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恋愛小説のヒロイン 6


「なっ、なんなの、あんた達。人の心がないのっ⁉︎」


「自分の幸せの為に姉上の犠牲を当然だと思ってるあんたなんかに、人の心を説かれる(いわ)れはないから」


 ふんっと鼻で笑うプロディージを、ソフィアリアは珍しいと思ってじっと見てしまった。ソフィアリアの為に怒る姿なんて、人生初ではないだろうか。


 プロディージだってその視線に気付いて、バツの悪そうに顔を背けたのだから、きっとそうなのだろう。


「なっ⁉︎」


「もういいわ、ミウム。あなたの物語のお話は、それで充分よ」


 今までずっと聞き役に徹していたマヤリス王女の凛とした声に、ピンと空気が張り詰める。

 ミウムはマヤリス王女から視線を外せないのか、狼狽えながら向かい合っていた。


「――単刀直入に聞くわ。あなた、どこから来たのかしら?」


「……えっ?」


「あなたのその風変わりな言葉遣い、身分制度を理解していないかのような勝手気ままな振る舞い、とてもこの学園に在学出来るとは――いいえ、この国の人間だとは思えないもの」


 マヤリス王女の推理に、この場にいる全員が目を見開く。たまに理解出来ない言葉を使うが、一応コンバラリヤ語で話しているし、その可能性は考えていなかったのだ。


「その女は、どこかの国から送られてきた工作員の可能性があると、そういう事ですか?」


「……はい」


 プロムスの言葉に少し言い淀んでいたのが気になったが、マヤリス王女はそう判断したらしい。


「いっ、いやいやいやっ、工作員とか全然違うしっ⁉︎」


「その否定はかえって怪しく見えるよ。君が他国からの回し者で、国を内部から混乱させる任を負っているのなら、相当な手練れだね」


 それはそうだと(うなず)く。学園内で十人近く、うち第二王子を含めた王侯貴族の子弟を次々と廃嫡させ、陛下と妃殿下の懐に潜り込んで寵愛を得る。

 ビドゥア聖島という閉じた国の情報まで収集し、多少間違いはあるものの、王鳥含む上層部の情報まで得ているのだ。

 それをペラペラ人に話すのはどうかと思うが、個人にしろ組織にしろ、恐ろしいほどの実力者だと思った。


 だがミウムは乱暴に首を振るばかり。


「違うったら! あたしはただ、現実と恋愛小説の世界を行き来してるだけだからっ⁉︎」


「現実?」


「恋愛小説の世界?」


 思わぬ言い分に、アミーと二人で同時に首を傾げる。マヤリス王女が何故か顔色をなくしているのが気になるが、ますます変な話になりそうだ。


 ミウムは弁明を続ける。


「あたしは本当はミウムじゃなくて、『泡沫(うたかた)みう』って名前の日本人で、ただの女子高生なのっ! そもそも、この世界の人間じゃないんだってばっ!」


「何言ってんのか全っ然わからないんだけど、この世界の人間じゃないって、どういう事よ?」


「どういう事よはこっちの台詞だから、メルローゼ!」


 思わぬ容疑をかけられて相当焦っているのか、涙目になりながらメルローゼを睨む。

 そして唇を尖らせながら、ミウムはあらましを語った。


「なんかここ一年半くらい、夜眠るとあたしの居る世界が入れ替わるんだよね。こっちの世界で夜寝ると、あっちの世界の朝に起きるし、あっちの世界で夜寝ると、こっちの世界の朝に起きるし」


「夢でも見てるのではないかね?」


「なら、この世界は夢の世界ってこ…………」


 話の途中で、ミウムはカクンと意識を失う。


 何事かと目を白黒させていると、隣に立つオーリムが歩きながら姿を変え、見慣れた代行人のオーリムの姿に戻ると、ソファにクタリと身を預けているミウムの額に人差し指を当てていた。


 しばらくそうして、はぁーと深く溜息を吐く。


「なるほどな? これは、余でも見つけられなんだ」


「王様? 一体何が起こっているんですの?」


「この娘、世界の歪みに当てられておる」


 さらっと言われた衝撃の事実に、思わず目を見開く。


「その娘が、この国で王鳥様が見つけられなかったという世界の歪みの正体だったのですか?」


「違うぞ、ラス。この娘は元凶ではなく、どこかで元凶に触れて、意識が錯乱してしもうたのだ」


「は? じゃあ被害者な訳?」


 思わぬ事実に、この場の空気が凍りついた。

 だが言われてみれば、お茶会で話は聞いていたではないか。


「ミウム様は、元々優秀な子だったのに、ある時から急に人が変わってしまったのだとお聞きしました。人が変わってしまわれたのは……こういう不思議な事を口にするようになってしまわれたのは、世界の歪みのせいなのですか?」


「左様」


 それは、あんまりな事実ではないかと一気に空気が重くなる。


 侯爵位の大鳥の死亡によってもたらされた世界の歪みが、優秀な一人の女の子を根本から狂わせて、女の子に狂わされるがまま、大勢の令息の人生までも狂わせてしまった。


 だが、そう言われると納得出来るものが数多くある。ミウムの周辺は、どこかおかしい事だらけだったのだから。


「じゃあ、ミウムみたいなのが何故かモテモテだったのも、そのせいなんですの?」


「ミウムの歪みに当てられた結果だな」


「まさかとは思うが、この国の陛下と妃殿下が彼女に甘いのも、そのせいだったりするのかい?」


「当然であろう? ただの親戚を、実の息子より優先する理由は他にあるまいて」


 このサロンにいる全員が、思わず深く溜息を吐く。ただでさえミウムの話は心をひどく疲弊させたのに、その末に見つけた事実が重過ぎて、心がなかなか追いついてこない。


「……で? その女をおかしくさせた元凶ってなんなんです? そもそも王鳥様は、人が狂う事実すら、今まで知らなかったのですか?」


 腕を組んで刺々しく王鳥を責め立てたプロディージは、相当怒っているらしい。


 王鳥は言っていた。この国に歪みがあるのはわかっていたが、それが何かはわからないから、今まで放置していたのだと。

 その結果がこれだ。大鳥によって人間が狂うのを見逃していたのは職務怠慢だと、そう思っているのだろう。プロディージは為すべき責務を果たさない事を、ひどく嫌うのだから。


 そんなプロディージに、王鳥は冷笑を向ける。


「人が狂う事には気付いておったよ」


「なら」


「人が狂い、国が滅びる。それが世界に悪影響を及ぼすと思うておるのなら、人間は思い上がりが過ぎるな」


 ピシャリと言われた言葉と共に威圧を返されて、プロディージは肩を震わせる。

 けれど、負けず嫌いのプロディージは顔色を悪くしながらも、必死に堪えていた。


 そんなプロディージにニッと冷酷な笑みを向け、王鳥はなおも言い募る。


「そもそも余が護っておるのは人間という小さき生物の平和なんかではなく、大鳥の安寧であり、ビドゥア聖島という国ぞ。何故余が他所ごとにまで手を貸さねばならぬ?」


「ですが、この事態を引き起こしたのは大鳥様です。その始末を上の存在である王鳥様がつけるのは、当然なのでは?」


「なるほどな? まあ、プーがそう言うのなら、それも良いのであろう。人と国が世界の歪みによって狂わされる前に、無慈悲にも国ごと全部吹き飛ばしておけと、そう言うのならばな」


 くつくつと馬鹿にしたように笑う王鳥の主張に、プロディージは目を見張る。


「余は言うたぞ? 元凶がわからぬと。それは今も変わらずだし、その状態で始末をつけろと言うのであれば、余は歪みの生じておる一帯ごと消し飛ばして、強引に解決する手段しか取れぬ」


「それは」


「プーが言うたのだ。自分の発言くらい自分で責任を持て」


 それ以上は受け付けないと態度で示され、プロディージはグッと息を詰めた。

 短く逡巡した後、座ったまま深々と頭を下げる。


「……浅慮な発言でした。自らの過ちを悔い改め、撤回致します。申し訳ございませんでした」


「別に浅慮ではなかろうよ。それも有用な手段の一つだと思う程度には、認めておる」


「王様、後悔する人間を必要以上に責め立てる姿は、王様であっても見苦しさが勝りますわよ」


 いつまでも終わりそうになかったので、溜息と共にその言葉を言い放つと、王鳥は仕方ないとばかりに肩を竦めて押し黙った。


 ろくに説明もしないまま上から無理矢理押さえ込んで人を矯正しようとするのは、王鳥の悪い癖だ。自分がどう思われるのかすら気にしないのだから、余計にタチが悪い。

 プロディージは案外話せばわかるのだから、そこまでしなくてもいいのだ。王鳥にとっても義弟なのだから、もう少し信用してあげてほしい。


 まあ、プロディージの王鳥にすら発揮する負けず嫌いが、よほど面白いだけかもしれないけれど。


「決着はついたかい? なら、私も言わせてもらうよ。結局王は彼女が世界の歪みに当てられている事までは掴めて、元凶はわからないままなのだね?」


「元凶はそうだが、歪みに当てて人をおかしくする方法は、この娘のおかげで判明したぞ」


「人をおかしくする方法、ですか。なら、それを予防すれば、被害を抑えられるかもしれませんね」


 ラトゥスがどこかほっとしたように言った言葉は、ソフィアリア達にとっても希望に思えた。一歩前進、というところだろうか。


 だが王鳥は、溜息を吐いた。


「予防出来ればよいのだがな」


「ん? 難しいのですか?」


「人間でも余でも、ちと難しいのだ、ロム。なんたってその方法は、夢を媒介とした洗脳なのだからな」


 またややこしい話になってきて、シーンと沈黙が流れた。夢を媒介にした洗脳なんて、どうやって防げというのか。


「……ミウム様は夜眠ると、自分の居る世界が変わると仰っておりましたよね。その変わったという夢の世界で、洗脳を受けていたという事ですか?」


「うむ、よく出来たな、アミー。褒めて遣わす。これの言い分を聞くのであれば、夢の中で現実世界を模し、都合良く改変された物語でも見せられておったようだな」


 王鳥の言葉に、何か物言いたげにしているマヤリス王女が視界に入り、何かあるのかと視線を向けたが、こちらに気付かないまま、結局何も言わず王鳥をじっと見ていた。

 少し引っ掛かりを覚えたが、それどころではないので、今は話に集中する。


「じゃあ私達の事を中途半端に知っていたのは?」


「歪みによって知識だけが流れ込んできたのであろうな。まあ歪んだ知識を夢というあやふやなものを介して与えられたせいで、正確性に欠ける荒唐無稽なものとなったみたいだが」


 そう言われると、ミウムが誰も知らないはずの事まで知っていた理由に納得する。

 言っている事が無茶苦茶なのに妙に訳知り顔だったのも、そのせいなのだろう。


「……何故ミウム様だったのでしょうね」


 ミウムを見て、今まで散々心の中で罵っていた自分に嫌気がさす。

 たしかに嫌な思いはさせられたが、それは本来の彼女の意思ではなく、歪みに当てられたが(ゆえ)。被害者だったのだから。

 それを前もって知る術はなかったとしても、ソフィアリアの行いはなくならない。ミウムの言っていた通り、最低最悪な人間だ。


 それに、これからの事を思うと胸が苦しくなる。洗脳されていたとはいえ、現実でミウムがやってきた事だって、今更変えられないのだから。


 王鳥はソフィアリアの側に寄ってくると、肘掛けに腰を下ろし、慰めるように頭を撫でてくれた。本来の王鳥も、ソフィアリアを片翼で包んでくれる。


「あの娘の記憶を探ってみたが、本当に突然で、余にも原因はわからなんだ。それに、余は夢の中までは覗けぬ」


「王鳥様でも、夢は覗けないのですか?」


 神様なのに、と言いたげなプロディージに苦笑を返し、(うなず)く。


「そもそも余は、人が見る夢というものに理解がないからな」


「夢に理解がない?」


「大鳥はな、夢なんて見ぬのだよ、ラス。夢とは人にとって、記憶の整理だったか? 細かな所は知らぬが、何故現実で見ておらぬ事を、それも寝ている間に見られるのか、余には理解出来ぬ」


「ああ。ですから、ずっと何が起こっているのかわからなかったのですね」


 王鳥は人が突然狂うのは知っていたが、原因はわからないと言っていた。

 その原因は王鳥にとっては理解出来ない現象である夢のせいだと気付かなかったから、ある日突然人が豹変するように見えたのだろう。

 その様子に困惑し、結局放置するしかなかった。それによって人が狂い、国がゆっくり破滅の道を辿ろうとも。


 今になってわかったのは、歪みに当てられたミウムが夢と現実を行き来していると口を滑らせたからだ。

 方法はわかっても、そもそも何故人を洗脳する夢を見るのか、わからないままだけれど。


 なんだか今回も、やるせない事件になりそうだ。


「で、だ。そなたらには決めてもらわねばならぬ事がある」


「ははっ、ものすごく嫌な予感がするのだけれど、なんだい?」


「その娘の処遇だ」


 ですよね、と重苦しい溜息が出る。なかなか難しい問題だ。


「……王鳥様は、どこまで出来るのですか?」


 腕を組んで難しい顔をしたプロディージが、まずは口を開いた。


「歪みを取り除いて正気を取り戻す事は出来る。この娘の歪みを取り除けば、この娘に当てられたこの国の王や男共も、正気を取り戻すであろうな」


「それ、すっごく危なくないですか? 怒りの矛先は絶対彼女に向かうでしょう?」


「それに、もし覚えていれば、ミウム様だって途方もない罪悪感に晒されるはずです」


 プロムスとアミーまで、彼女の行く末を案じて気を沈ませてしまった。彼女も被害者なのだが、平民だ。許されるとは到底思えない。


「だから、余だけでは決められぬのだよ」


 王鳥も珍しく困ったように、深く溜息を吐いていた。



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