大屋敷に来たるは 1
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冬の季節も折り返しに差し掛かったよく晴れた日。我が国ビドゥア聖島の護り神である大鳥が暮らす大屋敷の門から本館に至るまでの道は、数多の屋台が立ち並び、かつてない賑わいを見せていた。
「ふふ、よかった。みんな楽しそうね」
垂れ下がった琥珀色の目を優しく細め、風に靡く右肩でまとめて前に流されたミルクティー色の髪を押さえながら、ポンチョの前部分をギュッと握り締めて寒さを凌ぐ見目麗しい少女の名はソフィアリア。神である大鳥の更に頂点に立つ王鳥が選んだ伴侶――王鳥妃に選ばれた、秋に十七歳になったばかりの元男爵令嬢である。
まだ結婚していない為、籍は実家であるセイドという男爵家にあるが、この大屋敷に移り住み、大鳥達にも王鳥妃として認められてからは、自分はただの男爵令嬢だと思う事をやめ、王鳥妃としての重責を担う事を自らに課した、聡明な少女だった。
「……この大屋敷で、屋台が並ぶ光景を見られるとは思いませんでした」
「ね? わたくしもこんなに早く夢が叶うとは思わなかったわ。……みんなもわたくしに付き合わなくていいから、買い物を楽しんで来てね?」
後ろを振り返り、付き従ってくれている侍女に笑顔でそう言うと、みんなは喜色を浮かべ、そそくさと屋台の並ぶ通りに向かっていく。その嬉しそうな背中を、手を振って快く見送った。
「アミーはいいの?」
一人残ってくれたキャラメル色の髪の侍女にそう尋ねるも、そのオレンジ色の猫目を少し彷徨わせてから、コクリと頷く。
「お供いたしたます」
「ふふ、プロムスがいないものね? では、今日はわたくしとデートをしましょうね〜」
「デっ⁉︎ ……は、はい」
腕を絡ませると赤くなる彼女はとても可愛い、ソフィアリア付きの筆頭侍女兼友人のアミーだ。同じ歳で、絡ませた腕は少し下にくる小柄な彼女の左耳には、既婚者である証の濃いオレンジ色のピアスが輝いている。
それを少し羨ましく思いながら、そのまま歩き出し、屋台通りへと突入した。
そして早々に美味しそうな匂いに引き寄せられるのは、自然の摂理だろう。
「まあ、美味しそう! このクリームといちごのものを、お一つくださいな」
「私も、オレンジとクリームのものを」
「ああ、毎度あり!」
そんな訳で最初にやってきたのは、ワッフルサンドのお店だった。
笑顔の素敵な店主が商品を用意している間に、お金の用意をしようとすると……。
「ピ」
ぬっと横から、夜空のようなグラデーションが美しい羽根が、大きな紅い嘴に挟まれて、店主に差し出される。
「あら、こんにちは、王様。王様が買ってくださるのですか?」
「プーピ」
買ってくれるらしい。笑顔を向け、店主にそれでもいいか尋ねようとすると、店主は目をかっ開いて、硬直していた。
「……奥様、お代は王様の羽根でもよろしいでしょうか?」
「おっ、おおおお王鳥様っ⁉︎」
「ふふっ、ええ、そうですよ。驚かせてしまって、申し訳ございません」
「ピ!」
えへんとソフィアリアの隣で胸を張るこの子が王鳥――ソフィアリアを伴侶に選んだ、旦那様の一人である。
夜空のようなグラデーションの全身の中に、艶やかな白い毛色が下顎からお腹あたりまで差し色で伸びているその姿は、非常に目を引く美しさだ。猛禽類のような鋭い目は大鳥の中でも王鳥だけが持ち、真ん中に明るいオレンジ色がはしる黄金色という、不思議な虹彩をしている。
二股に分かれた長い尾羽が特徴的な、体長二メートル半以上ある大きな鳥の姿を模した神様である大鳥の、更に頂点に立つ王鳥からその羽根を差し出され、店主は思わず両手で、それも頭を下げて恭しく受け取っていた。
「いっ、いえ、そんな、とんでもございませんっ! という事はあなた様は、王鳥妃様でしたかっ⁉︎」
「そうですが、見ての通り、ただの小娘ですわ。どうかいつも通りなさってくださいな」
「は、はぁ……。えっと、こちらこそ、いいのかい?」
これ、と王鳥の羽根を見て、本当に受け取っていいのかと目で訴えてくるので、ソフィアリアは笑顔で頷く。
「お金の方がいいのでしたら交換させていただきますが、よろしければ受け取ってくださいませ。今なら王様のお買い物第一号店になりますわよ?」
「わっ、本当かいっ! これは、とんでもない家宝になるねぇ〜。ありがとうございます、王鳥様!」
「ピー」
快い商談成立に、くすくすと笑った。今日の出店ではこうやって大鳥も屋台を見にくるので、店主の許可があれば、お金ではなく大鳥の羽根と交換出来る事になっている。
大鳥は見た目は大きな鳥だが、立派な神様だ。神様相手に物が売れたというのは大変栄誉な事なので、お金よりもずっと価値がある。その中でも王鳥の羽根なんて、誰もが羨む事だろう。
その証拠にいつの間にか人目を集め、このお店は周りからの羨望の眼差しを、一身に受けているのだから。
きっとこのワッフルサンドのお店は有名店になる。そんな事を思いながら、その場を後にした。
「はい、王様。あ〜ん?」
「ピ!」
屋台通りから外れた広い場所に移動し、王鳥に分け与えながら、ソフィアリアもパクリと食べてみる。優しい甘さのサクふわの生地と、クリーミーだけど甘さ控えめのクリーム、甘酸っぱいいちごの相性は抜群だ。
「美味しいわね、アミー」
「はい、とても」
「一口交換しない?」
「喜んで」
提案したら、淡く笑みを浮かべて了承してくれた。濡れタオルで手を拭いて、口をつけていない所を一口千切り、アミーの口元に差し出す。
「はい、アミーも、あ〜ん?」
そうすると真っ赤になって、おそるおそる食べてくれるのだから、お友達とデートというのもいいなと思う。
「……ソフィ様も」
「ええ、いただきます」
今度は逆にアミーからお返しをされ、遠慮なく食べる。
「んふふ、お友達とこうして食べるのも楽しいわねぇ〜」
「……はい」
「ビー」
「ええ、わかっていますわ。はい、王様。あ〜ん?」
そんな事を楽しみながら三人はワッフルサンドを堪能し、また屋台通りに戻ってきた。
人間もだけれど、大鳥も初めての屋台で買い物という行為を楽しんでいる様子で、笑みが浮かぶ。
「で、アミーは何が欲しいのかしら?」
「え?」
「うふふ、ダメよ? 買わなければならない物があるなら、買っておかなくちゃ。その為に行商に来てもらったのだから、遠慮なくお買い物をしてね」
さあさあと笑顔で勧めると、アミーは狼狽えていた。何故バレた、というところだろうか。
屋台通りに誘う前に、目を彷徨わせていたから、何かあるのは察していたのだ。ソフィアリアは王鳥妃として使用人にお世話されながら暮らしている為、日用品を買う必要はないが、普通に生活しているアミーには必要だろう。
「あの……でしたら、ボディソープを見に行きたいのですが」
「まあ! それはわたくしもとっても気になるわ。石鹸屋さんはあるかしらね〜」
日用品を取り扱う雑貨屋があったので、そちらで量産品を買うのもいいけれど、美容品ならやはり専門店だ。アミーは無頓着だと言っていたが、お年頃だし、新婚さんだし、気を使いたいところである。
アミーも頷いているので、同意見らしい。
探し歩いて、途中何件か冷やかしながら、王鳥を含めた三人で屋台を楽しむ。ワッフルサンドの屋台の情報がもう広まったのか、王鳥への期待の目がなかなか眩しい。残念ながら王鳥は、安売りをする気はないみたいだが。
「あっ! あったわ」
「いらっしゃいませ。うちの石鹸は全て、自家製のはちみつ入りですよ」
「はちみつ……」
ようやく見つけたのは、老夫婦が出店していた石鹸専門店だった。見て楽しいカラフルなものから、はちみつ成分の多そうな琥珀色のものまで、買う必要のないソフィアリアでも、つい手が伸びてしまう。
説明を聞いて、試供品を試させてもらいながら、ソフィアリアはベリーが練り込まれたはちみつ石鹸を、アミーは半透明で、中に花が入れられたおしゃれな石鹸を選ぶ。ちょっとだけ値が張るが、ソフィアリアもアミーも必要以上に貯め込んでいるので、自分へのご褒美くらい買ってもバチは当たらないだろう。
「ではこれを……」
「ピ」
と今度は、アミーの横からぬっとキャラメル色の羽根が差し出された。
いつの間に居たのか、アミーの後ろにはキラキラと黒くつぶらな瞳を輝かせている、アミーの髪色と同じキャラメル色の大鳥がいた。
この子はキャルと言って、アミーの旦那様が契約している大鳥で、ずっとアミーが大好き――むしろ好き過ぎるのである。どうやらこの石鹸を、プレゼントしてくれる気らしい。
「……いい、自分で買う」
「ピエッ⁉︎」
だがキャルの愛情は度が過ぎるのか、アミーはいつもすんっと、澄まし顔になってしまう。それでもめげない、とても一途な子である。
「もう、そんないけずな事言わないの。よろしいかしら?」
「ええ、勿論。大変光栄ですわ」
「その、すみません。ありがとうございます」
少し値が張る物を実質無料で受け取ってしまったので、アミーは少し恐縮してしまっているが、老夫婦はキャルから羽根を受け取り、大変にこやかだった。
「キャル様はね、侯爵位……王様の次に強い大鳥様なんですよ。だから、ぜひとも自慢してくださいな」
「おお、それは。ありがとうございます、キャル様。いただいた羽根は、大切に飾らせていただきます」
「ピ」
アミーがキャルと何か話している隙にソフィアリアの分は自分でお金を払い――こっそり気持ち多めに渡して、目を丸くするご婦人に内緒と、自分の唇に人差し指を当て、目配せした。
別にいいのにと言わんばかりの苦笑を返されたが、先程のお話の中でひ孫が生まれたばかりだと言っていたし、何かと入り用だろう。ソフィアリアも私財の使い道に困っていたので、遠慮しないでほしい。
心の中でそう言って、ニコリと微笑んだ。
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次回は5時に更新します。




