くない」
「きなこのウケがいいのも一緒なんですね〜」
しみじみとそういうマヤリス王女は一体どこと比べているのか。
その後、マヤリス王女の言った通り醤油で焼いた団子をいたく気に入ったオーリムの為に団子粉を、反応がよかったきなこも仕入れる事が決定した。
ソフィアリアはみたらし団子が気に入ったのだが、これも味のベースは醤油らしい。団子も煎餅と同じく上新粉で作られているらしく、本当にリアポニア自治区ではお米と醤油はどこででも使われているんだなと実感するばかりだった。




