歓迎パーティでの婚約破棄 5
――婚約破棄される事態が、この学園内で頻発している。
言葉だけ聞いても、ソフィアリア達では理解出来なかっただろう。
貴族の婚約は家格や派閥、事業内容や経済状況を見ながら当主が決めるものであって、そこに子供の意思は全く反映されない。
学園内で見繕うにしても当主へ伺いをたてる必要があり、希望が通るかどうかは当主の判断次第だ。
そして一度婚約が成立してしまえば、よほどの問題がなければ解消も破棄も叶わない。そのよほどの問題に、お互いの人間性や感情なんて一切考慮されないのだ。
なのに、親元から離れたこの学園内で、婚約破棄される事態が頻発しているという。
全く意味がわからないが、その現場を実際に目にした事によって、なんとなく状況が掴めてしまったのだから、頰に手を当て、溜息を漏らす事しか出来なかった。
「……この国は、随分とロマンチストな国ね?」
色々包み込んだ上で精一杯よく言えば、そんな言葉が出てきた。プロディージからギロリと睨まれ、フィーギス殿下から失笑されたが、それ以外どう言えというのか。
マヤリス王女は俯いて、すっかり落ち込んでしまっていた。
「そう言われても仕方ないですね。でも、まさかヴィリックがあのような事をする為にこの場を設けたとは想定しておりませんでした。その件に関しては、完全にわたし達の落ち度です」
「私達はお忍びだから泣き寝入りするしかないけどね。これが公式の場だと、ヴィリック殿の首は繋がっていなかった。それくらいはわかるよね?」
「はい。ですが、ヴィリックはわかっていなかったみたいですね。派手な事が好きなので、他国の人間にも恋人を虐げた婚約者の悪行を知らしめたくて、このような事をしでかしたようです」
そんな事知らされても困るうえに、何故あんな計画性の無さだったのかと首を傾げる。何をしたいのかが全くわからない。
「知らしめて、俺達に何を求めてたんだ?」
「特に何も。婚約者が悪女だと後ろ指を刺される数が多ければ多いほどよくて、より強い有権者であればなおいいと、その程度の考えだったそうです」
「教育の失敗ね」
ついポツリと口を挟んでしまった。国王夫妻と第二王女の事もあって大して期待はしていなかったが、やる事なす事あまりにもお粗末過ぎる。
王家の力を振るえばもっと精密な計画を立て、完膚なきまでに侯爵家ごと叩き潰す事も可能だったはずなのに、そこまで考える頭脳もなかったらしい。
結局実行出来たのは、あの程度の虚言を突きつけるだけ。あれで他国からの協力も得られると考えていたのなら、馬鹿にするにも程がある。
その結果ヴィリック殿下は、自らの首を絞めただけだった。本当に何がしたかったのやら。
ソフィアリアの言葉を拾い、マヤリス王女は真面目な顔で頷いた。
「はい。ですのでレイザールとわたしの権限で、ヴィリック他側近三名の除籍を確定させ、地下牢に幽閉する事になりました」
「まあ、妥当だよね。念の為聞くけど、その地下牢は貴族牢かい?」
「いえ。王都からも離れた、囚人向けのものです」
「フィー、マヤリス王女殿下。話の内容はもっと考えてください」
ラトゥスが溜息を吐いてそう苦言を呈したので周りを見ると、耐性のないメルローゼとプロムスとアミーはすっかり青褪めて、食事の手が止まっていた。
つい一緒になって話に乗ってしまったが、ソフィアリアが真っ先に気付くべきだったなと反省する。
マヤリス王女も気付いたらしく、慌てたように頭を下げた。
「すっ、すみませんでしたっ! では、何かもっと楽しいお話をしましょう!」
「あ〜、いえ、気にしないでください。今話を止めると、すっきりしないと思うので」
「ゆっくり食べますので、お気になさらないでください」
「でも、もう殺伐とした話はダメだからね!」
三人は口直しのためか先にフルーツに手を伸ばし、ちまちま食べ進める事にしたらしい。
フィーギス殿下はふっと笑みを浮かべ、空気を入れ替えるようにパンっと大きく手を打ち鳴らす。
「なら、すっきりする為にも、ここからは無礼講といこうか? 不敬も何もかも今は忘れて、言いたい事は全て吐き出してくれたまえ」
全員を――特に、不満だらけという顔をしているプロディージに向かってそう言うと、ニッと口角を上げたプロディージがさっそく小さく手を挙げる。
「発言を許します、セイド卿」
「ありがとうございます。ついでに私の事はプロディージとお呼びください。フィーギス殿下の未来の側近予定ですので」
「ふふ、はい。メルちゃんからプロディージ様の事もよくお聞きしておりましたので、わたしは初めて話す気がしないなって思っていますよ? 何を書いていたのか、いつかお話しますね」
「楽しみにしておきます」
「ちょっ、待ってよリース! あんまりだわっ⁉︎」
あわあわと赤くなるメルローゼが手紙でプロディージをどんなふうに話していたのかは、ソフィアリアも気になる。聞いたら教えてくれるだろうか?
気を取りなおすようにわざとらしい咳払いをしたプロディージは、マヤリス王女を見つめて、言った。
「では失礼しまして。この国の秩序、乱れ過ぎじゃないですか? 一体どうなっているんです? 貴族が貴族をする気が全く感じられないのは、どうかと思いますよ」
だいぶぶち撒けたなと苦笑する。でも、本当にその通りなので何も言えない。でなければ、こんな事にはなっていないだろうから。
マヤリス王女はその言葉を聞いて、同意とばかりに大きく頷いた。
「お恥ずかしい限りですが、その通りです。今の陛下に代替わりしてからは悪くなる一方で、正直王家でも色々な事が管理しきれておりません」
「もともと領土を広げ過ぎたうえに、もう王家が王家とは呼べないからな」
「まあ、国だからそういう事もあるよね。終わりが自滅か他国からの侵略かってだけさ。だからこの国の事は諦めて、マーヤはさっさとうちにおいで」
にこやかにとんでもない事を言い放ったフィーギス殿下にプロムスは吹き出し、アミーに睨まれている。ソフィアリアだってこの国は長くなさそうだなとは感じていたので、特に庇う気はないけれど。
せっかくなので、ソフィアリアも歓迎パーティで感じた違和感をぶつけてみる事にした。
「わたくしね、この学園に通っているのは、貴族だけかと思っていたの。でも、違うみたいね?」
「あ〜、なるほど? だからあの程度だったんだ。てっきりあれが、この国の貴族の普通なのかと思っていたよ」
そう言って鼻で笑うプロディージも感じていたらしい。
ビドゥア聖島の島都学園も、創立時は商家の人間も通っていたが、貴族が爵位を継ぐ際は卒業を必須化したおかげで生徒が増え、今は貴族と商家は学園を分けられている。だからこの学園にも貴族しかいないと思っていたのだ。
それを聞くと、マヤリス王女は恐縮しきっていた。
「す、すみません……学園の生徒が、何か無礼を働きましたか?」
「無礼という程でもないけれど、礼儀作法があまりにも洗練されてないなと思っていたの。たまに美しい方もいらっしゃったから、どちらかと言えば大きくムラがあると言った方がいいかしら?」
「ええと、はい。この学園は商家の他、優秀な人材を集めるべく、平民の子も特待生として入学する事を認めているんです」
条件は厳しいんですけどね、と困ったように笑っていたので、色々と腑に落ちた。一番は、あのピンクブロンドの少女の事だろう。
「あ〜。あのヴィリック殿下の恋人、もしかして特待生ですか?」
「はい、そうなんです……」
プロムスが先に聞いてくれたので、正解が得られた。
パーティ会場でそれなりの人と話していたが、あの人は特に異質な存在だったように思う。
婚約者のいるヴィリック殿下と堂々と腕を絡ませて歩き、侯爵令嬢に向かっていじめを受けたと泣いていたのを見た時はあまりにも無作法者だったので、高位貴族の庶子あたりかと思っていたのだが、先程の処分された家の中に少女の家らしきものはなかった。あの側近三人の身内の線も疑ったが、そもそもただの平民だったらしい。
アミーがおずおずと手を上げて、マヤリス王女に頷かれたので口を開く。
「あの方は、他の家の方のように処分を受けなかったのですか?」
「はい……取り調べを受けて、そのまま帰しました」
その言葉を聞いて全員ギョッとした。王家や高位貴族だって処分は受けたのに、ヴィリック殿下の次に罪深いとも言える彼女が無罪放免になる意味がわからない。
だってあの少女は平民でありながら、侯爵令嬢に喧嘩を吹っ掛けたも同義なのに……。
「えっ、なんで帰しちゃったの?」
「あの子、ミウムと言うのですが、王妃殿下の姪で、国王陛下のお気に入りなんです。二人が娘のように可愛がっておりまして……」
思わずガックリと項垂れてしまう。なるほど、王太子や王女権限でも捕まえられない訳だと納得してしまう。
そしてそのお気に入りは、実の息子であるヴィリック殿下よりも大切なのか。ますますあの二人への理解が遠ざかるなと思った。
「それと、今回の婚約破棄騒動のうち何件かは、彼女が絡んでます」
「何件かって、そんなに多いのですか?」
ラトゥスの問いに、マヤリス王女は困ったように頷いた。
「はい。ミウムを迎えたいから婚約破棄しろと婚約者に迫り、身を滅ぼしたご令息が十名ほどいらっしゃいます」
「多っ⁉︎ 逆にそんな女に引っ掛かるご令息なんなの? 男から見てあれがそんなに魅力的に見えるのっ⁉︎」
「同じ人間だと思いたくないから僕は無理」
「どこにでもいる女だろ」
「恋愛対象にはならねーけど、十歳ぐらい若ければ面倒見てやったかもな〜」
「彼女よりラーラと双子の方が教養がありそうだったな」
「ははっ」
反応が全員酷いので、ここにいる男性陣には不評らしい。
ソフィアリアが見た感じ、可愛い顔はしていたように思う。マヤリス王女のように他を圧倒する可憐さという程でもないけれど。
ソフィアリアはう〜んと考えて、一つの可能性に思い至る。無礼講が通じるうちに、聞いてみようかと思った。
「ミウム様は、本当に特待生なのかしら?」
こうして罪を逃れているのだから、学園への入学だって国王陛下や王妃殿下からの推薦ではないのか。そう思えてならないのだ。
マヤリス王女は気まずそうに視線を逸らしていた。それだけで、ある程度お察しである。
「……入学時から一年半ほど前までの成績は良かったんです」
「えっ、意外」
「ええ。ですが、それ以降はあまり……ちょうど、そのあたりから婚約破棄騒動が始まりました」
そういえばだいぶ話は逸れてしまったが、最初はその話だった事を思い出す。何が起こっているのかはわかったが、何故起こったかは、わからない事だらけだ。
「最初は、あの方から始まったのですか?」
「いえ、最初は別の方達でした。それに触発されるように、真実の愛を見つけたから婚約破棄をしたいと、学園内で言い出す人が次々と現れ始めたのです。もちろん、恋愛絡み以外の理由の方も多いようでしたが……」
それが、最近婚約破棄が頻発しているの正体らしい。
ソフィアリアは首を傾げて、とりあえず一番気になる事を聞いてみる事にした。
「この国の貴族の結婚は、平民と同じ恋愛結婚によって決まると思ってもいいのかしら?」
そうでなければこうはならないのではないかと思うが、一方で違和感が拭いきれない。だったら最初から気の合わない婚約者となんて婚約しなければいいだけの話なのだから。
マヤリス王女は眉尻を下げ、返答に困っているかのような顔をしていた。
「いえ、主流は政略結婚で、おそらくビドゥア聖島とそう変わらないと思います。ただ、婚約者本人の意思もある程度考慮されるようですが」
その言葉を聞いて、ますます首を傾げるのだった。




