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この幕が下りるまで 7

本編から2年〜半年前。ドロールのお話。


本日は6時、12時、18時の3回更新します。

今回は6時更新分です。



 雲一つない爽やかな青空の下。カラーン、カラーンと教会の鐘が鳴る。


 聖都の中でも一番小さな教会の外では、本日、結婚式が行われていた。何故外なのかというと、二羽の参列者――うち一羽は新郎側とも言えるが――が、教会内部に入れない為である。


 あまり祭服の似合わない夜空色の髪の少年の前で、永遠の愛を誓い合った二人は、鐘の音が鳴り止む頃に、重ねていた唇を離した。

 新婦を見つめていた新郎はニッと悪戯っぽく、でも蕩けるような甘い熱を宿して新婦を見つめ、新婦は恥ずかしそうに耳まで真っ赤になりながら、手に持つ花束で顔半分を隠し、恨めしげに新郎を睨みつける。


 そんな二人を側で見る羽目になった司祭役の少年は、少し視線を逸らしながら、溜息を吐いた。


「……長い」


「うるせー。ほら、続き」


「…………王鳥と代行人が、誓いを見届けた。本日より新郎プロムスと、新婦アミーの婚姻が成立した事を、ここに認める」


「ピーピ」


 もう一度鐘が鳴り、参列者二人からの惜しみない拍手が二人を祝福し、一羽からの熱烈な頬擦りが新婦を襲う。


 ――そんな、身内だけの幸せな結婚式を、遠く離れた木の上に隠れながら、覗き見ていた。


「ロムはもう、大丈夫かな」


 ほっとしたように優しく発するその声は、随分と高くて幼い、声変わり前の男の子の声だった。


 男の子はどこからともなく一輪だけの胡蝶蘭を出現させると、指先一つで風を生み、新郎新婦の元に飛ばす。

 突然飛んできた胡蝶蘭に、みんな不思議そうな顔をしているのを見届けて、視線を感じた男の子は木から降り、その場を後にした。


 つきつきと痛む腕を、ギュッとおさえながら。





            *





 暴走したドロールとヨーピの死から、二年という月日が流れた。


 あの日、オーリムの手によって討たれたはずのドロールは、生きているとも死んでいるとも言えない状態で、ミクスという病死した男の子の身体に憑依して、今もこの世に留まっている。


 見た目はミクスの姿で、ヨーピの……大鳥の力を使えて、ドロールの人格があり、そこにヨーピが離さなかったフラーテの魂もついでに抱え込み、その四人分の記憶と知識が頭にあるという、なんとも不思議な存在が、今のドロールだった。


「ちょっと意味がわからないよね。お芝居でもこんな無茶苦茶な設定なんて、しないよ」


 まあ、残念ながら創作ではなく、ドロールにとっては、これが現実である。





            *




 

 二年前。この身体の中に入って目覚めた時、内にあるヨーピの知識のおかげで全てを理解したドロールは、村から離れた森の中で、王鳥がもう一度討ち取りにくるのを、ずっと待っていた。


 どうやらヨーピを――侯爵位の大鳥を討った衝撃は、この世界に多大な悪影響を及ぼしたようで、世界を歪めてしまったらしい。


 歪みの原点が、この四人分の魂が複雑に絡み合ったドロール『達』の存在であり、そのくらい王鳥ならすぐ勘付いて、対処しにくるだろうと思っていた。

 だって歪みの原点を取り除かなければ、世界を修復する事も、ままならないのだから。


 だから、ドロールは自分の中にある記憶を、元は他人だから少し申し訳ないと謝罪しつつ、勝手に覗き見ながら、その時を待っていた。


 ――この身体の持ち主であるミクスは、一番存在が希薄なのか、ぼんやりとしか記憶を読み取れないが、優秀だが病弱な子で、生きていた時間の大半を、ベッドの上で過ごしていたらしい。

 健康な身体の子が羨ましくないと言えば嘘になる。でもミクスは両親と、両親が亡くなった後は孤児院のみんなが居てくれて、大好きな本もたくさん与えてくれたから、たくさんの愛情の中で育ち、それほど悲観した人生ではなかったようだ。

 短い命だとなんとなくわかっていたが、そんな中でも先生になれたらいいなと夢まで持って、毎日を懸命に楽しく生きたからとまっすぐ笑える、強く優しい男の子だった。


 そんな子だったのに、ドロール達と同時刻に亡くなり、たまたま近くに居たというだけで、こうして巻き込んでしまったらしい。その事は本当に申し訳なく思う。


 ――ヨーピがしがみついて離さなかったフラーテの記憶も垣間見れて、真実の一端を知る事が出来た。


 なんて事はない。自分を真っ当な正義に置きたいが為に、都合の悪い事から目を背けて自分を偽り、頼られたかった癖に向き合う事を恐れて逃げ出し、逃げた自分を正当化する為に偽りのままに悪に染まるという、結局どこまでも自分本位で最悪な男だった。

 最期の瞬間までその事を自覚せず、ヨーピの事も側にいて当たり前どころか、自分であるなんて勘違いをしていたのだから、救えない奴だ。ヨーピもよくあんな奴に最期まで付き合ったなと思うばかりである。


 そんなヨーピの心にあるのは、フラーテへの愛情ばかりだ。ほんの少しでもドロールの事を想っていてほしかったが、欠片も見当たらないのだから、一途だなと思う。

 ドロールが幸せにしてやりたかったけれど、やはりドロールではダメだったのだろうと、認めざるを得ない。一方的に救うなんて考えていただけに、なんとも切ないものである。


 そうやって三人の軌跡を辿りながら、王鳥が来るのをずっと待っていた。一日経っても、数週間経っても、季節が変わっても、結局姿を現す事はなかったけれど。

 




            *





 さすがにそれだけ来ないと、嫌でも悟る。本当に存在を察知していないのか、知ってて放置しているのかは知らないが、討ち取りに来る気はないのだと。


 だったら自分から出向いてやると大屋敷へと足を運んだが、検問所で弾かれた。


 忍び込もうとしたが、大鳥に見つかって邪魔された。ここまでされれば、王鳥が今のドロールの存在を知らないなんて事はないだろう。王鳥は、世界中の大鳥と繋がっているのだから。


 だったら悪さをすれば王鳥は動くだろうと思い、でも人に迷惑をかけるのは嫌で、フラーテの中にあった『アーヴィスティーラ』という義賊を再結成してみた。


 が、王鳥はそれでも来ないし、ドロールに人を束ねる能力がないせいか、見た目が子供なせいか、義賊はただのゴロツキの集まりへと変わるのに、そう時間は掛からなかった。結局悪さにはなったが、そんなつもりではなかったので、良心の呵責に苛まれる結果となる。それを国中の至る所で繰り返した結果、アーヴィスティーラというゴロツキ集団が、あちこちに生まれただけだった。


 何故そこまでやって王鳥が来ないのかわからず、もしかしたらこのまま第二の人生を歩めと慈悲をかけてくれたのだろうかと思い、だったら気ままに生きてみる事にした。


 まず、オーリム達と戦っている間に気になっていた、元アーヴィスティーラの本拠地へ向かい、ドロールが調書をまとめる為にこじ開けたフラーテの拠点を、魔法を使って閉鎖する。身体は人間の子供なので、大鳥の魔法を使うと全身悲鳴をあげるのだが、全てを隠す方が大事だったので、決行した。


 とりあえずこの場所に部屋があった痕跡さえ、外部からもわからないよう念入りに隠蔽(いんぺい)し、ついでにダメ押しとばかりに、ここでもアーヴィスティーラを再結成してみた。

 元のアーヴィスティーラを知っていたのか、今までで一番義賊っぽくなったが、やっぱりどことなく独善的な雰囲気がある。そもそも義賊なんて、そんなものかもしれないが。


 そして、やはり王鳥は来なかった。


 次は、散り散りになった劇団員の行方を追ってみる事にした。


 国中の劇場を訪れて、情報収集をする。発見した劇団員は新たな劇団でまた活躍していたり、劇団そのものから足を洗って別の道を歩んでいたり、その後の人生を歩んでいる姿を陰から見守り、ほっと胸を撫で下ろす。今の自分がドロールだなんて名乗り出る事は出来ないので、そこで満足して、そうやって国中を渡り歩いた。


 そういう日々を繰り返し、この生を受けてから二年近く経過しようとしていたある日、劇団員数名が島都に集まっているという噂を聞きつけて、島都に向かう事に決めた。


 そして島都で偶然、プロムスの姿を見つけた。


 こっそりあとをつけていれば、どうやら宝飾店を巡り、結婚した際に耳に飾るピアスを選んでいるらしい。

 そういえば、最愛の幼馴染が十六歳になったら、すぐに結婚するんだと言っていたのを思い出す。ドレス姿を見たいから、聖都の一番小さな教会で式をあげる予約を、もうしているのだとも。

 記憶を辿り、招待するから予定を空けておけよと言っていた日付を思い出し、その日は結婚式を見守る事に決めた。

 少し成長していたプロムスの姿も見られたし、結婚式が楽しみで、その日は心がいつもより温かかった。


 気を辿って、劇団員の集まりを見つける。


 そしてそこに、かつて「シーナ」役を演じた彼女もいて、無事に逃げてくれていた事に、心から安堵した。


「……そっか、ティアさんはもう、死んじまったのか」


 不意に聞こえてきた名前に、鼓動が跳ねる。「ティア」とは母の名前だったからだ。


「ドロールのやつは?」


「行方を追ってるけど、ティアさんが亡くなってからの足取りが掴めなくて。どこ行ったのかしら?」


「そっか。ドロールなら、どこかでまた、役者をしていると思っていたんだけど……」


「それは難しくね? あの日の主演だったし、それなりに有名だったから、王妃にも顔も名前も割れてんだろ?」


「……無事だといいよね。彼がいてくれたら、再結成も心強かったんだけど」


 再結成、の言葉に、胸が熱くなる。その為に自分を探していると聞いて、泣きそうになってしまった。


 だが、ドロールはもういないのだ。今の自分は子供の姿で、この身体は歳をとる事がないので、何も知らないフリをして紛れ込む事も、難しい。


 だからドロールは考えて、やはりなんとか、王鳥に討ち取りにきてもらおうと、決意を新たにした。

 世界に悪影響を及ぼしたまま、ずるずると存在していてはダメだ。もしかしたらそのうち何らかの異変が訪れて、世界が終わってしまうかもしれない。


 世界を救うなんて、大それた事を考えた訳ではない。ただ、再結成した劇団が、これからも平和に活動して、大きく発展していけるように。

 ドロールがその為に手を貸せるのは、役者としてではなく、世界をあるべき姿に戻す事だと思ったのだ。


 溢れそうになる涙を瞬きで誤魔化して、強い瞳で前を見つめる。


 そして、王鳥に来てもらう為にはどうすればいいか、考えを巡らせた。





            *





 プロムスの結婚式ではオーリムが司祭役をしていて、側には王鳥もいた。参列者二人の事はドロールは初めて見たが、プロムスが子分だと言っていた王太子殿下と、その側近なのだろう。プロムスもだが、その場に居るだけで華やかになるような麗しい顔は、役者だった身としては、羨ましいと思う。


 小規模の結婚式なのに、集まったのは類を見ない豪華メンバーだった。王族の結婚式でも、あのメンバーを揃えられるのなんて、あそこにいる王太子殿下くらいしか、いないのではないだろうか。


 そんな祝福ムード一色のあの場を崩すような真似は、もちろん出来ないし、するつもりもない。


 ただ、魔法で花を飛ばした時に、王鳥と目が合ったので、やはり王鳥は、ドロールの存在を認知していながら、わざと放置しているようだ。


 その事が収穫出来たし、討ち取られた時の絶望顔が嘘のように、幸せそうな顔をしていたプロムスの顔を見られたので、大きな未練の一つが消え去った気がした。オーリムのああいう表情が見られたら、もう何の悔いもなくなるのではないだろうか。


 ――もしかして王鳥は、ドロールの『未練』を全てなくし、安らかに眠れるように待ってくれているのではないかと考えた。


 それが本当だとすれば、もう少しでドロールを討ち取りに来てくれるのかもしれないなと、希望が湧く。


「次は王鳥様とリムの番、か。そっか。とうとうお姫さまを、大屋敷に迎えるんだね」


 思わず笑みが浮かぶ。真っ赤になったオーリムは戸惑っていたが、嬉しさが隠しきれなくて、おかげでこっちは延期になりそうだけどねと笑顔で嫌味を言った王太子殿下に、少し申し訳なさそうな顔をしていた。


 ――オーリムのお姫さま、ソフィアリア・セイド。実は何度かセイドで覗いた事がある。


 情報通りのミルクティー色の髪に、人に穏やかさを与えるような優しげな顔立ちの、ビックリするような見目麗しい美少女だった。遠縁でも、ドロールと同じ血が流れているとは、思えないくらいに。

 調書を取った時に見たが、母親がとんでもない美女で、他に弟と妹も居たが、三兄弟全員が、そんな母の美貌を、色濃く受け継いだらしい。なら、ドロールに似ていなくて当然だなと思う。


 お姫さまの父親は、ドロールと親子と言っても通用しそうな程、どこか面影があったが。


 なんにしても、オーリムもはやくお姫さまを迎えて、プロムスみたいに幸せになればいい。そうすればきっと、ドロールの未練は欠片もなくなるだろう。


 ――ああ、でも。もし全ての未練の喪失が王鳥が来てくれる条件なのだとしたら、どうにか叶えたい願いが、もう一つある。


 その対処方法も考えないとなと、歩きながら策を練っていた。




本日はこの過去編の最後まで投稿します。

それで第二部番外編は終了となりますので、もうしばらくお付き合いくださいませ(^^)

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