表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
268/427

プロローグ〜真実の愛〜

大変お待たせしました、本日より第三部連載開始です!



「――――! 下々の者を人として扱わない傲慢な態度は、私と共にこの国の頂点に(いただ)くに値しない。私は――――との婚約を、今、この時をもって破棄する事を、ここに宣言する! 次代を担う我が学友達が、その証人だっ!」


 学園の修了パーティのあったこの日、いずれ国の女性の中で最も高貴な地位に就く事が約束された令嬢は、装飾品で着飾る事も出来ず、何度も着古したドレスを見に(まと)い、異性のエスコートが必須なのに、たった一人で現れた。


 その地位の高さ(ゆえ)に欠席なんて許されるはずもなく、婚約者からも家族からも見放された令嬢は、会場入りして早々、令嬢と共に次代を担うはずの婚約者である王太子がやってきたかと思うと、そう声高に宣言するのだから、呆れて物も言えない。その片腕には、愛らしい顔をした令嬢の義妹を優しく包み込んでいるのだから、尚更だ。


 ついそちらに視線を向けると、義妹はビクリと大袈裟に肩を振るわせ、大きな目に涙を浮かべる。王太子の背に隠れ、王太子もそれを許した。

 まるで義妹の方が婚約者であると言わんばかりの態度だなとぼんやり思う。別にその事について、何も感じる事はないけれど。


「――――! 君は妹である――――を、その身分を振りかざし、家内では虐げていたそうだな? その劣悪な性質で国母になろうなど、我ら次代を愚弄しているとしか思えない。誰も君のような人間を、支持する事はない。そうだろう?」


 王太子の視線を追い、パーティに参列した生徒を見渡す。彼らが令嬢に向ける視線は侮蔑を含んでおり、ひどく冷たい。周囲の返答なんて、それで充分だろう。


 王太子はその様子に、満足そうに(うなず)いた。


 ――彼らには本当に、令嬢が義妹を(しいた)げているように見えるのだろうか?

 煌びやかで高価な装飾品を惜しげもなく身につける義妹とは違い、何も輝きも身につけていない令嬢が。

 流行の最先端を行く有名デザイナーが自ら手掛けた特注ドレスを着こなす義妹とは違い、上質ではあるものの流行遅れのドレスを、パーティのたびに着ている令嬢が。

 毎日丹念に磨かれた肌艶を誇る義妹とは違い、生まれ持った己の美一つしか誇れない令嬢が。


 ――こうも差がはっきりしているにもかかわらず、王太子の不明瞭な言葉一つで、悪は令嬢にこそあると判断する次代に、一体何を期待出来ようかと内心嘲笑(あざわら)う。


 相変わらず感情一つ表さない人形めいた令嬢は、勝ち誇った表情をしている王太子を見て思う。


 この王太子が、令嬢と結んだ政略結婚に不満を持っていたのは知っていた。幼少期から交流していたが、良好な関係を築けていたのは最初だけ。王太子はやがて令嬢を遠巻きにし、近寄る事すらしなくなった。

 立場的にこの婚約には抗えず、また令嬢の優秀さ(ゆえ)にますます逃げ道がなくなる、その不満をひしひしと感じ取っていたのだ。


 父の再婚で年齢の同じ義妹が出来てからは尚更そうだった。交流会と称して令嬢の住む屋敷にやってくる王太子の本当の目的は義妹。令嬢はやってきた事すら知らされず、王太子は義妹と親しげに過ごしていた。その光景を何度も見たが、別にどうでもよかった。

 学園に入学してからは、人目を(はばか)る事すらやめたようだ。


 そんな調子だったから難癖をつけて、婚約を破棄される日が来るのは、なんとなくわかっていた。まさかこんな公衆の面前で、学園の生徒を巻き込み、パーティを台無しにするかたちだとは思わなかったけれど。


 冷たい視線に晒されようが、長く実父と義母と義妹に(しいた)げられ、理不尽に慣れていた令嬢は、(こた)える事はない。何の感情もない瞳で見つめ返す瞳に、王太子はますます目を吊り上げた。


「――――! こうして罪が暴かれても、悪びれる様子すら見せないとはな。君には、人の心がないのかっ⁉︎」


「人の心とは、異な事を言う。罪状すら定かではない彼女を晒し者にする貴殿こそ、私には人でなしに見えるがな」


 生徒の方から聞こえたその声に、冷えた令嬢の心に温かな火が灯るのがわかった。その火は令嬢の瞳に光を宿し、人形だった令嬢を人間に変える。

 そんな事を出来るのは、世界にたった一人だけ。不遇な幼少期から夢幻となって令嬢に慰めを与え続け、留学生となって現実に現れた、彼だけだ。


 令嬢が振り向くと、神秘の色を(まと)う彼はすぐ側にいた。そして優しく、令嬢を抱え上げる。


 抱えた拍子にカツンと、彼の左手の薬指からゴールドの輝きが抜け落ちた。だが彼は、気にも留めていない。


 近付いて見合わせた顔には、お互いに隠しきれない幸福と、愛の熱を浮かべていた。それが最重要なのだから。


「ま、待てっ! 他国の者が我が国の問題に、口出しをする権利などないっ!」


「他国の者だからこそ、言えるのだろう? この国に貴殿に逆らえる人間など、数えるほどしかいないのだからな」


「なっ⁉︎」


「このような蛮国に、彼女は相応しくない。不要と切り捨てるなら、私が貰い受けるまでだ」


 そう言って彼は令嬢を抱えたまま、(きびす)を返す。


 王太子は望み通り令嬢を排除出来たというのに、まだ何か足りないのか、喚いているようだ。令嬢は自分を温かく抱えてくれる彼しか、もう見えていないのだけれど。


「……すまない。決定的な言葉を引き出すまで、あのような目に晒されるのを、黙って見ている事しか出来なくて」


「いいえ。助けてくれると信じていましたから」


「君を理不尽に(しいた)げたこんな国なんて、すぐに滅ぼしてやる」


「もういいのです。その時間を、私と過ごす為に使ってくれた方が、幸せですから」


「――――は優しいな」


 歩調は緩めないまま、お互いに自然と見つめ合う。熱を宿した彼の瞳に幸せそうな自分だけが映る幸福に、少女はようやく、この生が報われたと思った。


「愛してる。もう――――を夢幻になんてさせない。これからはずっと一緒だ」


「私もお慕いしております。どうかあなたのお側に、いつまでも置いてください」


 お互いに熱に浮かされたまま、ゆっくりと顔を近付ける。


「っ! ラズくんっ‼︎」


 痛々しいまでの、女性の悲鳴があがる。


 ――誰だろう? その名前を呼ぶ事が許されたのは、令嬢だけのはずなのに。


 けれど、どうでもいい。令嬢から搾取(さくしゅ)(しいた)げるだけの家族も、身勝手な王太子も、悲鳴をあげる女性だって、令嬢と彼にはもう必要のない存在でしかない。


 これこそが夢にまで見た、二人の真実の愛なのだから。



お読みいただきありがとうございました!

本日のみ3時、4時、5時、6時の4回更新です。

次回は4時に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ