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未知なる文化と先生達 3


「はじめまして、王鳥様、代行人様。王鳥妃(おうとりひ)様の教育係を務め上げさせていただきましたフウモと申します。お会い出来て光栄です」


「同じく、礼儀作法を担当させていただいておりました妻のマールと申します。こうしてお目通りが叶いまして恐悦至極に存じます」


 そう言って座ったまま頭を下げる老夫婦は、ソフィアリア達にとっては困窮したセイドに救いをもたらし、多分な教育を施してくれた一生頭の上がらない恩師であり、かつては離宮に捨て置かれたフィーギス殿下の教育係兼親代わりだった先生達だ。


 チラリと見たフィーギス殿下の目元がうっすら赤く、ラトゥスとマヤリス王女も幸せそうな顔をしていたので、無事感動の再会は果たせたようだ。気を回して正解だったと、気持ちがほっこりした。


 代行人としての仮面を被ったオーリムは、先生二人に向かって鷹揚に(うなず)いている。


「話はフィアからも次代の王達からも、立派な師であったと常々聞いていた。特にフィアの聡明さには充分過ぎるくらい助けられ、大屋敷は住み心地がよく明るい場所にしてもらった。二人の教育の賜物だ。礼を言う」


 そう言ったオーリムに同意するように、プロムスとアミーが深く(うなず)いている。先生の前でそうやって持ち上げられるのは、なんだか擽ったい。


 みんなの反応を見て、マール先生はふっと柔らかく笑った。


「ふふ、ソフィちゃんが王鳥様と代行人様のお妃さまに選ばれたと聞いた時は耳を疑いましたが、上手くやれているのですね」


「ソフィの(たゆ)まぬ努力が実を結べる場所に腰を落ち着かせる事が出来て、私達も安心いたしました。……よかったね、ソフィ」


 そう言って優しく目を細めたフウモ先生にジーンと泣きそうになってしまい、少し作法から外れた、心からの笑みを浮かべていた。


「ええ! わたくし、二人の元へ嫁げて、とっても幸せですわ」


「…………ま、まだ、俺とは結婚はしていない……」


「まあ! もう半季もないもの。これくらい誤差だわ」


「しかし……」


「プピー」


 辛うじて表情は保ったまま、耳を赤くして否定するオーリムについ言い返してしまう。このくらいいいではないか。そう恨めしく思いながら。


 すっかり貴族らしさの抜けたソフィアリアの態度に、先生二人が目を見張っていたから、さすがに居た堪れなくなって、姿勢を正す。


「コホン。失礼いたしました」


「あらあら、ソフィちゃん? なんだかすっかり普通の娘さんらしい明るさを取り戻したわね?」


「先生、遠慮なく昔みたいに馬鹿になったって言ってやってくださいよ」


「フィアは馬鹿じゃない」


 そう言ってバチバチと火花を散らすオーリムとプロディージの姿にも、とても驚いていた。


「はは。ロディにも心を許せる友達が出来たみたいで、安心したよ」


「許してませんから」


「子供が大きくなるのは早いものね〜。フィーくんもラスくんも立派になっちゃって、先生嬉しくて泣いちゃいそう」


 わざわざハンカチを取り出し、泣き真似を始めたマール先生にすっかり騙されて、オーリムはオロオロしているから、やめてほしいものである。代行人としての仮面が台無しだ。


 気を取り直して、ソフィアリアはプロムスとアミーも先生達に紹介すると、気になっている事を尋ねる事にした。


「こちらのお屋敷の方にもご挨拶をしたいのですが、ご不在でしょうか?」


 先生達が滞在し、今日宿泊させてもらう事になっているこの屋敷の持ち主は、二人の旧知であるビドゥア聖島の元貴族だと聞いていた。泊まり込みでお世話になるのだから、真っ先に挨拶をしたかったのだが、まさかこの場にいないとは思わなかったのだ。


 先生二人は家主の事を思い浮かべたのか、目元を和らげて優しく微笑んだ。


「ああ、私達に気を利かせてくれてね。昼食の席は来てくれるみたいだから、その時にお礼を言うといいよ」


「みんな、お腹が空いたでしょう? ここで長話をしているだけなのはもったいないし、いい時間だからお昼にしましょうか」





            *





 先生達に案内された「座敷」と呼ばれる部屋は土足厳禁らしく、履物を脱いでお邪魔する。

 藁と似た、い草と呼ばれる植物で編まれた畳は知識では知っていたが、初めて見たなとつい床に目を向けてしまう。靴を脱いで柔らかみのある床を歩くのは、慣れない感覚で少し楽しい。


 待っていてくれた朗らかで優しい家主に挨拶とお礼を言うと、全員で食卓を囲む。座布団と呼ばれるクッションのようなものがあるとはいえ、床に直接座って食事をするのも、とても新鮮だ。


「皆様は午後から観光をすると伺っておりましたので、昼食は軽いものを用意させていただきました。おかわりもございますので、遠慮なくお召し上がりください」


「気遣いに感謝するよ。では、いただこうか」


 全員でいただきますと挨拶をし、全く見慣れない郷土料理を、箸と呼ばれる対になった棒のようなものを器用に操って食べる。

 ソフィアリアとアミーは早くにコツを掴めたが、オーリムとプロムス、メルローゼはダメだったらしく、諦めてスプーンとフォークを借りていた。フィーギス殿下とラトゥス、プロディージも意地で使っているが、わりと怪しい。

 そんななか、マヤリス王女だけは綺麗な所作で食べ進めていた。


「リース様、慣れているわねぇ」


「え? えっと、はい。昔から、結構使い馴染みがありまして、ですね……」


 一応自国内だから習うんだろうなと羨ましく思っていたら、つーと気まずそうに視線を逸らされて首を傾げる。別に変な事を聞いたつもりはなかったのだが。


「リース様?」


「あっ、この天ぷらと呼ばれる食べ物はですね、お塩でいただくのも美味しいのですが、こちらのつゆに大根おろしを混ぜて食べるのも、とっても美味しいですよ!」


「あら、そうなの?」


 何か誤魔化すような物言いは気になるが、言われた通りに食べてみる。

 相変わらず何が使われているのかわからない独特なスープのようなつゆというものに、リアポニア自治区周辺にしかない大根と呼ばれる野菜をすりおろしたものを入れてみると、揚げ物なのにあっさりいただけて、目を瞬かせる。


「本当に美味しいわ」


「ですよね! お魚の天ぷらやかき揚げは、おうどんに入れても美味しいですよ」


「これ、魚だったのか……」


「え〜……」


 何の気なしに食べていたオーリムと、その隣にいたプロディージがその正体を知って、渋面を作る。二人は魚に嫌な思い出があり、苦手意識を持っているのだ。

 そうは言っても、正体を知るまでは美味しそうに食べていたのだから、いいではないか。


 という事でソフィアリアも食べてみると、サクサクした衣と、くにくにとした独特の食感に目を丸くする。なるほど、これを魚だと思わなかった訳だ。

 とはいえ噛んでいると、やっぱり魚だとなんとなくわかるけれど。


「リアポニアは湖を囲んで、近くには漁港もあるから、魚料理が有名なのだよ」


「好き嫌いなんかせずに食べなければもったいない」


「そんな事しませんよ。ただ少し、驚いただけです」


 そう言って食べ進めるプロディージの表情から察するに嫌いではないと思う。オーリムに至っては、むしろ好きなのではないだろうか。

 そう思って覗き見ると、複雑な顔をしながら美味しそうに食べるという器用な事をしていた。


 ふと、美味しそうな顔を見て、先程の事の事を思い出す。


「リース様はリアポニアの事は詳しいわよね?」


「えっ⁉︎ えっと、はい……」


 何故、リアポニアの事になるとたまに歯切れが悪くなるのか。まあ気にしない事にして、せっかくなので聞いてみる事にした。


「先程ね、商店街でお煎餅(せんべい)っていうクッキーみたいなお菓子を食べたのよ。あれをリム様が気に入ったみたいだから大屋敷でも作ってあげたいのだけれど、材料ってわかるかしら?」


「お煎餅(せんべい)ですか……。上新粉とお醤油が必要なので、ビドゥア聖島で再現するのは難しいかもしれませんねぇ」


 やはり、ここ特有の材料が必要らしい。


「何か儲け話の予感っ……!」


 行儀悪くもすすすと移動して来たのは、やはりメルローゼだった。プロディージにジトリと睨まれているが、美味しい話を目前にして、それどころではないらしい。

 目をキラキラさせて、マヤリス王女を見ていた。


「なになに、それって」


「上新粉は、簡単に言うとうるち米ってお米を粉状にしたものです。小麦粉のお米版だと思っていただければ、わかりやすいのではないでしょうか?」


 そう言って食卓の真ん中に各自で好きに取って食べられるように並べられているおにぎりを一つ取る。ソフィアリアはまだ食べていないが、そう言えばこれもライスっぽいので、お米を使っていたらしい。

 おにぎりを気に入っているオーリムとプロムス、学食で食べた卵ゾウスイが忘れられないと言っていたアミーの視線がこちらに向いたのがわかった。お米が気になるようだ。


「お醤油は、これです。大豆と小麦とお塩で作られた、リアポニアに流通している調味料ですね。このつゆとか、うどんとか、リアポニアのお料理には必需品です」


「あら、これ、お醤油の味だったのね」


 未知の味過ぎて材料は不明だったが、どうらや正体はこれだったらしい。たしかに、薄めたらこんな色になるかもしれない。


「お醤油と、煮干しや昆布などの海鮮出汁を使っているんですよ」


「ふむふむ。とりあえずお醤油は確定ね」


「嬢ちゃん。仕入れられそうなら、お米も頼むわ」


「上新粉もな」


 プロムスとオーリムが追加で頼むと、メルローゼはキラキラした表情で(うなず)いていた。


「わかったわ! ただ、リアポニアは遠いからお値段が跳ね上がりそうだけど、いいかしら?」


 ニンマリ笑った楽しそうな表情は、色々脳内で計画を立てているのだろう。たしかに陸路にしろ海路にしろ、仕入れにおおよそ半季ほど掛かるのだから、相応の必要経費が掛かって当然だ。

 でも、それでここにしかない食材が手に入るのだから、悪くない取引に思えた。特にオーリムが、このお米を使った食べ物を気に入っているのだから。


「ええ。なら、大屋敷で定期購入させてもらうわね」


「やった! 帰ったらお兄様達と打ち合わせをするから、半年くらい待ってね」


「ふふ。急がなくて大丈夫よ」


 他国の品物を輸入する場合は、品物の選定と交渉はペクーニア商会を継ぐ二番目の兄の仕事だと言っていたのを思い出す。そのあたりはメルローゼに一任する事にして、ソフィアリアは決まる日を心待ちにしていればいい。


「こうしちゃいられないわ! リアポニアにはもっと美味しい特産品が眠っているかもしれないし、目を光らせなくちゃね。ビドゥア聖島でリアポニア料理を流行させるのよ! ディー、お昼から調査だからね!」


「はいはい」


 さり気なくプロディージを巻き込みつつ、メルローゼはまだ見ぬ掘り出し物に思いを馳せながら、自分の席に戻っていった。


「半年か……。まあ自分で買いに来ればいいか」


「ちょっと、絶対やめなさいよねっ⁉︎」


 待ちきれないらしいオーリムがぽつりと呟いた不穏な言葉を、メルローゼはちゃっかり拾って釘を刺す。

 オーリムが本気を出せば一日くらいで買いに行けるだろうが、当然そんな事を許されるはずもなかった。心底残念そうにしている。


「ふふ、お土産にたくさん買って帰りましょうね?」


 そんな折衷案を提案して、渋々納得させるのだった。


「ほっほ。観光の場においても目利きを忘れないビドゥア聖島の次代も明るいな、フウモよ」


「ああ。フィー、楽しみにしているよ」


 と、今まで若者同士の語らいだからと静観していた先生達と家主に微笑ましげに見られていた。


 フウモ先生の眼差しを受け、フィーギス殿下は力強い、王族の目をして応える。


「勿論だとも。我々ビドゥア聖島の人間は閉鎖的で、他国の品物や知識を長い間取り込んでこなかったからね。マーヤを迎えた事をきっかけに、革新を進めようと思っているのさ。存分に期待していてくれたまえ」


 その決意表明にフウモ先生とマール先生が満足そうに笑い、家主が長く伸ばした顎鬚を感心したように撫でていた。


 マヤリス王女とラトゥスも(うなず)いているし、三人が国の中心に立ってビドゥア聖島を変える日が、とても楽しみだ。やはりそこに、第二妃の存在なんて不要だろう。


 さて、マヤリス王女をどう説得しようかとぼんやり考えていると。


「それにしてもソフィちゃんってば、代行人様をお尻で敷いてしまうだなんて、いくらなんでもやり過ぎじゃないかしら?」


 次の矛先はソフィアリアに向き、すっかり代行人の真の姿を見抜いたらしいマール先生はそう言って探るような目で笑っていたから、ソフィアリアだって未来は安泰だと思ってもらえるように、笑顔で応える事にした。


「王様もリム様もそんなわたくしの方がお好きなんですもの。これからも心地いいと言ってもらえるように、自分磨きは怠りませんわ」


 王鳥もオーリムも、背中で静かに護られながら献身的に引き立ててくれる娘よりも、自らの足で道を切り拓いて進んでいく娘の方が好きだと思うのだ。

 王鳥は先導しながら見守り、オーリムは護りながら隣に並び立ってついて来てくれる。こんな関係性が楽しい。


 だからソフィアリアはこれからも大鳥を第一に考え、王鳥妃(おうとりひ)として人間と大鳥の調和の為に頑張っていこうと思う。


 そう思っての発言だったのだが、オーリムが真っ赤になって思いっきりうどんで咽せていた。真面目な話をしていたつもりなのに、一人でお尻という単語に過剰反応し過ぎである。



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