表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
299/427

恋愛小説のヒロイン 7



「彼女の身柄を一時的にこちらに引き渡してもらったが、返すとなると、体裁を保つ為に極刑かな?」


「そうですね。大鳥様に恐怖心を抱いた陛下は、大鳥様の関係者に目をつけられた彼女を庇うとは思えません。こうなってしまっては、仕方ないのでしょうね」


 王族二人の極端な見解に、プロムスはギョッと目を剥いている。


「おいおい、このまま見殺しにするってのか?」


「そうは言ってもな。今生かしておいても、彼女は一生除籍させた家の人間から命を狙われる事になり、それこそ地獄を見る羽目になる。今までは陛下と妃殿下の庇護下にあったから無事でいられたが、それがなくなってしまえば、誰も遠慮しない」


「もとに戻してしまえば、むしろその陛下と妃殿下こそが許さないのでは? あの二人、プライドだけは高そうですし」


「プーにそれを言われるのは相当だな」


 くつくつ笑う王鳥はこの重い空気を払拭したいのだろうが、こんな時にプロディージで遊ぼうとしないでほしい。案の定、何か言い返したそうな顔をしているではないか。


「待って、待ちなさいよっ! なんでこのまま見殺しにする方向で話が進んでいるのよっ⁉︎」


 諦めの雰囲気が漂っている中、絶対否を訴えたのはメルローゼだった。

 メルローゼは貴族として育ち、貴族令嬢らしい振る舞いだって当然出来るが、どちらかといえば商会の人間――平民に混じって仕事をしている事が多い。

 なので、平民であり被害者であるミウムに、どうしても同情的にならずにはいられないのだろう。


「すっ、すみませんっ……! でも現実的に、ミウムを救うのは難しいです。自分の意思ではないにしても、既に取り返しのつかない事態を招いてしまっておりますので、わたし達が許しても、周りがミウムを許さないでしょうし」


「私がなんとかするわよっ! ……ねえ、王鳥様」


「なんだ?」


「ミウムの歪みを取り除いて、歪みに当てられていた間の記憶を消す事は出来ませんの?」


 真剣な表情でそう訴えるメルローゼに、王鳥は自身の顎を撫で、ニヤリと笑う。


「出来ぬ事もない」


「でしたらっ!」


「ただし、そんな細かな記憶だけを消す事は出来ぬ。消すとしたら、思い出の全てだ」


 それを聞いて、グッと悲しそうに息を詰めていた。

 だが首を横に振って、決心したかのような強い目を王鳥に向ける。


「それは、身に付いた生活知識や知恵なんかも含まれますの?」


「そこは残しておいてやろう。ただし、消した思い出は二度と取り戻せぬし、思い出をなくす事で人柄も変わるであろうな」


 それを聞いて、さすがのメルローゼも眉をひそめていた。強かった目に迷いが生じてしまっている。


「それは、ここで助けても、また私達の知るミウム様のような方になる可能性もあるという事でしょうか?」


「ああなるかもしれぬし、記憶のない不安から別の非行に走る可能性もある。人間が人格を形成する上で重要なのは生まれ持った素質よりも、記憶と環境だからな」


 アミーの問いの答えを聞いて、助けた意味がなくなる可能性を仄めかされ、一段と空気に重みが増した。

 ここで助けた結果、ミウムが別の被害者を生み出す危険性もあるという事なのだろう。その結果を背負えるか?と、そう問われているのだ。


「なら、私達がミウムを見ていればっ!」


「それは許可せぬ」


「なんでっ⁉︎」


「かつて出会った人物との接触は、多少記憶を刺激するからのぅ。刺激したところで記憶は戻らぬし、余計な苦しみを与える事になるだろうよ」


 だから、助けたところでミウムは遠い場所で放置する事しか許されないのだという。

 ままならない現実に、メルローゼは悔しそうに歯噛みしていた。


「……そこまでして、助ける価値ある訳?」


「ディー⁉︎」


「たとえ更生しても、彼女は記憶のない不安を抱えたまま人生を一からやり直し。非行に走られれば、周りに迷惑がかかり責任だけが僕達にのしかかる。潔く諦めた方が、よほどいいと思うけどね」


 プロディージの意見もまた、正論だ。可哀想だからと情に流された結果を背負えないのなら、全てを諦めるべきであると。


 王鳥の言った通り、なんとも難しい問題になったなと内心頭を抱える。

 それでも文字通り生かすか殺すかを選択し、その結果を背負わなければならない。


 ふと視線を感じて、王鳥を仰ぎ見る。王鳥は真剣な表情で、ソフィアリアの瞳を覗き込んでいた。

 最終決定はソフィアリアが決めろと、という事なのだろう。大鳥が作った世界の歪みによって狂わされた少女の行く末を、ソフィアリアが決め、王鳥が実行し、オーリムに支えられて、三人で背負って生きていく。そう約束をしたのだから。


 ソフィアリアはふっと微笑んだ。


「ねえ、王様。かつてのミウム様は、どんな方でしたか?」


「やめておきたまえ。どうせ消えてしまう過去だ。知っても辛くなるだけだよ」


「では、わたくしにだけお教えくださいませ。たとえどのような結末を迎えようと、大鳥様が関与した事情で人生を狂わされてしまったミウム様の事を、王鳥妃(おうとりひ)であるわたくしだけは、覚えておかなければなりませんから」


 お願いします、と王鳥の目を見て切実に訴える。

 王鳥はニッと優しく笑って、コツリと額を合わせてくれた。


「ああ、そうだな。さすが、余の妃だ。よくわかっておる」


「ありがとうございます。……お願いしますね」


「うむ」


 そう言うと、頭の中に流れてくる光景に驚く。おそらくこれも、王鳥の魔法なのだろう。


 ――どこかの長閑な田舎町。父は酒浸りで、母は生き別れた姉が国母になった事をひけらかすばかりで、ミウムに関心がない。

 ミウムは無料でやっている町の学習塾に入り浸って、そこの先生に殊更よくしてもらい、ますます勉強にのめり込むようになった。

 必死に働きながら勉強を続けて、学習塾が本当の家のように感じていたある日、先生は事故で亡くなってしまう。

 先生のお墓の前に佇み、涙を浮かべながら、先生のような立派な教師になる事を決意していた。


 それからも働きながら勉強して、特待生として学園に合格し、家出のような形で学園へと入学する。

 勉強しながら同じ特待生の友達も出来て――あのお茶会で会った娘だ――、好成績をおさめ続けていた事で、ある日、貴族から目をつけられてしまう。


 必死に逃げて、急いでいたばかりにレイザール殿下とぶつかってしまい、サッと青くなって跪き、頭を下げる。

 笑って許してくれたどころか、追いかけてきた貴族も追い払ってくれて、ミウムはレイザール殿下を尊敬するようになった。


 恋ではない。身分が違い過ぎるし、レイザール殿下にはお似合いの婚約者がいる事を知っている。

 いつか、あの二人が国の頂点に並び立つ日を夢見て――そこで、光景が途切れた。


 王鳥と額を離すと、ふっと笑って、目元を拭ってくれる。そうされた事でソフィアリアははじめて、自分が泣いている事に気が付いた。


「……ありが、とうござっ……」


「よい。……すまぬな」


「いいえ……っ!」


 腕と羽根の中に囲われて、声を殺して泣く事しか出来なかった。


 だって、これから消えてしまうミウムは身勝手な振る舞いで『ラズ様』を追いかける夢見がちな女の子なんかではなくて、不遇な境遇にも負けず、懸命に教師を目指しただけの、素敵な女の子だったのだから。

 こんな形で夢を奪われ、大好きだった先生との思い出まで奪われるのだ。理不尽でやるせない。泣けないミウムの代わりに、ソフィアリアが悲しむべきなのだろう。


 短い間で涙を流せるだけ流し、決意を新たに顔を上げる。


 頰に触れた手から発せられる王鳥の魔法によって、涙の跡は綺麗になくなったようだ。その事にお礼を言うと、人目を阻むような王鳥の抱擁と羽が退けられ、まっすぐ前を向いた。


「助けましょう」


「いいのかい?」


「大鳥様に関する事ですもの。わたくしは人間ではなく、彼等に寄り添う王鳥妃(おうとりひ)です。彼等の罪はわたくし達三人が背負い、出来る限り(すす)がなければなりません」


「お義姉様……」


 心配そうな目で見つめてくれるメルローゼに柔らかく笑いかけ、首を横に振る。

 メルローゼの願いを汲んだわけではない。だからどんな結末だろうと、メルローゼが背負う必要はないのだ。それはソフィアリア達三人のものなのだから。


 その様子を見て、プロディージは深く溜息を吐いた。


「あっそ。じゃあ勝手にやって。僕達は知らないから」


「ありがとう、ロディ」


 意思を汲んで、わざと突き放すような事を言ってくれて。


 そういう意味を含めて微笑むと、馬鹿らしいと言うように、ふいっと顔を背けられた。口や態度とは裏腹に、その耳はほんのり染まっていたけれど。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ