歓迎パーティでの婚約破棄 4
色々とあり過ぎた歓迎パーティは強制的に中止となり、解散を命じられたので、ソフィアリア達は滞在する屋敷に戻ってきて、みんなで夕飯を楽しむ時間の余裕が出来た。嬉しくない誤算だ。
「何なんです? あれ。この国は本気でどうなってるんですか?」
今日一日を通して見た状況に一番腹に据えかねて、我慢の限界をとうに超えたらしいプロディージが、乱暴な所作でお肉を切り分けている。それを何に見立てているのかと、苦笑するしかない。
「ほんっと信じらんないわっ! 仮にも王族とあろう御方が、婚約者に冤罪ふっかけて婚約破棄しようとしたのよっ⁉︎ しかもこんな場所でっ‼︎」
「本当に、意味がわからないな」
ぷりぷり怒っているメルローゼと、遠い目をするラトゥスの言葉を聞いて、先程起こった事を振り返ってみる。
高らかに婚約破棄を宣言していた彼は第二王子であるヴィリック・サーティス・コンバラリヤ殿下だったらしい。色彩はレイザール殿下と似ていたのでなんとなく察していたが、本当にそうだったとは。
「まさか、あれをしたいが為に私達を利用するとは思わなかったよ」
「私達にも知ってほしいでしたっけ? 馬鹿馬鹿しい。どれだけ舐め腐っているのかって話です」
「厳重に抗議をしたい所だけど、お忍びなのが仇となったねぇ。正面から来て、これを理由にマーヤを連れ帰った方が手っ取り早かったかな?」
「それだと進級が危うい。こんな事態は想定しようがなかったし、結局泣き寝入りするしかないな」
はぁーと深く溜息を吐く王侯貴族男性三人を見つつ、ソフィアリアはヴィリック殿下率いる三人を思い浮かべた。
「周りにいた男性三人は、ヴィリック殿下の側近でしょうか?」
「ああ、そうさ。腕に引っ付いていた女性は、私は知らない人だったけどね」
「きっと、学園で出来た恋人なのでしょうね」
主義主張や態度を考えてもそうとしか思えず、困った人と溜息を吐く。
「婚約者がいるのに、恋人ですか?」
「平民のプロムスには理解出来ない感覚だと思うけど、王侯貴族の結婚相手は政略的な観点から親が選ぶからね。お互いの人間性や気持ちなんて関係ないから、その相手に恋愛感情が持てなければ恋人を作るなんて、貴族ではよくある話って訳。当然、最低限の義務を果たす事が大前提だけど」
プロディージの説明を、やはりプロムスは上手く理解しきれないらしい。
平民である彼等はそれでいい。気持ちと結婚を結びつけて考えられるのは、自由な彼らに許された特権なのだから。
「でも、その恋人を正妻にする為に婚約者を排除しようとする人間は初めて見ましたわ。わたくしは先生から教えていただけませんでしたが、案外よくある話なのですか?」
「はは、まさか。うちでそんな事をやらかしたら、私の権限で家ごと取り潰すよ」
笑顔で言い切ったフィーギス殿下の言葉を聞いて安心した。あんな暴挙は許されていいはずがない。
「家ごとはやり過ぎじゃないか?」
「妥当だよ。貴族の結婚は私達王族が管理しているのだからね。無断で勢力図を狂わせようと目論んだ人間のいる家なんて、どれだけ功績を重ねていても今後厄介にしかならない。なら、その空いた場所に新しい家を据え置いた方が、よっぽどマシさ」
厳格過ぎる決断に思えるが、ビドゥア聖島は狭くて貴族の数が少ない分、そのあたりの管理は徹底している。汚点の残るベテランをのさばらせるよりも、真新しい家に実績を積ませる事を選んだ方が、将来の為にもなると判断するのは当然の事だった。
「そのやらかした人間だけを切り捨てればいいんじゃねーの?」
「たとえ教育に関与せず、子との関わりが薄かろうと、籍を置いている以上責任は家がとるべきだ。それに、陞爵を望み、功績を重ねた分貴族籍がほしい家なんて、他にいくらでもいる」
ラトゥスの言葉に、プロムスはついていけず渋面を作っていた。
侍従としてそれなりに勉強はしていても、仕えるオーリムが社交界とは縁遠いので、貴族社会の実状を目にする機会はあまりなかったのだろう。そう思うと、巻き込んでいる現状が申し訳なく思う。
少し話を戻して、メルローゼに問いかけてみた。
「やっぱりメルから見ても冤罪に見える?」
「当たり前でしょ。婚約者のご令嬢は青褪めてたけど毅然とした態度だったし、反対にヴィリック殿下やその取り巻きなんて、恋人の発言しか証拠がないじゃない。いじめられたんです〜って泣きつくだけの女の証言なんて、誰が信じるのよ」
「あの女に入れあげていたヴィリック殿下とその取り巻きくらいじゃない? あの女も、王族とその側近にあそこまでさせるんだから、大したもんだよね」
はっと鼻で笑うプロディージは注目を集めた人間のうち、婚約者を除いた五人のような人間を嫌うので、王族や高位貴族であろうと辛辣だ。まあ、彼等の地位も今夜限りで終わりかもしれないが。
「……ご令嬢、不憫でしたね」
パンを手に取りながらそう言うアミーの目には、同情心が浮かんでいた。ソフィアリアもそれに関しては、心に苦味が広がる。
「あのご令嬢はヴィリック殿下に淡い恋心を抱いていたみたいだったわね。ヴィリック殿下がいると振り向いた彼女の表情は恋する乙女そのものだったし、言い返しながらまっすぐ見つめるその目は、悲しそうに見えたもの」
慰めるようにキャルに髪を梳かれているアミーも、それを感じたのだろう。婚約者にあんな大勢の目のある所で裏切られたのだから、傷は相当深いはずだ。
それでも、名誉と家の為に膝をつくなんて事はしなかった。出来た女性だ。王族の婚約者に選ばれるのも、納得するくらいに。
それだけに、これからの彼女を憂いてやまない。
「ヴィリック殿の婚約者はアルファルテ・ティティア侯爵令嬢って名前でね。ティティア侯爵家はコンバラリヤの中でも歴史が長く、有力貴族だったのさ。それだけに、これからティティア嬢もあの家も、相当厳しい憂き目を見る事になるだろうね」
「なんでだ? あのご令嬢は、完全に被害者だったろ?」
「貴族は名誉と体裁を何よりも重んじるからだ、ロム。あんな場所で堂々と辱められて、その名はきっと他国の人間である僕達にも覚えられていると見られる。実際、忘れられない人になったからな」
「だが、あの令嬢は被害者だ。同情されこそすれ、貶められる理由はないだろ?」
「同情心なんて貴族に期待するだけ無駄。矜持を保ちつつ、裏では足を引っ張る隙をうかがって、隙あらば蹴落とす事を常とする世界なんだから」
「どんな理由であれ、王族にいらないと判断されたご令嬢ってだけで色々言われてしまうもの。侯爵家の力を削ぎたい方達がこの隙を見逃すはずがないわ」
「気の毒だけど、可哀想なんていう感情論が通用する綺麗な世界ではないからね」
だから、ああいう事態に巻き込まれてしまった時点で、まともな未来はなくなってしまう。ヴィリック殿下がこれを狙ったのなら、予想以上の成果を上げたと喜ぶかもしれないけれど。
「あの御方に残された道は、どこか数十は年上の男性のもとに後妻として嫁いで社交界で生き残るか、家名を捨てて平民として生きるか、俗世を離れて修道院にでも身を寄せるかくらいよ」
「それは、あまりにも酷ではないでしょうか?」
「そういう世界だからな。彼女はそれで済むかもしれないが、実家の侯爵家の立場が大きく揺らぐ事が問題だ。身内の傍系からもひどく責められる事になり、それを抑える為に男爵家や子爵家がいくつか消えるかもしれない」
「そうなると、勢力図が大きく変わる事になるだろうね。真っ当な有力侯爵家の権威の失墜なんて身震いする。本当に、なんでこんな事を引き起こしたのやら」
やれやれと肩を竦めるフィーギス殿下は、我が事ではなくてよかったと心から安堵していた。たしかにこんな問題の解決なんて、相当頭を悩ませるだろう。
何の罪もない少女が身を滅ぼす瞬間を目撃してしまったと知り、厳しい社交界とは無縁なはずのアミーとプロムス、それと関わりの薄いオーリムの顔色がどんよりと悪くなってしまった。それを払拭してあげたいが、全て事実だし、今の空気だとそれも難しい。
せっかくの美味しいお夕飯の味がしないなと残念に思っていた頃、外から馬車の音が聞こえ、いそいそとフィーギス殿下が出迎えに行っている。大変いい笑顔だ。
「ただいま戻りましっ、ひゃあっ⁉︎」
「おかえり、マーヤ。遅くまでお疲れ様」
「はっ、はいいぃっ、ただいま、ですっ! あの、ギース様っ、くるしっ⁉︎」
帰宅早々無遠慮にギューギュー抱きしめられて、顔色を赤いやら青いやらさせているマヤリス王女を離したかと思うと、ふわりと抱えてこちらに戻ってきた。突然抱え上げられたマヤリス王女はぷしゅ〜と音でも立てそうなくらい真っ赤になりながら、その顔を手で覆って隠している。
「ちょっと、私のリースに何してますのっ⁉︎」
「ははっ、悔しかったらペクーニア嬢もやってみるといいよ」
「言いましたわねっ!」
これは、あとで本気でやろうとするだろうなと予想する。
でも、一対のお人形のような少女達の抱っこシーンを妄想してしまい、その可愛さにうっかりニマニマと頰を緩めた。
そんなソフィアリアを目敏く見つけたオーリムからはジトリと睨まれて、背中にくっ付いている王鳥からツンツンと頭頂部を突かれる。色々と痛い。
マヤリス王女はフィーギス殿下の隣の席で降ろされて、食事の配膳はプロムスとアミーがする。と言っても形式ばったものではなく、二人も同席しているくらい気楽なお食事会だが。
「ありがとうございます。お二人も気にせず、ゆっくりお食事を楽しんでくださいね」
「ありがとうございます」
そう言って二人の着席を待ったマヤリス王女は、一度深く溜息を吐く。
そして意を決したように、まっすぐみんなを見渡した。
「まずはこの国の第一王女として、この場を借りて謝罪いたします。この度はこのような騒ぎを起こし、皆様の歓迎の場を台無しにしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いいよって言ってあげたいんだけどねぇ。さすがにこれは、私達でも看過してあげられないよ?」
「はい、お叱りや非難は重々承知の上です。処分は如何様にも仰ってください」
そう言って覚悟を決めた目をして身を固くされると、いいよと言ってあげたくなる気分にさせられるなと思った。
「ピ」
「――――王女への処分なんか、どうでもいい。それより、いい加減説明してくれないか? これ以上意味のわからないまま振り回されるのは、御免被る」
マヤリス王女は誰よりも崇拝していた王鳥と代行人の厳しい言葉には、心からしょんぼりしてしまったようだった。
覚悟はどこへ行ったのやら、半泣きになりながらコクコクと頷き、ようやくその言葉を口にする。
「はい、当然です。――結論から申しますと、今日のように婚約破棄される事態が、この学園内で頻発しているのです」




