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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第一部 黄金の水平線の彼方
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無邪気なお姫さま 6

 ――『幸せになって』


 その言葉に目を見開いた。言われた事を脳内で飲み込んで、恐怖を感じてゆるゆると首を横に振る。


「……それはっ」


「ダメだ。これは罰だから。……フィアは祖父とか領民とか、ラズとかいう少年の事を考えて、幸せになる事にどこか後ろめたさを感じてるんだろ? そんなフィアにこんな酷い場所でろくでもない結婚相手二人と幸せになれだなんて、どんな罰よりもずっと酷い」


 何故、わかってしまったのだろう。そんな事、気付かなくてよかったのに。


 ソフィアリアはあの日から、ずっと「返す」事ばかりを考えて、それだけを意識してきた。

 領地を立て直し、周りの人間にはその人が今一番何が欲しいのかを観察し、欲しがっている言葉を与え、行動を起こしてきた。自分に出来る事ならなんでもやった。それが当然だった。


 ここに来た事だってそうだ。この国で、いやこの世界で一番偉い王鳥の妃なんて、(おそ)れ多くて(おのの)いた。そして意識は同一人物だったとしても、外から見れば夫が二人居るという状況に立たされる事に、何よりも混乱した。

 けれど、受け入れた。男爵令嬢でしかないソフィアリアがそんな状況で何が出来るのかはわからなかったけれど、望まれたから行く。それは当然の事だった。フィーギス殿下の言う通り、まるで生贄のようだと、思わなくもなかった。けれどそれでもよかった。

 結果的にかなり難しい立ち位置に立たされる事になったけれど、何の前例もなく、重圧のかかりやる事が多いこの場所で忙しさに翻弄されるのは、むしろ好都合だった。


 ここに来れたのは幸福だったと思う。素敵な出会いにも恵まれた。けれど、同じくらい大変な事も多そうだから、その幸福は気にならなかった。

 ソフィアリアの行動の全ては、言ってしまえば終わりのない贖罪(しょくざい)なのだ。許されたいなんて思っていない。幸せになりたいなんて願わない。……そんなの、ソフィアリア自身が許していない。


 それを献身なんて称賛されて、幸せになってと人から願われるのは何よりも辛かった。怖かった。だったらソフィアリアが奪ってきたものや、やり直せない過去は、なかった事にするのか? もう贖罪は終わったからと、全てを忘れ去るのか? それを自分が許すのか?


 目を見開いたままもう一度首を横に振る。けれどオーリムは絶対引かなかった。強い眼差しで、ソフィアリアが諦めるのを待っている。


「幸せが辛くなったら、俺が、その、慰める。王も放っておかないと思う。苦しくて痛いかもしれないけど、これは罰だからそれがちょうどいい。だから……幸せになってほしい」


 そんな言葉と眼差しに、結局負けたのはソフィアリアの方だった。口は笑みの形を保ったまま、くしゃりと泣きそうに表情を歪める。


「……そんなの酷いわ。幸せが罰だって言われたらもう、受け入れるしかないじゃない」


 ――ソフィアリアは周りから望まれたものを与える。そこに自分の意思なんて関係ない。だから幸せになれと、それがソフィアリアへの罰だという言葉を、この世界で一番偉い神様とその代行人で、未来の旦那様から願われてしまったら、受け入れるしかないではないか。

 屁理屈だ。言い訳だ。でもそれがソフィアリアの在り方で……結局自分の幸せを追求してしまう、ただの弱い人間の小娘だった。


「言っただろ? 俺は最低野郎で、王は傲慢チキだ。酷い事だって平気でやる」


 降参の言葉に、オーリムはふわりと嬉しそうに笑い、王鳥はスリッと、頭を撫でるように頬を擦り付けてくる。二人の旦那様の優しい表情と仕草に、激しく心臓の音が高鳴る。――もう、諦めて認めるしかないようだ。


 くるりとまた背を向ける。王鳥からも少し離れて、一度深呼吸し、振り向きながら、一世一代の大切な言葉を紡いだ。


「――わたくしは、酷くて優しい旦那様達に恋をしたみたい。これからきっと、もっと好きになるわ」


 月を背にした初めての告白に、オーリムは驚いていた。


 幸せを素直に受け入れられないソフィアリアは、恋を諦めるつもりだった。だってそれはソフィアリアが思う最大級の、自分の幸せを願う行為だと思っていた。

 相手にあげるだけの無償の愛情や好意は持てても、自分が幸せになる為に気持ちを返して欲しいと願ってしまう恋心だけは、絶対に持ちたくなかった。

 幸せになれという言葉を受け入れたソフィアリアは、漠然と持ちつつも心の奥底に沈めるつもりだった、旦那様となる二人への恋心を素直に認める事にしたのだ。


 優しくいい表情が出来ているだろうか?そうだといい。いつかこの時を思い出して、とても綺麗だったと思ってもらいたい。


 オーリムはソフィアリアの告白がよほど予想外だったのか、驚いた顔のまま固まっていた。その表情にふっと笑みを深め、また後ろを向く。


「そろそろ戻るわ。おやすみなさいませ、王鳥様、リム様」


「あ、ああ……おやすみ」


「ピィ」


 そう言って歩き出す。後ろで指を組みながら、今度はもう、振り返らなかった。

 歩いて、二人の姿が見えなくなった所で大きく息を吐く。口元に笑みを浮かべながら俯いて、前髪で目元を隠した。


「……本当に、酷いわ」


 生まれて初めて恋をした。恋をした相手の一人にここで幸せになってと、側に居ると言われた。それは幸せな事だ。


 ――幸せにするとも、一緒に幸せになるとも、好きだと返される事もなかったのに。


 驚いた後に見せた、何かを押し殺して困ったような、途方に暮れたような表情。それが答えなのだろうか。

 王鳥と代行人は好みが同化してしまうという。王鳥に望まれて妃になったから王鳥には間違いなく愛されているし、その自覚もある。けれどオーリムはそれにつられただけで、本心は別にあったりするのだろうか。


 ソフィアリアはオーリムの過去を、代行人になる前の事を何一つ知らない。好きな人に生涯寄り添ってもらいながら、気持ちは返されず、ただ幸せを願われるなんて、こんなに酷い罰はない。


 ――贖罪の為に生きてきた筈なのにすぐに絆されて、幸せになりたいと気持ちを切り替えられて、幸せな場所で恋しい人の気持ちまで欲しがるソフィアリアはやっぱり幼少期から何も変わらない、我儘(わがまま)で無邪気なお姫さまだ。

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