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鈴蘭のお姫さま 4



 国王陛下は騎士に命じ、泣き叫ぶルーデリアを投獄するよう命令を下していた。

 王籍を抜けても王城に留め置いた自分の娘を、自らの保身の為に簡単に切り捨てた国王陛下への不信感がますます高まる。まあ、今後関わる事もなさそうなので、別にいいのだけれど。


 ソフィアリア達はこれ以上付き合ってられないとばかりに王城を後にし、滞在先である学園寮へと馬車で向かう事になった。


 今回はプロムスとアミーに謝罪したいフィーギス殿下とマヤリス王女の四人が同じ馬車に乗り、護衛の任務の為にオーリムとプロムスは別の馬車に乗る必要があるので、残る五人が同行者だ。フィーギス殿下と離れてラトゥスが一緒に乗ってきたのは、コンバラリヤ王国について説明する為なのだろう。


「何なんです、この国は? 我が国の王妃殿下も大層なろくでなしですが、この国も負けず劣らずではないですか」


 馬車の扉を閉められ、車輪の音に声を紛らわせられるようになってから、ずっと我慢をしていたプロディージが、もう限界とばかりに不機嫌そうな声音でそう言った。


「私のリースを虐げている時点で許せないと思っておりましたが、これほど乱れているとは思いませんでしたわ!」


 メルローゼも相当おかんむりらしい。そうやって思う存分吐き出して、すっきりすればいいと思う。ここには同意する人しか同乗していないのだから。


「……傷はついてないな?」


「ふふ、大丈夫よ。王様が護ってくださっているのだから、ガラス片一つ、触れていないわ」


「なら、いい」


 オーリムは最も近い位置でガラスを浴びたように見えたソフィアリアがとにかく心配なようで、馬車の中で許される程度にソフィアリアの全身を検分している。プロディージとメルローゼに冷たい目で見られているが、お構いなしらしい。

 全身を隈なく見て、ようやく満足したオーリムは腕を組み、渋面を作っていた。この国に来てから、そんな顔ばかりだ。


「あれは王鳥様が?」


「……わからない。キャルの可能性もある」


「代行人のくせに、わからない訳?」


「今の俺は、王の存在をあまり感じられていない」


 それが寂しいのか、いつもより気落ちしながら言った言葉に、目を見開いた。


「まあ! そうだったの?」


 たしかに代行人としての力を封印するとは言っていたが、そこまでだとは思わなかった。

 ずっと一緒だった王鳥を感じられないだなんて、オーリムは寂しいはずだ。思わず慰めるようにギュッと、オーリムの手を握り締めてしまう。プロディージからの何してんの?と言わんばかりの目なんて、無視だ。


「王は変わらず俺を通して見ていると思うが、魔法も使えないし、身体能力も並の人間程度だ。それで遅れをとるつもりはないが、過度な期待はするな」


「なにそれ、完全に王鳥様のおまけじゃん」


「誰がおまけだ⁉︎」


 言い争いを始めようとする二人を、わざとらしい咳払いで制す。そして困ったように眉を下げ、斜め向かいに座るラトゥスを見た。


「アミーを、あの方達の防波堤になさるおつもりでしたの?」


 てっきりソフィアリアは学生を相手にするものだとばかり思っていたので、王女殿下までプロムスを狙っているだなんて、想像すらしていなかった。王籍を抜けていると聞いていたので、学園にはいないだろうと考えていたが、まさかこうして、王城で奇襲を受けるとは。平民であるアミーを、元王族からプロムスを護る盾に使うだなんて、あんまりではないか。


 ラトゥスはソフィアリアからの非難の眼差しをまっすぐ受け止め、口を開いた。


「あれが前からロムを狙っていたのは知っていたが、この件に関してはアミーを巻き込むつもりはなかった……と言っても、こうなっては説得力がないな。結果的にソフィ様に助けられる形となった事は、いくら謝罪を重ねても足りない。すまなかった」


「大鳥様を侮辱されては、わたくしが動かない訳にはまいりませんもの。特にアミーに関しては、ついていらっしゃるのが侯爵位のキャル様ですので、細心の注意を払わざるを得ません。それだけは、心に留めておいてくださいませ」


「肝に銘じる」


 反省はしているようだが全く動じないラトゥスを見て、もしかしたらプロムスの防波堤にする以外に、アミーに関する何かの思惑が働いているのかもしれないなと思った。

 フィーギス殿下は目的の為なら手段を選ばない人ではあるが、なんだかんだ言っても情は捨てきれない人だ。特に旧知であり、キャルが溺愛してると知っているアミーを、そんな理由で危険に晒すような真似はしないだろう。


 理由は不明だが、何かあるのならば、怒ってばかりもいられない。ソフィアリアだって、フィーギス殿下には甘いのだ。


 だから、困ったように微笑んだ。


「そうしてくださいませ」


「ああ」


「……話を戻しますが、国のトップがあれなら、学園もあんな感じだと思っていて構いませんか?」


 プロディージに甘いとジトリと睨まれつつ、溜息混じりに言った言葉は、ソフィアリアも少し気になっていた。

 色々と聞いている噂もあって、大して期待はしていなかったが、あの程度のご令嬢が多いのは、想像以上に気疲れしそうだなと思う。そういうのを何とか掻い潜り、少しでも楽しめればいいのだが。


「王立学園内は、家からの使用人の出入りすら制限するくらい隔離された施設だ。僕達も内部に入った事はないが、まあ、想像通りの世界だと思う」


「そうですか。ご令嬢相手ならば、フィーギス殿下の後ろ盾があるわたくし達の方が強く出れますので、今回ほど酷くならないと思いたいのですが」


「学園に残っている王族は、王太子殿下と除籍されそうな第二王子殿下でしょ? さすがに私達には喧嘩を売りに来る理由はないんじゃないかしら? 残った王子殿下達がまともに育ってくれていれば、の話だけど」


 こんな心配しなければならないのが嘆かわしいと溜息を吐いたメルローゼの言葉に苦笑する。どちらかと言えば、事情があるソフィアリアはともかく、メルローゼとアミーに言い寄って来る人でなければいいなという心配はあるのだが。


「……一つ言っておく。僕達基準だと、マヤリス王女殿下以外の王族は、王族ではない」


「あら? それ、言ってしまいますか?」


「ソフィ様は知っていたのか」


「ええ。周辺諸国の事情は、帝王学の範囲でしたので」


 意外だとばかりにラトゥスに口を挟まれたが、知っている人は知っている醜聞だ。まあ、今後何かに使える情報かもしれない。

 メルローゼは知っていたのか、気まずそうに視線を逸らしていた。


 ラトゥスからじっと見つめられたので、ソフィアリアの知っている情報が正しいのか確認しておきたいのだろうなと察する。


 だからラトゥスの代わりに、ソフィアリアが説明する事にした。


「今の陛下は一応王城で産まれたけれど、父親は女王陛下の王配だった侯爵令息で、母親はその愛人の子爵令嬢よ」


「は? なにそれ。なんでそんなのが国王なんてやってる訳?」


「女王陛下と王配の間に子供が生まれなかったからよ。当時は色々揉めたようだけれど、結局今の陛下が立太子され、そのまま国王になったの」


 だから血統主義思想が強いビドゥア聖島での常識上では、今の国王陛下は王族とは呼べないのだ。

 もっとも、この国ではそれが許されているみたいなので、よそ者であるソフィアリア達はこうして今回の鬱憤を晴らすようにコソコソと陰口を叩くだけ叩いて、深入りする気はないが。そのくらい、王城での出来事は、腹に据えかねていた。


 ラトゥスが(うなず)いたので、ソフィアリアの回答は合格点はもらえたらしい。


「女王陛下には妹二人しかおらず、その妹二人も娘しか産まれなかったようだ。二代続けて女王が治める事に難色を示したこの国の貴族達は、王配とその愛人の子に目を付けた。まあ、十中八九王配の一派だろうがな」


 そしてその王配は、女王に対していい感情を抱いていなかったのだろうと察する。でなければ王配という立場でありながら、王城に愛人を囲うなんて暴挙に出る事はなかっただろうから。


 それを許した女王陛下にも、思うところがない訳ではないけれど。


「……つまり、今の国王陛下は高く見積もっても、侯爵相当って事ですか?」


「それも王配は嫡男ではなかったから、その肩書きすら危ういわね」


 人よりも地位相応の実力と責任にこだわるプロディージは、王族の現状に信じられないと顔を顰める。


 この国ではそれがまかり通っているが、ただでさえ血統も微妙なのに、王としての実力も微妙。

 せめて王の器であってくれたら、新たな王として慕われる道もあったかもしれないが、あの様子だと難しいのではないだろうか。


 この国の未来をつい憂いてしまうのは、仕方あるまい。


「その女王陛下の妹の娘の一人が、リースのお母様なのよねぇ」


「ああ……だから国王陛下はマヤリス王女殿下の母君を娶る事で、王位を確立させたって訳ね。なのに親と同様、正統な血統の持ち主を蔑ろにしたあげく死なせ、唯一の正統な後継者であるマヤリス王女殿下を冷遇して隅に追いやって、とうとう国外に出そうとしていると。馬鹿なの?」


「馬鹿じゃなければ、こうなっていないだろ」


「でも、とんだお馬鹿さんだったおかげで、フィー殿下は血統がたしかな最愛のリース様を手に入れられたのだから、いいのではないかしら?」


「そうよ! あんな王族を許すこんな国に、リースにはもったいないわ!」


 鼻息荒く語るメルローゼに苦笑しつつ、そんなくだらない事情に巻き込まれて泥舟に乗せられている国民に、思いを馳せる。

 王族とも言えない王族をのさばらせた周りの貴族はともかく、彼らはただの被害者だ。女王陛下の代まではいい国だったらしく、上手く統治すれば豊かな大国になる可能性を秘めているのに、それが実現される可能性は今代では限りなく低い。何とも不憫である。


「で、あの王妃殿下は、どこの馬の骨なんです? 王太子殿下は、あの二人の息子ですよね?」


「……王太子殿下は、それで合っている。王妃殿下は、とある男爵家が養子に迎えた庶子だ」


「それ、ほぼ平民じゃないか?」


 オーリムが怪訝な顔をして言った通りだと(うなず)く。本当に馬の骨だと知ったプロディージは目元を覆って、溜息を吐いていた。


 つまり、先程無駄に飾り立てた姿で突っかかってきた王妃殿下も元を辿れば平民として生まれた女性。なのに女性最高位の王妃殿下として上り詰め、逆にその娘が平民落ちになって罰を与えられそうになっているのだから、何の因果なのかと溜息が漏れる。

 せめて二人とも、教養を磨いて周りを圧倒する努力でもすれば納得がいったかもしれないのに、税金を使ってその身を磨く事以外はしていなさそうだ。


「王太子殿下の婚約者が、女王陛下のもう一人の妹の娘の娘、リース様のはとこの女性ですよね?」


 ソフィアリアが習った時にはそうなっていたが、(うなず)いたラトゥスをみると、そこはまだ継続されているらしい。


「それが最後の砦だろうな。そこを逃したら、本当に王族の血は途絶える」


「……その王太子殿下、今は廃嫡の危機なんですよね? いっそ廃嫡して、その婚約者の女性に王位を継いでもらった方が、確実なんじゃないですか?」


「その為には、あの国王と王妃をどうにかする必要があるんじゃないか?」


 そしてその周りには、今まで甘い蜜を吸ってきた厄介な取り巻きがいるのだろう。それを考えると、大変だなと思う。残念ながら他所の国の事なので、そこまで介入するつもりはないけれど。


「せめて王太子殿下と婚約者の女性の仲が良好だといいですね」


 だからもっとも簡単で手っ取り早い方法に、一縷の望みを賭ける。


「……そういえば、並んでいる姿を見た事がないな」


 遠い目をしたラトゥスの言葉に、色々ダメかもしれないなと察した瞬間だった。



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