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この幕が下りるまで 5

本編から2年前。ドロールのお話。



「どうした、ロー?」


 ハッと意識を覚醒させて、ゆっくりと顔を上げる。

 ここはいつもの執務室で、顔を上げた先には、心配そうな表情でドロールを見ている、プロムスとオーリムと視線が合った。


 ドロールは誤魔化すように、困ったような笑みを浮かべ、首を横に振る。


「ごめん、ちょっとね」


「疲れたなら、早退していいが」


「大丈夫だから、そんな事言わないでよ」


 くすくす笑って誤魔化すが、そう簡単には通用しないらしい。表情は晴れないままだ。

 なら、せっかくだし言ってみようか。ドロールの今やりたい事。気分をスッキリさせる為にも、それが一番いい。


「……ごめん。明日やろうと思った一人芝居の為に、ちょっと役作りしてた。驚かせようと思ったんだけど、仕事に影響を及ぼすのは、よくないよね」


「おっ、マジ? また芝居見せてくれんのか?」


「うん、本当だよ。いいものを見せてあげるから、楽しみにしてて」


 突然だったが、一晩あれば役作りも出来るだろう。二人から心配の表情が消えて、期待に目を輝かせてくれるのだから、精一杯演じて、楽しんでもらおう。


 ――楽しませるから、終わったらまたドロールを取り戻してほしいと、二人に願っていた。





            *





 今までで一番心を削って、嫌悪感すら抱いた役を心に刷り込んだのに、そうまでして演じた役は、そうする価値もない悪党だった。


 期待したドロールが悪かったのだろう。大鳥であるヨーピが見初めた人であり、実父だと言われて、不幸に見舞われたけれど、真心のある人物だと思い込んでいた。

 だが、最初はそうだったのだとしても、堕ちるところまで堕ちきった外道だった。不幸な身の上に囚われて、代わりに得た幸福も、地位も、何もかもを捨てて、復讐に生きる事を選んだ極悪非道の大悪党。自分の不幸に、周りも引き摺り込む人間なんて、欠片も心に入れるべきではなかったのだ。


『――でもね、ようやくフラーテを不幸にした二人はいなくなったのに、フラーテってばヨーピと二人で静かに暮らすって夢を、なかなか叶えようとしないんだよ? ダラダラと暗殺者なんかやってさ。別に面白くもなんともないのに』


「本当だよね。フラーテはその仕事から、さっさと足を洗うべきだったんだ。ヨーピと二人で、幸せになってよかったんだよ」


『だよね! ふふふ、ドロールもわかってきたじゃん』


 ピルピルと嬉しそうに鳴くヨーピに柔らかな笑みを返し、手の届く胸元あたりを優しく撫でる。


 ドロールは、ヨーピの望む通りのフラーテの代わりを演じるのは、もうやめる事にした。たとえかつて大切な人だったのだとしても、その気持ちを返さず、利用するばかりだった奴なんて、いつまでも大事に抱え込んでおく必要はない。


 まだ少し引っ張られそうになるけれど、ドロールはドロールとしてヨーピに寄り添い、優しく言い聞かせて、根気よく心の傷が癒やされる日を待とうと思った。

 多分これからは、フラーテを否定する事でたくさん喧嘩もするだろうし、圧倒的な力を見せつけて、脅してくる事もあるかもしれない。


 たとえそうなったとしても、ドロールは屈しない。毅然と立ち向かい、怪我をさせられても、必死にしがみついて共に生きる。


 そうやって生きる事を決めたのだ。


『あっ、そうだ! いい事思いついちゃった!』


 目をキラキラさせて、ドロールを優しく見つめるヨーピの姿に、目を丸くする。


 少しはドロールを認めてくれたのだろうか? ずっとフラーテの代わりとしか扱われていなかったから、まっすぐ見つめられると、期待してしまう。


「どうかした?」


『ドロールがお姫さまと結婚すればいいんだよ!』


 名案でしょ?と言われた言葉に、ピシリと凍りつき、頰を引き()らせる。


「……なんて?」


『だから、結婚! ドロールとお姫さまは年齢が近い異性だから、伴侶に選べるんでしょう? そしたらドロールはフラーテの代わりに、セイドの正当な後継者に返り咲けて、お姫さまも側に置けて、ヨーピと三人でずっと一緒の夢が叶えられるね!』


 きゃっきゃとはしゃぐヨーピは本気で言っているようで、冷や汗が流れる。


 お姫さまは、オーリムの想い人だ。どんな子かは知らないが、とりあえず、横恋慕なんてする気も起きない。

 あとお姫さまと結婚しても、爵位は嫡男が継ぐものなので、ドロールには回ってこない。家族構成は知らないが、貴族なのだから、多分後継者が最低一人はいるはずだ。


 だからお姫さまと結婚なんて――……。


 ふと、もしかしたらこれは、オーリムのお姫さまをここに連れてくるチャンスなのではないかと考えた。


 もちろん結婚なんてする気はないが、最近は少しヨーピと距離が縮まった気がするから、そのあたりは最終的に説得するとして。

 でも、このままわがままを通そうと駄々をこねてくれれば、王鳥と代行人が動かざるを得ない状況になるだろう。

 その過程で一度、オーリムのお姫さまと会う必要性が出てくるかもしれない……いや、うまく誘導すれば、そういう風にもっていける。


 そうすればオーリムとお姫さまを会わせられるのではないかと、そう思ってしまった。


「……結婚は、いきなりは無理だよ」


『なんで?』


「人間はね、結婚までに、色々過程が必要なんだ。まずは会ってみないと、何もはじまらないよ?」


『だったら会いに行って、そのまま結婚すればいいじゃない』


「ダメだよ。お互いに会って、結婚出来るって思った人としか、結婚しないんだ。ぼくもお姫さまがどんな人か知らないし、お姫さまだって嫌かもしれないだろう?」


 というか、こっそり事情を話して、ドロールの事はフってもらおうと思っていた。ついでにオーリムの事を話せれば、それでいい。


 攫わなくても、正式な手順を踏んで、この大屋敷に呼べるはずだ。

 三人きりにはなれないが、ドロールはオーリムとずっと親友でいるつもりなので、オーリムを通じて、お姫さまと交流する機会もあるだろう。お姫さまに事情を説明して、ヨーピを慰める手伝いを頼めば、三人か、オーリムも交えて四人で過ごせるはずだ。なんなら、プロムスだって巻き込んでしまおう。

 セイドだけは諦めてもらうしかないが、どのみち領地経営なんてドロールにもヨーピにも出来ないのだから、持っていても仕方がない。


 形はだいぶ違うが、それでもヨーピの願いは、大体叶えられるのではないか。


 裏でそんな事を考えつつ、ヨーピに訴えかけた。ヨーピは、う〜んと首を傾げているが。


『……お互い嫌じゃなければ、いいの?』


「うん。あっ、だけどヨーピが無理矢理言う事を聞かせるのは、ダメだよ? お姫さま自身に選んでもらわないと」


 一応それも、釘を刺しておく。ヨーピならやりかねないからだ。


 ヨーピはう〜んと考えて、渋々(うなず)いた。


『しょうがないね。じゃあ、ヨーピと契約しよっか!』


 嬉しいでしょ?と目を細めるヨーピを、呆然と見上げる。


 言葉の意味を考えて、脳で理解して、ぱあっと自分も笑みを浮かべていた。


「本当かい?」


『もちろんだよ! さあ、早く早くっ!』


「うん、これからよろしくね、ヨーピ」


 そう言って握手をするように手を差し伸べたが、それには笑顔を返されるだけで、一瞬目の前が黄金色に光る。

 ふわりと身体が宙に浮き、ゆっくりと、ヨーピの首の後ろあたりに下された。


 色々手順は違うが、この大屋敷に入る事も、声を掛けられる事も、名前を教えてもらう事だって、既に終えている。

 あとは意識を保ったまま空を共に駆け、爵位を教われば、ドロールはヨーピの鳥騎族(とりきぞく)となれるはずだ。


 今から永遠の絆を結ぶ、その第一歩を踏み出す。


『飛ぶよ』


「うん。絶対、ヨーピと空を楽しむから」


『ふふ、絶対だよ!』


 ふわりと視界が上がって、地上が離れていく。


 風も揺れも感じないけれど、命綱もなく、視界だけが空へと上がっていく光景はとても奇妙で、ひやりと肝を冷やした。

 落ちれば命はない上空を、何の躊躇(ためら)いもなく飛び回る。なるほど、ここで脱落する人間が多いはずだ。多分ドロールだって今、顔は真っ青だろうから。


 だが、なんとか深呼吸して、気分を落ち着かせる。自分は空を飛べる鳥だと心を演じてみれば、この空中散歩は、途端に楽しいものへと変わった。

 何の障害もなく広々と続く空が、遙か下の方に見える街並みが、とても楽しい。


「ヨーピは、いつもこんなに楽しい気分を味わっていたのかい?」


『うん! 空は地上と違って空気が澄んでいて、とても気持ちいいからね! 気に入った?』


「最高だよ」


 そう、目を輝かせる余裕まで出てきた。


 きっとこれから毎日、この開放感を楽しみながら、ヨーピと空を飛ぶのだろう。気持ちを共有して、お互いを唯一無二とする。


 やはり父は愚かだ。ヨーピと共に過ごす、こんなに楽しい時間を手放してしまったのだから。だがその代わりはドロールが引き継いで、思い出は塗り替える。

 ヨーピとこれからを過ごすのは、ドロールだ。


 一頻(ひとしき)り空を楽しんだ後は、元の場所へと戻っていく。

 地上が近付き、そっと下されたドロールは、意識も保っていられたし、足取りもしっかりしている。


 高揚した気持ちのまま、ヨーピと見つめ合った。


「契約成立だね、ヨーピ」


『ふふ、うん。ヨーピはヨーピ。侯爵位のヨーピだよ』


「侯爵位……!」


 そして驚いた。それは王鳥を除いた大鳥の中で、最も力を持つという位だ。どこかでデータとして残っていたかもしれないが、フラーテの事なんて調べていなかったので、ヨーピが侯爵位だったなんて、今初めて知った。


 ドロールが運命と定めた相手は、とんでもない大鳥だったらしい。まあ爵位なんて関係なく、ヨーピがヨーピであるならば、何だって構わないのだけれど。


「そっか。ヨーピはそんなに凄い子だったんだね」


『ビックリした?』


「充分ね」


「おい、ロー!」


 ふと、耳に馴染んだ声と駆け寄ってくる足音が二人分して、満面の笑みを浮かべながら振り返ろうとした。


『ビックリしたなら、なによりだよ。じゃあ次は、ヨーピにその身体をちょうだいね』


「…………え?」


 何を言われたのか理解する前に、ぐわんと脳が揺さぶられる感覚が襲ってきて、身体が凍りついたように動かなくなる。


 何が起こったのかわからなかった。ただ全身を締め付けられるような息苦しさに身体を支配され、脳をぐるぐるとかき混ぜられているような不快感で、全身から嫌な汗が吹き出すのがわかる。


「っくっ! な、に……?」


『契約したんだよ! 他の契約とは違う、ヨーピとの特別仕様!』


「特、別…………?」


 ふっと突然、ドロールの身体が知らない跳躍力で、ヨーピの首の後ろに逆戻りする。


 ふわりと視界が宙に浮いたかと思うと、とんでもないスピードと縦横無尽に回る視界に、方向感覚を狂わされた。


『邪魔しないでよ、王鳥っ‼︎』


 薄く目を開けると、オーリムと同じ夜空色が視界を横切った気がした。激しい頭痛と、視界不良で、何が起こっているのかわからないけれど。


「ロー‼︎」


 その声で、必死な様子なのは、初めて聞いたなと思った。出会った時は平坦で、何にも興味を持てないと言わんばかりだったのに、随分と感情的になったものだ。


 ゆっくりと目を開けると、夜空色の大鳥の背中に立って槍を構えたオーリムの姿が、正面に見えた。その常識はずれの騎乗方法を見て、これが代行人としてのオーリムかと、あまりの神々しさに、目を細める。


 必死に、少し泣きそうになりながら、ドロールを助けようと手を伸ばそうとしている。ヨーピの魔法に阻まれて、なかなか難しいみたいだけれど。


 大丈夫だよ、ちょっとヨーピとは誤解があるんだ。安心させてあげたくて、そう声を掛けようと、口を開いた。


「ぼくは君を許さないよ、王鳥様。君と、君の護ろうとしているもの全てを奪ってみせる。ヨーピの無念を、少しは思い知れっ!」


 ――口から出た言葉は、全く心にもない恨み言だったけれど。



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