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未知なる文化と先生達 2


 十一時頃にはリアポニア自治区に到着し、指定された屋敷内の外れに、山小屋をそっと降ろす。


 ソフィアリアとオーリムも地に降り立つと、長時間座りっぱなしで凝り固まった身体を大きく伸ばした。


「疲れてないか?」


「ない事もないけれど、それよりとっても楽しかったわ! 王様も、お疲れ様でした」


「ピーピ」


 肩口に額を擦り付けてじゃれてくる王鳥をよしよしと撫でる。


 その隙に見たアミーも顔色は良好で、口元に笑みまで浮かべてキャルを撫でていたから、今日は空の旅を楽しめたらしい。キャルも幸せそうにデレデレしていた。


「おーい、着いたぞー」


 プロムスがいち早く山小屋の扉を開け、中にそう声を掛ける。真っ先に出てきたのはメルローゼとマヤリス王女だった。


「わ! 本当に知らない場所に来てるわね」


「全然気付きませんでしたっ……! 王鳥様、運んていただき、ありがとうございました」


「ピー」


 不思議そうにキョロキョロしている二人の会話から察するに、飛んだ衝撃なども本当に感じなかったらしい。


 次いで出てきたのは、いつもより眠そうな顔をしていたプロディージだった。


「中に入って寝ていたのか?」


「まあね。馬車での移動より、ずっと快適だったよ」


「あれと比べると、そりゃあな」


 そう言って渋面を作るオーリムにとって、馬車は苦行でしかないらしい。ずっと速くて快適な王鳥に乗っているから、それはそうだろうと羨ましく思う。


 最後に出てきたのはソワソワして落ち着かないフィーギス殿下と、一見いつも通りに見えるが、どことなくふわふわした様子のラトゥスだった。屋敷を見て、期待に目を潤ませる二人の姿は大変珍しい。


 ソフィアリアはそんな二人を、微笑ましく見守った。


「フィー殿下、ラス様。わたくし達は一時間ほど、先に観光を楽しませていただきますわ」


「ソフィ?」


「だから先生達へのご挨拶は、お願いしますね。リース様も、よろしくお願いします」


「ふふ、はい」


 呆気に取られているフィーギス殿下とラトゥス、にこやかに察してくれたマヤリス王女を置いて、ソフィアリアは先導して歩き出す。みんなも大体、察してくれるだろう。


「よかったのか?」


 少し離れて、不思議そうな顔をしているオーリムに苦笑し、せっかくなので説明ついでに腕を絡めておいた。


「わたくし達が顔を合わせるのは一年振りだけど、お二人にとってはかつて死に別れた親のような先生達との再会だもの。お邪魔する訳にはいかないわ」


「ああ、そういう事か」


「ビ」


「痛っ⁉︎」


 察しの悪いオーリムに王鳥は頭頂部を突き、後ろではプロディージが呆れたような溜息を吐いている。


 その様子をくすくす笑いながら、ここに来る事になった経緯を思い出していた。


 ――大屋敷でフィーギス殿下から話を持ちかけられたあの日、コンバラリヤ王国に行くついでに先生達に会いに行きたいと話を持ちかけられ、この観光を提案したのはソフィアリアだ。

 大鳥にお願いし、先生達に手紙を出して約束を取り付けて、少々強引にこちらにやって来た。普通にお願いしていたら先生達は許可しないだろうと、そう思ったから。

 あとで怒られるだろうが、それでも構わない。もう二度と会えないと思っていた四人がこうして再会出来るなら、ソフィアリアへの叱責なんて安いものだ。


 その再会の時間をまずは四人で――マヤリス王女を立会人とした五人で、過ごしてほしいと思った。





           *




 

 この屋敷は中心地から程近い場所に建っていたらしく、目的地である商店街にはすぐ辿り着いた。


「ここがリアポニア自治区……! なんだか見慣れないものがたくさんあるわねっ!」


「ええ……なんだか街並みも独特で、不思議です」


 真っ先にお店の商品に目が行く商売人のメルローゼと、純粋に見慣れない景色を楽しんでいるアミーのキラキラした表情を微笑ましく思いながら、ソフィアリアもぐるりと視線を巡らせた。


 コンバラリヤ王国リアポニア自治区。自治区といってもビドゥア聖島と大体同じ広さのこの場所は、大きな湖の真ん中にそびえ立つ活火山を囲むように発展した、独自の文化を誇る有名な観光地だ。

 火山が近くにあるからか泉質のいい温泉が多く湧くらしく、温泉療養地としても有名である。

 建物は高くて二階までの平屋が多く、土壁と瓦屋根を組み合わせた家造りが並ぶ景観が目新しい。

 店の看板が布で出来ているのがなんとも珍しく、たしかあれは「のれん」という名前だったはず。


 ビドゥア聖島でもコンバラリヤ王国でも見られない渋みのある街並みに、なんだかワクワクした。


「腹減ったなぁ〜。なんか食おうぜ」


「ああ」


「ふふ、二人ともほどほどにね? もうすぐお昼だから、先生達なら何か用意してくださっているはずだもの」


 キョロキョロと食べ物を探すプロムスとオーリムに、念の為釘を刺しておく。と言ってもこの二人なら、ペロリと平らげるかもしれないが。


 本格的な観光は、フィーギス殿下達と合流した際にする事にしているので、美味しそうな匂いがする煙に引き寄せられていく二人に、なんとなく全員でついていく。


「いらっしゃい。一枚いかがスか?」


 笑顔が素敵な店員さんに勧められるまま三枚購入し、オーリムとプロムスが丸々一枚ずつ、残りの四人で一枚を四等分に分ける。


「クッキーかしら?」


 しげしげと見つめるメルローゼを尻目に食べてみると、堅焼きクッキー並みに固くボリボリと歯応えがあり、甘辛く食べ慣れない味がした。美味しいのだが、クッキーのような甘味を想像していただけに、少し脳が混乱してしまう。


「リム様、これ好きでしょう?」


「ロムも」


 ソフィアリアとアミーが二人を見上げると、大変いい表情をしてバリバリ音を立てて食べていた。食べ応えのあるものが好きなオーリムが好きそうだなと思ったら案の定らしく、甘いものが苦手なプロムスも好きだったらしい。

 二人の様子を見て、アミーと二人でくすくすと笑う。


「これも作れないか?」


「う〜ん、本屋さんでレシピ本とかないかしらね?」


 食べた感じ、身近な食材で作られたお菓子ではなさそうだ。材料がここでしか手に入らないかもしれないが、オーリムがそこまで言うなら覚えておこう。

 チラリと見たお店ののれんには、「焼きたてお煎餅(せんべい)」と書いてあった。そういう名前らしい。


「あ〜、無理。付け焼き刃じゃ全っ然文字が読めない」


「こんな事なら、ポニア語を勉強してくるんだったわ」


 さり気なく腕を組んでいるプロディージとメルローゼが街に溢れる「ポニア語」を見て悔しそうにしているのを、ニコニコしながら聞いていた。


 この国はコンバラリヤ王国内なので、コンバラリヤ語も使われているのだが、それとは別に「ポニア語」という、もともとこの自治区内で流通していた言語も使われている。

「ひらがな」「カタカナ」「漢字」という三つの文字を組み合わせて出来るポニア語は、とても複雑で習得が困難だ。ここの言語を覚えるよりも、他国の言語を二、三カ国語覚える方が簡単とまで言われている。


 プロディージは山小屋で移動する間に覚えようとしていたみたいだが、結局無理だったらしい。それは仕方ないと思う。


「……姉上、まさか読めるの?」


 余裕ぶった表情を目敏く見つけたプロディージに、ジトリと睨まれてしまった。


「だって先生が向かった場所だもの。気になって覚えたくなるのは、仕方ないでしょう?」


「暇人」


「ええ、ロディよりは伸び伸びしていたものね」


 ますます強く睨まれたが、気付かないフリをした。


 別に本当にプロディージより暇にしていた訳ではない。プロディージが執務室で書類仕事をしている時は、領地内の視察を一手に引き受けていたし、屋敷に帰れば家事も書類仕事もなんでも手伝っていた。

 ただ、プロディージよりも記憶力がいいので、その分勉強の時間を短縮出来ただけだ。その事に関して言えば、何度妬まれたかわからない。その時の悔しさでも思い出しているのだろうなと思った。


「フィアはあれが読めるのか……。なら、俺も覚える」


「あらあら。いいけど、結構大変よ?」


「フィアだって覚えている事だから、俺が出来ないなんて言ってられないし、王も認めない」


 力強く言っているが、あとで泣きを見なければいいのだがと困ったように微笑んだ。そう言うなら、止めはしないが。


「ふふ、頑張ってね。わたくしも教えられるから、遠慮なく頼ってくださいな」


「ああ」


「お義姉様、あれは、あれ!」


 キラキラ目を輝かせながらメルローゼに手を引かれ、一時間ほど、このあたりを散策した。





            *





 適当に大通りを散策してきっちり一時間後、ソフィアリア達は再び屋敷へと戻ってきた。


 執事に案内されて応接室に辿り着くと、中にはフィーギス殿下達と先生達しかいなかった。どうやらこの屋敷の持ち主はまだ来ていないらしい。


 先生達は立ち上がると、オーリムとソフィアリアに最敬礼をする。それを少しだけ、切なげに見下ろしてしまうのだった。


「顔をあげて座っていい。(かしこ)まる必要はない」


 代行人用の仮面を被ったオーリムはよく見ると、いつもの姿に戻っていた。


 二人は顔をあげ、言われた通りソファに座る。


 ソフィアリア達も先生達の対面に座ろうとしたら、コンコンコンとバルコニーの方から音がして、視線を向ける。


「あら、王様。ごめんなさい、中に入れても大丈夫?」


 バルコニーに突然現れた王鳥に、部屋の隅で控えていた執事とメイドが固まっているのが見え、そう尋ねる。


「はっ、はいっ、ただいまっ!」


 自分で行こうと思ったが、執事がビクビクしながら開けに行ってくれたので、そのままお願いした。大体の人は近付きたがらないので、ああして開けてくれる人は珍しい。

 王鳥は中に入ってくると、いつも通りソフィアリアの後ろにピタリとくっ付いた。


「キャル様は?」


「……ビ」


「あらあら。あとで迎えに行きましょうねぇ」


 どうやらこの部屋に二羽も入りきらないから置いて来たらしい。来ない所をみると、どこかに留め置かれて、アミーを呼んでしくしく泣いているかもしれない。用事が終わったらアミーを返してあげなければ。


 そうやって普通に王鳥と話していると、くすくすと笑い声が聞こえる。見れば対面に座る先生達が、ソフィアリア達の様子を見て笑っていたようだ。


 ソフィアリアはムッと頬を膨らませる。


「もうっ。笑うだなんて酷いですわ、フウモ先生、マール先生」


「いや、すまないね」


「ソフィったら相変わらずなんだもの。ふふふ」


 そう言って笑いを止めた先生達は、ソフィアリアに慈愛を込めた瞳を向けた。



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