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歓迎パーティでの婚約破棄 3



「ところで、レイザール殿と学園長だけかい? ヴィリック殿や君達の婚約者は?」


 フィーギス殿下は外向けの笑みを張り付けながら、レイザール殿下にそう問いかける。


 たしかに、わざわざこの歓迎パーティを開いてくれたヴィリック殿下やその婚約者が挨拶に来てもおかしくないところなのに、一緒に来なかったんだなと思った。

 それに、学園で留学生として過ごすとなると、不慣れな他国の人間であるソフィアリア達には案内係が必要になるのだが、まさかマヤリス王女とレイザール殿下のたった二人だけに任せるつもりなのだろうか? 彼女達も学生として、王族としてすべき事が山のようにあるだろうに、それはあまりにも負担が大きいように思える。だから同じ王族であるヴィリック殿下や、殿下達の婚約者二人が指名されるのが妥当なはずなのだが……。


 色々疑問を抱きながらレイザール殿下を見ていたら、気まずそうに視線を逸らされた。


「……婚約者は見かけなかったが、ヴィリックは忙しいから挨拶に来れないと言っていた」


「おや、そうなのかい? 私達の為にパーティを開いてくれたのだから、こちらもお礼をすべきかと思っていたのだけどね?」


「見かけたらで構わない。すまないな、まともに挨拶にも来ない無作法者で」


 それには曖昧な笑みで流していた。わざわざパーティを開いてくれたわりに、歓迎の意思があるのかないのか判断がつかない対応に、なんとも言えないのだろう。

 ソフィアリア達はヴィリック殿下の顔を知らないので、そのあたりはフィーギス殿下に一任する事にした。


「では、君の婚約者……マーヤのいとこ殿は?」


 その存在を匂わせるだけでレイザール殿下は肩を揺らし、俯いた目は酷く暗い。まるで不幸にでもあったような様子に、心配になってしまった。


「リスティは、午前のうちに領地に帰っている」


 ポツリと言った言葉に、シーンと嫌な沈黙が流れる。ラトゥス達とした馬車での会話もあって、ピリッとした緊張感が漂い始めた。


「……家の人間に不幸でもあったのかい?」


「いや……それはないと思う。彼女の義妹は学園にいるし、リスティが領地に帰る事は、そう珍しい話ではない」


「体調でも悪くしているのかな?」


「健康体……だと思う」


「では、何故帰ってしまったんだい?」


「……領地経営を任されているから、らしい」


 話を聞きながら、レイザール殿下は自分の婚約者の事なのに、()()()()()などの伝聞ばかりだと思った。マヤリス王女を除いて最後の王族の血統を持つ婚約者に対して、あまりにも関心がなさ過ぎではないだろうか。


 それに、その婚約者の行動だってなかなか不可解だ。思わず首を傾げてしまう。


「ふむ? ミゼーディア公爵家は領地を返還する気なのかい?」


「いや、全くそんな素振りはない」


「何故次代の王妃である彼女が、実家の領地経営を任されているのかな? それは本来、いずれ王家に嫁ぐ事になる婚約者殿ではなく、ミゼーディア公爵がすべき事だと思うのだけどね?」


「……王妃教育の一環だと聞いた」


「その指示は王妃殿下が?」


「王妃殿下と、家の意向らしい」


 聞けば聞くほど疑問ばかり積み重なっていくが、国の方針がそうなのだろうと理解する事しか出来ない。うまく呑み込めないプロディージが眉根を寄せ、口に出したそうにしているが、宥めるようにこっそりトントンと腕を叩いておいた。ペシリと払われてしまったが。


「……それは、私達が来る事よりも重要な事なのかな?」


 フィーギス殿下の笑みがだんだん冷えたものになっていっても、レイザール殿下は気まずそうに視線を逸らすばかりだ。気概のある男ではないと言っていたが、なんとなくその一端を垣間見た気がした。やる気がないのか、王族に必須である事態を把握しようと動く能力が欠けているように見える。他人事、と言えばいいだろうか。


 何はともあれ、たった一週間滞在するお忍びの貴賓を出迎える事よりも、特に緊急性はなさそうな王妃教育である領地経営を優先するあたり、その婚約者はあまり歓迎する気はないらしい。まあ、一見すると貴族の道楽よりも、領民の生活を守る事を優先したいのだろうと捉える事にする。ビドゥア聖島を相当蔑ろにしている事にも繋がるが、そう判断したのはその婚約者だ。


 さてこの空気をどうしようかと頭を悩ませ始めた頃に、カーンカーンと大きな鐘の音が鳴り響いた。


「殿下、そろそろ」


「ああ……。今回参加する生徒達も、そろそろ集まっている頃合いだろう。案内するが、問題ないか?」


 学園長に耳打ちされて、この空気の中でそう言えるレイザール殿下はとても大物だなと苦笑しつつ、まあ流れを変える為にも、かえって良かったのかもしれない。


「ああ、もちろんだとも。では行こうか、みんな」


 空気を変えるようにわざとらしく明るくそう言ったフィーギス殿下の笑みに、コクリと(うなず)き返すのだった。





            *





 外はすっかり暗くなっていて、とても広い多目的ホール内には、同じ制服を着た大勢の生徒達が集まっていた。

 王族専用である二階から階下を眺め、打ち合わせをしている王族三人から少し離れた所で、残りのメンバーは会話を楽しむ。


「なんだか大舞踏会を思い出すわねぇ」


 ここから眺めるこの光景はそれを彷彿とさせ、学園だけでもこんなにいるのかと目を丸くした。ここには生徒と教員しかいないはずなのに。


「それだけこの国は広く、人が多いんだろ。代行人としての力が抜けていなければ、今頃大変だったな」


 そう言って渋い顔をするオーリムは王鳥と契約した代行人なので、人の悪意をなんとなく感じられるのだ。だからあまり人の多い場所は好きではなく、こうした貴族の集まりなんて一番嫌がる。


 そしてそれは、大鳥と契約した鳥騎族(とりきぞく)でも多少感じるらしい。


「オレは軽く寒気がすんだけど?」


「ロムも鳥騎族(とりきぞく)の力を抜いてもらえばよかったのに」


「そのまま鳥騎族(とりきぞく)としての契約を切られる予感しかしねーわ」


 ごもっともである。


 キャルがプロムスと契約を結んだのはアミーが契約に応じなくて、代わりに生涯アミーの側にいるプロムスで妥協したからだと言っていた。

 結局契約してもキャルはアミー一筋でプロムスにはずっと塩対応。不満を口にしたが最後、契約は打ち切る可能性すら頭によぎるのは仕方ない。


 そんなキャルを許さないアミーという未来も想像がつくので、そうなれば大惨事だ。


 まあ、キャルは全くプロムスを意識していないかと言えば、案外そうでもないのだが。本気で弱りでもしないと、気にかける素振りは見せないので、わかりにくい子なのは間違いない。


「ここからはコンバラリヤ語で話してもらうが、全員話せるな?」


 雑談の間にそう尋ねてくるラトゥスには笑みを返して、ソフィアリアは(うなず)くみんなを見る。全員大丈夫らしい。


「ふふ、リース様が次代の王妃となられるから、ほぼ必修科目となったわたくし達貴族はともかく、アミーとプロムスも習ってくれていたなんて、ビックリよ」


「フィーを通して、いずれマヤリス王女殿下にもお会いする機会はあると思いましたので。一応習得しておいて、よかったですよ」


「私はロムに巻き込まれてですが。その、実際に使うのは初めてなので、あまり自信はありません」


「ロムからの又聞きだけど、アミーの方が優秀そうだったけどな」


「うるせーわ」


 話を聞く限り、プロムスがオーリムから習って、プロムスはアミーにも教えていたのかなと思った。三人で仲良く勉強すればよかったのに、当時のプロムスはアミーを仲間に入れて、紅一点という状況を作る事を嫌がっていたと聞く。独占欲が強いと言うか、狭量というか。

 それでも、大屋敷で共に過ごしてきた三人にしかない絆が微笑ましく、少し羨ましい。そう思ってくすくすと笑い、一つだけアドバイスをしておく事にした。


「わからなければ、それでもいいのよ。嫌な事を言われても言葉がわかりませんって澄ました顔で流しておけば、色々と楽よ?」


「そうですね、そうさせていただきます」


「でも、そうならないようにわたくしが護るわ。だからあまり離れない事」


 そう言ってギュッと手を握れば、はにかんだような可愛い表情が見られた。残念ながらアミーはすぐにプロムスの腕の中に回収されて、スンっとした無表情に戻ってしまったが。


「ディー、さっきから顔が怖いわ」


「……別に、この国では当たり障りなく過ごすだけだから、どんな顔でもいいでしょ」


 ソフィアリア達が和やかな会話を楽しんでいる間も、プロディージはまだ先程の事を引き摺っていたんだなと苦笑する。

 適当に他国の話だからと流しておけばいいのに、口ではそう言いつつも上手く出来ないのだから、本当に真面目な子だ。


 だから少しでも肩の力を抜いてもらう為に、二人にいい提案をする事にした。


「メル、指で皺を伸ばしてあげなさいな。真っ赤になって、可愛い顔が見られるわよ?」


「えっ、本当っ⁉︎」


 ソフィアリアのアドバイスに従い、メルローゼはワクワクした表情でせっせと皺を伸ばしていた。全く効果がないどころか余計に溝が深まり、ついでにソフィアリアに向ける表情もとんでもない事になってしまったが。


「……お義姉様、余計に悪化したんだけど?」


「あら? おかしいわねぇ。リム様にはよく効くのに」


「僕をそこのポンコツチョロ男と一緒にしないでくれない? くっそ迷惑なんだけど」


「誰がポンコツチョロ男だっ⁉︎」


 また口喧嘩をはじめてしまった。まあそうやってプロディージの気も紛れたみたいなので、結果オーライだ。


 視界の隅で、プロムスがアミーに期待の眼差しを向けながら眉間に皺を寄せ、綺麗に無視を決め込まれているのを不憫に思ったらしいラトゥスが代わりに伸ばして、プロムスが無表情になるという一幕が繰り広げられているのが見えた。


「そっちは楽しそうだね? そろそろ行こうと思ってるけれど、いいかい?」


 そうやって遊んでいるうちにフィーギス殿下に呼ばれたので、気を引き締めて向かう事にした。





            *





「本日はよく集まってくれた。事前に伝えていた通り、今週いっぱい学園に滞在される事になった留学生だ。彼等は偉大なる神である大鳥様の大地ビドゥア聖島からご足労くださり、学園生活を通して見聞を広げる事をご所望されている。助力を惜しまぬ心意気と、最高の敬意を諸君らに期待しよう」


 レイザール殿下に紹介された後は拍手で歓迎されたので、貴族的な愛想を振り撒けば、壇上でもわかるくらい、男女ともに色めきたっているのがわかる。


 当然だ。ここにいる全員、美男美女揃いなのだから。


 独特な熱い視線に晒されながら、促されるままに階下に降り、話しかけられるがままに挨拶と一言二言言葉を交わしていく。

 そう言えば、王鳥妃(おうとりひ)として付き合いは厳選しなければいけなかったので、社交らしい社交は人生初だなと思った。全員を警護するように立って目を光らせているオーリムとプロムスからあまり離れないように注意しつつ、ソフィアリアは動けない二人の代わりにアミーと腕を絡めて、時折フォローもしながら、会話を(こな)していく。


 ちょっと生徒に引っ掛かりを覚えつつ、チラリと周りを見渡すと、既に相当な場数を踏んできているみんなの社交能力は流石だなと感服する。プロディージのみ、ほぼ初心者のはずだが、外面は上手く取り繕えるらしい。ソフィアリアだって、負けていられない。


 やはりプロムスに話しかけようとする女子生徒が多いようで、警備を理由にすげなくあしらっていた。オーリムに話しかける人があまり居ないのは、あんなに可愛いのにとムッとする気持ちと、どこか安心する気持ちで複雑だ。


 壁際の料理を楽しむ暇は当然ないなと理解しつつ、少し喉が渇いてきたかもしれないと思い始めた時だった。


 どこかで見たようなアッシュグレーの髪の青年が視界入り、思わずそちらに目を向ける。

 その腕にはピンクブロンドの髪の少女が寄り添っていて、後ろには青年の取り巻きなのか、見目麗しい男性を三人引き連れていた。


 妙な集団だなと首を傾げながら、レイザール殿下とマヤリス王女の方に視線を向ければ、二人は「まさかっ……!」と小さく口から漏らし、目に見えて青ざめていた。


 何が始まるのかと、すっかり注目の的となった彼等に視線を戻す。


 アッシュグレーの髪の青年は、水色の髪をした立ち居振る舞いの美しい少女の側に近寄ると、少女は青年に気付いて笑みを浮かべたものの、傍に抱く女子生徒を見て、硬直する。

 そんな少女を気に留める事もなく、青年は高らかに宣言した。


「アルファルテ・ティティアよ! これ以上貴様の悪行をのさばらせておけはしない! この場を借りて罪を白日のもとに晒し、今日この時をもって、貴様との婚約を破棄するっ‼︎」


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