恋愛小説のヒロイン 2
結局あれ以上何も話す様子はなかった為、ミウムは警備の人間に引き渡した。
「――ミウムを中に入れた警備の人間も、学園の外に異動を命じました」
「当然だね。アレには聞かなければならない事があるから、まだ処分しないように」
「自害も予防し、片時も目を離さないよう言いつけてあります」
「結構」
少し離れた所で話すフィーギス殿下とマヤリス王女に聞き耳を立てながら、すっかり顔色を悪くしたメルローゼとアミーの気を紛らわせるように、今日の授業や二人が好きそうな話題を振る。すっかり食欲は失せてしまったが、強張った身体は解せたようだ。
話す気がないらしいミウムの事を気にしていても仕方ないので、ソフィアリア達は予定通り男女に分かれて、生徒との交流に勤しむ事にした。昼食をろくに食べられなかったので、お茶会の連鎖がかえってありがたい。
移動中、オーリムの表情が険しいものになっていたので、少しでも気が休まればと思い、そっと手を握る。周囲に警戒を張り巡らせたままギュッと握り返してくれたので、むしろソフィアリアこそが癒されるなと苦笑するしかなかった。ミウムに勝手にラズ呼びをされ、思っていた以上に心がささくれ立っていたらしい。
学園内に多数あるうちのもっとも豪奢な扉のサロンに入ると、最初のお茶会の相手は想像通り、高位貴族のご令嬢だった。
この時間に授業がないらしい公爵令嬢が一名、侯爵令嬢が二名、伯爵令嬢が四名で、半分はクラスメイトだ。
「本日はお招きいただきありがとうございます。限られた時間ではありますが、どうぞお楽しみくださいませ」
高位貴族らしい洗練されたカーテシーと丁寧な挨拶に、マヤリス王女は目礼を、他の三人は同じように挨拶とカーテシーを返す。
オーリムは無言で壁際に控えてしまったが、彼女達がガッカリしているのはオーリムが会話に加わらないからか、プロムスではなかったからか。
着席し、普段の学園生活の様子や相手の家の特産品などを質問攻めにして、当たり障りのない会話で雰囲気を和ませる。
だいぶ場が温まってきた頃に、ソフィアリアは頬に当て、溜息を吐いた。
「それにしても、歓迎パーティでのあの騒動は驚きましたわ。まさかあのような事がおこるだなんて……」
チラリと彼女達を見れば、苦笑しているだけだった。むしろそれだけの反応なのかと、こっそり目を細める。
「たしかに思っていたよりも大々的に行動を起こされましたが、ヴィリック殿下のアルファルテ様嫌いは有名でしたので、こうなるのも時間の問題だったのでしょう」
「時間の問題、ですか?」
「ヴィリック殿下は明るく場を盛り上げる事に長けていらっしゃいましたが、少し羽目を外しがちな所がありましたの」
「アルファルテ様は逆に品行方正で厳格な御方でしたので、ヴィリック殿下にとってお堅いアルファルテ様との婚約は、大変不本意だったのでしょうね」
そう言って嘲りを隠しもせず笑う侯爵令嬢の実家は、婚約破棄されたティティア公爵家の政敵だったはずだ。
それより、少し不可解な事を聞いた。
「お二人は政略結婚ではなかったのですか?」
「まあ! 政略結婚に決まっているではありませんの」
「なのに、性格が合わないから婚約破棄されたのですか?」
「政略結婚とはいえ生涯を共にする方なのですから、気に入らない相手とだなんて、誰だってお嫌でしょう?」
「わたくし達だって一人の人間なのですから、想い想われる方としか結婚なんて出来ませんもの」
あからさまに馬鹿にされた声音でそう言ってくる公爵令嬢と伯爵令嬢の二人は、マヤリス王女以外の三人の事は随分と見下しているなと思った。
「……そうですか」
色々この国は大丈夫なのかなと思いつつ、ここで反論しても時間の無駄なので、聞き流すように適当な返事をする。
それからもう少し聞き取りをして、このお茶会は解散となった。
場所を移動して、次は先程よりかは落ち着いた雰囲気のサロンで、相手は下位貴族のご令嬢だった。伯爵令嬢が一名と子爵令嬢が五名、男爵令嬢が八名となかなかの人数が集っている。
同じような方法で雰囲気を和ませつつ、ここに居る唯一の伯爵令嬢の態度がどうも怪しい。この場では言及しないが、念の為要警戒だと頭に入れておく。
婚約破棄の話題を振って少し経った頃、一人の子爵令嬢がポツリと溢した。
「たしかにあれは派手にやり過ぎでしたけど、婚約破棄自体は羨ましいです」
「羨ましい?」
「ええ。私の婚約者も、なんかパッとしない男なんですよね。家柄は悪くないけど顔が微妙だし、いっそ浮気してくれないかなと思ってしまうのです」
「うちは平民の女と浮気してるみたいなので、もう少し証拠を集めてから相手有責で婚約破棄してやろうって思ってます!」
「彼はあなたの家に婿養子に来る予定だったのではなくて? あの方は平民になりたいのかしらねぇ」
そこから婚約者に対する不平不満の愚痴合戦となったので、途中何度か乗せられそうになったものの、惚気話しかないソフィアリアは、のらりくらりと躱す事しか出来なかった。
オーリムから、女性はこんなに不満が多いのか? ソフィアリアも何か言いたい事を溜め込んでいるのではないか? と言いたげな視線をひしひしと感じる。もちろんないので、後でフォローをしようと思う。
更に移動して、最後はサロンというより空き教室だった。メンバーは準男爵令嬢が二名、商家の娘が三名、特待生が一人。
ここは全員平民であるからか、どちらかと言えば気を使われ、また会話上手な商家の娘が三人もいるだけあって、とても賑やかで気の抜けたお茶会となった。
特にメルローゼが乗りに乗ってしまい、この国での商売の話で盛り上がっている時に、こんな話を聞く。
「そういえば知り合いの商会の話なんですが、少し前に領主の息子が婚約破棄したせいで、大口の取引を急に打ち止めにされて大変だそうですよ」
「ま! 最っ低ね。そもそも勝手な打ち止め自体やめてほしいのに、急にだなんて、どうしようもないじゃないの」
そう言ってぷりぷり怒っているメルローゼに、全員頷いていた。
「上の人間は下の生活に無関心ですからね。ほんと、やんなっちゃいます」
「そういう所、最近多いみたいですよ。この前だって――」
思わぬ所で新しい視点から情報収集が出来てしまった。なのでこちらから話を持ちかけなくても、スムーズに会話出来たように思う。
ついでに今日参加している特待生にミウムの事を聞いてみると、あからさまに顔を顰められた。
「あれと一緒にしないでくださいよ。おかげで特待生ってだけで変な目で見られるようになって、大迷惑してるんですから」
「そういうつもりではなかったの。嫌な思いをさせて申し訳ないわ。やっぱりあの子、評判が悪いのね」
「……実は去年までクラスメイトだったんですが、最初の頃は大人しくて優秀な子だったんですよ」
「えっ、あれがっ⁉︎」
「なんか一度レイザール殿下にぶつかったとかで、ひどく狼狽えてる時期があって……そのあたりからだったかな? 休み明けに会ってみると、急に人が変わっちゃったんですよね」
「人が、ですか?」
「ええ。それからはあの通りだし、成績も落としていったから、話さなくなったんです」
何か褒められて調子に乗っちゃったのかな?と少し寂しそうに語っていたから、もしかしたらかつては友達だったのかもしれない。
今は命すら危うい状況になっているミウムの過去を知り、なんだか悲しい気持ちになってしまった。
*
「姉上が随分とロマンチストな国だと言っていた気持ちがよくわかりました。まあ僕はそんな言葉は使いませんがね。色ボケで充分でしょう」
この後予定が出来たので夕飯を早め、ついでに情報収集の成果を擦り合わせた結果、耐えかねたプロディージが不機嫌そうにそう言ったのを、苦笑して聞いていた。
どうやらこの国の貴族は、政略結婚の条件の中に、お互いに恋愛感情を持つ事も含まれているらしい。なるほど、学園で新たな出会いを得て婚約破棄なんて横行する訳だ。
「広過ぎて管理が行き届いていないと言っていたけれど、これは相当酷いね」
「うぅ……申し訳ございません、こんなだらしない国で。わたしも想像以上に荒んでいで、驚きました」
「マヤリス王女殿下でも把握出来ていなかったのですか?」
ラトゥスからの問いに、マヤリス王女はしょんぼりと肩を落としてしまう。
「お恥ずかしい話ではございますが、わたし、この国の王族としての立場はほぼないに等しい有様でして。公務と称して雑用のような書類ならいくらでも回ってくるのですが、王族として采配を振る機会はあまりないのです」
力及ばず申し訳ございませんと俯いてしてしまったが、立場の悪さは充分察せるような暴言を幾度となく耳にした為、特に驚きはない。
ついでに故郷ですらろくに権力がなく、血統しか誇れるものがないから、フィーギス殿下に第二妃を娶ってほしいんだろうなと察した瞬間でもあった。
思わずフィーギス殿下に目配せすると、威圧を含んだ笑みを返される。もう少し説得を粘ってほしいと、そういう事だろう。そう言われても既に八方塞がり感満載なのだが。
「そんなに変な話だったか? 親が決めた好きでもねー奴と結婚したくねーって、普通の話じゃん」
プロムスとアミー、ついでにオーリムもこの雰囲気に乗れないらしく、不思議そうな顔をしている。
そう思えるのは、三人が住む聖都が上手く統治されて平和な証でもあるので、とてもいい事だ。
そして聖都はフィーギス殿下の管轄である。といってもフィーギス殿下は多忙な為、信頼出来る配下の人間に託しているのだろうが。
それをしみじみと実感つつ、ソフィアリアは説明する事にした。
「政略結婚ってね、結婚って名前がついているけど、どちらかと言えば仕事に近いのよ」
「仕事ですか?」
「ええ。それも転職不可能なお仕事ね。婚家は嫁いできてくれた人の地位と生活を生涯保証し、嫁ぐ人は婚家に恩恵をもたらすように貢献する。仕事と考えると、普通の事でしょう?」
それでなんとなく理解してくれたのか、頷く三人ににっこり笑う。
「まっ、周りにいる私達がほとんど恋愛結婚みたいなものだから、ますます理解出来ないわよね」
メルローゼの言った通り、たしかにここにいる全員が、ほとんど恋愛結婚のようなものだ。
マヤリス王女に一目惚れして、さまざまな交渉の末に利点をかき集めて婚約を勝ち取ったフィーギス殿下。
プロディージと一緒になりたくて、家にセイドの有用性を説いてから、プロディージとの婚約を打診したメルローゼ。
ラトゥスの場合は、相手のクラーラが訳ありの五歳児という事もあり、王命による完全な政略結婚だが、きっと将来それなり以上に良好な関係を築くだろう。
そしてソフィアリア達だって、王命とも恋愛結婚とも言える特殊な関係性なのだから。
「ははっ、周りの私達のせいで、ますます理解が遠くなるのは仕方ない。でも、万に一つの可能性もない仮定の話だけど、たとえマーヤと仲違いしても、私は婚約解消なんてする気はないよ」
「なんでだよ? それこそ、高位貴族のご令嬢とかの方がいいんじゃねーの?」
「一度決まった他国間との婚約にケチなんてつけたら、両国の間に決定的な亀裂が入る。他所だと戦争だが、うちの場合は検問所の移動をしなくてはならなくなるな」
「怖い事言うな。大鳥は人間の事情なんかでコロコロ移動するのは面倒だからって、完全に鎖国した方が早いとか言い出すぞ」
「それを聞いて恐怖に震えるのは私の方だよ」
ぶるりと震えるフィーギス殿下の言う通りだ。
そして原因はコンバラリヤ王国の約束の反故だけど、それが現実に起こりそうなのだから、笑えない話である。
まあフィーギス殿下の場合はマヤリス王女を迎えられない事が、何よりも我慢出来ないのだろうけど。
「平民の皆様とのお茶会で聞いた通り、婚約破棄によってどこかで悪影響を及ぼすから、どんな理由があっても破棄なんて普通はしないという事でしょうか?」
「ええそうよ、アミー。そのとばっちりは、護るべき領民を苦しめる事に繋がるもの」
「なのに、この国は政略結婚に感情を持ち込むんだから、色ボケだって言った訳。護るべき領民を貴族のくだらない感情なんかで苦しめるくらいなら、貴族なんてさっさとやめればいいのに」
そう。政略結婚なのだから、お互いの家や領地に、事業や交易、資金など、なにか相互作用をもたらしているはずなのだ。
それが相手が嫌だから、愛し愛されないからという理由で打ち切りになれば、影響を受けるのは下の人間である。
取引自体に何も問題はないけど、相手が気に入らないから関係を打ち切った。取引自体がなくなったから、関係者は今日からクビ。勝手に新しい仕事を探してくれという領主の主張が、領民に笑顔で受け入れられると思っているのだろうか? 領民が独り身ならまだしも、養わなければならない人達がいるかもしれないのに。
他国事ではあるが、この国の平民には同情点が増すばかりである。
「まあ、この国の貴族は必ずしも領地を所有している訳ではなさそうだけどね。にしたって、自分の感情を優先し過ぎだと感じるよ」
そのあたりは初耳だなと思った。ソフィアリアが今日相手にしていたのはご令嬢だったので、家が何をしているかという話題はあまりのぼらなかったのだ。
「でもさ、雇い主と従業員の相性は重要じゃねーの? 嫌な上司も面倒な部下も、一生一緒に仕事したくねーじゃん」
「一理あるけど、嫌で面倒な奴だろうと仕事さえきちんとしてくれるのなら、必要最低限の接触だけで済ませればいいだけだから。夜会の同伴とか世継ぎの問題とか、どうしようもないものもあるけどさ」
「だから貴族の中にはお互い仕事と割り切って、義務だけ果たして相手と別居して、プライベートには不干渉って人も、大勢いるのよ?」
結婚して家族になるという当たり前の形からは程遠い貴族の結婚事情に、三人は微妙な顔をしていた。
そういう当たり前の形を諦めてでも、平民が不自由さを感じないように日々の安寧の基盤を整えて全力で護る事。人より恵まれた生活を許される分、そうやって身や心を削る事だって、二つ返事で応じなければならない。
それこそが、貴族に生まれたものに課せられる義務なのだから。




