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この幕が下りるまで 6

本編から2年前。ドロールのお話。


※このページには残酷な描写があります。ご注意ください。



『あー、もうっ! やっと撒けたよ。しつこいったらないね』


 頭痛は少しマシになったが、今度は身体と思考が乗っ取られそうになる未知の感覚を、延々と堪える羽目になっていた。


 どうやらヨーピはドロールを、思いのままに操りたいらしい。操って何をする気かは、ヨーピの意思が頭に流れ込んでくるのでわかるけれど、全力で拒絶する。


「やっ……め…………」


『ドロールも、諦めが悪いな〜。別にドロールの意思は必要ないんだよ? さっさと眠って、その身体をちょうだいってば』


 こうなってから知った事だが、どうやらヨーピとはだいぶ打ち解けた気になっていたが、勘違いだったらしい。

 ヨーピからすればフラーテと似た気さえあればよくて、ドロールという人間には、本当に興味がなかったみたいだ。


『二人の合意があれば結婚出来るって言ったのは、ドロールだよ? ヨーピがちゃんとドロールを動かしてあげるし、お姫さまも(うなず)いてくれなければ、操っちゃえばいいんだよ! それですぐ結婚出来るからね〜』


 ルンルンと鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌さで言ったヨーピの言葉に、くしゃりと顔を歪める。


 これはドロールの判断ミスが招いた結果だ。ドロール自身がどうなろうと自業自得だが、セイドのお姫さまは、オーリムの大切な人だから、巻き込んではいけない。


『えっ、嘘。すっごい偶然。まっ、代行人なんかにやらないけどね』


 ――どうやらヨーピの気持ちがわかるのと同じく、ドロールの心も読めるらしい。


 なら、あまり情報を明け渡す事は出来ない。通用するのかは未知数だが、心を無にして――ドロールの意思を削って、何とかこの暴挙を阻止しなければならないだろう。

 全ては、平凡なドロールが神であるヨーピを救うなんて、馬鹿な事を考えたせいだ。安易に考えて、大変な事をしてしまった。


「……ね、え、ヨーピ……」


『しつこいなぁ〜。なに?』


「結婚、は、するよ。セイドも、三人で、幸せに…………」


『あっ、やっとわかってくれたんだ? そうだよ、今度こそ三人一緒だね! 楽しみだな〜』


「だから、ね、ちょっとぼ……くに、調べ、させて……」


 必死にそう言ってみたが、沈黙が流れる。まあ、それも当然かもしれないけれど。


『……なんで?』


 少し支配が緩んだので、肩で息をして、気持ちを落ち着かせる。


「人間、はね。結婚する相手の事を、よく知りたいって、思うんだ。でないとっ、幸せな結婚は、出来な、いっ」


『別に気に入らないところは、ヨーピがなんとかするよ?』


「ぼくは、人形、とは、結婚したくない、よ。フラーテと、ヨーピ、みたいに、お互いを大事に想い合って、結婚、したいんだ」


『ふ〜ん? で、何するの?』


「少し時間を、掛けさせ、て。お姫さまの事、調べて……セイドの人間を、これ以上取りこぼさない、ように。お姫さま、以外、全員、始末する準備を……させて、ほしいんだ」


『見つけ次第、全員始末すればよくない?』


「隠し子、とか、どこかにいるかも、しれない、からね」


 そう、ラーテルは、弟の婚約者を掻っ攫うような人だ。もしかしたらお姫さまの家以外にも、子供が居るかもしれない。

 もしいるのなら、その子供も見つけ出して、処分しておこう。それと、ラーテルの息子の……お姫さまの父親の身辺調査だって、必要だろう。


 ついでに他の家族の事だって、調べておきたい。


『……まあ、隠し子は嫌だね。ラーテルの血族なんて、ここで根絶やしにしないと』


「そう、だ、ね」


『じゃ、ほんの少しだけね。それ以上は許さないから』


 ほっと肩の力を抜く。そう、ドロールは三人で暮らす幸せな未来の為に、今、少しだけ時間を掛けるのだ。


 ――ドロールの意思を削って、心の底からそう思えるように。ヨーピ好みの人間像を、削った穴に詰め込んだ。





            *





 久しぶりに来たセイドは、活気があるという程ではなかったが、そこそこ長閑(のどか)で、平和な村になっていた。多分、ドロールが暮らしていた時よりも、ずっと。


 ヨーピに協力してもらいながら、セイドの屋敷に住む人間の事を調べ――少しお姫さまの弟に見つかりそうになったりもしたが――、フラーテの拠点で調書を纏めていた以降の記憶は、あまりない。


 気が付けば空の上で王鳥に乗ったオーリムと、キャラメル色の大鳥に乗ったプロムスと、戦っていた。プロムスも、ようやく鳥騎族(とりきぞく)になれたんだなと、ぼんやりと思う。


 魔法で出した大きな鎌を振り回して二人を攻撃し、思ってもいない言葉で王鳥への恨み言を叫び、そうやって身体を勝手に使われながら思う事は、あの開けっぴろげのフラーテの拠点の戸締りは、きちんとしただろうかという心配だった。

 あの部屋にあったものを悪用なんてされれば、セイドは失脚するだろう。それは困るなと、こんな時に思っていた。


 ヨーピが二人に致命傷を与えそうな攻撃をこっそり邪魔しながら、戦い続けて数時間。


「もういいっ、もういい、もういいよっ‼︎ これ以上ぼく達の邪魔をするなら、全部ぶっ潰してやるっ‼︎」


 ヨーピは、とうとうそこまで追い詰められたらしい。


 ドロールの口を使ってそう宣言し、遠目に見える街に、何か大きな魔法を放とうとしていた。


 ドロールはそれを制御しようとするが、上手くいかない。このままでは、あの街はドロールを操っているヨーピによって、消し炭にされるだろう未来を想像して、ゾッとした。

 ヨーピはフラーテに協力していたが、直接人間に手を下した事はないのだ。ヨーピまで、フラーテと同じ外道に堕ちる必要なんてない。


 落ち着いてほしくて、心の中で精一杯ヨーピの名を叫んだ。もちろんヨーピにも、オーリム達にも、届く事なんてなかったけれど。


「っ、ごめん、ごめんなっ、ロー!」


 トンっと、左胸に軽い衝撃がはしり、ヨーピの支配から解放されたからか、身体が随分軽くなった。

 顔を上げると、まっすぐドロールを見つめるオーリムの手に持つ槍の先端が、ドロールの左胸を経由して、背中に伸びていた。


 オーリムから少し離れたところでは、大きな剣を持ったプロムスが目を見開いたまま、今にも泣きそうな顔をしている。


 なんだか随分と久し振りに、すっきりした気分だ。思ってもいない事を心に刻んで思考を染め上げる必要も、言いたくない言葉を吐き出す必要も、勝手に身体が動く不自由さも、何もない。


 ようやくドロールは自分を取り戻せたのだと、そう理解した。


 咳き込んだ時に血が絡んだのか、口内には鉄の味がまとわりつき、口の端から、漏れていく。

 オーリムとプロムスが悲痛な顔をしているが、そんな顔をする必要はないのだ。


 だってこれは平凡なドロールが、代行人と大鳥という、分不相応に強大な二つのものをいっぺんに救済しようと欲張ったのが悪くて、寄り添うと言いながらヨーピを利用しようとして、事態を軽くみた報いなのだから。


 それに、二人は最期の最期になって、偽りを張り付けた心を引き剥がして、ドロールという人間をきちんと埋め直してくれた。


 おかげでドロールはドロールのまま、逝けるのだ。


 ああ、でも。二人から見たらドロールは、ヨーピに同調してフラーテの悲願を叶える為に、二人を切り捨てた裏切り者だと思われているかもしれない。

 それは少し寂しいけど、操られた親友を助けられずに討ったと心に引き摺るくらいなら、まあそれでもいいか。ドロールの事を忘れて、幸せになってくれるなら、それでも。


 ……いや、どちらにせよ、優しい親友達は、心にしこりを残すだろう。


 だったらせめてありがとうと、今まで楽しかったと、最愛の人と幸せになってほしいと。


 ――最期にそう、伝えたかったな………………。





            *




 

 王鳥の襲撃によって身体を貫かれ、ひゅうひゅうと息を空回せながら、地面に横たわっていた。

 貫かれた腹から流れる血は多く、止まる気配はない。逆流した血が口から溢れ、呼吸が苦しい。


 ああ、このまま死ぬんだなと、どこか冷静に理解していた。


『いやだああああっ‼︎ なんでっ、なんでぇ……⁉︎  フラーテ、フラーテ、ヨーピを見て。大丈夫だからね、ヨーピが治してあげるからねっ……!』


 ラーテルが突然亡くなって一年。何をしていたかは覚えていない。多分、淡々と、今までと変わらない日常を送っていたと思う――変わらない日常って、なんだっただろうか。


 最近の事は覚えていないが、ラーテルが亡くなる以前の事は覚えている。不思議と、ここ二十八年――いや、学園の卒業式から三十一年間で、今が一番心が凪いで、冷静でいられた。


 ――本当に、今更だ。


 卒業式の時……というより卒業までの半年間、トリスの様子がおかしい事に気付いていたが、何も頼ってくれないのがもどかしくて、もしかしたらラーテルなら、学園に入学したばかりの頃のように、トリスの様子に気が付き、上手く助けられるのではないかと考えて――自分の妄想に嫉妬して、くだらない意地を張った。

 何も言わないなら、見て見ぬふりをする。プロポーズの用意をすると言い訳をして距離を取り、不安になったトリスが縋り付いてくるのを、待っていた。


 結果、トリスが頼ったのはラーテルだった。ラーテルは必死になって何かを言おうとしていたが、その事実に目を塞ぎ、結局ラーテルがトリスを助けるのかと、荒ぶる感情のままに、背を向けた。


 浮気なんて、本当は疑っていない。ラーテルもトリスもそんな事を出来るような奴じゃないと知っていながら、でもトリスはラーテルといた方が、安心して甘えられるのではないかと被害妄想を繰り広げ、浮気が真実だと自分に言い聞かせて、逃げ出した。


 そうして三年後、セイドに帰ったフラーテは、きっと二人は幸せに暮らしているのだろうと、信じて疑わなかった。


 それでよかったのに、成功を収めたラーテルはどこか張り詰めた空気を(まと)っているし、トリスは不自然に膨れたお腹以外は、やつれ果てていた。

 そんな二人を見て、三年前に逃げ出した事は間違いだったという事実から――また逃げた。トリスは心ここにあらずだし、ラーテルは卒業式の時のように何か言いたげだったのを、必死に遮って、逃げ帰ってきた。


 結局は、つまらない意地だったのだ。トリスにもラーテルにも何も聞かずに逃げた自分の間違いを認められなくて、二人が全て悪いのだと押し付けて、無意味な復讐心を燃え上がらせる事で、自分の間違いをなかった事にした。


 六年前にセイドに帰った時、ラーテルはフラーテから裁かれるのをずっと待っていたと、本当は気が付いていた。

 きっとラーテルも復讐心を燃やしたフラーテと同じ二十二年という月日を、狂気を演じながら、フラーテが帰ってくるのを待っていたのだろう。


 双子だからか何かはわからないが、小さな時からフラーテは、ラーテルが悲しんで助けを求めている時は、どんなに遠くに離れていてもわかるのだ。だから、子供の頃はすぐに駆けつけて、慰めていた。

 その時と同じ感覚を、おかしくなったラーテルから感じたから、わかってしまったのだ。


 でも、気付かないフリをした。だってそれをすると、制裁を下されるラーテルは救われるのに、制裁を下したフラーテは、一人で取り残されてしまう。そんなの、あまりにも不公平だ。


 フラーテが救われないなら、ラーテルにも救いなんて与えないと、狂気を演じさせた。


 なのに、ラーテルはフラーテの知らないところで断罪され、誰からも救いの手も与えられないまま、一人で死んでしまった。ラーテルは結局一人で取り残された。


 ――こうなるまでその事を認められず、自覚も出来なかったのだから、救いようのない話だ。つまらない意地なんて張らずトリスから話を聞いて、ラーテルの話に耳を傾けていれば、三人揃って不幸な人生を歩むような事には、ならなかったのに。


『とまらない……、なんでっ、なんでぇっ⁉︎ 嫌だ嫌だ、お願い、フラーテ、置いていかないで、まだヨーピ達は幸せに暮らす夢を叶えていないよっ、ねえったら!』


 声が聞こえる。自分の……いや、違う。


「ヨー……ピ」


 この声は、自分の声ではない。双子のラーテルよりも近くて、ずっと側にいると約束した、運命の大鳥(パートナー)の声だ。何故、今まで忘れていたのだろう。

 ヨーピの存在を忘れ、近くにいながら気付かないフラーテに、ヨーピはどんな気持ちで――……。


『王鳥……王鳥っ‼︎ 許さないっ、許さない許さない許さないっ⁉︎ なんで今頃になって、ヨーピからフラーテを奪うんだっ……! なんでっ、フラーテだけっ……』


 苦しそうに泣いているヨーピは、そんなフラーテの事も、見捨てず側にいてくれたのに、何が一人で取り残された、だ。

 本当に一人で取り残されるのは、ずっとパートナーに存在を無視されて、これからもたった一人で永遠に近い時間を生きなければいけない、ヨーピの方ではないか。


 ヨーピは、誰よりも甘えたなのに。それなのにこれから、たった一人で……。


 頭を撫でてあげたいのに、もう身体は動かない。

 名前を呼んであげたいのに、血で満たされた口から、声が漏れる事はない。

 繋がっている心は、フラーテにトドメを刺した王鳥への憎しみで満ち溢れて闇に染まり、もう声をかけても届く事はない。


 ラーテルとトリスとヨーピという、何よりも大切だった三人を、不幸に置き去りにしたフラーテが、正義のヒーローと称賛されていたなんて、ふざけた話だ。


 それを深く後悔しながら、意識は闇の底へと堕ちていった――。





            *





 むくりと、花やお菓子などの贈り物に囲まれたこの場所から、身体を起こす。


 夢のような過去に引き摺られ、意識は朦朧(もうろう)としていたものの、頭は必要以上に冴えていて、状況を瞬時に理解出来た。これが神の頭脳かと、ぼんやり思う。


 随分と小さくなった手を見下ろして、閉じて、開いて、感覚を掴めたので、立ち上がる。


 頭に被されていた別れの花冠を床に落とし、未来を正す為に、その場から立ち去った。





 翌朝、若くして病に倒れた優秀な男の子の遺体が、忽然(こつぜん)と姿を消した。

 (ひつぎ)の側に無造作に落ちていた、男の子に被せたはずの別れの花冠だけを残して――



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