この幕が下りるまで 9
本編裏側。ドロールのお話の最終回。
本日は6時、12時、18時に更新します。
この話は18時更新分です。
かつてない全身の痛みに苛まれながら、別次元という名のドロールの為の棺を組み立てる。
開演の準備は整った。あとはこれまでの成果を存分に発揮し、終演まで演じきってみせようではないか。
――なんて、カッコつけていたのに。
*
現妃の前ではフラーテを。オーリムとプロムスの前ではミクスを。そして、今回巻き込んでしまったみんなの前ではヨーピを演じてきたが、最後の最後、別次元でお姫さまと二人きりになった途端、その正体はドロールだと見破られてしまった。
そういえば彼女は聡かったのだと、今更思い出す。
「いくらでもお聞かせください。わたくしも父の従兄弟であり、リム様とプロムスの友人であったドロール様の事、知りたいですわ」
そして彼女の柔らかな雰囲気に流されて、気がつけばヨーピの事だけでなく、自分の事まで話してしまっていた。そうさせる何かがある不思議な人だった。
彼女には嫌われるつもりで色々と酷い言葉をぶつけたのに、それすらも許して、こうして耳を傾けてくれるのだから、申し訳なくなるくらい、包容力のある人だなと思う。
こんな彼女だからこそ、オーリムは少し交流しただけなのに、心の全てを開け渡してしまったのだろうと納得してしまった。
きっとスラムで孤独に生きていたオーリムにとって、個人を認めて優しさをくれたお姫さまの存在は、何よりも心に沁みたはすだ。
でも、そんなお姫さまでも、年相応に不安定なところもあるから、オーリムも大人になって、お姫さまの事を支えてあげればいい。
そんな事を思いながら、お姫さまと話す最期の時間を、精一杯楽しんでいた。
「こちらこそありがとう。……そして、さよならだ」
「ええ。では、ごきげんよう」
ヨーピの気持ちにドロールの人生、更にドロールの最期の未練まで託したお姫さまの、無理矢理取り繕った凜とした背中を見送る。
生きていたら、きっといい親友同士になれただろう。それをほんの少し、名残惜しく思いながら。
――バラバラと崩れ落ちてくる瓦礫や襲ってくる煙や熱から身を守る為の防壁を纏い、防壁を纏った事で全身悲鳴を上げるのだから、どちらが楽なのかわからない。
だが、すぐに全身の痛みはなくなった。防壁がなくなったのなら感じるはずの熱や瓦礫の重さも、何も感じない。
不思議に思い、顔を上げて、苦笑する。
「やあ、王鳥様。随分と遅かったね? ぼくは二年……いや半季も、君が来るのを待っていたんだよ?」
なかなか来ようとしなかった待ち人が、そこに堂々と立っていたのだから。
*
「困った事があるなら、ちゃんと言えよーっ‼︎ おれは助けてって正直に言ってくれなきゃ、わかんねーんだからっ‼︎」
「っひっく。ふぇっ……ご、ごめん、なさいぃっ! だってだって、フラーがあたしのために言いなりにさせられるの、絶対やだったんだもんっ……! 他の女にベタベタしなきゃいけなくなるの、絶対絶対やだったんだもんっ!」
「おれはそこまで弱くねーから、なるかよぉ! テルも、何も言わずに、勝手に全部抱え込むなー!」
「うぅ〜っ。だってぼくは、二人にしあわせになってもらおうとっ。ぐすっ」
「その為にテルが苦しんでちゃ、意味ねーからな!」
見晴らしのいい墓地の、壊れかけたベンチの側で、知らない男の子二人と女の子一人が文句を言い合って、ベソベソ泣いていた。
わんわん泣いて、またお互い文句をぶつけ合って、泣き疲れた頃にすんすん鼻を鳴らしながら、カッコいい方の男の子が、二人と手を繋ぐ。
「今更だけど、紹介したい奴がいるんだ」
先程までの威勢はどこにいったのか、俯いてそう言うも、どこか自信なさげだ。
「……あの時言ってた、奥さん?」
「あっ、そっか……フラーも、結婚しちゃったんだよね……」
「……まあ、それなりに遊んだけど、結婚はしてねーよ。そうじゃなくて、最高のパートナー……だったんだ。すっかり忘れてたから、もう愛想尽かされたかもしんねーけど」
しょんぼりしてしまった男の子を、二人は空いている方の手で、よしよしと頭を撫でている。
「そっか。じゃあまた会えたら、今度こそ紹介してね?」
「フラーの好きなパートナーさん、あたしもちゃんと、好きになるから」
二人の言葉に男の子はパッと顔を上げ、また泣きそうに笑った。
「ああ、きっと二人も好きになるぜ! 甘えたで、かわいいヤツなんだ! 来てくれるかわかんねーけど、ここで待ってような!」
「「うん!」」
最後は顔を見合わせてくすくすと笑い合う、仲の良さそうな三人組だった。
そしてきっともうすぐ、仲良し四人組になるのだろう。そうなる事を願って、ドロールはその場を後にした。
*
憧れの侍従用の燕尾服。あのプロムスが何故か真面目ぶった着こなしをしていたが、顔がいいから様になっていた。
自分はどうだろうか?と首を傾げる。パッとしない見た目に着崩しもしないから、地味さが際立っているかもしれない。
それでも、結局現実では着る事の出来なかったこの燕尾服を着る事で、どこか誇らしい気持ちになった。だから堂々と、胸を張る。
それにしても、かつて通いなれていたはずの執務室は、こんなに広かっただろうか?と疑問に思うくらい、広々としている。
でも、かつては三人しかいなかったこの場所は、人が多くてわいわいと賑やかだから、あまり広さは感じない。不思議とこれが正解だと感じるから、これでいいのだろう。
ドロールはお姫さまに自分の存在を背負わせた事を謝罪し、オーリムからは衝撃の事実を聞かされ、プロムスも含めた三人で、いつものように戯れた後、ティーポットを片手に、彼等の元へ向かう。
「先に発言する無礼をお許しください。はじめまして、フィーギス王太子殿下、ラトゥス・フォルティス次期伯爵。私はオーリムの侍従を志しておりました、ドロールと申します」
跪き、王族向けの最敬礼をする。この礼を演劇以外でするのは初めてだなと、そう思いながら。
「構わないよ。顔をあげ、楽にしたまえ」
「ロムからも、リムからも、話は少し聞いていた。僕達もこうして会えた事を、嬉しく思う」
顔を上げ、見上げた二人は、そこにいるだけで背筋が伸びるような威厳があるなと思った。一つ年下――ドロールは二年前から時を止めてしまったので、そう言えるのか微妙だが――なのに、王侯貴族ともなると、雰囲気や佇まいからして違うらしい。思わず演技の参考にしたいと思ってしまう。
「そう言っていただけて光栄です。……フィーギス殿下、この度は身勝手にも巻き込み、御身を危険に晒した事を謝罪致します。申し訳ございませんでした」
「なに、かまわないとも。滅多に出来ない大冒険が出来て、少し楽しかったくらいさ」
「フィー、本当に危なかったんだから、楽しむな」
「仕方ないだろう? 脱出ゲームなんて、外だと楽しむ余裕はないからね」
そう言ってケラケラ笑うのは、ドロールの罪悪感を軽くする為なのだろう。更に気を遣わせてしまい申し訳なく思うが、お言葉に甘えて、淡く微笑んだ。
「……ありがとうございます」
「礼なんて不要だよ。むしろ謝罪が必要なのは、私だろうからね」
そう言って足を組み替えただけで、ピンと空気が引き締まる。そう言われても何の事だかわからず、首を傾げる事しか出来ないけれど。
「私に、ですか?」
「ああ。……王妃殿下が君のいた劇団を取り潰し、劇団長や劇団員の命を奪う暴挙を許してしまい、すまなかったね。あれを身内とは思っていないけれど、同じ王族として、謝罪しよう」
頭は下げなかったが、まっすぐ言われた謝罪に、目を見張る。けれど、ゆるゆると首を振った。
「フィーギス殿下に謝罪していただく事はありませんよ。あれは、王妃殿下の招いた事態です」
「まあ、そうなのだけどね。なら、まだ少し時間はかかると思うけれど、必ずあれを追い落として、罪を償わせるよ。私に出来る罪滅ぼしなんて、そのくらいさ」
「ええ、心よりお待ちしております」
劇団再結成の為に他国へ行ってしまったみんなの為にも、そんな日がはやく来ればいいなと、切に願う。
『『ドロールたーん』』
と、いつの間にか足元にいた小さな二羽を見下ろして、ふっと微笑む。後ろを振り向くと、お姫さまと話していたヨーピは、いつの間にかいなくなっていた。
『あのねあのね、ヨーピが、ごめんなさいなの』
『もっとね、ドロールたんの事、見てあげればよかったの』
『でもね、あれでも二番目に好きだったの』
『でもね、許さなくていいの』
うるうるした目でしょんぼりしている双子を同時に抱えて立ち上がり、ぐずる子供を宥めるように、ゆらゆらと揺らした。
「ヨーピはぼくの事をどうでもよくても、ぼくはヨーピの事、ちゃんと好きだよ」
『うぅ……ドロールたん、やさしいの』
『ヨーたんとピーたんは、ヨーピとちがって、ドロールたんのこと、とってもすきなの』
「そっか、ありがとう。ねぇ、ピー、ヨー」
ふと思い出した事があり、双子に教えてあげる事にした。彼等には――特に父親には、そんな義理はないが、全てはヨーピの為だ。
双子は不思議そうな目で、ドロールを見上げている。
「セイドにあるセイド家のお墓にね、フラーテも眠ってるんだ。だから、もしよかったら、ヨーピの事も、そこに寝かせてあげて?」
ここにくる前に見た夢を、ふと思い出したのだ。彼等は――フラーテはそこでヨーピを待っていようと言っていたので、もしかしたらまだ、あの場所で待っているのかもしれない。
双子はウルウルと、目を潤ませていた。
『フラーテはヨーピのこと、おぼえてるの?』
『ヨーピは、おじゃまじゃないの?』
「最期にね、思い出していたよ。一番最期に呼んだのは、ヨーピの名前だったんだ。そんな時になって後悔しても、遅いのにね」
『そんなことないの!』
『じゃあヨーピも、フラーテのとこいくの!』
「うん。ピーとヨーは、ヨーピだった事は忘れて、新しいパートナーと幸せにね」
そう言ってギュッと抱きしめると、双子もギュッと引っ付いてきてくれた。
身体を離すと顔を上げ、双子をひっくり返して、ラトゥスを見る。
「フォルティス次期伯爵」
「ラトゥスでいい」
「では、ラトゥス様。ピーとヨーの事、よろしくお願いします」
そう言ってラトゥスに差し出すようにすると、双子はドロールの腕の中から飛び出し、ラトゥスの肩に飛び乗った。
「……何故君に託されたのかはわからないが、わかった。必ず幸せにすると、約束しよう」
「ありがとうございます。……ラトゥス様も、背負った禁秘に負ける事なく、幸大き人生を歩めるよう、お祈りいたします」
胸に手を当て、頭を下げる。顔を見ていないが、息を呑んだのがわかったので、ラトゥスは動揺しているのかもしれない。
ドロールの魂にまだほんの少し、大鳥の気が混ざったままなので、勘付いてしまった。ラトゥスは――……。
『ドロールたん、うまれかわったら、なかよしになろうね』
『けーやくはできないけど、おともだちになろうね』
『ピーたんは、ドロールたんのしあわせも、いのってるの』
『ヨーたんも、ドロールたんのこうふくを、ねがってるの』
「ふふ、ありがとう。……じゃあ、またね」
どうやらもうすぐ、本当に終わってしまうようだ。
束の間の、それも誰も覚えていない夢の中の出来事としてすぐに忘れ去られるのだとしても、こうして猶予が与えられただけでも、幸せな事だ。
――そう、幸せな人生だった。十六年という若さで、それも理不尽な形で命を奪われたようなものだが、それでも、毎日を全力で一生懸命生きて、それなりの成果も残せたし、多くの出会いに恵まれ、本当に充実した人生だったと、胸を張って言える。
早く来過ぎだと怒った後、「やるじゃない」と、母は褒めてくれるだろう。
王鳥も生まれ変わりがどうこう言っていたし、ピーとヨーからも幸せを願われたし、神様が味方についたドロールの次の未来も安泰だなと笑う。
白んでいく意識の中、最期にもう一度、みんなの幸せを願った。
――ここはまだ控え室。ここから出れば、千秋楽を迎える。
*
最期に見る夢がこれなのは、なんとも自分らしいなと思う。そういえばこれも、ドロールの未練だったと言えるのかもしれない。
『ああっ、シーナ! 君とこうして触れ合える日を、どれほど待ち侘びた事かっ……!』
大袈裟に見えるほどの大ぶりな仕草で、長年離れ離れとなっていた幼馴染の公爵家の令嬢に愛の言葉を伝え、引き寄せる。
公爵家の令嬢は大きな目を涙で潤ませ、愛しの王子の頰に手を添えて、うっとりと甘えた表情をしてみせた。
『お会いしとうございました、王子様――セルス様っ……! わたくしも、この日をどれほど焦がれていた事でしょうっ……!』
その言葉に王子はくしゃりと泣きそうに笑って、その手に、自分の手をそっと添える。瞳で愛を伝え合うその姿は、周りの人間に感動を呼んでいた。
長年彼等を引き裂いていたものは、もう何もない。これからは好きなだけ愛を分かち合い、幸せになれる。
『……シーナ』
王子はより一層の熱を含んだ目で、公爵家の令嬢を見つめる。
公爵家の令嬢もそれに応えるよう、ゆっくり目を閉じて……二人の唇は、今度こそ重なった。
――劇団の看板公演となるはずだった、王子と公爵家の令嬢の恋物語。
現妃はあの日、二人の仲を引き裂いた邪魔な女を引き立て役にして盛り上がり、その女を排除して幸せなんてつまらないと理不尽に怒っていたが、実はこのシーンは、クライマックスシーンの序盤に過ぎない。
実は仲を引き裂いた邪魔者の女は、公爵家の令嬢の幸せの為に悪役を演じていたと知り、最後は王子と公爵家の令嬢が邪魔者の女を救いの手を差し伸べて、令嬢と女の抱擁で終わる、そんなお話だったのである。
王子と公爵家の令嬢の恋物語でもあるが、公爵家の令嬢と邪魔者の女の美しき友情物語でもあるのだ。締めが締めだけに、ちょっと王子の立場がないのが、少し切ない。
今度こそ最後まで演じ切ったドロールは、他の出演者と共に並び立ち、舞台の上から観客席に笑顔を向ける。
鳴り止まない拍手と、観客席にいるのは見知ったみんなの笑顔、それも見事なスタンディングオベーションだ。
最大級の賛辞に、気持ちが高揚する。ドロールはこの瞬間が、何よりも大好きだった。
観客席に礼を返せば、もう一度盛大な拍手が鳴り響く。
この幕が下りるまで、ずっと――……。
ドロールという一人の人間はどこまでも善人で、前回の過去編(こちらでも少々補足しましたが)の3人と違って、本当に巻き込まれただけの被害者でした。
彼の事を王鳥は「夢見がちで考えが浅い」と欠点を指摘してましたが、おそらく彼は一度も酷い悪意に晒されてこなかったからなのだろうなと思ってます。酷い状況に追い込まれても、人間関係にはずっと恵まれているんですよね。
まあ現妃の理不尽さやフラーテの身勝手さを怒ってましたが。
それでも、復讐心に駆られるより今の幸せの方が大事で、最終的にフラーテの元にヨーピを送るよう仕向けたり、悪に染まりきれず、善良である事に振り切った人でした。
ソフィアリアが貴族には向かないと言ってましたが、本当にその通りです。
そんな純粋な人なので、こういう結末を迎えてしまう事に、しくしく胃が痛みます。もう思い出の中にしか出番がないと思うと、とても寂しい。
ついでに彼の父であるフラーテの補足もこちらで行いました。
彼も本来はラーテルより頭がいいはずなのに、流されるままに復讐の鬼に染まっていったので、なんでかな〜と。
もちろんラーテル同様、微妙に同情出来るが、完全に肯定するに至らないろくでなしなのですが。やはり学園にさえ行かなければ……。
ドロールの過去編が終演を迎えると同時に、第二部関連のお話も、これにて最終回となります。
本編番外編含めて80万字(⁉︎)近くの大長編になりましたが、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。いやほんと、なんでこんなに長くなった……?
第二部のネタバレを含めた登場人物紹介のあと、1週間ほどお休みをいただきまして、3/11(月)から第三部の連載を開始します。
ちょっと小休憩も兼ねて、ほのぼの回に……するつもりだったのですが……(目逸らし)。
とりあえず、第一部程度の長さに収まる予定です。
最後に。評価やブックマークやコメント等、ありがとうございました!
よろしければ何か上記のような痕跡を残していただけましたら、泣いて喜びます。
ではまた、第三部でお会い出来る事を祈りつつ。




