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未知なる文化と先生達 1


 また少し大きくなった男の子と女の子は、高い山の上から街を見下ろしていた。

 絶景なのだが、ここは安全柵も何もない絶壁の上で、今日は風も強い。お互い飛ばされないように、手を握り合っていた。


『すごい景色だな』


 男の子は高い所が純粋に楽しいようで、目を細めて景色と風を楽しんでいた。

 遠くの方で鳥が飛んでいる。あの鳥達から見れば、もっと高く、風も強いのだろうか? それは、とても楽しそうだ。


『わたくしは、ちょっと怖いわ』


 少し声を震わせながら、小さく柔らかな手でギュッと手を強く握りしめられて、ドキリと鼓動が跳ねる。

 見下ろした女の子は景色から目を離さないまま、ふるふると震えていた。


 男の子は心配そうに眉尻を下げる。


『もう帰るか?』


『……ううん。それよりずっと一緒にいて、同じ景色を眺めたい』


 ダメ?と上目遣いでお願いされて、断る理由なんか当然なかった。





            *




 

 昨夜のうちにメルローゼがレリン領に手紙を書き、大鳥に運んでもらうと、ミウムを受け入れるという返事がすぐに返ってきた。


 メルローゼのお礼の手紙と一緒に、ソフィアリアも感謝の言葉と今後ミウムに掛かりそうな費用を内密で送る事をしたためて同封させてもらい、フィーギス殿下からはレリン男爵宛てに、ミウムの新たな戸籍を用意して送る旨を書き、こちらもついでに送ってもらう。


 間に大鳥を挟んで手紙のやり取りをしているだけでも戦々恐々だろうに、友人であるメルローゼの手紙と一緒に王鳥妃(おうとりひ)と王太子殿下からの手紙まで同封されているのだから、レリン男爵の屋敷はきっと大事になっているだろう。それは少し申し訳なく思った。


 メルローゼ曰く、そんな事よりマヤリス王女に名前を知られたうえに、直筆の感謝状まで貰った事を大騒ぎするだろうと笑っていたが。


 という訳で、ミウムから歪みと記憶を抜き取り、眠らせたまま、今朝早くには大鳥のバスケットで運ばれて行くのを見届けた。

 遠くから祈る事しか出来ないが、ミウムにはこれから幸せになってほしい。そう願いを込めて。


 そのまま、屋敷の中庭の片隅に鎮座していた山小屋の前に全員集合する。


「あのっ、本当にこれでよろしいのでしょうか?」


 マヤリス王女が不安げに王鳥を見上げると、王鳥は目を細めて鷹揚に(うなず)き、前に立つオーリムが代わりに口を開いた。


「構わない。大鳥だったらこれくらい運べるからな」


「ですが」


「途中で空中分解しないよう防壁を張るから、普通に地面に建っているよりもずっと安全だ。揺れも風も起こさせないし、魔法で灯りをつけておくから、怖ければカーテンも閉めておけばいい」


「絶対よっ! ちょっとでも揺らしたら、めちゃくちゃ抗議してやるんだからねっ!」


 涙目になりながら強く訴えるメルローゼを見て、王鳥がニンマリと目を細めている。そんな事を言うから、面白がってやるかもしれないなと思った。まあ、ソフィアリアが許さないのだが。


「まあまあ。空飛ぶ山小屋に乗って運ばれるなんて、こんな機会でもなければ体験出来なかった事だからね。せっかくだし楽しもうではないか」


「楽しめるものですかっ⁉︎ 絶対にカーテンは閉めますからねっ!」


「そうか、残念だ」


「うう、では、よろしくお願いします……本当に」


 楽しそうな人、恐怖に震えている人、反応は様々なようだが、仕事を抱えたフィーギス殿下とラトゥス、手を取り合ったマヤリス王女とメルローゼは、山小屋の中に入っていった。


 ふと、皆と一緒に中に入らず、山小屋の裏側に回ろうとしていたプロディージに視線を向ける。


「ロディは入らないの?」


「せっかくだし、裏のバルコニーから景色を楽しむよ。風も揺れもなくて安全なんでしょ?」


「まあ、そうだが。無駄に度胸があるな」


「普通に楽しいだけじゃん」


 あっさりとそう言い切るプロディージを見て、プロムスがくつくつと笑う。


「ソフィアリア様といい、クラーラの嬢ちゃんといい、そういう血なんだな」


「かもね。じゃ、御者役はよろしく」


 そう言ってヒラヒラと後ろ手に手を振り、行ってしまった。手に持つバスケットには、学園のカフェで買ったココアとチョコレート菓子と本が入れられている事は知っているので、外でのんびりする気らしい。


「……楽しめるなんて、お羨ましいですね」


「ねえ、アミー。本当に平気? 怖かったら、中でゆっくりしていてもいいのよ?」


「ピエッ⁉︎」


「ご覧の通りですので、諦めます。どうしても無理そうでしたら、早めに眠りますので。……着いたらまた、動けなくなるかもしれませんが……」


 そう言って遠い目をしているアミーは、今日もキャルに大事そうに抱え込まれている。側にいる間は、片時も離したくないらしい。なんだか溺愛と過保護が悪化してしまったようだ。


「わかったわ。プロムス、アミーが我慢しないように、見ていてあげてね」


「当然です。無理すんなよ?」


「わかっているわ」


 着いてから動けなくなるのは、今日に限っていえば本当にもったいないと思うのだが、アミーがそう言うのならば仕方ない。アミーの事は、プロムスとキャルに任せるしかないだろう。


 ソフィアリアは王鳥とオーリムを見上げると、ふわりと微笑んだ。


「では、行きましょうか?」


「ああ。フィアも怖かったら言えよ?」


「あらあら、わたくしが怖いと感じる訳ないじゃないの」


 そう言ってくすくす笑うと、何か物言いたげな視線を感じた気がした。





            *





 今日と明日は学園がお休みなので、コンバラリヤ王国にある温泉療養地として有名なリアポニア自治区に観光しに行く事になっていた。

 と言っても同じ国内と言えど王都から馬車で片道一週間――十日程掛かるので、王鳥に運ばれ、片道六時間の長旅だ。これが人を乗せて運べる最高速度らしい。


 運搬方法は、ソフィアリアとオーリムはいつも通り王鳥に乗り、プロムスとアミーはキャルに乗っている。ただでさえ空を飛び慣れてないのに、高速移動する中、キャルのわがままによって背に乗せられるアミーがとても心配だ。

 他のメンバーはマヤリス王女に簡易の山小屋を用意してもらったので、山小屋ごと王鳥が運んでいる。簡易と言っても全員が中でゆったり寛げそうなほど、広々としているのだが。

 もちろん、空を飛ぶこちらの姿は誰にも見えないよう、魔法で姿を消して飛ぶので、騒ぎになる事もない。


 ――出発して早々、空の上では、楽しそうな笑い声が響いていた。


「すごいわ、いつもよりずっと早いのねっ!」


 風に髪を(なび)かせ、目をキラキラさせながら少し前のめり気味に景色を楽しんでいたのは、何を隠そうソフィアリアだった。


 本人も無意識なのだが、空を飛ぶ事が何よりも好きなソフィアリアは、こうして空にいると無邪気さが前に出る。


 オーリムはそんなソフィアリアが好きで、嬉しそうに頬を緩めた。


「怖くはなさそうだな」


「全然! もう、王様もリム様もずるいわ、こんな楽しい事を、まだ隠し持っていたなんて!」


「さすがにここまでだと、耐えられる奴は俺とロム、隊長くらいなんだけどな」


「ついでに、私は楽しむ余裕なんてないですよ」


 少し離れた所を飛んでいるのに、笑いを含んだプロムスの声が鮮明に届く。どうやら王鳥が魔法で話をしやすくしてくれているらしい。


 ソフィアリアはプロムス達の方を向くと、コロコロと笑った。


「あらあら、わたくしの方が鳥騎族(とりきぞく)に向いているのかしらね?」


「はは、ソフィアリア様は戦えないじゃないですか。だから、負けませんよ」


「それもそうねぇ。わたくし、それなりの覚悟はあるけれど、護身術くらいしか出来ないもの」


 残念と頰に手を当て溜息を吐くと、オーリムとプロムスはギョッとしていた。何故だ。


「フィア、護身術なんて出来たのか?」


「ええ。リム様には嫌なお話だと思うけれど、側妃として王城へ行くか、資産家の高位貴族の後妻あたりになる予定だったから、自分の身は自分で護らなくてはいけないと思って、習っておいたの」


「フィアの身は俺と王が護るから、もう心配しなくていい」


「ふふ、わかっているわ」


 案の定ムッとしてしまったオーリムの頬を手のひらで挟み、ぐりぐりする。されるがまま赤くなるのだから、オーリムは今日も可愛い。


「セイドで覗いていた王様は知っていると思っていたのだけれど、リム様には教えていなかったのねぇ」


「プピー」


「なんで黙ってたっ⁉︎」


 そう言って二人で喧嘩を始めてしまったので、まだポカンとしているプロムスに視線を向ける。


「ソフィアリア様、本当になんでも出来るんですね」


「先生に恵まれていたから、色々学ばせていただいたわ。護身術でよければ、勝負してみる?」


「勝ったら王鳥様とリムがうるさいし、負けたら私が情けないしで、どうあっても損しかしないやつじゃないですか」


 そう言って普通にくすくすと笑い合っていた。こういう関係になってしまったのは誤算だが、仲良くなるのは悪い事ではない。


 ソフィアリアは笑いを抑え、プロムスの胸に縋り付いて周りを見ないよう、ギュッと目をつぶっているアミーに視線を向けた。

 たまに目を開けてチラリと景色を見るのだが、すぐにギュッと目を閉じている。


 怖いのは仕方ないのだが、その視線の先がどうも気になってしまった。もしかしたらずっと、こんな感じだったのだろうか?

 なら、改善の余地があるかもしれないと、お節介を焼きたくなってしまう。


「ふふ。ダメよ、アミー? キャル様がアミーに見せたいのは、下ではないわ」


「キャルが見せたいもの……?」


 おずおずとこちらを見てくれたから、慈愛の笑みを浮かべながら大きく(うなず)くと、ソフィアリアも前を向く。


「キャル様がアミーを背中に乗せたがるのは、自力で空を飛べないアミーにも教えてあげたいのよ。空から見える世界はとても綺麗で、風はこんなにも気持ちいいものなんだよって」


「教えたい、ですか?」


「ええ。そして出来れば共感したいのではないかしら? 自分が好きなものを、好きな人も好きだと思ってくれたら、とても幸せだもの」


「ピ!」


「ふふ、よかったですわ」


 上機嫌なキャルの声音は、きっと正解という事だろう。仮説だったが、合っていたらしい。


「大鳥様が空を飛ぶ時に見ているのは、下ではなくて前よ。だからアミーもそこを見てあげてね?」


「前……」


「下に注意を向けなくても、キャル様もプロムスも絶対にアミーを落とさないから、気にしなくてもいいの。遮るものが何もない空から眺める景色は、本当に綺麗よ!」


 どこまでも続く空と何が現れるかわからない未曾有の大地。そこを突っ切る楽しさは、ソフィアリアだってお墨付きだ。

 風を感じるとなお素晴らしいが、それはソフィアリアのように、景色だけでは物足りなくなってきてからでもいい。


 焦る事はない。生きている限り、大鳥はずっと寄り添ってくれるのだから、いつだって乗せてもらえるのだ。


 ソフィアリアの言葉で何か決心がついたようで、アミーは身じろぎし、まっすぐ前を見る。


 今は広大な森の上に居て、昇りたての太陽に照らされた澄んだ空と瑞々しく輝く樹々のコントラストが目に優しい。

 昨日までの重苦しい真実が浄化されるような錯覚を覚えるほど、空から見る世界は美しかった。


「……キャルは、いつもこんな景色を見ていたの?」


「ピィ!」


「私にも、見せたかったの?」


「ピーピ!」


「そう。……綺麗ね」


 そう言って楽しそうに目を細めたから、キャルは嬉しそうに鳴いている。

 きっともう大丈夫。空を飛ぶ事が怖いと思うより、楽しいと思う気持ちが先立つ日はそう遠くない。


 そんな未来を予感して、ソフィアリアはニコニコと笑みが溢れたのだった。


「……ソフィアリア様。やっぱ私と護身術で勝負しません?」


「うふふ、お手柔らかにね?」


「誰が許可するかっ⁉︎」


「ビー」


 アミーを上手く誘導し、飛ぶ事への恐怖心を克服させたソフィアリアに、プロムスは嫉妬心をあらわにする。なんとなく、溝ができたような気がした。

 まあ、アミーの為だから仕方ない。そう思うソフィアリアだった。



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