鈴蘭のお姫さま 2
今週から月・水・金曜日の週3回更新に変更になります。
こちらは金曜日更新分です。お読みの際はご注意ください。
マヤリス・サーティス・コンバラリヤ。光に当てると光の色を吸収する程純度の高いプラチナの髪と、涙を湛えていそうな大きくつぶらなアメジストの瞳が特徴的な、コンバラリヤ王国の第一王女であり、フィーギス殿下の婚約者だ。
顔は小さく色白で、その造形美は噂に違わず、むしろそれ以上だと初めて知った。フィーギス殿下と並んで遜色なく、潤んだ瞳がまるで小動物のようで庇護欲を掻き立てる、とても愛らしい美少女である。
オーリムを除いた五人は王族向けの最敬礼をし、立ったままのオーリムをプロディージは突いていたが、動かない。
遠目だが護衛騎士が居るので人目があるとわかっているものの、王鳥が許可しないんだろうなと思った。ソフィアリアも身分を隠しているのでついやってしまったが、やめた方がよかったかもしれない。
それに慌てたのが、マヤリス王女である。
「あっ、あの、お立ちになってください。ここは公式の場ではありませんし、その……」
眉を八の字に下げ、チラリとオーリムを見る彼女は、変装していても代行人だとわかったらしい。聞いた話では三年前に一度会ったきりだったはずだが、しっかりと顔を覚えていたようだ。
その言葉で男性陣は立ち上がり、ソフィアリアとアミーは顔を上げると、パチリと目が合った。なんだかお互い、むず痒い顔をしているなと笑みが浮かぶ。
そんなソフィアリア達に気付く事なく、幸せそうな顔をしたフィーギス殿下はマヤリス王女の肩を抱き、メルローゼは反対側でムッとしつつ、手を繋いでいた。
「では軽く自己紹介を済ませてしまおうか。プロディージ」
「はい、初めてのご挨拶を簡略化するご無礼をお許しください。私はセイド家嫡男プロディージでございます。マヤリス・サーティス・コンバラリヤ第一王女殿下にお目にかかれて、大変光栄です。しばらくの間、お世話になります」
「……リム・アレックス。世話になる」
「ソフィ・アレックスです。お会い出来て光栄ですわ」
「……プロムス・ニューリです。よろしくお願いいたします」
「アミー・ニューリです。お会い出来て光栄です」
プロディージに無礼なと睨まれたものの、オーリムに倣って簡単な自己紹介で済ませ、後に続く事になる二人にも楽にしてもらう。二人はいいのか?と目配せされたが、笑みを浮かべて頷く。長々とした口上で時間を取られるのももったいないし、遠巻きにしている護衛騎士しかこの場にはいないので、問題ないだろう。
ちなみにニューリは、フィーギス殿下が今回二人に与えた準男爵位だ。当然、ソフィアリア達のアレックス姓と同じく、この場限りである。
マヤリス王女はみんなを順に見て――気持ちソフィアリアを長めに見て――、コクリと頷いた。
「皆様を心から歓迎いたします。立ち話もなんですので、王城にご案内しますね」
少し困ったように眉を下げたまま微笑むマヤリス王女は、その微笑み一つで周りに花が咲いたと錯覚するくらい、飛び抜けて可憐な美少女だった。
*
「すっ、すみません、すみませんっ! 代行人様の前でこんなっ、ううっ……」
移動中の馬車の中。オーリムの対面……と言っていいのかは不明だが、マヤリス王女は真っ赤になった顔を両手で覆い隠しつつ、オロオロしていた。
オーリムが窓枠に腕を立て掛けながら、そちらを見ないように深く溜息を吐く。
「……フィー、そういうのは二人きりの時にやれ」
「気にする必要はないよ。これが私達の通常通りさ。羨ましいなら、リムもソフィとどうだい?」
「こんな所で出来るかっ⁉︎」
出来ないらしい。色々としょんぼり……と言いたいところだが、そういえばオーリムにされた事がないと思い至る。王鳥とはたまにしていたので、盲点だった。
「ここじゃなければ、してくれるの?」
だから期待を込めて、隣に座るオーリムをキラキラとした目で見つめる。オーリムはうっと怯み、視線を逸らしていた。
「…………結婚後なら」
「あら、残念」
まさか膝に乗る事すらダメなのかと、ガッカリして溜息を吐いた。オーリムが色々な事を結婚後ならと先延ばしにするので、結婚したらやりたい事が山積みである。もちろん、全部叶えてもらう所存だが。
――そう、マヤリス王女は今、フィーギス殿下の膝の上に座らされていた。人数が多かったので二手に別れた――メルローゼは激しく抵抗したが――この馬車に、メルローゼがいたら大変な事になっていたなと苦笑したのは言うまでもない。
ちなみにフィーギス殿下と一つ空けた扉側には、フィーギス殿下の所業に呆れ返っているラトゥスもいる。
「……その、王鳥妃様」
手を顔から離して、赤い顔をして潤んだ目で見つめられると、同性のソフィアリアですらドキドキしてしまう。
それを必死に笑みの下に隠して、優しく微笑んだ。
「どうかソフィと楽にお呼びくださいな。あと、敬語も必要ないわ。これから長い付き合いになるもの。もっと気楽にお話しましょう?」
「あっ、すみません。わたし、親しい人には逆にこうなんです。人目がある場所ではしっかりするので、お嫌でなければ、このままで構いませんか?」
「まあ! ふふ、そういう事でしたら、喜んで」
「あと、呼び名なのですが……」
俯いて、言いにくそうにもじもじする姿も大変可愛らしいなと思いながら、言葉を待つ。視界の隅でマヤリス王女の髪を梳いて遊んでいるフィーギス殿下の事は、気にしない事にした。
やがて意を決したのか、ふんすと拳を握って、上目遣いでソフィアリアを見つめる。
「メルちゃんと同じように、わたしもお姉様とお呼びしても構いませんか……?」
「いいわよ」
つい可愛さにやられて即答してしまったが、色々おかしい事に気付く。でも、まあいいかと思う事にした。そのくらいのお願いなら、お安い御用だ。
「言いわけあるかっ⁉︎ どの立場でフィアは姉と呼ばせるんだ!」
残念ながらオーリムは、許してくれないみたいだけれど。
代行人に怒られたマヤリス王女は可哀想に、顔を青くしてペコペコと頭を下げていた。
「すっすみません、すみませんっ! 代行人様はお嫌ですよねっ」
「リム、ケチくさい事言わない。いいではないか、ソフィは私の姉なのだから」
「だから嫌なんだろ!」
「えっえっ、ギース様のお姉様ですか……?」
マヤリス王女はフィーギス殿下をそう呼んでいるのかと思考を飛ばしつつ、余計にややこしくなったこの事態をどう収集つけようかとラトゥスに協力を頼もうとしたが、ラトゥスは遠い目をして現実逃避をしていたので、そっとしておく事にした。困ったものである。
なら、ちょうどいい機会なので、正直な気持ちをぶつけてみようと決めた。
ソフィアリアは斜め向かいのマヤリス王女に手を伸ばし、その両手をギュッと握り締めて、ふわりと微笑む。
「……わたくし、マヤリス王女殿下とこうしてお話が出来る日が来るとは思わなかったわ」
メルローゼが事細かに、何よりも熱く語ってくれたので、マヤリス王女の事はずっと昔から知っていた。そうやって話を聞くうちに存在を近くに感じ、畏れ多くも、友達のように思っていたのだ。
けれどソフィアリアはただの男爵令嬢で、メルローゼがマヤリス王女を攫うのも成人してからだと言っていたので、その頃にはソフィアリアは誰かに嫁いでいて、会う事はないだろうと予想していた。
でも、こうして会う事が出来た。お互い全く予想もしていなかった立場となり、奇跡のような縁で結ばれて、向かい合っている。それがこんなにも嬉しい。
その気持ちが伝わったのか、マヤリス王女もギュッと手を握り返してくれて、嬉しそうな表情をする。
「どうかわたしの事はリースとお呼びください。……わたしも、お姉様とは初めて会った気がしないんです。ずっとメルちゃんが自慢のお義姉様だとお話してくれて、いつかわたしのお姉様にもしてもらいましょうって言われていて、ギース様に会う前は、その日をとても楽しみにしていました」
「まあ! もう、メルったら」
それを聞いて、なんとなく合点がいった。
メルローゼはマヤリス王女をコンバラリヤから救い出した後、セイドに養子として迎えてもらう気だったのかもしれない。そうすればプロディージと結婚するメルローゼとは身内になるし、ずっとセイドで一緒に暮らせる。だから、ソフィアリアは「お姉様」なのだ。
フィーギス殿下もそれで察したらしい。
「ははっ、ペクーニア嬢の思惑は断固阻止するけど、私の姉でもあるからね。そのまま姉として過ごせばいいよ」
「ダメだって言ってるだろ。大体、母じゃなかったのか?」
「リムに禁止されたからね」
「くっ……!」
適当な事を言っているフィーギス殿下に簡単に流されるオーリムに苦笑しつつ、気を取り直して、マヤリス王女と視線を交わす。
「わたくしもね、メルにずっと聞いていたから、長い間お友達だった気分なの。不思議ね? リース様とは初めて会ったのに、そんな気がしないわ」
「ふふ、さっきもね、メルちゃんと一緒に、お姉様とも再会したって感じていました。実際に会ったのは初めてですし、交流があった訳ではないのに、不思議ですね」
「ねえ、リース様」
お互いにまっすぐ見つめ合う。フィーギス殿下と初めて会った時には、たかが男爵令嬢のソフィアリアが一国の王女殿下と友達になるのかと遠い目をしたものだが、今はその気持ちは欠片もない。だってソフィアリアは男爵令嬢ではなく、王鳥妃なのだから。
一国の王妃より上の位に立ち、困った事があれば相談に乗り、導ける姉のような存在になれる今だからこそ。
「わたくし達、今度こそお友達になれるかしら?」
メルローゼを通じてではなく、ソフィアリアとマヤリスとして。ここから始めていけるだろうか。
マヤリス王女は目を潤ませながら笑みを浮かべ、大きく頷いた。
「はい、お友達になりたいです! これからよろしくお願いします、お姉様!」




