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大海原の上、仮初の夫婦 6



 オーリムが咳払いし、何やらソワソワしているのを見て、なんとなく姿勢を正す。何を言い出すのか、お行儀よく待っていた。


 そしてコートの内ポケットから小さな箱のようなものを取り出したのを見て、キラリと目を輝かせる。


「その、フィア。今回は仮初だけど、夫婦になるな」


「ふふ、そうね。わたくしはリム・アレックス準男爵の奥様に……ソフィ・アレックス夫人になるわね?」


 それは今回、学園に潜入するにあたって使う事になった仮初の名前だ。代行人と王鳥妃(おうとりひ)として動くのは色々と(さわ)りがある為、こうして身分を偽る事となった。


 ソフィアリアはソフィに、オーリムはリムに、そして家名はお互いアレックスに。


 愛称を名前として使い、家名はフィーギス殿下が用意してくれた、本来存在しないはずの夫婦。ほんの少し早めの夫婦体験だと思うと、なんだか気恥ずかしさすら感じてしまう。


 オーリムもそうなのか、夜闇でもわかるくらい、頰を赤く染めていた。でも目は真剣にソフィアリアだけを見つめているから、ドキドキする。


「ピ」


「ふふ、王様も王鳥・アレックスになりますか?」


「ビー」


「あら、残念」


「もう王はフィアを伴侶認定してるから、人間の家名はいらないし、無意味な仮初の夫婦にはならないってさ」


「ええ、そうですわよね! わたくしはもう、王様のお妃さまですもの」


 結婚はまだなのでオーリムとは婚約中なのだが、王鳥は人間の婚約期間というものを理解しないので、大屋敷にソフィアリアを招いた時点で、既に結婚したも同義らしい。のわりに、結婚式は楽しみなようだが。人間でいう披露宴のような扱いなのだろうか?


 妃と言ったのが嬉しかったようで、王鳥は目を細めて、ぐりぐりと肩口に額を擦りつけてくるから、可愛い旦那様だ。増したドキドキ感のまま、もう一度オーリムにも視線を向ける。


「それは?」


 小さな箱を期待の眼差しで見つめる。実は箱の形状と今回の事情である程度察しはついているのだが、やはりオーリムの口から直接聞きたかった。


「うっ、あ、ああ。あっちの国では結婚すると、ピアスではなく指輪をするんだと。だから――」


 そう言って蓋を開けると、ゴールドのペアリングが入っていた。やはり期待通り、結婚指輪だったようだ。コンバラリヤ王国の文化は当然知っていたが、突然決まったのにわざわざ用意してくれたらしい。

 三つの細い輪が絡まり、トップには黄色の宝石一つと、少し色の違うオレンジ色の宝石二つが小さく乗っている。宝石はシトリンとオレンジダイヤモンドだろうか? 王鳥とソフィアリア、そしてオーリムがラズだった頃の瞳を連想させる宝石の並びだ。

 プラチナではなくゴールドなのは、二人の瞳がそうだからなのだろうなと理解しつつ、シンプルだけど繊細な指輪に、ほうっと溜息が漏れた。


「綺麗……」


「気に入ったか?」


「ええ、とっても! ふふふ、どうかつけてくださいな」


 左手を差し出すとギクリと肩を強張らせ、おそるおそる手を取り、少し震えながら薬指につけてくれた。緊張し過ぎである。


「ピ」


 そして王鳥には指輪へのキスをもらった。なんて幸せなのだろう。


「――――おっ、俺もか……?」


 王鳥に催促されたらしく、オーリムからも指輪へのキスをもらい、今度こそ多幸感でどうにかなりそうだ。きっと今のソフィアリアは淑女にあるまじき、だらしない表情を晒しているに違いない。


「ありがとうございます、王様、ラズくん。この指輪も、一生大切にするわ」


 左手を右手でギュッと包んで幸せそうな表情を二人に向けると、二人も優しい笑顔を返してくれた。


「ああ、そうしてくれると嬉しい」


「ピー!」


「ラズくんのは、わたくしがつけさせてね?」


 そう言ってからもう一つのペアリングとオーリムの左手をとって、ウキウキした気持ちで薬指に指輪を通したが……。


「あら? 少し緩いわ」


 通した指輪ははまったものの、少しだけグラグラする。落とす事はないと思うが、頻繁にずれてしまいそうだ。


 オーリムも予想外だったのか、首を傾げていた。


「サイズを間違えたか? 武器の邪魔になるから普段から指輪はしないし、急ぎだったから試着しなかったのが仇になったな」


「困ったわねぇ〜」


「まあいい。帰ってから直してもらう。落とさないようにだけは、気を付けないとな」


 そう言って失敗したと苦笑するオーリムに、眉を下げて淡く微笑み返す。大変だと思うが、そうしてほしいと願わずにはいられない。仮初でも結婚した証をなくされたら、つい泣いてしまいそうだ。


 まあ、こんな事もあるよねと首を振り、気を取り直して、オーリムの指輪の上にもキスを落とす。なんだか握った手がより温かくなった気がした。照れたのだろうか?


「あと、これを」


 そう言ってオーリムは内ポケットからもう一つの箱を取り出すと、下の方は輪が欠けているものの、全く同じデザインの小さめの腕輪が入っていた。

 ソフィアリアは合点がいって、パッと笑う。


「王様の指輪ね!」


「ピ!」


「ふふ、ええ。では、失礼いたします」


 腕輪――あらため、王鳥の指輪を受け取ると、その足元にしゃがみ込み、立派は左の鳥足にそっと触れる。


 しなやかな身体とは違い、足はゴツゴツと骨張っていて、なんだか照れ臭いと頬を染める。


「はぁ〜。こんなところを触るだなんて、いけない気分……」


「フィ、フィア……?」


「前は三本なのね〜。王様、真ん中でよろしいでしょうか?」


「ピ!」


 いいらしい。いそいそと真ん中に通すと、こちらはきちんとピッタリサイズだった。下の方がないのは、地面に擦れるからのようだ。

 そのまま少し屈んで同じようにキスを落とすと立ち上がり、パンパンとスカートの埃を払う。


「うふふ、一足早めに三人で夫婦ね?」


「あ、ああ……結婚、したな」


「ピ!」


 三人揃って、熱に浮かされたようなふわふわした多幸感で頰を緩ませる。たとえ仮初だとしても、夫婦関係とは、なんとも甘く幸せなものだなと、雰囲気に酔いしれていた。


「……フィア」


 オーリムの少し緊張した、でも期待した真剣な表情と、軽く広げた両手で察したソフィアリアは、笑顔でその胸に飛び込む。

 腕の中に囲われて、少しの間すりっと胸板に戯れてから、顎に手を掛けられたのを合図に、顔を上げた。


 絡ませあった熱い視線で火傷しそうだ。いつものように一度ふわりと微笑んでから目を瞑ると、まずは(まぶた)にちゅっと、軽い口付けが落とされる。


 その優しい感触に胸を高鳴らせながら次を心待ちにしていると、唇に柔らかく、触れるだけの口付けが降ってきた。

 こうした回数もそろそろ二桁折り返しに近付くなとぼんやり思いながらしばらく押し当てられ、最後は少しだけ喰まれて、そっと離れていく。


 ふわふわしたまま目を開けたら、オーリムも同じ表情でソフィアリアを覗き込んでいたので、ふふと微笑み合った。照れて、恥ずかしくて、とても幸せだなと語り合うように。


「ねえ、ラズくん。もしかして、足りないの?」


 少し前から気になっていた事を問えば、オーリムは目を見開いて、ぼんっと耳まで真っ赤に染まってしまった。その表情が可愛くて、くすくすと笑う。


「えっ、なっ⁉︎」


「だって最近、離す直前にはむってするでしょう?」


 だから物足りないのかと首を傾げていれば、口をはくはくして、黙り込む。バレたと思っているのか、無意識だったのか。


 さあどっちだと待っていれば、グイッと強めに後頭部を掴まれ、強引に唇が重ねられるのだから、ビックリしてしまった。


 でも目を細めて身を委ねると、乱暴だと感じるくらい、唇全てを味わうような熱いキスが返ってくる。相変わらず舌を入れられるような事はないが、リップ音を響かせながら柔く啄むような大人っぽいキスは、心臓がうるさくてなかなか慣れない。

 なのに、こんなにも嬉しいのだから、どうしようもない恋心だ。


 随分と長い時間唇を弄ばれ、ようやく離れた時には腰が抜けて、抱え込まれていなければ、膝から崩れ落ちそうだった。

 ふにゃふにゃになったソフィアリアとコツリと額を合わせてきて、見上げた表情は余裕ぶった勝ち気な笑みだったから、困ったように微笑む。


「もう、王様ってば」


「仕方なかろう? ラズは欲求不満なのにお利口に我慢しておるのだから、余が手伝うしかあるまいて」


「あらあら」


 ストレートな物言いに照れてしまうが、やはりオーリムは物足りないと自覚して、わざとしていたのか。


 ソフィアリアは両手を伸ばし、オーリムの頬を挟んで、優しく言い聞かせた。


「ラズくんも王様みたいにしてもいいのよ? わたくしは嬉しいだけだもの」


「――――こら、逃げるでないわ。まったく、困った奴よのぅ」


「まあ、残念ね。 ……ねぇ、王様」


「ん〜?」


 困った事に、王鳥はいつもそうだ。ソフィアリアとオーリムに平等に優しくて、ちょっとだけ酷い。

 だから王鳥にも言い聞かせるように、スリっと額を擦り合わせて、まっすぐその瞳を見つめた。


 ソフィアリアの本心が伝わりますように、そう願いながら。


「わたくし、王様のちょっと強引なキスも好きなんですよ? だからラズくんの代わりなんて言わず、王様からのキスも、わたくしにくださいな」


 王鳥がオーリムの代わりだと言ったのだ。でも王鳥もオーリムも平等に愛しているソフィアリアの恋心が、オーリムの代わりに触れたと言った王鳥に、そんなの寂しいと泣いている。

 王鳥は王鳥として、ソフィアリアに恋をしてほしいのに。


 王鳥は虚を突かれたようにぽかんと珍しい表情をし、やがて苦笑して、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。


「ほんに余の妃は大胆よなぁ。余の寵愛を、強欲に奪おうとするのだから」


「ふふふ、そんなわたくしは、お嫌いですか?」


「愛しておるよ。さすが、余の妃だ」


 そう言った惚けた表情がどこか可愛く見えて、思わずギュッと抱きついた。



お読みいただきありがとうございました!

今週から月・水・金曜日の週3回更新に変更します。

次回の更新日は4/3(水)の6時ですので、お読みの際はご注意ください。

引き続き王代妃第三部をよろしくお願いいたします(*^^*)

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