鈴蘭のお姫さま 1
今週から月・水・金曜日の週3回更新に変更になります。
こちらは水曜日更新分です。お読みの際はご注意ください。
「は? 誰、きみ?」
翌日の正午前。コンバラリヤ王国が見えてきたとの知らせを受け、ソフィアリア達は下船の準備の為に荷物をまとめ、ハッチ前に集まっていた。
やってきたプロディージが訝しげな表情をしながら言ったのが、それである。その視線は、ソフィアリアがデレデレしながら腕を絡めている彼に向けられていた。
「わかって言ってるだろ」
当然彼は、プロディージには言い返さなければ気が済まないので、ジトリと睨みつつ反論する。するとプロディージにはっと鼻で笑われたのだから、青筋を浮かべていた。
「色抜けたらすっごい普通だよね」
「まあ! なんて事言うの? こんなに可愛いのにっ!」
「色ボケ姉上の色眼鏡でしょ」
「色ボケとはなんだっ⁉︎ フィアはこれが普通だ!」
「それ姉上を褒めてんの? 貶してんの?」
いつも通り楽しく言い争いを始めた二人に溜息を吐きつつ、頬を緩めながら隣の彼の見上げる。
ビドゥア聖島では一般的な栗色の髪はくるくると重力に逆らっていて、ふわふわしていそうでとても可愛い。王鳥とお揃いの尾羽のような後ろ髪がなくなってしまったのは、とても残念だけれど。
肌が弱いのか赤ら顔なのは、よく赤くなって照れるオーリムの姿を思い起こさせ、顔を横断するようにうっすら散ったそばかすは、なかなかチャーミングだ。
肌質のせいで隠されているが、パーツはそれなりに整っていて、見慣れたいつもの顔である。
そしてなんと言っても特徴的なのが、猫のように大きな吊り目を輝かせるギラギラと明るいオレンジ色の瞳が、ソフィアリアの目を惹いてやまない。その綺麗は色は、ずっと見ていられそうなくらい魅力的だ。
そんな風に、姿がすっかり変わってしまったオーリムだった。いや、彼こそがソフィアリアがセイドで会った「ラズ」なのだ。
ラズは王鳥に代行人に選ばれた際、髪と目の色が変わり、肌質も変化して、今のオーリムになったのだから、生まれ持った本来の姿はこちらである。
今回は代行人である事を隠す為、王鳥がオーリムの代行人として持つ力を一時的に封印した結果、こうして元の姿に戻ったらしい。
もう二度と見る事は叶わないと思っていたラズが大きくなった姿を見て、大号泣ののち、ソフィアリアはこうして上機嫌に引っ付いていた。
ソフィアリアはそれでいいのだが、初めて見たオーリムの本当の姿にプロムスは「すっげー普通!」と大爆笑、アミーはしげしげと興味深そうに見つめて「人混みに紛れたら見つけられない」、プロディージに至っては「誰?」なんて言い出す始末。こんなに可愛いのに、解せないものである。
「ピーピ?」
「うふふふふ、もちろんいつものリム様も、王様とお揃いで素敵ですよ? でもこうしてラズくんに会えて、今日ははしゃぎたい気分なのです」
「ピ!」
「ええ、ええ! しばらくの間、懐かしいラズくんをたくさん愛でさせてくださいな」
オーリムがプロディージばかり構うから、ソフィアリアは王鳥と会話を楽しんでいた。ちょっと切なくて、とても幸せな気分だ。
「おや? 随分と懐かしい姿をしているねぇ」
「忘れていたが、最初に見たリムはこんな感じだったな」
戯れていたら、ようやく旅支度を終えたらしいフィーギス殿下とラトゥスがやってきた。今回従者が誰もいないので、プロムスが代わりに二人の従者として付いている。オーリムを見て「ぶはっ」と再度吹き出すのは何故なのか。
「フィー殿下とラス様は、ラズくんにお会いした事があるのですね」
話には聞いていたが、王鳥を継承し代行人を選ぶ際、王城でお披露目の儀式をやるのが慣例だと言っていた。だから王鳥に無理矢理連れてこられたばかりのラズを見た事があるのだと。
目にしたのは短時間だっただろうに覚えていたのかと尋ねようとしたが、フィーギス殿下はどこか遠い目をしていたので、口を噤む。
「あの時の私は世間知らずの子供で、リムの姿に酷い衝撃を受けたのだよ。ボロボロに痩せ細った子供で、上には服すら着ていなくてね」
「そんな子供がこの平和な国にいるのだと知って、驚いたな」
「王太子の自覚が芽生えたのはもう少し後だったけれど、リムのような子供がまだまだ居るのだと知って、目が覚めた心地だった」
そう語ったフィーギス殿下は、王族としての顔をしていた。だから目を少し伏せて、今は遠くにいる先生達に話しかける。
立派に育ったフィーギス殿下に、ソフィアリアのような取り繕っただけの存在は、不要でしたよと。
「……何かろくでもない事を考えてないか?」
「ビー」
「どちらかと言えば、いい事かしら? 立派に育っているフィーギス殿下には、わたくしの助けはいらないわねって思っていたの」
「ははっ、何を言っているのかな? 私はまだまだ未熟者さ。だから存分に助けてくれたまえ」
キラキラした笑顔でそう言うフィーギス殿下に、むしろ安心する。驕らず堅実に、使えるものはなんでも使って、手を借りる事も厭わない。
きっと彼は、本当にいい次代の王になるだろう。
「お待たせー! うふふふふ、待っていてね、リース。私が助けてあげるから!」
最後にやってきたメルローゼは荷物を置くと、見えてきたコンバラリヤの港を見て、ニマニマと頰を緩めている。
大好きなマヤリス王女に三年振りに会えるのだから当たり前ねと微笑ましく見守っていたら。
「マーヤは私に助けを求めたんだ。ペクーニア嬢はおまけだよ」
「まあ! こうして船まで出して、お望み通りディーまで連れてきた私に向かって、なんて言い草なのですかっ⁉︎ 今一番リースの助けになっているのは、この私ですわ!」
「私が言わなければ、そもそもマーヤがピンチだと知る事もなかったのではないかな?」
「いつか手紙で助けを求めてきましたわ!」
「いつか、ねぇ。私はもう来ていたよ?」
「くっ……!」
……マヤリス王女が絡むと一気に大人気なくなるが、きっと、いい次代の王にはなるだろう。
「ん? ていうか、あなた誰よ? なんでお義姉様に当たり前のようにくっ付いてるの⁉︎」
「その状況で大体わかるだろ」
そしてメルローゼも、オーリムを見てもわからなかった。ちょっと色合いが違うだけで顔の形は一緒なのに、不思議なものである。
*
ハッチが開くと、降りた先には遠目でもわかるくらい、綺麗な女の子が立っていた。
駆け寄ろうとするメルローゼをプロディージは後ろから抱えて阻止し、真っ赤になっている隙にフィーギス殿下に先に降りてもらう。
こうして会えるのは、春からソフィアリアを王鳥妃にする為に奔走していた為一年振りなのだと言っていた。そして大舞踏会でフィーギス殿下の計画通りにいっていたら、もう二度と会えなかったかもしれないと。
だからまず、婚約者同士の再会が最優先だろう。抱擁を交わし合う二人の姿を、船の上から温かく見守る。
しばらく甘い時間を過ごしてもらい、二人が抱擁を解いてフィーギス殿下がこちらを見上げたのを合図に、プロディージが手を離すと、駆け降りる勢いでメルローゼが降りて行った。
「リイイィィスウウゥゥっ〜〜‼︎」
色々台無しだなと困ったように笑って、ソフィアリアはオーリムにエスコートをされながら、その後に続く。
半分降りる頃には、メルローゼは綺麗な女の子にひしっと抱き付いていた。
船を降りて、間近で二人を見たソフィアリアは目を見張って、口元に手を添える。
「メルちゃんっ、わたしも会いたかった〜!」
「わたっ、私もよっ! ああ、こんなに綺麗になっちゃって……!」
「メルちゃんもですよ〜」
ポロポロと涙を流して、額を合わせながら再会を喜ぶ二人が並んだ姿は、まるで一対のお人形のようだった。色味が正反対なのに似通った背丈と顔の造形、それに髪型まで似ているから、余計にそう見えてしまう。
「かっ……!」
「フィア?」
「可愛いっ……‼︎」
頰を上気させ、二人を尋常じゃなくキラキラした表情で見つめるソフィアリアに、オーリムがビクリと肩を震わせるが、ソフィアリアはそれどころではない。
口元を押さえていなければ、はしたなくも可愛い可愛いと叫び倒して、身悶えていただろう。それくらい、二人並んだ姿がソフィアリアの心を鷲掴みにした。
二人を模したお人形を作れば可愛いのでは?と思考を暴走させているソフィアリアを、周りが軽く引いている事に気が付かない。
「……ちょっとリム、姉上に何したのさ?」
「何ってなんだ」
「昔からどうしようもない馬鹿だったけど、ここまで馬鹿丸出しじゃなかったんだけど?」
「フィアは馬鹿ではないっ!」
「ソフィ様は可愛いものをこよなく愛していらっしゃるのです」
「気持ちを抑える必要がなくなって、のびのびしてんなら別にいいんじゃねーか?」
「大屋敷には姉上を甘やかす人間しかいない訳……?」
プロディージのもっともな苦言に、はっと我に返ったソフィアリアは、頰を赤らめて、こほんと咳払いをする。
「やだ……わたくしったらつい……」
頰に手を当ててはにかんでいれば、それを見たオーリムまで何故か頰を染め、プロディージからは蔑みの視線をもらった。淑女としての振る舞いを忘れてしまったのだから、当然だろう。
お互いに笑みを浮かべて、涙を指で拭い合う二人の姿にまたキュンと胸を締め付けられる。
そんなソフィアリアの内心に気付く事なく、綺麗な女の子はこちらを向き、ふわりと笑いながら、その場で美しいカーテシーをした。
「はじめまして、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。わたしはマヤリス・サーティス・コンバラリヤ。皆様を心より歓迎いたします」




