大海原の上、仮初の夫婦 4
そのまま明日以降の打ち合わせをし、解散になった頃には、いつの間にか出航した後だったらしい。揺れも何も感じなかったので全く気付かなかった。
「――――王がこの船を護っている。海賊達からの襲撃から護るついでに、揺れも抑えているんだと」
「まあ! ふふ、ありがとうございます、王様。おかげで快適な船の旅を満喫出来そうですわ」
「ピーピ」
えへんと胸を張る王鳥を撫でる。ソフィアリアは揺れても船酔いはしないのだが、今は具合の悪いアミーがいるのでちょうど良かった。まあアミーなら王鳥が何かしなくても、キャルがせっせと気を利かせただろうけど。
甲板からの景色をしばらく楽しんでいたソフィアリア達は、再度ゲルの方に足を運ぶ。
中を覗き見るとアミーが半身を起こし、キャルがそんなアミーを抱えるように羽根で包み込んでいたので、ふわりと微笑んでみせた。
「おはよう、アミー。だいぶ顔色がよくなったわね?」
「はい、ご心配をおかけして、申し訳ございません」
「気にしなくていい。……俺達の方こそ、すまない。アミーは俺達の厄介事に巻き込まれた被害者だ」
「ビ!」
「いてっ⁉︎」
アミーが座っているカウチソファの近くに置いてあった椅子に腰掛けると、オーリムはキャルに額を突かれていた。「本当だよ!」というところだろうか。
「おっ、来てたのか」
いいタイミングでプロムスが帰って来てきた。手には籠に詰められたいちごを持っている。どうやらアミー用らしい。
「おかえりなさい」と笑みを向けながら、ソフィアリアはアミーから一番近い席を、プロムスに譲る。礼を言われて、ソフィアリアは王鳥が持ってきてくれた椅子に腰掛けた。
「アミー、これ、ペクーニアの嬢ちゃんから」
「ごめんなさいね、アミーが寝ている間に、みんなでおやつを食べてしまったの。アミーの分は取り分けてあるけれど、食べられそうかしら?」
「……申し訳ございません。こちらをいただきます」
「ふふ、いいのよ。お菓子なんて、プロディージが喜んで食べてくれるわ。アミーはいちごを、遠慮なく召し上がれ」
笑いながらそう言って、しばらく四人と二羽でなんて事ない雑談を楽しむ。
注意深く観察していたが、アミーはまだ少し顔色が悪いようだ。
だが、今のうちに予定を話さなければならない。本調子ではないのに申し訳ないなと思いながら、打ち合わせの内容を、アミーにも伝える事にした。
「アミー、明日以降の事なのだけれど、やっぱりわたくし達についてきてもらう事になったわ」
「ピエッ⁉︎」
「キャル、黙って。……もとよりそのつもりですので、お気になさらず。その……私が貴族のご令嬢のように振る舞い、学生として過ごせるのかは、自信がありませんが」
愛らしい猫目をしゅんっと伏せてしまうアミーに微笑みかけ、首を横に振る。
今回の潜入先だが、なんとコンバラリヤの王立学園だ。
詳細は不明だが、問題はそこで巻き起こっているらしく、マヤリス王女のクラスに、留学生として潜入する事になっていた。そのあたりの話は、二週間前から変わっていない。
ソフィアリアはアミーの髪に手を伸ばし、下ろされているので現れた猫耳のような癖毛を指先で突きながら、言った。
「アミーはわたくしが育てた一番の侍女よ? 王城に入る事も許されているのだから、自信を持ってくれると、教育係として鼻が高いわ」
「……そうですね。ソフィ様へのご恩に報いる為にも、精一杯務めさせていただきます」
「おう、頑張れ」
ソフィアリアが手を退けると、上書きするようにわしゃわしゃと撫でるプロムスの様子を微笑みながら見守り、今日の打ち合わせで話し合った内容を、脳内で振り返る。
学園に潜入するにあたって、コンバラリヤ王国でも知名度のあり、正体が知られているフィーギス殿下とラトゥスは身分はそのままに、サプライズで学園視察をする形となった。
プロディージとメルローゼも身分はそのまま、島都学園を首席と次席で入学する、期待の優等生という形で潜入する。フィーギス殿下が目をかけている二人に外の世界を知ってもらいたくて、招待したという設定らしい。ちなみに首席と次席は本当のようだ。
ソフィアリアとオーリム、アミーとプロムスは、それぞれ夫婦として、架空の準男爵位を名乗る事になっている。まあビドゥア聖島にはそもそも準男爵位なんてないので、わかりやすいダミーではあるが。オーリムとプロムスがみんなの護衛役として付くので、その為の爵位と、同行した妻と言う形だ。
オーリムは変装して代行人という身分を隠し、ソフィアリアも大屋敷の人間と国内の貴族くらいにしか顔は知られていないので隠し通せるだろうが、問題はプロムス……というより、アミーである。
「……でも、本当に平気なのか? プロムスの奥方だと紹介して、いじめられたりしないだろうな?」
「ピピエっ⁉︎」
嫌な言葉を聞いて、行かないでとぐりぐり頭を擦り付けているキャルに、アミーはすんっと無表情を返して、気にせずいちごを味わっていた。
オーリムは学園というところがろくでもない所だと覚えてしまったようで、アミーが心配らしい。残念ながら実態を知らないソフィアリアではなんとも言えず、困ったような顔をする事しか出来ないが。
「俺ってなんでこんな無駄にカッコいいんだろうな?」
「なんの自慢だ」
「昔から迷惑にしかなってねーわ。おかげで女性不信だぞ」
「ふふ、アミーに相応しくなるように、神様が頑張りすぎてしまったのね」
「ピ!」
何故かキャルが誇らしげに胸を張っているが、まあ可愛いからいいかと微笑む事にした。でも、と困ったようにプロムスを見る。
そう、プロムスは高位貴族にも負けないくらいカッコいいので、学園では絶対にモテるはずだ。
しかも、フィーギス殿下達の護衛として、国外に出れない近衛騎士の代わりにここに訪問していたらしく、だとすればわりと有名人なのではないだろうか。
アミーもかなり可愛いのだが、プロムスと並ぶと見劣りするのは仕方ないので、やっかみを受けるかもしれない。そしてアミーは生粋の平民であり、貴族として育っていないのも、懸念の一つだ。
身分を笠に着て、馬鹿な真似をする人間なんてどこにでもいるのだから。
「ない、とは言い切れないけれど、フィーギス殿下に招かれた貴賓扱いだから、生徒の皆様にその分別がつくと思いたいわねぇ」
「ピエ〜……」
「申し訳ございません、キャル様。キャル様の大切なアミーの身はわたくしが責任を持ってお護りいたしますので、お預かりさせていただけないでしょうか?」
「ビビー!」
「そうですよね……」
ダメらしい。色々と困ったものである。
普通にキャルとも会話をしているソフィアリアにプロムスは苦笑しつつ、どうしようとばかりに後頭部を掻いていた。
アミーとプロムスの扱いに関しては、打ち合わせ中もだいぶ揉めたのだ。
プロムスにはオーリムと交代で、フィーギス殿下率いる男性陣と、マヤリス王女率いる女性陣の警護を頼まねばならず、外せない。
王鳥が護っているからいいのでないかという意見も出たが、目に見える形で警護をつけて牽制しておかないと、隙があると思われて襲撃なんか受けたら、一気に国際問題だ。
ただでさえ時間は限られているのに、そちらに時間を取られるのもごめんだし、お忍びなので国際問題が起きると、処理が大変な事になる。だから、プロムスには居てもらわないと困るのだ。
アミーは、そんなプロムスを女性の秋波から少しでも護る為についてきてもらったようなものである。プロムスは既婚者なのだから、貞淑な淑女なら言い寄るなと……それが効く相手ならいいのだがと、溜息が漏れる。
たったそれだけの為にアミーは行く事を提案されて、優しいアミーはお役に立てるのならと、二つ返事でついてきてくれた。この件に関しては、フィーギス殿下を本気で叱った方がいいと思う。
「……キャル」
「ピピ?」
いちごを食べ終えた最愛のアミーに名前を呼ばれ、キャルは上機嫌で顔を覗き込む。
アミーはそんなキャルの頰を手で挟み、ぐりぐりと撫でくり回していた。
「私ね、ロムが他の女性にモテモテなの、嫌なの」
「えっ、マジか」
「ピッピー」
「片っ端から排除しなくていいわ。リムが大変な事になってしまうでしょう?」
「本気でやめろよ?」
何か物騒な提案をされている気がするが、止めてくれて何よりである。オーリムが青い顔をしていたので、慰めるようにギュッと片手を両手で包んだ。
「だから私、行ってくるわ。見守ってくれる?」
「ビビ〜!」
「それにね、ロムやソフィ様と学園生活というのを、体験してみたいわ。それでもダメかしら?」
「ピ〜……」
「学生になって、帰ってきたらつるふわなキャルの上でゴロゴロしてみたい。想像しただけでも、とっても至福ね?」
「ピピ!」
「本当よ? だから私、行きたいわ」
キラキラとした目でキャルに訴えかけると、キャルはう〜んう〜んと悩んで、アミーの首筋に額を埋めて、そのまますりすりと……していたのを、やんわりと引き剥がされていた。
「ピ!」
どうやら、キャルのお許しを得たようだ。アミーは珍しく淡く笑って、キャルの頰にチュッと口付けていた。
ソフィアリアは思わず「まあ!」と、その可愛らしい光景に気持ちを上気させ、一人身悶える。一途なキャルが珍しく報われた瞬間が、こんなに素敵だなんて!
キャルもヘロヘロに溶けて、すっかり床に伏せながらふにゃふにゃになっていた。よくわからない状態だが、目元が幸せそうだからいいかと、微笑ましい気持ちになる。
「そっかそっか! アミーはオレがモテるの、そんなに嫌か〜! だよなー! アミーはオレが大好きだもんな〜!」
そしてもう一人。先程からずっとニヤニヤしていたプロムスがキャルの代わりにガバリと抱きついて、アミーに頬擦りしていた。こちらもすっかり表情が溶けて、デレデレと幸せそうである。
だから小声で「チョロ」と聞こえた気がしたが、きっと気のせいなのだろう。ソフィアリアも三人の幸せそうな光景にあてられて、気持ちが高揚しているから、空耳なんて聞こえるのだ。
「……なあ、王。これは円満解決か……?」
「ピィ……?」
二人揃って解せぬとばかりに首を傾げているが、他になんだというのか。困った未来の旦那様達である。




