恋愛小説のヒロイン 4
「あたしの物語って、あなた頭でもおかしいのっ⁉︎」
「うわ出た、ヒス担当メルローゼ。こっちは設定通りじゃん。かなぎり声ウザ〜」
「なんですってっ⁉︎」
突っかかっていきそうなメルローゼをプロディージが宥め、腕を引いて静止している。相手にするなという事だろう。
隠し事を暴くのが得意なプロディージなら何か見つけたのではないかと思って視線を向けたが、存在を拒絶しているかの如く眉根を寄せているだけだった。
まあ、見つけたら真っ先にミウムを潰そうと口を開くだろう。それをしないという事は見つからないか、そもそも隠し事なんかしておらず、本当の事しか言っていないという事だ。
ソフィアリアの予想では、彼女は既に正気を失っていて、現実と空想の分別がつかなくなってしまったのではないかと考えている。それにしては、誰も知らないはずのことを知っていたりするので、不可解ではあるが。
さて、困った事になったなと頭を悩ませていると。
「ミウム。あなたの言う『鈴蘭学園の恋学』とはどんな物語なのか、答えなさい」
「正気かい?」
「はい。それを知らないと、何も話を進められないと思うのです」
マヤリス王女は真っ正面から向かい合う事にしたらしい。正直嫌な予感しかしないし、全く気が進まないのだが、案外何か見つかるかもしれないと気持ちを切り替える事にした。
これは、長い夜になりそうだ。
マヤリス王女の言葉を聞いて、ミウムはキラリと目を光らせた。話したそうにウズウズしている。
「……わかった。仕方ないから聞く事にするよ」
「登場人物に聞かせるのは有りなのか微妙なとこだけど、仕方ないから教えてあげる! 対価はラズ様をあたしに返す事ねっ‼︎」
それには誰も返事をしていないのだが、よほど話せるのが嬉しいのか、ミウムは気が付いていなかった。
「『鈴蘭学園の恋学』略して『鈴恋』は、ヒロインは共通してミウムなんだけど、ヒーローは一巻ごとに変わるっていう、変わった形式の恋愛小説だったんだ〜」
「そんなにたくさん出ていたの?」
「うん! 一部あたり五巻で、それが三部まで出ているロングセラーだよ! 累計百万部とか帯に書いてあったかなぁ〜?」
ニコニコしながら人差し指を立てて遊ばせるミウムは、どこか誇らしげに言っていた。彼女の創作だと思っているので、随分盛ったなと思うだけだが。
「なにそれ? ミウムが十五人も男を乗り換える話って訳?」
「あたし、ヒーローの中でプロディージだけはほんと無理。今時モラハラツンデレ男とか流行んないって」
鼻で笑ったプロディージにミウムが言い返した言葉は、何を言っているのか全くわからないが、多分物凄い悪口なのだろう。
「僕もあんたなんか記憶に残したくないくらい嫌いだから、嬉しいだけだね」
ミウムに嫌いと言われて、逆にプロディージは心底嬉しそうにしていた。
メルローゼを知っているくらいだからわかっていた事だが、やはりミウムはプロディージも知っているらしい。
「んで、舞台はずっと王立学園なんだけど、一部ごとに登場人物が変わって、一冊ごとに恋人役が違うの! あっ、でもそれぞれ別の世界線の話で、ミウムは超一途設定だから! ビッチヒロインとか誰得だし」
言葉の理解が難しいが、一途なら何故ヒロインはずっとミウムなのかと首を傾げつつ、今は聞き役に徹する。
「で、今のあたしは二部まで無事遂行済みってわけ! まあ二部のレイザールとは何故か接触しないまま、物語は終わっちゃったんだけどさ〜」
「もしかして今まで、その物語をなぞって行動してきたってのか?」
「そだよ〜。まあ途中で気に入ったモブも何人か遊んだけど、やっぱりモブだからかすぐ退場しちゃうんだよね〜」
プロムスの質問に残念と溜息を吐いてるが、ミウムと恋に落ち、身を滅ぼした令息が十人以上居たはずだ。彼女には人の人生を狂わせた自覚がないのだろうかと、思わず眉根を寄せる。
「で、物語はいよいよ三部へ! 二部のヴィリックの話が痛快劇で大好評だったから、三部は全員ヴィリックのシナリオをなぞった、意に沿わぬ婚約者を持つイケメン留学生を、ミウムの真実の愛で救うお話なんだよ!」
「まさかそれが私達なんて言わないよね?」
「言わない訳ないじゃん?」
ミウムだけがきょとんとしていたが、この場にいる全員が冷たい目と沈黙を、ミウムに投げかけるばかりだった。
ここにいる男性陣五人とも、意に沿わないどころかパートナーを深く愛していて、女性陣も同じだけの愛情を返している。ミウムの存在なんて不要でしかない。
「……三部はどんな話か聞いてもいいかしら?」
「フィア?」
「わたくし達の事をどれだけ把握しているのか、興味があるの」
あと、ミウムがそんな男性陣をどんな風に振り向かせられたのかという好奇心も、少なからずある。
どのみち、これだけ興奮しきっているミウムなら話したいだろう。案の定、ミウムはキラリと目を輝かせた。
「じゃあ順番に話してあげるね! あたしの嫌いなプロディージの話なんだけど、高圧的で我儘で贅沢三昧な婚約者メルローゼの存在にウンザリしていたプロディージは、そんな婚約者から逃げたくて、この国に留学してくるんだよ」
ミウムは楽しそうに語っているが、プロディージはソフィアリアを見る時でもここまでじゃないと思うような蔑んだ目を向けていて、メルローゼをよりギュッと引き寄せている。
そうしなければ眉を吊り上げているメルローゼだって、今頃怒鳴り散らしていただろう。
「んで、婚約者のせいで暴言吐きになり、学園で孤立したプロディージは、唯一優しくしてくれたミウムと不器用な交流を重ねて恋に落ちて、突然やってきたメルローゼを蹴散らして、この国でミウムとケーキ屋さんを開くんだよ!」
「ないわー」
「うん、あたしも優しいミウムに暴言吐いて、結局謝罪もなしだからこの話嫌い。ぶっちぎりで不人気で、ちょっとざまあって思ったし」
ぷぷぷと馬鹿にしたように笑うが、そのプロディージはプロディージらしくないので、同名の別人としか思えないなと思った。
とはいえ似通っているところもあり、同じ名前が使われているだけあって、絶妙な不快感を伴う。詳細を聞いたのは失敗だったかもしれないと、早くも後悔し始めた。
「二巻はプロムス!」
「げっ、オレもあんのかよ」
「顔がいい故に暗いメンヘラ幼馴染からのストーカー行為にウンザリしていたプロムスは、明るいミウムと親友のような関係を築き、やがて恋に発展するんっ⁉︎ ひぃっ⁉︎」
ガキンと、ミウムに投げられた大剣が直前で弾かれる。ナイフじゃなくて大剣なのが容赦ないなと苦笑しつつ、隣を見ると、アミーは険しい顔をしているキャルを落ち着かせるように、羽根をポンポンしていた。多分、キャルをその場に食い止めているのは王鳥だろう。
「おっとわりぃ。せっかく首狙ったのに、狩り損なったわ」
「リム。女性の前で殺傷行為は、あまり感心しないよ」
「そうだな。んじゃ、あとでな」
仄暗く殺気のこもったプロムスの笑みは、まあ仕方ないかと見逃す事にした。
プロムスに至っては顔がいい以外に共通点がないし、完全に他人事として聞ける。ミウムが放ったアミーに対してだろう暴言の一部は知らない言葉だが、聞く必要はない事くらいわかった。
「なっ、なななななっ⁉︎」
「ほら、時間の無駄だから、さっさと話したまえ」
「プロムスのせいじゃんっ⁉︎ もういい、プロディージの次に嫌いになってやるんだからっ!」
いーっと子供のように歯を剥き出しにするミウムに対して、プロムスは無表情で返していた。なかなか怖い。
「まあいいや、次はラス様ね! ラズ様がくるまで、あたしの推しはあなただったんだから!」
「迷惑だ」
「前二人の強火ざまぁがちょっと読者に引かれてたっぽくて、テコ入れだったのか、ラス様の話はほのぼの路線だったよ!」
どれだけ飾っても略奪恋愛なんだから、ほのぼのも何もないだろうと呆れつつ、ずっと気になっているのだが、もう少しまともな話し方をしてくれないだろうかと思ってしまう。
わからない単語の意味を尋ねてもろくな答えが返ってこないだろうから無視をしているが、いい加減頭痛がしてくる。
「国から押し付けられた子供のクラーラとの婚約に困惑していたラス様は、留学先で出会った優秀なミウムと、普通の恋をするんだよ!」
「なるほど。相手が子供だからと王命を蔑ろにするのか。君の中の僕は最低だな」
「まともな相手と恋に落ちちゃったんだから、仕方なくない?」
クラーラがまともではないみたいな言い方に、プロディージのイライラが限界を超えそうになっているが、それに気付いたメルローゼが静かに慰めていた。多分年齢的な意味だと思うから、まともに取り合わなくていいと思う。
それより、クラーラの事まで知っている方が問題だ。
「で、二人で国に帰って、クラーラとの婚約を破棄をしにいくんだけど、子供だから泣いちゃうんだよね」
「色恋沙汰なんかで王命を破棄しようとしている僕の浅はかさに泣きたくなるな」
「泣いちゃったクラーラを二人で慰めるように一緒に過ごすうちに、クラーラは優しいミウムが大好きになって、トー様とカー様はお似合いって笑って、二人の娘ポジションに落ち着くんだ〜。クラーラは悪役令嬢の中で唯一可愛かったと思う!」
名前からかすりもしていないが、カー様とはミウムの事なのだろうか? トー様は名前をもじっただけで、お父さんという意味ではないのだが。
それにしても、身勝手に婚約破棄されただけでなく、恋の邪魔にならない程度に側に留め置かれるのか。下手な処分よりずっと酷いなと思ってしまう。
ラトゥスは脳が理解を拒絶したのか、明後日の方向をぼんやり眺めていた。
「で、フィー様なんだけどね!」
「君にその呼び名を許すつもりはないよ。名前を呼ばれる事すら不愉快だから、特別に殿下だけで許そう」
「なんで?」
「王」
「いっ⁉︎」
ミウムは椅子に腰を固定されたまま、両腕を抱えて呻いている。魔法で強く締め付けられでもしているのだろうか。
惨事を予感したキャルはアミーの視界を遮るようにそっと羽を持ち上げ、プロディージはメルローゼの肩を抱き寄せて、ミウムの方に顔が向かないようにしている。
オーリムもソフィアリアの前に立ちはだかってくれたが、残念ながら心配されるような繊細さは持ち合わせていないので、くいっと腕引いて、元の場所に戻るよう促す。
オーリムからは心配そうな表情を向けられたが、首を横に振って笑みを浮かべると、渋々戻ってくれた。
「返事は?」
「わっ、わかったってば……。まったく、相変わらず腹黒王子なんだから」
「相変わらずと言われるほど君と交流してないし、今夜限りの縁だけどね」
「え〜……。まああたしのタイプじゃないし、別にいいけど。殿下はなんていうか、ヴィリックの焼き直しで手抜きっぽかったんだよね。メソメソウザいマヤリス王女がとにかく嫌いで、正反対の前向きで凛としたミウムに惹かれていって、最後は婚約破棄と新たな婚約宣言って感じで」
「ははっ。誰だい、それは?」
先程から少し気になっていたのだが、相手によってミウムの性格が違うようだ。そしてそのどれも、実物のミウムからは乖離している。
まあ登場人物全員がそんな感じなので、今更だけれど。
「ビジュは王道王子って感じで、顔面つよつよだったからわりと人気キャラだったんだけど、シナリオの評価は散々だったっぽい。なんか作者も飽きたらしくて、そこで鈴恋自体打ち切りになったの」
残念と肩を落とす彼女の言葉は相変わらず解読不能だが、おや?と首を傾げた。
四人で打ち切りになったのなら、ミウムのいうラズは出てこない。ラズが出るまでラトゥスがお気に入りと言っていたし、少なくともラトゥスより後に出たはずだ。
不思議に思っていると、その真相はすぐに知れた。
「で、突然の打ち切りから二年くらい経って、だいぶ人気も風化してきた頃に、突然作者様が一冊の同人誌を出されたの! それが幻の三部の最終巻、あたしのラズ様のお話なんだよ!」
「その名で呼ぶな」
「あんたはカンケーないじゃん? てか、推しの名前呼べないとか、絶対嫌だし」
オーリムとミウムの間で激しい火花が散る。ソフィアリアだって心がピリピリするのでやめてほしいところだが、多分やめないだろうなと諦めの溜息を吐いた。




