表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
295/427

恋愛小説のヒロイン 3



「二人とも、本当に部屋に戻っていなくてもいいの?」


 今から始まる事に一緒に参加すると言って聞かないメルローゼとアミーを、ソフィアリアは心配してしまう。


 過保護だと感じたのか、メルローゼはムッと頬を膨らませていた。


「お義姉様ったら気にし過ぎ! さっきはビックリしちゃっただけなんだから、最初から覚悟を決めていれば大丈夫よ!」


「ただでさえ足を引っ張っているのに、私だけ除け者なんて嫌です。大人しくキャルの羽の中に身を潜めていますから、お供させてください」


「ピーピエ!」


 アミーはすっかりいつものように、キャルに囲われている。大屋敷を出てからずっと、こうやって側から離れようとしないなと思った。アミーもされるがままだ。

 大屋敷でのアミーは、いつもキャルに対して素っ気ない感じだったが、実は家ではこうだったのだろうか? それはそれで可愛い。


「ビ」


「王様?」


 見上げた王鳥はソフィアリアの頭頂部を優しくツンツン突いて戯れているようにも見えるが、声音が不機嫌そうなので、過保護が過ぎるとお怒りなのだろう。


 ソフィアリアも自覚はあるので、ふっと笑みを浮かべて(うなず)いた。どのみち、二人がここまで覚悟を決めた事を、これ以上跳ね除けるつもりはない。


「わかったわ。でも気分が悪くなったら、遠慮なく退室するのよ?」


「もちろんよ!」


「かしこまりました」


 それだけは充分言い聞かせてから、二人と大鳥二羽を引き連れて、一人座っているプロディージのところに戻る。

 こちらに気付き、盛大に溜息を吐いた。


「説得は無理だったって訳ね。さすが姉上、甘っちょろくて役に立たない」


「本当よね」


「ちょっと、ディー!」


「まあいいや、ローゼはこっち」


 そう言ってプロディージの隣をトントン叩くので、メルローゼはジトリと睨みながらも、大人しく言うことを聞いて隣に座る。

 するとグイッと引き寄せられて、ピッタリと寄り添う形になっていた。


 当然、メルローゼは真っ赤だ。


「ちょっ⁉︎」


「いいから、そこでじっとしてて。存在全てが不快な女と対峙しなければならない僕の為に、清涼剤になってよ」


「〜〜っ⁉︎ しっ、しょうがないわねっ‼︎」


 そう言いつつ嬉しそうな顔を顔をしているのだから、ソフィアリアも目の保養になるなと癒されていた。


「ん、ありがとう。あと姉上は視線がうるさいから、こっちを見ないで」


「あら?」


 ソフィアリアの癒しになるのはダメらしい。色々と残念である。

 まあ、そう言うなら仕方ない。そちらにばかり気を取られる訳にもいかないので、潔く諦める事にする。


 ソフィアリアは王鳥に呼ばれるがままに、その前に置いてある一人用ソファに腰掛けた。少し離れた隣には、アミーが同じようにキャルに護られている。


 ほどなくして、屋敷から出ていた残りの五人は、このサロンに戻ってきた。


「やあ、お待たせ」


 一番最初に顔を見せたのはフィーギス殿下だ。アミーとメルローゼの存在を認め、困ったように笑うが、何も言わずに一番いい場所に腰掛ける。


「結局、メルちゃんも参加されるのですね?」


「アミーもいいのか?」


 ソフィアリアと同じくらい心配そうな顔をしているマヤリス王女とラトゥスに、二人は笑みを浮かべて(うなず)いた。


 程なくして、オーリムが見張り、プロムスに引き摺られるようにして連れてこられた人物がいた。彼女はずっと何かを叫んでいる。

 だが、部屋の中にいる王鳥を見ると、ぱあっと可愛らしい笑みを浮かべた。


「王鳥じゃん! て事は、やっぱラズ様はいるんだ!」


 弾んだミウムの声は、ソフィアリアにとって不愉快極まりないものだった。





            *





 少し確かめたい事があるからミウムをここに連れてこいと言ったのは、他でもない王鳥だ。


 王鳥の魔法によって椅子に腰を固定されているミウムは、キッとこちらを――ソフィアリアを睨んでくる。

 何故ソフィアリアを睨むのかは不明だが、王鳥が聞きたい事はなんでも聞けばいいと言ったので、お望み通り真っ先に口を開いた。


「あなたにとってのラズ様とは、誰の事なのかしら?」


「ラズ様はラズ様だって! 神に選ばれた代行人で、世界一偉くてお金持ちで、夜空色の髪と神秘的な瞳がすっごくカッコいい、あたしの推し!」


 そううっとりと語っているが、微妙に食い違うところとよくわからない単語があって、扇子を広げて淡く笑みを浮かべたまま、首を傾げる。


「推しって?」


「推しは推しじゃん! 好きな人ってか応援してる人? 存在するだけで尊みが溢れて、自分も生きていく希望が湧くような素晴らしい存在!」


 興奮気味に教えてくれたが、耳が滑って理解が難しい。困惑しているマヤリス王女以外の全員が首を傾げているし、オーリムなんかは嫌悪感を隠そうともしていない。


「昼間も聞いたが、何故君はラズを知っている?」


 理解を諦めて遠い目をしたラトゥスに、ミウムはパッと明るく笑った。非常に嫌な予感がする。


「だってあたし、『鈴蘭学園の恋学』、略して『鈴恋』の大ファンなんだよっ! もちろん全巻集めてるし、店舗特典や関連グッズだって揃えてるに決まってんじゃん!」


「君が何を言っているか本当にわからない。話を戻すが、何故ラズを知っている?」


「あーもうっ! 『トー様』ってば、意外とせっかちだね!」


 おそらくミウムにとってなんの気無しに呟いた言葉に、全員に動揺が走り、顔を強張らせる。


 ラトゥスの事を『トー様』と呼ぶのは、彼の婚約者のクラーラ……ソフィアリアとプロディージの五歳の妹と、クラーラが契約した大鳥の双子の赤ちゃん達だけだ。

 ラトゥスが婚約者に、微妙に誤解を受けそうなその愛称で呼ばれると知っている人間は、そんなにいないはずなのに、一体どこで漏れたのか。


「……その呼び名を君に許した覚えも、そもそも知っている人すらあまりいないはずだが?」


 いつも冷静なラトゥスの威圧を含んだ雰囲気と、脳に直接刷り込まれるような言葉に、思わず目を見張る。

 ラトゥスはこう見えて、フィーギス殿下と共に学んできた人だったのだと初めて実感した瞬間だった。

 思わず跪いて、全てを曝け出したくなるような威厳。ソフィアリアはラトゥスの斜め後ろにいるが、冷や汗が流れる。


 正面から向き合ったミウムはもっとなのだろう。威厳と、ほんの少しの怒りを正面から受け止めたミウムは、すっかり顔色をなくしていた。


「……は? なに?」


「答えろ」


「べ、別に作中でそう呼ばれてたな〜ってだけだし。あ〜、ミウムはそう呼ばなかったから、バグかな? わかった、もう絶対呼ばないからっ!」


 相変わらず要領を得ない回答に、理解しようと常時頭を働かせているソフィアリアですら、理解が及ばず溜息が出る。

 とりあえず一つ、確認しなければならない事が出来た。


「リース様」


「はっ、はい」


「もしかしてこの国には、わたくし達をモデルにした本でも出版さているのかしら?」


「本?」


 オーリムが首を傾げているが、ミウムの言葉を丸々信じるなら、そうとしか思えないのだ。大変、頭の痛い話になるのだが。


「ミウム様は言ったわよね。『鈴蘭学園の恋学』の大ファンで全巻揃えているって。ラス様の愛称だって、『作中で』と言っていたわ。だから、わたくし達をモデルにした本でも出版されているのではないかと思ったの。違うかしら?」


 ところどころ解読不明な単語があるが、全巻なんてシリーズものの本くらいでしか使われないし、作中だって物語を連想するような言葉だ。

 経緯も流通経路も不明だが、ミウムの言った『鈴蘭学園の恋学』というタイトルで、ソフィアリア達をモデルにした本でも出版されてるとしか思えない。


 まあ、ソフィアリア達をモデルにしているわりに、タイトルがコンバラリヤの王立学園を連想させるようなものなのは、どういう事なのかと疑問が湧くが。


 ソフィアリアはそう考えたのだが、マヤリス王女はギョッとして、首を横に振った。


「あっ、ありませんっ! 絶対にっ! 王鳥様に誓いますっ!」


「おや、違うのかい?」


「絶対に不可能ですっ! そもそも、本当に限られた人しか知らないはずの情報を、どうやって集めるというのですかっ⁉︎」


「そういう不思議は、どこにでもあるものだ。我が国にもフィーとマヤリス王女殿下がモデルになった恋愛物語がいつの間にか国中に流通して、大流行していたからな。情報も正確だったが、結局作者までは追えなかった」


「あっ、それ、大元は私ですわ!」


「ははっ、ちょっとその話はまた後ほど詳しく聞こうか、ペクーニア嬢? ……では、本当にないんだね?」


「ございません」


 きっぱりとそう言い切るのだから、本当に存在していないようだ。


 色々な問題を抱えつつも、それしかないと思っていたので、話が振り出しに戻った気分だった。

 では何故?と首を傾げながらミウムに視線を戻せば、パチリと目が合う。ミウムは不審げに目を眇めて、ソフィアリアを凝視していたらしい。


「……何かしら?」


「あんた、ソフィアリアなのに、なんでそんななの?」


「そんな、とは?」


 そもそも何故ミウムに名前を知られているのか。まあもしかしたら彼女は、ここにいる全員を知っているのかもしれないと思い始めているが。


「だってソフィアリアって作中では、王鳥を巧みに籠絡してラズ様との婚約を画策した、頭は弱いのに男好きで、女から嫌われそうなぶりぶりした、根っからの悪役令嬢だったじゃん」


「は?」


 よくわからない単語はともかく、酷い言われようだなとソフィアリアは苦笑した程度だが、当然許せないのはオーリムである。

 オーリムはソフィアリアの隣に立っているが、きっとミウムを射殺さんばかりの目で睨みつけている事だろう。


 宥めるように、ぽんぽんとオーリムの腕に触れる。


「……それってあんたの事でしょう」


 ポツリとアミーが溢した言葉に少し納得してしまうのが悲しい所。


「てか、やっぱどう考えてもおかしくないっ? あたしのラズ様は居ないのに、その場所には知らないモブが居座っているし、ソフィアリアも変だし、なのに王鳥はいるしっ‼︎ あたしの物語なのに、勝手に無茶苦茶にすんなっ‼︎」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ