無邪気なお姫さま 5
【4の簡単なまとめ】
自分が悪人だったと知ったソフィアリアは、自分も祖父のように「やっつけられなければならない」と思い、その前にラズに謝りに行こうとする。ところが、自分の不注意でラズは死んでしまう。
その現場を目の当たりにし、精神を壊したソフィアリアは衰弱死の寸前、弟に「領地を立て直す為に政略結婚の駒にして、領民にソフィアリアが奪ったお金を『返す』のだから、見た目くらいしっかりしろ」と言われ、希望を取り戻す。
領民に『返す』為には無知ではいけないと思い、弟に勉強を教えてほしいと頼んだのだった。
オーリムに抱えられながらソフィアリアはフワリと着地し、優しく地面に降ろされた。王鳥もオーリムもとても気遣い屋さんだと思い、頬が緩む。
久しぶりに地に足がついて、少し足元がふわふわするが特に何も問題はなさそうだ。笑みを浮かべ、くるりと二人の方を向く。
「今夜はありがとう、二人とも」
「ピピ」
王鳥は上機嫌そうにいつもより高い声でそう鳴いて、オーリムは顔を強張らせ、どういう反応をすればいいのか、なんと言えばいいのかと焦りと困惑を混ぜたような微妙な表情をしていた。
「そんな顔しないでくださいな、リム様。……あとはあなた方が推測した通り。領の立て直し資金を作る為に、いい所に嫁げるように必死で勉強して、行儀作法を身につけて、その前に少しでも早く領地を立て直す為に弟と二人で色々頑張ってきたわ」
オーリムを見て困ったように笑いそう言うと、背を向け、月を見上げる。
「わたくしがお祖父様から貰った物は全部売って、残っていたお金と合わせて、畑を作って食料を確保したり、食料問題が解決したら、過去を調べて名産品を復活させて、販路を開拓したり働く場所を作ったり……色々頑張ったおかげで、この八年で随分まともになってきたのよ? スラムももうなくて、そこに居た人達には畑仕事をしてもらっているわ。もう衣食住に困っている人は居ないの」
勉強と領地経営を同時進行でやるのは寝る間も惜しまなくてはいけないくらい大変だったが、予想よりも早めに立て直す足掛かりが出来たのでよかったと思う。商業区域より田園地帯が随分広がったが、昔よりかは笑顔と活気が溢れてきた。
「あの時ラズくんと食べたラズベリーはセイドベリーっていう、セイド領でしか作れない腐りにくくて甘味の強い特別な果物だった事には驚いたけれど、今ではセイド領で一番の特産品になっているし、一緒に食べたスティックパイのお店も、あの時よりまともな食材を使えるようになったから今は人気店。ラズくんに、また食べてもらいたかったな……」
だんだんとしんみりしてくる言葉を首を振って打ち消し、また王鳥とオーリムの方を向く。
うまく笑えているといい。そう思った。
オーリムは一度大きく肩で息をして、顔の強張りを解して表情を戻す。そして真剣な表情でソフィアリアを見た。
「俺は話を聞いても君がここに居てはいけない人間だとも、我儘だとも愚かだとも思わない。衰退していた領地は君の、君達の手でまた再生させたんだろ? それで充分だったんじゃないか? それに元々君は、祖父の愛玩人形だっただけの被害者――」
「わたくしね、お祖父様の事、嫌いになれないの」
被せ気味にそう告白すると、オーリムは目を見開き、息を飲んだ。ソフィアリアは目を伏せて言葉を続ける。
「やった事は最低よ。貴族としても、身内としても許せない。もし時間を巻き戻せるのなら全力で止めるわ。でも……そう思うけれど、わたくしの記憶の中のお祖父様は優しい人だったから、憎む事がどうしても出来ないのよ」
ギュッと手を祈るように握る。あんな事をしていたのに、今でも祖父の事を思い出すと、温かい気持ちしか湧かない。
優しくて、面白くて、楽しい遊びを提案してずっと付き合ってくれる、とても優しい祖父だったのだ。
何故あの優しさをソフィアリアにしか向けなかったのかはわからない。贅沢をやめて、その優しさを弟にも、両親にも、領民にも平等に分け与える事が出来ていたら、きっとみんなに慕われるいい領主になれていたと、そう思ってしまう。
そう思うソフィアリアは結局『国王おじいちゃま』の可愛い『お姫さま』をやめられないのだろう。全てを知って理解した今でもその意識を変えられないソフィアリアは、祖父の被害者だからなんて言い訳は出来ない。
「だから私はやっぱりラズくんの言う通り、悪人でいいの」
諦めでも自虐でもなんでもなく、ソフィアリアは自分をそう定義していた。
オーリムは何か言おうと思って口を開いたが、意思を固めたソフィアリアの表情を見て結局言葉が出なかったのか、口を閉じて俯いて、少し悲しそうな顔をしていた。
「あなたの優しさを受け取ってあげられなくてごめんなさい。わたくしはわたくしを悪人だと思っているから、リム様の自分を悪く言わないでほしいという願いも、健気だと称賛する言葉も受け取れない。でも……そう思ってくれてありがとう。受け取れないけれど、とても嬉しかったわ」
それも紛れもない本心だった。オーリムから与えられた優しさを受け取れない事に名残惜しさを感じるくらい、その言葉を嬉しいと思ってしまった。
「それにね。悪人だけど、やっつけられたいとはもう思っていないのよ? 逃げて終わらせてしまうよりも、生きて、やらなければいけない事がまだまだたくさんあるもの」
だから安心してねと首を傾けて笑うと、ようやくオーリムの表情に笑みが戻る。眉は下がったままのその不恰好な笑みを見て、自分は悪人であるという考えを認められたと思ったソフィアリアは心が擽ったくなった。
「……なら、悪人のお姫さまへの罰は俺が与えていいか?」
そう言いながら、悲しそうな表情のまま柔らかく微笑するオーリムに、ソフィアリアはきょとんとする。あまりオーリムが言わなそうな物言いに戸惑うが、それを押し込めてコクンと首を縦に振った。
「……なにかしら?」
「悪人のお姫さまへの罰はここに嫁いで、王鳥妃になる事。……こんなに酷い罰はないだろ?」
名案だとばかりにそう言われても困ってしまう。だってそれは罰もなにも、もう決定事項だ。不思議な事を言い出したオーリムに首を傾げる。
「ビビッ」
王鳥も何が面白いのかおかしそうに鳴いて、ふわりと飛び上がるとソフィアリアのすぐ側に着地し、横にくっ付いてきた。
「でも、それは罰になっていないわ。王鳥妃になるのは決まった事だし、嫌な事なんて何もないもの」
「そうでもない。結婚相手は二人居て、どちらもろくでなしだ」
「そんな事ない。どちらも素敵な旦那様よ」
「あるんだよ。王の声を聞けないからフィアは気付いていないが、こいつはとんでもなく傲慢チキだし、俺も……最低野郎だ」
自分の事をそう評して一瞬寂しそうに遠くを見つめ、でもすぐさま視線を戻す。そんなオーリムの様子を、ソフィアリアは見逃さなかった。
「それに王鳥妃なんて前例がなくて、何をすればいいかもわからないし、立場も定まってなくてふわふわしてる。けど地位ばっか高いから無駄に妬まれるし、危険が伴う。罰でもなきゃ誰もやりたがらない事だ」
「そんな事……」
「ある。……でも王と俺が君をずっと側で助けるし、必ず護る。だからフィアはここで王鳥妃をこなしながら――幸せになって」




